第3話「えっとね、口の中の水分を持っていかれる」

「到着!」


 俺は送迎バスを降りて辺りを見渡した。錬成会会場である宿泊施設は青々とした木々に覆われており、年季の入ったレトロな建物の雰囲気をより際立たせていた。


「雰囲気あるな。小桃ちゃんはここ、来たことある?」

「うん。中等部でも錬成会があったから」

「ってことは茨咲さんも?」

「うん〜……」


 バスの中で寝ていた茨咲さんは眠そうにしながら俺たちに追いつき、なんとかそう返事をした。放っておくとどこかに置き去りにされそうだし、俺がしっかり見ておいた方がよさそうだ。

 男女別に割り当てられた部屋に荷物を置き、一旦広場に全クラス集合となった。その人だかりの中、俺は隣のクラスの閑を見つける。


「閑。バス酔いしてないか?」


 俺が訊ねると、閑はいつもの無表情のままぶいっとピースしてみせた。


「ばっちり。揺れにくい席にしてもらった」

「よかった。体調崩したらちゃんと先生に言うんだぞ」

「はぁい畔ママ」

「よしよし」


 閑の頭を撫でてやり、花組の列へ戻る。ちょうど先生からの説明が始まった。


「ウォークラリーの説明をします! 錬成会のしおりのウォークラリーのページを開いてください。そこに地図がありますね? チェックポイントを巡って、スタンプを全部集めてきてください! 最終地点でお昼ご飯を配るのであんまり遅れないように! 以上!」


 実にシンプルだ。俺は小桃ちゃんたち班員を集め、地図を開いて覗き込む。


「うちの班のルートはこっちだな。早速行くか!」


 Bルートと書かれた道順を確認し、出発する。


「なんでルートが三種類あるんだろうな?」


 しおりの地図にはA、B、Cの三ルートの記載があり、俺たちの班はBルートに割り振られていた。


「なんでだろ? 全員同じルートだと混み合うからかな?」


 小桃ちゃんも首を傾げている。


「中等部の錬成会ではウォークラリーはやらなかったの?」

「ちょうど雨の日だったから、内容が変更になって……」

「なるほどな」


 そのような他愛のない雑談を交わしていると、班員の一人――吉田さんが挙手した。彼は俺と同じく今年から入学した受験組の男子生徒だ。


「鵠沼さんに質問いいですか?」

「おー、なんだ? あと敬語じゃなくていいぞ」


 吉田さんはおずおずといった様子で続ける。


「あの、聞かれたくないとかだったら答えなくてもいいんです……いいんだけど。鵠沼さんは、どうして女装してるの?」


 よく聞かれる質問なので、特に返答に困ることではない。俺は素直な考えをそのまま口に出した。


「カワイイ格好をするのが好きだから」

「えーと……それは、鵠沼さんは心が女の子の人とかなの?」

「いや、そういうタイプじゃねえな。女装をする人の中には、心が女性ってタイプの人も居るけど。俺は違うかな」

「うーんと……」


 吉田さんはいまいちピンと来ていないらしい。


「まあ難しく考えなくていいよ。俺は『自分らしく生きる!』って決めただけだからさ!」

「そうなんだ。すごいね……。おれは自分の思っていることとか話すの苦手だから、鵠沼さんはすごい勇気のあることしてるように見えてさ……」

「そうか? でも今思っていること話してくれたじゃん。『思っていることを話すのが苦手』って。そう言ってもらえるだけでも接し方とか工夫できるから、自己申告ありがたいぜ?」


 俺が言うと、それまで黙って話を聞いていた増田さんが口を開いた。彼女は確か進級組の女子生徒だ。


「私も吉田くんってこわ……じゃなくて、クール系の人なのかなって思ってたから。それを聞いて、ちょっと話しかけやすくなったかも」

「えっ! おれって怖い系だと思われてたの!?」

「だ、だって、いつも静かに本を読んでるから、話しかけないでほしいのかと思って……」

「ち、違うよ、コミュ障でごめん」


 吉田さんと増田さんはかわいらしいやり取りをしながら誤解を解いていった。傍から見ていてもなんだか微笑ましい様子だった。

 そうこうしているうちに最初のチェックポイントに到着し、待っていた先生に声をかける。確か宗教の授業の先生だ。


「ようこそお待ちしておりました~。どこの班か名乗りたまえ」

「花組1班です!」

「元気なお返事たいへん結構~。では君たちにクイズです。ミサの聖体拝領で信者さんにお渡しするパンですが、原材料は水ともう一つはなんでしょう?」


 俺は思わず小桃ちゃんの方を見る。


「知ってる?」

「わ、わかんない……」


 すると浅田さん――なんのご縁か最後の一人の班員の女子生徒も苗字に田んぼの田が入っているのだがそれはこの際どうでもいいか――が、小桃ちゃんに問いかけた。


「食べても分かんない味なの?」


 その一瞬、小桃ちゃんがびくっと肩を震わせたのを俺は見逃さなかった。


「え、えーと、あんまり味らしい味はしないの……」

「……。俺まだミサは参加したことないから分かんねーな。吉田さんもだよな?」

「うん。パンってことはパンの原材料なのかなって思うけど、『もう一種類』なんだよね? パンの原材料ってそんなに少なくはないんじゃ……」


 最後に俺は眠たげな茨咲さんに振った。


「茨咲さんは分かる?」

「小麦粉」

「おっ、茨咲君正解ですよ~」


 難なく正答した茨咲さんに先生はにっこりと笑いかけ、拍手を送った。俺たちもつられて拍手する。


「ドライイーストとかは入ってないんですか?」

「鵠沼君、いい着眼点だね。イースト菌は入ってないから、ふわふわに膨らんだりはしないんだよ」


 聖体拝領の様子を思い浮かべているのか、先生は遠い目になる。


「膨らまないパンって……美味しいんですか?」

「えっとね、口の中の水分を持っていかれる」


 美味しくはないということらしい。


「では見事クイズに正解した花組1班の皆さんにスタンプと、こちらを進呈~」


 先生から謎の粉が入った袋を手渡される。


「これはまさか……こむぎ」


 ……強力粉だった。


「小麦粉じゃないんかい!」




 その後も俺たちはチェックポイントのたびに先生たちからクイズを出されてはさまざまな食材を入手していった。重曹……ベーキングパウダー……これはパンの材料だろうか?

 すべてのチェックポイントを通過して最終地点の公園に辿り着くと、俺たちは一着だった。


「おつかれさまでーす、お弁当どうぞ」


 テントで待機していた先生からお弁当を受け取り、いい具合に日陰になっている東屋で昼食をとることにした。


「たくさん歩いた後だとごはんがおいしいね」

「だな」


 やたら嬉しそうに鶏五目のおにぎりを口に運ぶ小桃ちゃんを見ていると、リスを連想した。ここは森の中なので本当にリスが出てきてもおかしくないな、と思いながら俺もおにぎり弁当を食べ進める。


「鵠沼さん、この後の予定ってどうなってたっけ?」


 吉田さんに訊ねられ、俺はしおりの日程表のページを開く。


「今が12時で、この後は宿泊施設に戻って15時から神父様の講話。で、夕飯の飯盒炊爨はんごうすいさんの開始時間の目安が16時前後って書いてあるな」

「微妙に時間が空いてるんだね。自由時間ってことでいいのかな?」

「移動時間もあるし、それでいいんじゃないかな」


 楽観的な話をしていると、不意に茨咲さんが話に割って入ってきた。


「パンって、粉から作って焼こうとしたら時間かかるよね」


 茨咲さんの視線は強力粉やベーキングパウダーに注がれている。


「確かに。早めに作り始めておいた方がいいのか?」

「畔くん、さっきお弁当のテントで先生にレシピもらってたよね」


 小桃ちゃんに言われて、俺はレシピの書かれたメモ用紙を開く。


「ええと、バターチキンカレーの作り方……」


 読み進めていくと、ある違和感に気づいた。


「……パンの作り方は書いてないな?」


 俺が呟くと、班のメンバーは一斉にメモ用紙を覗き込んできた。


「本当だ……! カレーの作り方しか載ってない!」


 慌ててテントの方へ走る。


「先生、このレシピカレーのルーの方しか載ってないんですけど……!」

「え? 合ってますよ?」


 先生は少しニヤニヤしながらメモ用紙の下の部分を指さす。そこには「花組1班→」の文字が記載されていた。


「ほんとだ……じゃあこの矢印はいったい……?」

「みんなで仲良くお昼ご飯を食べながら考えてみてくださいねー」


 班員の前まで戻り、俺は宣言する。


「この謎を解かないと、夕飯が食べられないかもしれない……!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る