クイーンアラモード! #女装ラブコメ ~女装男子の俺がミスコン目指して女の子たちと競い合ったり学園生活を謳歌したりするラブコメ~
春階響羽
第1話「俺、男なんですけどいいんですか?」
「すみません、ちょっといいですか?」
改札を出て数歩のところで呼び止められ、振り返る。
「
スーツ姿の好青年はにこやかに名刺を差し出してくる。それを見て俺は答えた。
「俺、男なんですけどいいんですか?」
***
クイーンアラモード! #女装ラブコメ
~女装男子の俺がミスコン目指して女の子たちと競い合ったり学園生活を謳歌したりするラブコメ~
***
「あっ……声低っ……」
彼は思わずといったふうに呟いていた。その反応も無理はない。ツーサイドアップに束ねたロングヘアにセーラー襟の制服。冬服なので喉仏をじっくり観察しなければ女の子に見えるだろう。
「ダメみたいっすね。じゃ、失礼します」
俺は男性に軽く頭を下げて歩き出す。自分の長い髪が視界の端でさらりと翻った。
「あのスカウトマン、勿体ない。
俺の陰に隠れていた双子の妹の
「女性用の服のモデルならやっぱり女性の体型じゃないとダメなんだろ。条件の不一致だ」
「それもそうか」
「俺の代わりに閑を推薦してやればよかったかな」
「モデルとか興味ない」
「だよな」
商店街を抜けて坂を上っていけば、そこに今日から俺たちが通う高校が見えてくる。入学式と書かれた看板を横目に校門をくぐると、壮観な桜並木に出迎えられた。
「すげー桜だ。絵に描いたような風景」
「そうだね」
伝統ある校舎を物珍しげに眺めていると、背後からざわめきが巻き起こった。
「なんの騒ぎだ?」
振り返ると校門の向こうには高級車がとまっていて、ちょうど中から人が降りてくるところだった。よく目立つ金髪に青い目をした女の子だ。俺たちと同じセーラー襟の制服に身を包んでいる。同級生だろうか?
「おい、あれ灰ノ宮さんだろ」
「あれが噂の……! 灰ノ宮財閥のご令嬢かよ!」
「イギリス人とのクォーターだっけ?」
「漫画のキャラみてえじゃんそれ!」
近くに居た男子生徒がそのような反応を見せていた。有名人らしい。
「畔、早く行こう。遅れる」
閑は騒動には興味なさげに俺の二の腕をつついて急かす。
「そうだな――」
『……けて!』
不意にどこかから声が聞こえてきた気がして、俺は周囲を見渡す。
「今、声がしなかったか?」
「そうかも」
閑は首を傾げてそう答える。
『たすけて……!』
誰かが助けを呼ぶ声が、今度はさっきよりもはっきり聞こえた。向こうの建物だ。
「閑、先行ってて! 俺は様子見てくる!」
閑に荷物を預けて俺は走り出す。声が聞こえたと思しき建物は体育倉庫だった。入口の引き戸を開けて薄暗い中へ足を踏み入れると、砂埃が舞う。
「誰か居るのか?」
「! た、助けに来てくれたんですか……?」
俺の問いかけに、一番奥の隅の方から返事がかえってくる。
「そこだな? 怪我でもしてるのか?」
「あ、えっと、そうじゃないんだけど……小桃、狭くて暗いところが苦手で……」
じゃあなんでこんな所に入ったんだよと思いながら声のする方へ近づくと、そこには子猫を抱きかかえた女の子がしゃがみこんでいた。
「猫さんが迷い込んじゃって、それで……」
「助けようとして倉庫の中に入ったはいいものの、怖くて動けなくなった。ってことだな?」
「そ、そうなの」
女の子はふわっとした髪を揺らしてこくこくと答える。
「立てそうか?」
「えっと……」
無理だからここから動けなかったのだろう。俺はちょっと迷ってから手を差し伸べる。
「嫌とかでなければ、俺が出口までお連れするけど」
「お願いします……」
女の子は俺の手を掴み、ゆっくりと立ち上がる。そのまま手を引いて倉庫を脱出した。
体育倉庫を出たところでちょうど用務員さんと出くわしたので、繋いだ手を離して子猫は彼に預けた。
「急げばまだ入学式に間に合うだろ」
教室に立ち寄ることは諦め、下駄箱だけ経由する。
「うん、ありがとう……あの、あなたは?」
「俺? 俺は
同じクラスの下駄箱で上履きに履き替える様子を見るに、彼女も同じ花組らしい。
「小桃は、
親沢さんは俺の顔立ちとセーラー襟の制服を見比べて何か言いたそうにする。
「あ、うん。俺、男」
「女装?」
「世間的にはそういう呼び方が定着してるかな」
「あ、今のってよくない言い方だった……?」
「いやまあ、別に。俺は好きな服着て生きてくって決めただけだし、女性の格好してやろうってつもりでは着てないけど。傍から見たら女装ってカテゴリなんだろ」
「ふーん……」
続きの返答に困っているらしい親沢さんを連れて講堂へ滑り込む。
どの辺りが自分のクラスの座席だろう、と見渡していると、先に到着していた閑が前方から大きく手を振って位置を知らせてくれた。目立つことが苦手な閑に苦労をかけてしまった。
「鵠沼くんの知り合い?」
「双子の妹だよ。悪い閑、助かった」
「これ畔の聖歌集。ここ月組の席だから畔は左隣の区画」
「ありがとう」
閑はちらりと親沢さんに視線を向けるが、時間がないので説明は後にさせてもらおう。
親沢さんと着席するや否や入学式は始まった。式は滞りなく進んでいき、新入生代表の挨拶の番になった。
「新入生代表、
「はい」
すっと立ち上がったのはよく目立つミディアムショートの金髪に青い目の女の子だった。
「灰ノ宮さんだ」
「当然のように首席」
灰ノ宮さん……というと、高級車で登校してきた例の彼女だ。確か先程の噂話では、財閥の令嬢でイギリス人とのクォーターだったはず。その上学年首席の優等生となれば、本当に漫画のキャラみたいな人だ。
灰ノ宮さんの落ち着いた新入生代表挨拶は堂々としており、こういった役割に慣れているのであろうことは想像に難くない。周囲の憧れに満ちたひそひそ話に耳を傾けていると、不意に隣の席の男子がこんなことを言った。
「この学年のミスマーガレットは灰ノ宮さんだろうな」
耳慣れない単語に首を傾げる。
「なあ、ミスマーガレットって何だ?」
俺に急に話し掛けられて男子は少しだけ驚きながら答えた。
「お前知らねえの? 学校のホームページにも書いてあっただろ。ミスマーガレットっていうのはミスコン優勝者のことだよ。ていうか声低っ」
幾度となく繰り返された「声低っ」のリアクションをスルーして重要な部分だけ反芻する。
「ミスコン?」
「そ、ミスコン」
「そんな俗っぽい催し物がこの学園にあるのか、全然知らなかった」
「俗っぽいって言うけどな、かなり硬派だぞ。毎年九月に開催される学園祭で、高校三年生の中から一人優勝者を選出する。採点の基準は成績と普段の素行に配点を高く設定していて、人望票……つまり人気投票は全体から見てあんまり重視されてない。そういうルールなんだ」
「なるほどそれは硬派だわ」
「学園公認のイベントだからな。優勝すると提携している大学の中から好きなところに推薦で進学できる」
「そりゃあ首席の灰ノ宮さんが優勝候補になるわけだ」
納得してそう返す。外見や普段の交友関係だけで支持を集めるような、よくある生徒主催のお祭り的ミスコンとは訳が違うらしい。
「なあ、ところでお前ってもしかして男?」
唐突に彼の話題は俺の性別へと切り替わる。
「ん? そうだよ」
「リアル女装男子初めて見た……これで声がかわいかったら最高だったのに」
「お前を喜ばすために女装してねぇから」
横目に彼の表情が引き攣るのが見えたが、俺は無視を決め込んで壇上の灰ノ宮さんに視線を戻した。灰ノ宮さんは挨拶を完遂し、自分の席へと戻っていった。
入学式を終えて教室に着くと、一気に開放感に包まれたクラスメイトは思い思いに雑談をしていた。中等部からの進級組はかなり打ち解けているらしく、男子を中心とした高等部からの入学組はやや萎縮気味だ。どうしようかと考えていると、親沢さんに声をかけられた。
「鵠沼くん、さっきはほんとにありがとう」
「いやいや、親沢さんこそ怪我とかしてなくてよかったよ。あと俺のことは畔でいいから。妹も居るし鵠沼さん呼びだと不便だろ」
「そうだね。小桃のことも小桃って呼んで」
「分かった」
「はい皆さん席についてくださいねー」
担任の声でクラスメイトたちは出席番号順に着席する。小桃ちゃんも荷物を片手に自席へ戻っていった。
挨拶に説明、プリント配布などの無難なホームルームは最後に学級委員決めの段階に移っていた。
「希望者は居ますか?」
進級組たちはお互いに学級委員長になりなよ、嫌だよあんたがなりなよ、などといった冗談の応酬をしている。
「灰ノ宮さんは?」
先ほど入学式で俺の隣に座っていた男子が灰ノ宮さんに白羽の矢を立てた。そう、なんとあの灰ノ宮瑠璃羽は同じクラスだったのだ。
灰ノ宮さんは金髪を留めるクラウンブレイドを手で押さえながら答えた。
「わたくし、生徒会に立候補するつもりですのよ。生徒会と学級委員の兼任はできないのでしょう?」
「アッ、サーセンそれは生徒会やってください」
話を振った男子はすごすごと引っ込んだ。灰ノ宮さんは実は敬遠されているのだろうか……? 近寄りがたい雰囲気を纏っているので無理もない。
「では一旦トイレ休憩にするので、立候補するか考えてきてくださいねー」
先生はホームルームの中断を提案した。後で仕切り直そうということらしい。
トイレに行く者、雑談を再開する者と様々な中、ふとあの目立つ灰ノ宮さんの方をちらりと伺うと何やら通学鞄の中を一生懸命に探し物をしているようだった。
「どうした? 何か忘れ物でも?」
俺が声を掛けると灰ノ宮さんは不意をつかれたのか反射的に顔を上げた。
「えっ……あの、ハンカチが見つかりませんの。わたくしとしたことが忘れ物だなんて……」
「じゃあ俺の貸してやるよ。これ予備用だから今日はまだ使ってないし清潔だと思うぞ」
「い、いいんですの?」
「いいよ」
「あ、ありがとうございます。こちらは洗ってお返ししますわ」
灰ノ宮さんはほっとしたように微笑む。育ちのいいお嬢さんだろうから、お手洗いの後に手を拭かないのは耐えられないのだろう。
「でも淑女がそんな粗野な話し方をしてはいけませんわね」
「あはは」
いちいち取り合っていてはキリがないのではぐらかす。どうせ同じクラスで過ごしていればみんな俺が男であることは理解するだろう。
灰ノ宮さんを見送り、俺は入学前の約束通り職員トイレを使わせてもらうことにした。用を足して手を拭きながら廊下に出ると、灰ノ宮さんと鉢合わせした。トイレ前で女子と遭遇するというのはなかなか気まずい。
俺は気まずいで済んだのだが、灰ノ宮さんは目を丸くしている。
「い、今あなた、男子職員トイレから出てきましたわよね……?」
正面から問われてしまっては仕方がない、説明しておこうか。
「俺、男だよ。どうせすぐ分かると思ってわざわざ申告しなかったけど」
「殿方……!?」
『男』をわざわざ『殿方』に言い換えられた……新鮮だ。
灰ノ宮さんの表情はみるみるうちに硬くなり、警戒心を露わにされる。
「わたくし、聞いたことがありますわ。女性の格好をすることで犯罪を働く男性がいらっしゃると! その服装で女性の警戒を解こうとしていらっしゃるのでしょう、なんて浅はかな!」
「うわぁ……決めつけられると傷つくわ」
表面的には飄々とした口ぶりを心がけてそう返したが、内心はトラウマが掘り返されて心臓が押し潰されそうだった。
「女装で女子トイレに侵入して盗撮カメラを設置する人も居るとか……」
「だから誤解されにくいように職員トイレを使わせてもらってるんだよ」
「……」
灰ノ宮さんは眉をひそめたまま沈黙する。言葉を探しあぐねているらしい。
「もう教室に戻らないとだろ。お先に失礼」
「あっ、ちょっと、お待ちなさい!」
冷静さを失った相手への弁解は骨が折れる。今日のところは対話を打ち切るしかないだろう。
俺はスカートの裾を翻して教室へと戻った。少し遅れて教室に戻ってきた灰ノ宮さんは俺を一瞥したが、ふんと目を逸らされた。どうやら灰ノ宮瑠璃羽への俺の第一印象は最悪らしい。
「あっ、噂の人が帰ってきたぜ」
俺が着席するなりクラスの誰かがそう声を発する。彼の人差し指は、灰ノ宮さん――ではなく、俺へと向けられていた。
「俺?」
首を傾げると、小桃ちゃんが小走りで俺のところへやってきた。
「あっ、あのね、ごめんね畔くん。小桃が入学式にギリギリで来たこと聞かれて、それで答えちゃったの」
小桃ちゃんは申し訳なさそうに言う。
「入学初日から人助けをした鵠沼さんを学級委員に推薦しまーす!」
高らかに宣言したのは入学式で隣の席に座っていた男子だった。なんだあいつ、根に持ってるのか。
「鵠沼さん、どうですか?」
先生も俺に訊ねてくる。
「えーと。学級委員って、バイトと両立できます?」
「できますよ。放課後に居残りの活動があるわけではないので」
「じゃあ、やります」
俺の潔い答えに例の男子生徒は再び固まっている。と同時に、灰ノ宮さんは勢いよく椅子から立ち上がる。
「いけませんわ! 彼は女装で親近感を持たせ、女子の警戒を解こうとしているのです。きっと問題を起こすに違いありませんわ!」
「うわ出た……」
灰ノ宮さんの攻撃をどう捌こうか考えていると、小桃ちゃんが灰ノ宮さんの前に立ちはだかった。
「灰ノ宮さん、偏見はやめて! 畔くんは見ず知らずの小桃を助けてくれたんだよ。悪いことしようとしてるなんてありえないもん!」
「あら親沢さん。あなたが第一号ですのね?」
「だ、第一号って……?」
灰ノ宮さんは小桃ちゃんに憐れみの目を向ける。
「鵠沼さんに騙された女子生徒の第一号ですわ!」
「ひどい……!」
クラス中の面前で貶められた小桃ちゃんはわっと泣き出す。
「おいやめろよ! 俺を叩きたいなら叩けばいいけど、小桃ちゃんを巻き込むなよ!」
俺が二人の間に割って入ると、灰ノ宮さんは腕組みして顔を逸らす。
「勝手に絡んできたのは親沢さんの方ですわ」
「はいはい、喧嘩はそこまでですよ! どうしても争いたいならホームルームが終わってからにしてください」
先生の仲裁で俺たち三人はしぶしぶ自席に戻る。
「でも俺、学級委員はやりますよ」
俺が言うと、先生は本当に? という顔をする。
「俺、ミスコン優勝狙ってるんで!」
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