追放した相手に復讐心を持たれるの、良いよね

それから数週間が経過した。

スファーレはシリルと婚約して以降、プロテインを『食品』と定義することによって、重い関税を課す法律に反対するものを集めて、何度も協議を行っていた。


そしてある程度合議の中での勝ち筋を見つけたと判断できた日、スファーレはついに自身の義父母を失脚させる計画を実行に移すことにした。





「おはようございます、お義父様、お義母様」

「やあ、可愛いスファーレ? 今日はこんな服を着て外に出ないか?」


挨拶をするなり、スファーレの義父はそう言ってかわいらしいヘッドセットを取り出してきた。


「そんな、あなた? スファーレの今日のドレスには、こっちの方が良いわよ?」


一方の義母もそう言いながら派手なフリルがこしらえられたリボンを取り出した。

相変わらず自身のことを着せ替え人形のように思っていることが分かる発言に、スファーレは大きなため息をわざとらしくついた。


「なんだい、スファーレ? そんな顔をするのは家の中だけにするんだぞ?」

「そうよ。あなたのそんな顔、知り合いには見せたくないのですから」


そしてスファーレは、今まで義父母やミレイユに対して行っていた猫なで声をやめ、低い声でつぶやく。


「まったく……。今まで黙っておりましたけど、それも今日でおしまいですわ?」


そう言うと、スファーレはドアを開けた。

すると、そこから数人の警察官が入り、そしてスファーレの義父母を取り囲んだ。


「な、なんだ……こいつらは……?」

「無礼よ! 誰か、この者たちを追いだしなさい!」


義父母はそう叫んで使用人に指示をするが、警察官に対して追い出すような真似をするものはいない。

また、周囲の使用人たちも、スファーレ同様容姿を見て買われたものばかりであり、二人のやり方に辟易していたものも多かった。その為、周りは冷ややかな目でそれを見据えていた。


「さて、お二人方……。なぜ今日警察の方が来たかはご存じですよね?」

「は? いや、それは全く……」

「へえ……。じゃあ、この証文はご存じで?」


そう言ってスファーレは警察官に声をかけると、一枚の証文を取り出してきた。

それを見た義父母は表情を凍らせた。


「な……なぜ、それを……?」

「過去、議員になるために使ってきた賄賂の証文、被服費や遊興費を稼ぐために議会の予算を不当に使用した金額の証文、ほかにも出るわ出るわ……。そうまでして、私たちのお洋服や、メイドを買うお金が欲しかったのですか?」


メイドを「買う」と言う表現をするところに、スファーレの義父母に対する悪意がにじみ出ている。

因みにスファーレ以外の使用人も、みな実用性を度外視した豪奢な服装に身を包んでいる。これらもまたスファーレの義父母が借金をしたり、横領をしたりして得た金で与えたものである。

だが、明らかに自身の筆跡で書かれた証文に、義父は思わず言葉を漏らす。


「どうやってその証文を手に入れたんだ……?」

「あら。お義父様もお義母様も私室への出入りを許可したから、それを見つけるのは容易でしたわ?」

「そんな……お前は私を愛してくれていたと思っていたのに……」

「私、悪事に私情を挟んだりしませんわ? ……それに、お二人に愛されていると思ったこともありませんもの」

「何言ってるんだ! 私たちはお前のことを愛し……」


だが、その義父の発言を遮るようにスファーレが言い放つ。


「道具として、一方的に執着することを『愛』なんて呼ぶおつもりですか? ……そもそも、私を一人の人として扱ってくださったこと、一度もなかったじゃありませんか?」

「そんなことは無いだろう? あなたが人間なのにも関わらず大事にしていたでしょ? きれいな服も美味しい食事もいつも提供していたじゃないの?」


その義母の発言に対して、スファーレは上品な口調ながらも、その中に確かな怒気を込めてつぶやいた。


「……はあ、そんなことはどうでも良いのですわ。……まず、私がお兄様に会いに行こうとしても『あんな醜く、貧しい人間に会いに行く必要が無い!』と止めましたよね?」

「だが、それはお前の身が心配で……」


言い訳がましくそう弁解する義父の声を無視して、スファーレは続けた。


「それに進学の時にも……私はお兄様のお力になるために農学を学びたかったのに……。勝手に私の進路を神学に決めていましたよね?」

「それはそうだろう? この領地はミレイユ様のおかげで農学は意味がないのだから……神学を学ぶ方が、将来のためになるじゃない? あの方も同じ学校に入っていたのだから……」


義母はそう言うが、本音は『聖女であるミレイユとお近づきになれば、自身の立場もよくなるから』と言う利己的な事情がありありと感じ取れた。その為スファーレは少し呆れたようにまたため息をつく。


「ほかにも言いたいことは山ほどありますが……。『私のため』と言う建前で、勝手に私を支配しないでくださいます? ……せめて、私の進む道を応援してくだされば……こんなことにはならなかったのですわ? 逮捕される前に、借金を返してあげたことでも感謝してくださいませんと」

「ぐ……!」


横領して得た金はすべて借金の返済に使われていたが、それでも足りない分は『自身の言う通りにすること』という条件でスファーレから譲り受けていた。


なお、義父母はスファーレが出してくれた金の出所は知らない。

そしてスファーレは冷たく笑って答える。


「フフフ。まあ、おそらくお二人の罪状は国外追放……と言ったところでしょうね? 勿論お兄様の居るカルギス領への出入りは禁止されることでしょう。……ミレイユの居ない土地で、あなた達は生きていけるのかしら?」

「…………」


そこまで聴いて、スファーレの義父母は押し黙った。

今まではミレイユの『聖女の奇跡』の力によって、努力しなくとも芳醇な作物を得ることが出来ていた。

だが、それに胡坐をかいていたこともあり、もはや今までのような開墾や雑草の駆除、病害虫の予防と言ったノウハウはすべて失ってしまっている。


加えて、寛大な領主であるラルフが統治するカルギス領への移住も認められなくなった場合、生活は非常に厳しいものになるだろう。


「これはもう、必要ないものですわよね?」


スファーレは義父母の持つ家の家紋が入ったブローチを奪うと、それを自身の胸に取り付け、笑みを浮かべた。


「なにをする、スファーレ? お前、まさか……」

「ええ、この家の当主が居なくなるのですもの、当然跡取りはこの私になりますよね? ……それと、使用人の方々の雇用は守らせていただきますわ? なので、皆様は安心してくださいませ」

「え? あ、それなら我々はこれからも働かせていただきます……」


その発言に周りの使用人も安心したように、スファーレの義父母から離れていった。

そして観念したようにスファーレの義父母は頭を垂れ、警察たちに捕まっていった。

だが最後に、


「覚えてろよ、スファーレ……。ミレイユ様さえいれば……我々は負けん……」

そう捨て台詞を残したが、スファーレの耳には届いていなかった。




「フフフ……これで、邪魔者はいなくなりましたわ?」


スファーレは自身の腕に巻いてある腕輪……これは婚約者であるシリルの髪の毛を編み込んだものである……を眺め、それをぺろり、と一舐めしながらつぶやいた。


「約束ですもの……プロテインの関税を元に戻して差し上げないと……。 それより、これでお兄様を我が家に婿入りさせることが出来ますわね……その時が楽しみでなりませんわ……?」


(……うわあ……。相変わらずやばいな、お嬢様……)

(シリルって子、大丈夫かしら……)


髪の毛で作られた腕輪を舐めた後に何度も頬ずりを繰り返すスファーレの様子を見て、その場に残された使用人たちは、不安そうな目でそれを見つめていた。





一方、カルギス領では、ザントが使用人であるインキュバスとファッションを見せあっていた。


「ど、どうだ、この服の組み合わせは……」

「ほう、悪くはないな。君も少しは私に似て、センスが磨かれてきたではないか!」

「別にあんたを真似したわけじゃないだけどな……」


先のダンスパーティ以降、ザントは少しずつ自身の身なりにも気を配るようになっていった。

領主のラルフから服を借りてパーティに行ったが、カジュアルな格好が中心である会場の面々に比べて、ラルフの好む伝統的なフォーマルファッションは、明らかに浮いていたためである。


その為、ザントは自腹を切って服を買い集め始めたのである。


「ハハハ、ザントも前よりかっこよくなったじゃんか」


その様子を見ながらシリルは笑って答えると、ザントもそれに少し嬉しそうな顔をして、セドナの方を向いた。


「そうか? ……あの、じゃあセドナさんはどう思うかな……?」

「え? だから前から言ってるじゃん。あたしは服の良しあしって分かんないんだよ。だからあたしに意見を聞いてもダメだって」


ロボットであるセドナは芸術を介さないので、そのように答えるしかない。だが、その発言に少し残念そうな顔をしたことに気づいたのか、セドナは少し慌てたようにフォローをする。


「け、けどさ! ザントは頑張っているのは凄い分かるし、そういうとこ素敵だなって思うよ!」

「そ、そうか……ありがとう……」


ザントはそれを聞いて、少し表情を明るくした。

インキュバスは気障に髪をかきあげると、ザントに対して付け加える。


「それより、今度のダンスパーティでは美しい舞を頼むよ? この私がたっぷりと付き合ってあげたのだからね?」


本来インキュバスは同性を嫌う性格特性を持つが、虚栄心の強い性格上教えを請われると断れない。また、ザントとは付き合いが長いので『手のかかる後輩』のように感じているのだろう、彼はザントには結構世話を焼く場面が多い。


「あ、ああ! セドナさんも見てよ!」

「え? あ、うん。けどあたしよりさ。一緒に来てくれる女の子に見せなよ? きっと、彼女になりたいって子も出来ると思うよ、きっと?」

「うーん……」


セドナはあれからザントが主催するダンスパーティのために方々に声をかけてくれた。

当然その中にはかなりの人数の女性が含まれていたが、ザントはあまり良い表情を見せなかった。


「あれ、ザントって『ハーレムが好き』って言ってたでしょ? だから、女の子いっぱい呼んだら、喜ぶと思ったんだけど?」

「え? ……あ、いや……俺はセドナさんが来るなら……」


そうつぶやくザントだったが、ザントの発言をインキュバスの高笑いがかき消してしまった。


「ハハハ! 沢山女性が来るのであれば、我々も腕の振るいがいがあるな! ザント君!」

「あ、ああ……」

「……ところでさ、そろそろ時間じゃない、シリル? ぼーっとしてるけど平気?」

「え? そうだな……」


セドナが思い出したようにシリルの方を見ると、シリルは恋に浮かれたような、ぼーっとした表情で、手に巻いた腕輪を見つめていた。


「それ、スファーレさんから頂いた腕輪だよな? 確か髪の毛が編み込んでるんだったか?」

「ああ。……これを巻いてるとさ。スファーレが傍にいてくれる気がして、気持ちが和らぐんだよ」


そう言いながら、シリルは大事そうにその腕輪を撫で、自身の胸に押し当てた。


「そうなんですね……。けど、その気持ちが和らぐってのは……」

「ああ。……俺の飲んだ惚れ薬の力だってのは分かってる。……この気持ちがずっと続くと良いんだけど、いつかは切れるって思うと悲しいよな……」


ザントがそれを聞いて、明らかに不快そうな表情を見せた。


(なんだよ、あれ……。シリルさんってあんなに女性に入れあげるタイプじゃなかったよな……。惚れ薬って、人格まで変える効果があるってことか……)


ザント自身も、惚れ薬がグリゴア領では売られていることは知っていた。

その為いつかはミレイユからその惚れ薬を購入して、複数人に飲ませてハーレムを作ることを夢見ていた時期もある。


だが、セドナとの出会いや、シリルのその様子を見て、態度を改めていた。


(あんな風にしてまで、手に入れた彼女なんて、意味ないな……。俺は……俺自身の魅力で相手を作らないと、な……。きっと頑張ればセドナさんも……)


そう思いながら、ザントはちらりとセドナの方を見て、改めてパーティを成功させるよう、気を引き締めた。




「しっかし、あのバカシリルが騎士様ねえ……」

今まで一同の様子を遠巻きに見ていたドワーフの使用人も、そう言いながらからかう様子でつぶやいた。

シリルは少し苦笑した様子で、ドワーフの方に笑いかけてくる。


この日は、シリルはラルフから『騎士』としての叙勲を受ける日であった。その為、シリルは朝からその支度に追われていたため、一同はその手伝いもかねて屋敷に集まっていたのである。


「うるせえな。俺だって分不相応って分かってんだよ。けどスファーレが義父母から後を継いで、貴族の当主になるって話だろ?」

「だったらこちらも名目上は立場を上げないと釣り合わないってわけだよ。だからシリルに『騎士』の称号を上げることになったんだよね」


セドナも横からそう付け加えた。ドワーフはククク、と皮肉めいた笑みを見せる。


「けどよ。領地もないのに『騎士』になっても、メリットなんて昇給するくらいじゃねえか。……ラルフ様が『戦え』って言ったら戦わないといけないんだろ?」


この世界では『騎士』の称号を持つものは高い名誉と俸給、そして領地から徴税をする権利を得る代わりに、戦の際などに領主の命令で戦う義務を持つことになる。


だが、シリルは元々ラルフに雇われていた身であり、かつ今回の騎士への任命において与えられる領地がないということもあり、シリルは単に名誉と僅かな昇給しか得るものがない。

そのことを分かっているが、スファーレとの結婚のために『格』を少しでも合わせるため、ラルフからの打診をシリルは受けざるを得なかった。


だが、シリルはまんざらでもなさそうにしながらも、ドワーフに言い返す。


「まあな。けど、それは騎士じゃなくても同じことだろ? お前だって、ラルフ様の命令なら戦うじゃねえか?」

「はっはっは! ま、そりゃそうだ!」


事実、この屋敷の面々は、幼少期から世話になっていたこともありラルフには高い忠誠を誓っている。

その為、ドワーフやインキュバスたちも笑いながら頷いた。


「それに、スファーレが喜ぶなら俺も嬉しいからな。……んじゃ、行ってくるよ」

「ああ、気をつけてな、『成り上がり』!」


やはり本音はシリルの出世が嬉しいのだろう。

形の上とは言え騎士になり、更に結婚後には貴族の家に婿入りする。即ち『成り上がり』と相成ったシリルを祝福するような表情で、そのドワーフの使用人は二人を見送った。

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