惚れ薬の効果と分かったうえでも相手を思いやれるの、良いよね

騎士への叙勲式は基本的に、ラルフの屋敷ではなく国王直轄地にある大教会で行われる。

これは、領主だけではなく、国王の見ている場で行うためだ(シリルたちの国では、国王が領主に対して自治権を与える形で統治を行っている)。


「……凄いな、ここは……」


初めて訪れるその教会のステンドグラスを見て、シリルは思わず嘆息の声を上げた。


「シリル、あたしもここで見ているから、しっかりやってね」


そして護衛兼付き添いとしてきたセドナはドレスをひるがえし、礼拝堂の脇に立った。


「それではシリル。前に」


その声と共に荘厳な音楽が鳴り響き、シリルはその中を一歩ずつ歩く。


(ラルフ様……それと、後ろに居るのは国王陛下か……見るのは初めてだな……)


シリルは、ラルフの後ろで王冠を被っている老婆を見やった。

彼女が国王であろう。エルフで老婆と言うことから、恐らくは千年以上は生き続けていることがシリルにも理解できた。

その華奢な肉体ながらも威厳のあるたたずまいを見て、シリルは思わず背筋を伸ばした。


「これより、騎士への叙勲式を執り行う。領主ラルフ」

「は……」


そう言うと、ラルフは国王に一度頭を下げ、壇上から降りてきた。

あくまでも国王は「見届け人」と言う形であり、最初の挨拶と調印以外には基本的には関与しない。


「シリル、そなたはこれより我がカルギス領主ラルフの元、騎士として働くことを誓うか?」

「はい、誓います」


このあたりの打ち合わせは事前に行っているため、シリルは黙ってうなづき、ラルフの前でひざまずいた。


「それでは、騎士としての誓いを示せ」

「は。私シリルはここに、騎士としてラルフ様、ひいては国王陛下のもとで戦う僕として、命尽きるまで手足となることを誓います」

「よろしい。それでは、ここに騎士の剣を渡す。ラルフ……手を」

「はい……」


そう言ってラルフは国王から剣を受け取ると(この剣も実際にはラルフが用意したものであり、国王からの拝領は形式的なものに過ぎない)、シリルに手渡した。


なお、この領主の刻印が刻まれた剣は、騎士が自身の荘園への徴税を行う際に必要な証としても使われている。

……もっとも、荘園を持たない名ばかりの騎士であるシリルには意味のないことなのだが。


「シリル。これを手に、今後は騎士として励みなさい」

「……はい……」


そう言ってシリルが手を伸ばすと、後ろで夢魔たちが音楽を鳴らしながらそれを盛り上げていた。


一方でセドナはその様子を温かく見守りながらも、周囲への警戒を強めていた。

仮にも領主と国王が居るこの場で襲撃を試みるものがいないとは言い切れなかったためだ。


あたりを見回しているうちに、


(……あれ、あそこにいるのって……)


セドナは怪しい一人の女の影を見かけた。

ローブを身にまとっているが、その小さな体格と、身じろぎをする時の癖から、彼女がスファーレであることが分かった。


(スファーレか……。シリルのことを見に来たんだね。まあ、あの子のことだから放っておいてもいいか……)


そうセドナは判断し、その様子を見て見ぬふりをすることにした。

一方でシリルは差し出された剣に手を伸ばすが、そこで手が止まったのを見て国王は不思議そうに尋ねた。


「シリル……どうしたのですか、剣を受け取らないのですか?」

「……すみません……。この場で……一つだけ、ラルフ様に……頼みがあるのです……」


この場でいうべきではないこととは分かっているのだろう、絞り出すような声でラルフに対してシリルは答える。


「ほう?」

「私が……騎士になる理由は……婚約者のスファーレ様と釣り合いを取るため、です……。ですが……」

「まて、シリル。今は陛下の前だ。その話は後にでも……」

「構いません、続けなさい」


国王はシリルの態度を見て、ラルフの発言を制止した。

また、そもそも平民の出身であり、しかも人間であるシリルを突然騎士として推薦したことに疑問があったのだろう、それを聞きたいという気持ちも見て取れた。


「領主様もご存じの通り……今の私は『惚れ薬』を飲み、無理に彼女を愛している身です。……いわば、私が彼女に持つ思慕の念は……一時的なもの、なのかもしれないのです……」

「ほう? 惚れ薬、か……」

「はい。実は……」


そこで、ラルフは今回の騎士への任命に関する顛末を解説した。


「なるほど、あのグリゴア領に住む、聖女様の腰巾着……もとい、親友のスファーレか……」


当然国王は、聖女ミレイユが自領で大きな力を持っており、国の行く末を握っていることは理解していた。

その為、彼女の周辺情報については事細かに理解しているのだろう、スファーレと聞いて納得したように頷いた。

同時に、彼女が婚約した、と聞いて単純な興味がわいたのだろう、急に体を乗り出しシリルを見やった。


「まさかそなたが、あの女に『惚れ薬』を差し出され、あまつさえそれを『自分の意思で』飲むとはな。……いや、カルギス領の現状を想えば、当然か……。それで、何が望みだ?」


国王の質問に、シリルはぐっと歯を食いしばるような表情で答える。


「はい。……私が今一番恐れているのは……。惚れ薬の効果が切れ、彼女への愛が覚めた時……彼女を憎むこと、或いは彼女を傷つけてしまうこと、です……。そんなことをするくらいなら、私は……死を選ぼうと思います」

「なるほど。……つまり私に頼みたいこととは……」

シリルはそこで覚悟を決めたような表情で答える。




「はい。もし、そのようなことがあった時……。ラルフ様、どうか私を斬っていただきたいのです。そしてその際に、国王陛下はどうか、ラルフ様を罰さないで欲しいのです」




ラルフは地方領主と言えど、何でも好き放題できるわけではない。あまりに強権的な裁きを下した場合は国王に処罰されることがある。

その為、無礼を承知でシリルはこの場でいうしかなかったのだろう。そのことを理解したラルフは、ゆっくりと頷きながらも、尋ねる。


「シリル。お前の言うことは理解した。……だが……今のお前のその想いも……惚れ薬によって導き出されたものなのではないか?」

「そう、かもしれません。……なので私が万一、彼女を傷つけた際にはこう言い訳するでしょう。『あの時は、操られていたんだ』『惚れ薬の力で言わされていたんだ』と……。ですが、『その時の私』のくだらぬ命乞いに耳を傾けてほしくありません」

「……どういうことだ?」

「私は、どんなに自身が不幸になろうと、彼女の幸福を誓ったのです。……ラルフ様や陛下ではなく、私自身に。……それを守れないのであれば『今の私』は……『未来の私』を許すことは出来ません」


絞り出すようなその声は、最後の方は聴きとることが出来なかった。だがその発言を聴き、国王はなるほど、とゆっくり頷いて答える。


「相分かった。もしもそなたがラルフに斬られたとしても、私はその罪を問うことは無い。約束しよう」

「陛下?」

「それを引き受けたら、そのラルフの……いや、私の剣を受け取れるな、シリル?」


無論、国王がこのように言ったのは、そのシリルのまっすぐな情に感化されただけではない。

彼女たちエルフにとっては、寿命こそ短いが腕力に優れ、稀に傑出した力を持つ『天才』を生み出す人間は驚異のもととなる。


そのようなものが形式上と言えど騎士階級、更には貴族となり権力を握ることは、エルフが支配する国にとって、あまり好ましいとは思っていない。

その為、理由をつけて人間の騎士を処分できるのであればある意味好都合、とも考えたためである。


その真意を半ば理解したのだろう、ラルフはゆっくりと頷き、答えた。


「シリル……。お前の、娘への……いや、スファーレへの想いはしかと理解した。……もしお前の『惚れ薬』の効果が切れ、スファーレを傷つけたら……いかなる命乞いにも耳を貸さず、問答無用でお前を斬る。それでいいな?」

「はい……ありがとうございます……」


それを見て、締めの言葉とばかりに国王は答える。

「それではラルフ、剣を」

「は……」


そして、差し出された剣をシリルは受け取り、腰に下げた。


(……スファーレ? ……泣いてるの……?)


セドナは、ローブをまとったスファーレの方が小刻みに震えているのを感じ取った。

遠目に見て顔までは見えないが、おそらく泣いていることは容易に理解できた。


しばらくして、その少女は自身の手首……おそらくシリルの髪の毛を編み込んだ腕輪があるのだろう……にキスをすると、その場を立ち去っていった。


「それでは、これにて閉会する」

「は……」



国王の合図とともに流れ始めた荘厳な音楽と共に、シリルたちは退出をしていった。





「おい、シリル?」


その帰り道、馬車の中でラルフは少し呆れたように尋ねる。


「はい?」

「お前があの場で、突然意見したときには……心臓が止まるかと思ったぞ?」

「すみません……。ただ、あの場でどうしても言いたくなってしまいまして……」

「フン、それにしてはすらすらと言葉が出たな。……時に、セドナ?」

「う……」


突然睨みつけられたセドナは、びくりと体を震わせた。


「大方、お前があの場で意見を言うように吹き込んだのだろう?」

「あ、アハハ……よくわかったね、ラルフ様……」

「全く、お前はいつも、とんでもないことを思いつくのだな……。まあ、お前が突拍子もないことをしでかすのは、いつものことなのだがな……」

「えへへ、まあ、許してよ? それに、スファーレ様を傷つけたらラルフ様だって許さないでしょう?」

「……それは、まあ当然だがな」


ラルフとスファーレは血こそつながっていないが、それでも実の親子のように仲が良かった。

加えて、自身がスファーレの将来を思って養子に出したつもりだったのだが、それが自身の見込み違いだったことを知ったことで、スファーレに対する罪悪感も抱えていた。


その為、シリルがもしスファーレを本当に傷つけた場合、おそらく彼を許せずに私刑同然の裁きを下すであろうことは自身も理解していた。


「でしょ? だから、寧ろあそこでシリルに『免罪符』を作ってもらったのは正解ってことだよ、ね?」

「……確かに、そうかもな。……だが、シリル……」

「は……」

「私にとっては、お前も息子のようなものだ。……もし、惚れ薬の効果が切れた時には……娘を傷つける前に私に言ってくれ。きっと悪いようにしない」

「いえ、そんなことは……」


それに遠慮しようとしたが、ラルフはふっと笑って見せた。


「実際、お前はいずれ『私の娘の家に婿入り』する、と言う難しい立場になるのだろう? ただでさえ心労は絶えないはずだ。最初は惚れ薬の力で我慢できても……そうでなくなった時には、私も力になれたら嬉しいからな」

「……ありがとうございます……」


ラルフの笑顔には、単なる口先だけの言葉ではなく、領主として、シリルの主人として、そしてスファーレの父親としての責任感を感じられた。

その為シリルは、少し泣きそうな表情で頭を下げた。


「だが、願わくば……その惚れ薬の力は……永遠に冷めないで欲しいものだな」

「そうだね。スファーレから聞いたんだけど、その効果の持続時間はミレイユにも分かんないんだってさ?」

「そう、なんだよな……」


セドナがそう答えると、シリルは腕輪を再度握りしめスファーレのことを想った。これによって、胸が高鳴ると同時に心が多幸感で満たされるのを感じ取り、少し安心したように答える。


「けど少なくとも今は、問題なさそうだな。こうやって腕輪を持っているだけで、スファーレのために何でもできる気がするくらいだからな」

「ハハハ、なるほど、国王の場でああいう振る舞いが出来たのも、それが原因か。……それと先ほど、スファーレの義父母が逮捕されたと手紙を受け取った。……これからはプロテインの製造と販売でも忙しくなるから、お前たち二人にも働いてもらうぞ? 勿論ザント達にもな!」

「任せてください!」

「おっけい! いっぱいみんなに奉仕させてね!」


ラルフの発言に、シリルとセドナは同時に笑みを浮かべて答えた。

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