第4話「わたくし達の班と勝負していただきますわ!」
俺はとある人物の前にやってきていた。ミディアムショートの金髪に青い瞳のよく目立つクラスメイト――灰ノ宮瑠璃羽、その人の前に。
「灰ノ宮さん」
至って平静を装って話しかける。灰ノ宮さんは怪訝そうな顔でこちらに振り返った。
「……あら、鵠沼さん。なんのご用事で?」
灰ノ宮さんは灰ノ宮さんで澄ました様子で返事をする。事を荒立てないで居てくれるならそれでいい。
「灰ノ宮さんの班のレシピ、見せてくれないか?」
「……いいですわよ」
お互いのやり取りの言外にはうっすらとした緊張が見え隠れするが、俺は灰ノ宮さんの手から5班のレシピを受け取った。
「やっぱり! これがナンのレシピだ!」
「そうですわね」
「なぁ、このレシピ交換してもらってもいいか?」
「……鵠沼さんの班は、カレーの方のレシピなのですわね?」
「そうなんだよ。5班のレシピはバターチキンカレーで合ってる?」
「ええ。そういうことなら交換しましょうか」
この錬成会というイベントの目的は、友達との交流であると聞いている。だから、より多くの人と接する機会があるようにイベントを工夫されているのだろう。
それにしても灰ノ宮さんにしては素直に渡してくれるんだな……などと思っていたら、レシピの用紙をぐっと引っ張られた。
「こちらはお渡しします。その代わり、鵠沼さんにはわたくし達の班と勝負していただきますわ!」
こうして、突然の料理対決は始ま……らなかった。
「どうしてなんですの……」
がっくりと項垂れる灰ノ宮さん。俺は「ナンだけに……」と心の中で茶々を入れつつ、食器にできたてのカレーを取り分けて1班と5班の面々に回した。
「なんでナンとカレーで対決になると思ったんだ」
「確かにそうですわ……」
それに俺たちの班は、茨咲さんの提案で自由時間のうちにナンの生地を作って発酵させていたので、時間通りにカレーを作り始めた灰ノ宮さんたちの班とは全く勝負という体裁を成さなかった。
「はい、次の人どうぞー」
俺が鍋からカレーをよそって差し出すと、列に並んでいたのは例の嫌味な半須だった。灰ノ宮さんとはクラスの席順が近いので同じ班になったらしい。
半須はニヤニヤしながら俺に向かって訊ねる。
「さすが女装の人は料理も上手ですね~」
料理は女の仕事と言いたいのだろうか?
「お前、いちいちつまんねえこと聞いてくるのマジで小せぇぞ。人としての器が」
言いながらカレーの容器を渡してやる。
「なっ!」
「料理人の一体何割が男性だと思ってんだお前は。思い込みは捨てろ。はい次の人ー」
半須を退かせて次の人を呼ぶ。小桃ちゃんだ。
「畔くんはお料理も上手なんだね! すごいなぁ……!」
「普段からやってるからね。うち、料理は当番制なんだよ」
「えらいねぇ。小桃もお手伝いくらいはするけど、一人でちゃんとお料理したことないかも……私もお料理頑張ってみようかなぁ……」
小桃ちゃんは健気だ。どうも彼女は俺のことを過剰評価しているような気もするが、それなら期待を裏切らないように頑張ろう。
12人分のカレーセットの配膳が終わり、俺たちは流れで一緒に夕食の時間を過ごすことになった。
「美味しい! まろやかで食べやすいね」
「小桃ちゃんは辛いの苦手?」
「うん、そうなの……このくらいがちょうどいいなぁ」
「あたしはもうちょっとスパイシーな方が好み~」
そう言う茨咲さんも満足そうな表情だ。美味しいとは思っているらしい。
「鵠沼くん、うちの班の料理も手伝ってくれてありがとうね」
そう話しかけてきたのは、灰ノ宮さんと同じ班の女子だった。
「いやいや。こっちはもう手が空いてたからさ」
うん、と頷きながら彼女は少し近づいて声を潜めた。
「灰ノ宮さんや半須くんに絡まれて大変だよね? なんかごめんね、嫌な思いとかさせてたら……」
「そんな、代わりに謝る必要なんてないから。慣れてるし」
「それならいいんだけど……」
彼女は素直に引き下がり、同じ班の女子との会話に戻っていった。
「慣れる必要もないと思うけどね~」
不意にそう口にしたのは茨咲さんだった。
「え?」
「相手が悪いのに、こっちが黙って我慢してやることないじゃん。損しちゃうよ〜?」
意外な言葉だった。茨咲さんは俺に関心などないのかと思っていた。
「ほどほどに言い返してるから大丈夫だよ」
「ふーん」
茨咲さんは何か考えているようだった。
「鵠沼ー! こっちの班はキーマカレーだぞ! あとタイ米!」
別の班のクラスメイトに呼ばれ、俺は皿を持って立ち上がる。
「すぐ行く!」
そういえば
***
「肝試しをやります!」
飯盒炊爨の片付けをしている最中、先生からの告知があった。
「自由参加なので苦手な人は無理せず! 参加希望者は18時30分にこの広場に再集合!」
ゴミを回収しながら俺は小桃ちゃんに訊ねる。
「小桃ちゃんは参加する?」
「えっ! えーとえーと、畔くんは……?」
質問で返されてしまった。
「せっかくだし参加するつもり。怖いの苦手なら無理しなくても……」
「……ううん、行く!」
「そう?」
あっという間に集合時間になり、ちょうど日が沈んで辺りは暗くなった。肝試しをするからにはこのくらいでなければ雰囲気が出ないだろう。
「肝試しのルートはこの広場を右に出た林道です。泉まで行ったらぐるっと反対周りのコースで戻ってきてくださーい」
さっきしおりを読んだときに地図に目を通したのでだいたいの道のりは想像できた。
「はーい先生。道中には脅かし役の人も居るんですか?」
俺は挙手して質問する。
「居ますよー。びっくりしすぎて脅かし役の人を殴ったりしないように!」
「はは、了解でーす」
「あと、懐中電灯をなくさないように! 足元には十分注意してくださいねー!」
お決まりの注意事項を聞きつつ、最初のペアが出発した。
「畔くん、小桃と一緒に……」
ぱたぱたと駆け寄ってきた小桃ちゃんの前に先生から筒が差し出される。
「わ、割り箸?」
「ペアはくじ引きで決めてます! 引いてね!」
「ひ、ひえぇ……」
小桃ちゃんは情けない表情で恐る恐るくじを引いた。
「三番……」
「あたしと一緒だ~」
三番のくじを見せながら茨咲さんがやってくる。
「あ、うん……よろしくね」
小桃ちゃんは困ったように笑いながら、茨咲さんに軽くお辞儀をした。
「懐中電灯はあたしが持ったげよっか?」
「お願いします……ほ、畔くん、また後でね」
「気を付けて」
心もとなさそうに出発する小桃ちゃんに手を振り、俺は自分が引いたくじを見る。
「俺は六番か」
ペア相手を探してうろうろしてみたが見つからない。出発の順番が差し迫り、俺は先生に訊ねることにした。
「先生、六番の人って誰か分かります?」
「六番? えーと、六番は……」
言いながら名簿を確認してもらう。
「あ! ごめん、もう一人の六番の人は直前でキャンセルになったんだった! 怖くなっちゃったんだって。悪いんだけど一人で行ってくれる?」
「あらまぁ。分かりました、行ってきます」
一人肝試しは若干情緒が削がれそうだが仕方がない。腹ごなしの散歩と割り切ることにして、俺は懐中電灯を手に出発した。
日没後の林道は思いのほか暗い。小桃ちゃんは大丈夫だろうか? 茨咲さんがついているとはいえ、怖いのは苦手そうな感じだった。
「こうなるなら一緒に行ってあげたらよかったかなー……ん?」
視界の端で木陰が揺れた気がした。思わずそちらに懐中電灯の光を向ける。
「ばあーっ!」
「おわ!」
揺れた木陰から、白い布を被ったおばけが飛び出してきた。反射的に数歩後ずさりする。
「はは、いい反応ありがとう!」
「ん? あれ?」
聞き覚えのある声に、俺は思考を巡らす。
「もしかして、増田さん?」
「正解!」
白い布の下から出てきたのは同じ班の増田さんだった。
「びっくりした! 脅かし役って増田さんだったの?」
「うん、実はそうだったの。私ね、自分が怖い思いをするのは苦手だけど、他の人の悲鳴を聞くのは好きなんだ」
「へえ……」
「新鮮な悲鳴からしか得られない貴重な栄養素があるからね」
「こわい……」
「ていうか鵠沼くん一人なの? ペアは?」
「直前で辞退したらしくて」
「そうだったんだー。まあこの先の道のりも気を付けてねー」
「うん。増田さんも頑張って」
俺は増田さんと別れ、再び泉を目指して歩き出す。おばけが怖いわけではないが、急に出てこられるとやっぱり驚くものだ。何分か歩いてから、増田さんに小桃ちゃんが平気そうだったか訊ねればよかったなぁと思った。まあ、そこまでするのは過保護か。
しばらく道なりに歩いていくと、木々のアーチを抜けた先に泉が現れた。
「ここが折り返し地点か」
中央に白い聖女の石膏像が据えられた泉は、月夜に照らされてなんだか神秘的だ。石畳の上を歩いて泉に近づいていく。水の中を覗き込むと、硬貨がたくさん沈んでいた。
「願いの泉ってとこかな」
実際ご利益があるかは知らないが。
円形の泉をぐるりと回ってから復路へ向かおう……と思って半周したところで、俺は足を止めた。そこには見知らぬ少女の姿があったのだ。
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