ヤンデレキャラが目的のために嫌いな人間に媚びるの、良いよね

それから、薬の行商を初めて数か月が経過した。


「だいぶ、薬も売れるようになったな」

「うん、本当にありがたいね!」


屋敷の一室でシリルとセドナはそう言いながら、売り上げた金銭をより分けていた。


「やっぱり人気になるのは健康系の薬品……特に、プロテインだね」

「ああ。リザードマンやドワーフの特性から考えると、当然だけどな」


この両種族は基本的に『強いものが偉い』と言う至極シンプルな価値観を持っている。そのこともあり、プロテインの摂取とトレーニング代わりになる肉体労働を繰り返すことで身体能力が向上するのを実感しているのだろう。


「まあ、これもセドナが居てくれたからだよな。キントレ……だっけ? 筋肉を大きくする方法を教えたら、ずいぶん効果が出たみたいだし」

「えへへ、あたしがあっちの世界で学んだことが役に立ってよかったよ」


セドナは元の世界では兵士であったため、効率的な筋力トレーニングの方法をある程度心得ていた。

その為、プロテインの販売と共にその筋トレ方法も一緒に伝えていたのが功を奏したのだろう。


また、それに加えて街の酒場などで商品の宣伝を兼ねて『いかに、プロテインで体を強くできるのか』を説明する小演劇を行っており、それによる商品イメージの向上も大きな伏線となった。


「けど、あんなに演劇が上手い人がカルギス領に居るなんて思わなかったよ」


当然その演者は、シリルたちの住むカルギス領の農民たちである。彼らの演技力は存外高かったこともあり、セドナはそれに少し驚くような表情を見せた。

シリルは当然とばかりに笑みを浮かべて答える。


「ああ、うちの領地って娯楽が殆どないだろ? だから、金をかけずにできる趣味が流行るんだよ。で、その中の一つがその場で行える即興劇だからな」

「ふーん……。『文化ってのは、創作に余裕のある時間があれば、優れたものが出来るってわけじゃない』ってことか。……あたしにはよくわかんないけどね」


セドナはそう言いながらも、売り上げが以前よりも上がったことに満足そうな顔を見せた。


「それで薬の量産体制はどうだ、セドナ?」

「うん、そのことなんだけど……」


その時、領主の部屋のドアがバタン、と開いて何人かの農民と思しき男女が現れた。

以前セドナが読み書きを教えていた人たちであることは、すぐにシリルにも理解できた。


「セドナさん、シリルの坊ちゃん! 出来ましたよ!」


そう言って、農民の男は壺に入った黄土色の粉薬をゴトン、と置いてきた。

それを見たセドナは感嘆の声を上げる。


「もうできたの? すごいね、みんな! この間貸した本の内容は理解できたの?」

「ええ、もうばっちりですよ! せっかくなんでここで言ってみましょうか? 原料は……」


そう言うと、ドワーフはその材料である豆や甘味料などの詳細をグラム単位で読み上げた(なお、グラム法を用いているのは、セドナが元居た国で採用していたためである)。


「って感じで作ったんでさあ」


それを全て聞き終え、間違いがないことにセドナは満面の笑みでうなづく。


「すごい! もう全部覚えたんだ? 見た感じ、このプロテインの品質も問題ないね!」

「へへへ、でしょ? で、こいつならどうですかね?」

「うん、これならあたしたちが買い取るよ! みんな頑張ったね、お疲れ様!」


そう言うと、セドナは先ほどまでより分けていた銀貨を何枚かそのドワーフたちに渡した。

普段は銅貨しか使わないためだろう、その男は驚いたようにセドナと銀貨を見比べる。


「こんなに? あ、ありがとうございます!」

「そのお金でまた、どんどん土地を開いて、材料の豆を作ってよ?」

「ええ、分かっています。……これで娘を学校にやれますよ!」

「それなら嬉しいな、頑張ってね、みんな?」

「ええ!」


そう言うと、農民の男女は大事そうに銀貨を持って部屋を出ていった。

それを見て、シリルも嬉しそうに、農民が残した粉末を見ながらつぶやく。


「領民たちの教育もうまく行っているし、この調子なら生活もだいぶ良くなりそうだな」

「うん。……もし、なんだけどさ。このままこの領地がお金を持ったら……学校をうちの領地にも持ちたいよね」

「学校、か……」


セドナのその発言に、シリルは考えるような表情を見せた。

カルギス領には学校は存在しない。以前は小さな学校があったが、聖女ミレイユが追放されたタイミングで、領地に居た唯一の教師がカルギス領を出ていったためだ。


「けど、今を生きるのが精いっぱいな領民が学校に子どもを通わせるか?」

「うん、だから授業料を無料にしてね。それでお昼ご飯も一緒に出してあげるんだよ。そして親はその学校に通わせるのは『義務』にするってわけ。そこで読み書きを教えて、薬の勉強もしていけば、両親も子どもに言葉を教える手間も省けるじゃない?」

「なるほど……。親が子どもに学校に通わせるのを『義務』にする……つまり『義務教育』を課すってわけか。……なんか夢みたいな話だけど、出来たら面白そうだな?」

「夢みたいな話、か……。アハハ、まあ、この世界ではそうだよね……」


そう言うと、セドナは少し悲しそうに笑って見せた。


「ところで、ザントは今日いないの?」

「ああ、あいつは今日も雑草と昆虫を採っているよ。それと、手紙の回収係もな」


あれからザントはずっと畑の仕事を任されている。

時には害虫や病気に翻弄されながらも、セドナから習った知識や地元の領民たちのアドバイスなどもあり、何とか収穫が出来そうな段階まで作物を育てているようだ。

また、最初のうちこそ人ときちんと話すことが出来なかったようだが、セドナやシリルとの練習の影響もあり、何とか領民と基本的なコミュニケーションは取れる程度にまで成長している。


「あいつも頑張ってるな。……正直人付き合いが出来なかった最初のうちは心配だったけど、もう安心だな」

「そうだね。あたしも、ザントの役に立ててよかったよ」


そう話しながら、売り上げの管理と領民との取引は夜まで続いた。





それからしばらくして、ザントが帰ってきた。

「ただいま戻りました」

「あ、おかえり、ザント? 今日もお疲れ様。着替えたらご飯食べてきなよ?」


セドナがそうにこやかに答えると、ザントは顔を赤くしながらも、嬉しそうにうなづいた。


「あの、セドナさん……。その、良かったら、えっと……」

「ん、なあに、ザント?」


笑顔を絶やさずに首をかしげるセドナに、ザントはそれ以上答えることが出来ず、郵便として受け取った一通の手紙をセドナに差し出す。


「そ、そう言えば今日はお手紙が届いていたよ?」

「え?」

「宛先は、セドナさんみたい。中は見ていない……と言うか、見てもしょうがないから、どうぞ」

「あれ? えっと、ミレイユから?」


送り主が聖女ミレイユになっている封蝋を見て、思わずセドナはつぶやいた。

聖女ミレイユは可愛い女の子には馴れ馴れしいほどフレンドリーに接する。そのこともあり、セドナは頻繁にミレイユと手紙のやりとりを行っている。


「えっと……。へえ、なんか今度、お茶会を開くから来て欲しいんだって」

「お茶会? いいなあ……」


やはり異性と出会う機会がどうしても少ないザントにとっては羨ましいのだろう、そうつぶやいた。


「で、最近うちの薬売りの商売がグリゴア領でも有名みたいでさ。それで、その商売のやり方とか聞きたいから、シリルも来て欲しいんだって?」

「シリルさんも?」


その発言に、ザントは少し違和感を持った。

本来この商法はシリルと言うよりは、彼の雇い主であるラルフに尋ねる方が自然だからだ。その為、ザントは尋ねた。


「えっと……。ひょっとして、スファーレさんも一緒に参加するんじゃないのか?」

「え、どうしてわかったの? その通りだよ」

「やっぱり、か……」


その発言に、ザントは思わずつぶやいた。


(ここでシリルさんとミレイユを破局させて、その後自分が告白する寸法、ってわけか……。こりゃ、面白そうだな……)


「そのお茶会なんだけどさ、俺も参加できないか?」

「ザントも? うーん……」


お茶会の人数を考えると、あまり多くの人数を参加させることは難しい。また、正直なところ、招待されていない人物を呼ぶことは難しい。


「ごめん、ちょっとそれは出来ないかな。代わりにお土産持ってくるから、勘弁してよ?」

「え? ……ま、しょうがないか……」

「ごめんね、ザント」


そう言いながら、セドナは少し残念そうにするザントの頭を優しく撫でてきた。


「あ、あの、セドナさん……」

「え? ああ、ゴメン。ザントは頭撫でられるのって嫌いだっけ?」

「そ、そう言うわけじゃないけど……俺をその、男として見てほしいというか……」

「男として?」

「な、何でもない!」


はずかしそうに、ぷい、とザントは顔を背けてきた。


「そう? ……ならいいけど。あたしにしてほしいことがあるなら、言って欲しいなあ……」

「……え……」


その発言に、ザントは思わず口ごもる。


「じ、じゃあ、その……」

「うん」

「そのまま、じっとしていてもらっていいですか?」

「え? うん、いいよ?」


そう言われてセドナがじっとしていると、ザントはそのセドナの体をぎゅっと抱きしめた。


「え? ハグ……?」

「……うん……」


機械であるためだろう、まったく匂いはしない。だが、その肌は柔らかく、そして暖かい熱が伝わってきた。


その感触の心地よさに、ザントは少しの間目を閉じて顎をセドナの肩に預ける。

因みに、まだ子どもの体格であるザントに対して、セドナは女性にしてはかなり大柄な体格をしているため、身長自体はセドナの方が少し高い。その為、ザントは背伸びをしてザントに抱き着いている。


「…………」

「アハハ、ザント、今日は甘えたいの? また、頭撫でてあげよっか?」

「……いえ……その……」


表情一つ変えないセドナに対して、ザントは少し恥ずかしそうにその体を話す。


「もういいの、ザント?」

「あ、ああ! もういい! それじゃ、また!」


この世界で生まれ育った獣人であるザントには『機械』と言う概念がまだ完全に理解できていない。

その為シリルやスファーレのように、セドナのことを単なる『相棒でこそあるが、本質的には道具』と見るような視点を持ち合わせることが出来なかった。


(セドナさんの体……柔らかかったな……。それに、ハグしても嫌な顔もしないし、俺のことは嫌いじゃないんだよな、きっと……。ってことは……俺と、それ以上のことも……へヘヘ……)


その為、セドナがそう自身に都合の良い妄想をするのも無理はないことだろう。

なお、セドナは『他人』に対して平等に奉仕することが目的であるため『今、ザントがセドナに対して浮かべている妄想』は、すべて要求すれば応じてくれるし、実際にセドナは、使用人から行われた『要求』に応じたことは何度もある。


……もちろん、あくまでもそれは機械として応じているだけであり、他者を特別な相手と認識しているわけではないのだが。


(けど、いきなりお願いしたらきっと嫌がられるよなあ……。なにかきっかけがあれば良いんだけど……)


だが、セドナをある意味では『人間』とみなしているザントはそうも思ったため、その日はそれ以上の要求は出来ず、セドナに挨拶をした後、そのまま部屋を出ていった。







「なんで、お茶会に人間の男を呼ばないといけないんですの?」

一方、グリゴア領では、聖女ミレイユが顔を赤らめて執事に対して怒っていた。

「し、しかし……」

「しかも、その相手はシリルですよね? あの、スファーレにさんざんいたずらをしたって評判の、あのろくでもない奴を呼ぶんですの?」

「は、はい……」


すごい剣幕で怒りだすミレイユを見て、隣にいたスファーレはとりなすように答えた。


「ええ、ですが、それは仕方ないことなのですわ、お姉さま」

「スファーレ?」

「私もあのような男と席を共にするのは気に入らないことです……。ですが、今あの男が私たちの領地で、確実に薬のシェアを広げているのはご存じかしら?」

「そ、それはそうよね……」

「幸い、お姉さまの作る薬に効果は遠く及ばないものばかりですわね。けど、あの『プロテイン』とかいう筋肉を強くするお薬……あれの売り上げが凄いことはご存じでしょうか?」

「ええ、聴いているわ。正直、私の『聖女の奇跡』だと、ああいう薬は作れないわね。効果が強すぎて、筋肉が裂けるかもしれないから……」


そうミレイユは答えた。

そもそも『聖女の奇跡』は薬品の効果を数倍に強める作用であるのだが、当然健康食品の類に用いた場合、摂取量をオーバーしてしまったり、過剰なほどにその効果を強めてしまったりするため、あまり向いていない。


……薬も食品も、効果が強ければ強いほどいいわけではない、と言うことを知っているセドナは、この方法であればシェアが被らないことを知っていたのだろう。

また、シリルたちの販売する薬品は高価な材料を使用していないため、最初の一箱分を実質的に無料として補給する分だけ料金を払う『サブスク商法』が使えたことも、売り上げを伸ばすのに大きく影響している。


だが、やはりミレイユは気に入らないのか歯噛みするように答える。


「それでも私の店の薬の売り上げには関係ないみたいだし、別に放っておけば良いんじゃない?」

「それがそうもいきませんの。……教会出身の子たちは、グリゴア領の薬屋さんで事業を営んでいるのはご存じでしょうか?」

「ああ、そう言えばそうだったわね。あの子、元気にしているの?」

「ええ……。ですが、その店の経営が、シリルたちの薬の影響もあって、中々立ちいかなくなってきているみたいですの。だから、同じような『プロテイン』を作って、対抗したいって言っていましたのよ」


ミレイユはその質問に、少し鼻で笑うような態度を見せる。


「けど、あれの材料は所詮、その辺の雑豆ですわよね? それでしたら、あたし達グリゴア領で作れば良いじゃないの? あたしの『聖女の奇跡』を使えば、あっと言う間に収穫できるんだから?」

「ええ、そうなんですけど……」


そう言うと、ミレイユは少し残念そうな表情を見せる。


「不思議なことに、私たちの領地で作った雑豆では、どうも効果が期待できないみたいですの。だから、その秘訣を訊きたいって聞いたら、それを知っているのが……」

「シリルってわけなのね」


内容が理解できたのか、少しため息をつくようにミレイユは答えた。


「ええ。それに、お兄……いえ、シリルはああ見えて、お姉さまに気がありますの。だから『ミレイユが来るなら、俺も出てやっても構わない』って話だそうですの」


勿論これは嘘で、実際には返事はまだもらっていない。また、シリルの性格を考えると、ミレイユの参加を強要するようなことは決してしないことは分かっている。

だが、スファーレは二人をお茶会の場に引き合わせるように、あらかじめセドナと示し合わせている。



「お姉さま……。その、お姉さまは……私の愛する教会の子どもを守ってくださいませんか?」



そう言いながら、ウルウルと泣きそうな顔で手を合わせて見上げてくるスファーレ。

その可愛らしさにミレイユは折れたのか、仕方なさそうに頷いた。


「……分かったわよ。それなら、しょうがないから出てあげるわ。可愛い子どもたちのためだからしょうがないわよね?」

「ええ、ありがとうございます! 大好きです、お姉さま!」


そう言いながらスファーレはミレイユに抱き着くと、嬉しそうながらも少し恥ずかしそうな表情でミレイユに答える。


「ちょ、ちょっと、スファーレ? 恥ずかしいわよ……」

「あ、すみません……」


スファーレは、ミレイユから体を離すと、もう一度尋ねた。


「ところで……その、惚れ薬の方はどうですか?」

「ああ、あれなら後数週間もあれば材料が揃うから、楽しみにしていて?」

「本当ですか? 楽しみにしています、お姉さま! ……それまではせいぜい、素敵な夢を見させてあげますわね?」

「え?」

「あ、いえ。今夜は素敵な夢が見れそうで嬉しいですって言ったんですよ?」


思わず口を滑らせたスファーレは、ごまかすようにそう答えた。

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