ヤンデレ全開なお手紙を貰うの、良いよね
シリルたちと別れてからザントは黙々と、虫を捕っては袋に放り込む仕事を繰り返していた。
そして、すっかり日も暮れかけたころ。
「おーい、ザント! 仕事はどうだ?」
「大変だったでしょ? ありがとね!」
シリルとセドナはそう言いながら馬車に乗って戻ってきた。
「あ、シリルさん、セドナさん」
そう言いながらも、ザントは少ししり込みする様子を見せた。
途中で面倒になり少しサボりながらやっていたため、シリルたちから言われていただけの害虫駆除が終わらなかったためだ。
「えっと、その……」
「おお、すげー頑張ったじゃん! ありがとな、ザント!」
「ほんと、よく頑張ったね!」
だが、シリルとセドナはノルマの達成については深く言及せず、笑みを浮かべてザントのことを労ってくれた。
「え? あの、その……」
ザントは人と会話をするのは得意ではない。
その為、どうしてもこのような場面で上手に言葉を紡ぐことが出来ない。だが、このように仕事で褒められてきた場面はほとんどなかったため、嬉しそうな表情を見せた。
「そうだ、シリルさん。先ほど郵便配達の人が来てさ。ラルフの屋敷の人だって俺が思われたみたいで、この手紙預かったんだ」
そこで、場をつなぐような態度でザントは先ほど預かった手紙を手渡した。
「え? お、悪かったな。実は今日、本当はセドナがここで働く予定だったからさ」
「そうそう。けど、ザントは見込みありそうだし、一人で大丈夫だろうなって思って、あたしもシリルの手伝いに行ってたんだよね」
「そ、そうだったのか……とにかく、これ」
やはり褒められ慣れていないのだろう、ザントはそう言いながら、手紙をセドナに手渡した。
「えっと、これ、シリル宛だね。相手は……あ、スファーレだね」
「お、スファーレ様? あの方もマメだな」
「スファーレ?」
「ああ、ラルフ様の奥様の連れ子だよ。俺も小さいときはよくお世話してたんだ。今は養子にもらわれてグリゴア領に住んでんだけど、今でもよく手紙をくれるんだ」
「へえ……」
そう言うと、ザントは少しねたむような表情を見せた。
(年の近い異性の幼馴染ってわけか。やっぱり、シリルさんは恵まれてるよなあ……。俺も同じような幼馴染が居たら、こんなとこには居なかったのに……)
ザントは心の中で思ったが、それを口にすることは無かった。
「それじゃ、早速読んでみるかな……」
そう言うと、シリルは封蝋を外して読み始めた。
「うーん……正直スファーレの手紙って、繰り返しの表現が多かったり、回りくどかったりして読みづらいんだよな……えっと……。ふむふむ……」
シリルはセドナとラルフの教育のおかげで、ある程度の読み書きを行うことが出来る。
だが、この世界の言語体系はやや複雑であり、手紙に書かれた文章などでの正確なニュアンスを訳すことが出来ない。
しばらく読み進めた後に、シリルはつぶやく。
「なるほど、大体わかった……と思う」
「へえ、どんなことが書いてあったの?」
セドナの質問にシリルは、やや自信なさげな表情で答えた。
「多分だけど……『以前勝手に話を進めた、養子縁組のことは、悪かった』『とても寂しい』『今、義父母のために頑張って貯金をしている』『今度、遊びに来て欲しい』ってことみたいだな」
その発言に、ザントは不思議そうに尋ねた。
「あれ、縁談って、なんですか?」
「ああ、スファーレの家から俺に養子縁組を申し込んだことがあったんだよ」
「……へえ、俺と違ってモテるんだな、シリルさん」
面白くなさそうにザントは答えるが、シリルは首を振った。
「けどさ。それってスファーレの独断だったみたいでさ。 義両親には勝手に話を進めてたらしいんだ」
その時のことを思い出したように、セドナも笑った。
「そうそう! ラルフ様が確かめにスファーレの家に行ったら、両親はブチ切れて大騒ぎになったんだ。『私たちエルフが、あんな人間の男を養子になど、望むわけがないだろう!』ってね」
「へえ。……エルフからすると、人間や俺たち獣人なんて、そんなもんなんだな」
獣人も人間と同様にさほど寿命の長い種族ではない。その為、一部の容姿に優れた獣人を除くと、露骨に嫌悪され恋愛対象は愚か家族になることも拒むものが多いのは人間と変わらない。
シリルも整った顔立ちではあるのだが、ザントが『不良っぽい』と印象を受けたように『美少年』という印象は与えない。
その為、スファーレやセドナのように明らかな「美少女」と呼べる相貌でもない限りは、扱いはぞんざいなものである。
そのこともあり、ザントはますます面白くなさそうに答える。
「アハハ、それにしても、あのときはひどかったね。けどきっと、スファーレはなんで、シリルに養子縁組なんか申し込んだんだろうね? ひょっとして、シリルのことが好きだったとか?」
セドナは少しからかうような口調で尋ねるが、シリルは苦笑して首を振る。
「いや、当時はあの方も子どもだったし、それは無いと思う。……あの方は、本当は単に寂しくて……。俺が兄として、屋敷に住んでほしかっただけだと思うけどな」
スファーレは大変愛くるしい容姿をしていた美少女だったため、義両親は喜んで彼女をもらい受けていた。だがシリルに対しては、いずれ腕力が強くなる『人間の男性』と言うこともあり、露骨に養子として引き取ることを嫌がっていた。
もし自身が無理にでもスファーレについていけていたら、と思いながらシリルは少し悲しそうにため息をついた。
「ふーん……それじゃあさ……? もし、スファーレが本気でシリルと結婚したがっていたとしたら、どうするつもり?」
その、どこか探りを入れるようなセドナの質問に対しては考えるそぶりも見せずにシリルは笑って見せた。
「そのときは断るよ。スファーレは、俺にとっては妹みたいなもんだから、今更縁談って言われてもピンと来ないし、あいつには幸せになってほしいけど……正直、しっかりと愛せる自信もないからな。それに、俺はまだ……」
そう言うと、シリルは少し切なそうな表情で空を仰ぐ。
「へえ……。じゃあ『シリルはスファーレの幸福を第一に願ってる』ってこと、だよね? で、自分が大事にできるか分からないから、結婚はしないってことか。シリルは、ミレイユのこと、好きだもんね……」
「……まあな……」
そう、シリルはセドナの質問に頷いた。
「ふうん……やっぱり人間って、エルフのことが本当に好きなんだな……。俺は……グリゴア国で迫害されてた時に、助けてくれなかったあの聖女様は嫌いだけどな……」
獣人は人間と違い、エルフに対して特別な感情を持つことがない。
そのことと、シリルばかりに縁談のような浮いた話が来ることも相まって、ますます面白くなさそうに、ザントは手紙を覗き見る。
「……あれ?」
すると、ザントはその手紙の内容に不思議そうに首をかしげる。
「シリルさんが訳した文章だけど、本文はやけに長くないか?」
シリルもそれには同意して、少し面倒くさそうな表情を浮かべた。
「ああ。スファーレの手紙って、いつも内容のわりに長いんだよな」
「へえ。……えっと、多分だけど、最初のこの文字の並びが『お兄様』だよな?」
ただでさえこの世界はエルフ以外の種族は貧困生活を強いられている。
それに加え、この世界では一般的に寿命が長く知力も高いエルフに合わせた学習体型が組まれており、人間や獣人のような短命種に即応した学校教育は存在しない。
その為、スファーレのように養子として家庭教師をつけられているものを除くと基本的にエルフ以外の種族は読み書きが満足に行えない場合も多く、当然ザントも例外ではない。
だが、分からないなりに手紙の内容を見て、気になる点があったらしく、そのように質問してきた。
「え? ……うん、そうだな。その部分は『兄』の丁寧な表現だから『お兄様』のはずだ。ていうか、文字が読めないのにそんなとこに気づくなんて、ザントって、頭いいんだな?」
「え、そ、そうか?」
その質問に気を良くしたのか、ザントは少し照れたような表情を見せる。
「それで、その文字の並びが、このあたりずっと続いてるってこと?」
「そうなんだよ。スファーレって、こういう文章を書く癖があるんだよなあ……」
それを聞き、ザントの表情が凍る。
「え? ……それっておかしくないか? 『お兄様、お兄様、お兄様』って、何度も手紙に書くって……」
少し不安そうに尋ねるザントに対して、全文を把握できないこともあるのだろう、シリルは何てことなさそうに答えた。
「まあ、それだけスファーレが寂しいってことなんだろうな。……今度、なんか刺繍でも送ってやるかな」
「いや、そうじゃないけど……。うーん……」
「それより、そろそろ暗くなってきたから馬車に乗ってよ? 夕飯までに帰れなくなっちゃう!」
「そうそう! それと、ザントが取ってくれた虫も忘れないでくれよ? 今日はそれで一杯やる予定だからな!」
「え? ……は、はあ……」
だが、せかすように二人に言われたこともあり、ザントはそれ以上突っ込むことをやめ、馬車に乗り込んだ。
因みに手紙の本文は、こうである。
『愛する私だけの、愛しのお兄様。
最近、調子はいかがでしょうか? 私の方は元気ですが、カルギス領の厳しい気候の下で、お兄様が体を壊していないか心配です。
お兄様、私は数年前、お兄様との養子縁組が失敗したこと、誠に心苦しく思っていますわ。
それもこれも、私をもらい受けた義父母に逆らえなかった、私の弱さが原因。
プライドばかり高くて、その癖家計は火の車。そんな貧乏貴族なくせに、可愛いお洋服に浪費して、私に着せるあの義父母。
きっと、私をお人形だと思っているのでしょう。
ですが、私は人間。今は私も義父母にそのようなことを言わせないように、一生懸命お金を貯めておりますので、今度は正式に家族になる場を作らせていただきます。
ただ、お兄様がいまだにあの女、ミレイユのことを愛していること、とても寂しく思います。
ですが私、まだお兄様のことを諦めてはおりません。
お兄様が私を異性として愛していないことは承知の上。ですが、私は『どんな手を使っても』お兄様に愛してもらうため、力を尽くします。
そして縁談が決まったら、お兄様はグリゴア領で一生私と一緒に過ごしましょう?
寝るときも、起きた時も、朝から晩まで二人っきりで、ずっと抱き合って見つめあって、愛し合いましょう?
その時を楽しみにしております。
追伸
言い忘れましたが、お兄様。
お父様(ラルフのこと。スファーレにとってラルフは義父だが、現在の義父母と区別するために『お父様』と呼んでいる)に先日お聞きしましたが、もうすぐグリゴア領に行商にいらっしゃるとのこと、お聞きしました。
その時にはぜひ、屋敷に遊びに来てくださいませ。
最高のお茶とお菓子で、お兄様のことを心から歓待申し上げますわ。
ああ……早くお兄様の体の中を、私の作ったものだけで満たせるときが来ることを心の底から待ち望んでいます。
愛する、大好きな、私のお兄様、お兄様、お兄様、お兄様、お兄様……』
もしシリルの語学力がもう少し高かったら、或いは語学が堪能なセドナに手紙を見せていたら、きっと真っ青になっていたことだろう……。
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