聖女様が孤立したところで決めに来る裏切り者、良いよね

「もう1か月で収穫が出来るかな……」


聖女ミレイユは、薬屋を週に2日ほど休みにしている。

そして、休日のうち1日は共同農場で畑仕事を手伝っている。


ミレイユはその日もいつものように畑に行き、じょうろで水をやりながら、近くにいた納付の男性に声をかけた。


「……それにしてもさ、最近働いている人が少なくない?」

「ええ。最近はカルギス領で働く人が多いみたいなんですよ」


やや歳をとっているその男性はそう言って、煙草をふかしながらつぶやいた。

彼も、その手に金属でできたじょうろを持っている。


「カルギス領? なんでそんなにみんなあんな大変な土地に行くの?」

「ええ。なんでも、自分で薬を作ったり、薬湯を売ったりするのが楽しいみたいです」

「薬湯なんて、素人には作れないんじゃないの?」

「いえ、確かセドナさんや、最近騎士になったらしいシリルさんって方が、大変丁寧に教えてくれるそうですね。それでうちの息子も薬師になったっていってましたよ?」


その男は少し得意げに答えた。

やはり息子が薬師として自立した働き方をしているのが嬉しいのだろう。

だが、それだけが領民の流出につながったわけではない。男は続けた。


「あと、歌や踊りとかも人気みたいですね」

「歌や踊り?」

「ええ。確か聖女様のお友達もそう言ってませんでしたっけ? カルギス領の人たちってよくダンスパーティとかするんですけど、それが楽しいみたいですね」

「けど、ダンスならうちだってやってるし、寧ろ歌や踊りに使う時間は私のおかげで向こうより長いくらいでしょ? なんであっちは人気なの?」

「そうっすねえ……」


その男性は自身の畑を見つめながら、少し考え込んだ。


この畑は『聖女の奇跡』の効果によって、雑草一つ映えておらず、害虫は一つもついていない。さらには何もしなくとも肥沃な土地になり、花粉を媒介する虫は人のいないときに勝手にやってくれる。


そのため、申し訳程度に種まきと水やりをすれば、後は収穫を行うだけでその畑は整備が出来ることもあり、大体昼食時までにはやることが無くなってしまうのである。


その為、グリゴア領の人々は余暇を歌や踊りに使うことが出来るため、その技量自体はカルギス領よりもはるかに高い。にもかかわらず、ここ最近人気になるのはカルギス領の曲ばかりであった。


「確か、息子の話だと、ここで聞く歌はどれもこれも似た歌ばっかりだから嫌なんだって言ってましたよ。……ま、俺は歌や踊りに興味ないし、楽して生きていけりゃ良いって思うんですけどね」」


そう言うと、男はじょうろをぽいっと納屋の方に放り込み、街の方に歩き始めた。

『聖女の奇跡』のおかげで農民は生活にゆとりがあるのだろう、ものを大事にすることはあまりしなくなっている。

ミレイユは男に尋ねた。


「また今日もギャンブルするの?」

「ええ。こうやって、昼に仕事終わらせて、後はのんびり博打や観劇に明け暮れる今の生活は最高ですよ。聖女様も、これからも残っていてくださいね?」

「え、ええ……」


そう男は言い残すと、無気力に街の方に向かっていった。

聖女ミレイユはそれから一時間ほど畑の作物に水をやっていた。


(最近は、ここに人もあまり来ないから、寂しいな……)


そうミレイユは思っていた。

実際にはこの場に人がいない訳ではない。ただ、ミレイユを見て笑顔で挨拶をしてくれるような『元気な領民』が減ってきている。


本人は自覚していないが、ミレイユにとって、ここでの水やりは『庶民の味方の聖女様』としてあがめられるためのポーズに過ぎない。

だが、その聖女様に愛想を振りまくような『気配り』が出来る領民が新しい生活を求めてカルギス領に流出している。

こえにより、自身に挨拶をしてくれるものが減っていることが『人が来なくなった』と感じているのだろう。


そしてちょうど昼食時に水をやり終え、


(そういや、今日は友達と約束していたんだっけ。早く行こうかな)


その日の仕事も終わりになったため、ミレイユも街に繰り出していった。




「あはは、ゴメンね、まった? ミレイユ?」

「ううん。そっちも今日の仕事は終わり?」

「え? うん。今日も水やって、ちょっと作物採ったら終わり」


そう言って、ミレイユの友人であるサキュバスは笑いながらいつものカフェに座った。


「そう言えば最近、スファーレがいないね? どうしたんだろ?」

「そうねえ……。多分、惚れ薬が効いたのね……」

「あ、そう言えば前話してたよね! ……誰と婚約したとか話聞いた?」

「ええ。……まさか、シリルと婚約するなんてね……」


スファーレの義父母の家庭はそれなりに名が知れた名家であったため、彼女の結婚に関する話は嫌でも耳に入る。


「あの子、口ではシリルの悪口ばかり言ってたけど、本当は好きだったのかな?」

「多分そうね。ま、シリルがスファーレを傷つけたらボコボコにしてやるつもりよ?」

「ボコボコって言えば……なんでもシリルって奴、スファーレを自分が傷つけたら斬ってくれってラルフ領主に頼んだそうよ?」

「へえ。やっぱり私の惚れ薬ってすごいと思わない? あのシリルに、そんな約束させるなんて!」


ミレイユは自慢げにそう笑って見せるのに対して、友人は追従するように笑みを見せる。

店内では、いつものように音楽家が歌を歌っていた。

だが、その歌はここ数か月の間ずっと同じ曲であることを二人は知っており、少し退屈そうな表情をミレイユは見せた。


「なんか最近、街に活気がなくなったと思わない?」

「うーん……。そう言えばあいつも、カルギス領に行ったっきり帰ってこなくなっちゃったよね」


あいつ、とは以前ミレイユやスファーレと一緒にお茶を飲んでいたエルフの少女である。

ミレイユは「そういえば」と思い出したようにつぶやき、答えた。


「なんでもあの子、ラルフ領主の使用人の、インキュバスと付き合ってるらしいわ」

「え、そうなの? ……あいつもやるなあ……」

「そういや、あんたは彼氏作る気ないの? あんた、いっつも独り身よね?」


ミレイユは、そうサキュバスの少女に尋ねると、少女は少し不機嫌そうに答える。


「うーん……。欲しいんだけどね、中々出会いがなくってさ……」

「へえ。けどさ、あんたもお見合いでもすれば、誰かしら告白してくれるんじゃない?」

「まあそうかもね。ただ今はやんなきゃいけないことがあってさ。お見合いとかする時間ないんだよ」

「ふーん。ま、言い訳するなら好きにすればいいわよ」


そう悪気無く言うミレイユに、サキュバスは少し不快そうな表情を見せた。

そうミレイユは言うと、窓の外に一人の可愛らしい少女が歩いているのを発見した。


彼女は以前、スファーレの仕込みによって『友達の病気を治してもらうため』と言う名目で薬をだまし取った少女であった。

勿論、ミレイユはそのことを知らない。


「あれ? あの子……」

「なに、知ってる子?」

「うん。以前お友達の病気を治してほしいって言ってた子。元気にしてたかな? ちょっと聞いてくるからそこで待ってて?」


ミレイユはそう言うと、友人を置いて店を出ていった。




「ねえ、あなた!」

「……ん?」

(あれ、この子、こんなに愛想なかったっけ?)


以前の天使のような笑顔を期待したミレイユは少し残念そうに尋ねた。


「あなた以前、家族の病気を治してほしいって言ってうちに来てたでしょ? あれからお友達は治ったの?」

「え? ……ああ、あのことね。うん」


相変わらずそっけなさそうに言う少女に、ミレイユは慌てたように笑顔を見せながら尋ねる。


「そう? あのさ、もしよかったら家族に会いに行っていい?」

「いいよ、別に。……ゴメン、あたし用事あるから……」

「けどさ、もしかしたらほかの人が病気だったりとかするかもしれないでしょ? だから……」

「だから良いよ。もうあたし達、セドナさんから薬ももらってるし……」

「薬って……カルギス領の? あんな薬なんかより、私の薬の方が効き目は強いからさ! 本当に良いの?」

「……うっさいって言ってるだろ。それじゃ」


ミレイユは自身のことを『慈愛の聖女』のように評価しているが、実際にはその慈愛は、今話をしている少女のような『可愛い存在』にしか向けられていなかった。


そして、この少女は以前にも説明した通り、自身の父親が苦しんでいた時にミレイユから見て見ぬふりをされた過去があるため、本心ではミレイユのことを嫌悪していた。

また、今ミレイユがしつこく誘ってくるのも『恩人である自分が会いに行き、感謝されたい』と言う本音が伝わってきていた。


そのこともあり、少女は以前のような『お姉ちゃん、大好き!』と媚びるようなことおもなく、そうつぶやくと走り去っていった。


「……あれ……?」


だが、事情を知らないミレイユは不思議そうに首を傾げた。

そこで数分ほど放心していたら、友人のサキュバスが会計を済ませたのか、店から出てきた。


「どうしたの、ミレイユ?」

「うん。実はね……」


そしてミレイユはその内容について説明した。

……なお、カフェでの代金を出してもらったことについては、ミレイユは指摘もしなかった。


「へえ。ミレイユも優しいところがあるんだね。病気の子のために薬をただ同然で分けてあげるなんて?」

「フフ、そうでしょ?」

「まあ、あの子もきっと今は機嫌が悪かったんだよ。きっとまた、仲良くなれるって!」


そう言われたことで、ミレイユも少しだけ笑みを浮かべた。


「そう、だよね? ……ありがと、いつも慰めてくれて」

「友達でしょ? あまり気にするなって!」


友人はハハハ、と笑いながらバンバンと肩を叩いてきた。

……なお、夢魔は基本的に同性を嫌う。それはインキュバスだけではなく、サキュバスも同様であるが、そのことをミレイユは忘れていた。




「あのさ、ミレイユ? 今夜って空いてる?」


唐突にサキュバスの少女から尋ねられ、ミレイユは少し驚いたような顔をした。


「え?」

「実はさっき思い出したんだけどさ。今夜友達がダンスパーティ開くんだよ。ミレイユってあまりそういうの行かないじゃない?」

「ええ。『いつ聖女様を狙うものがいるか分からないから、必ず夜には帰ってくるように』って執事に言われてるから……」

「ああ、知ってるよ。けど、今日くらいは羽目外してもよくない? 最近ミレイユって元気ないから、こういう時はパーッと騒いだ方が良いと思うからさ!」

「パーッと……か……」

「そうそう! ミレイユが居てくれたらあたしも安心だからさ! それにあたしの友達、みんなミレイユに会いたがってるんだよ。だから、来てくれない?」

「ええ、あんたの友達が?」


元来あまり踊りが好きではなく、あまり異性への関心もない普段のミレイユであれば、そう言われても参加することは無かっただろう。

しかし、ここ最近はスファーレをはじめとする『友人』と会えていなかったこと、それによってスファーレが主催していた教会での会合にも参加できなくなっていたこと、そして何よりスファーレの仕込みによって来店していた『可哀そうな美少女』が店に来なくなってきたこともあり、孤独感を募らせていた。


その為、ミレイユは頷いた。


「そうね、たまには夜、出歩いても平気よね?」

「そうそう! あたしが居れば安心だから、ドーンと任せといてって!」

「うん。それじゃあ今夜、屋敷を抜けていくから、案内してくれる?」

「ああ、任せておきなよ!」



ミレイユは基本的には、自分のこと以外にはあまり関心を向けることがない。

そのこともあり、そう言う『友人』の目がギラリと輝くのをミレイユは気づかなかった。

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