聖女が追放されたことで豊穣チートを失ったけど、プロテインとヤンデレ美少女のおかげで人生逆転しました

フーラー

プロローグ

「ざまぁ」と言わんばかりに恨み言をつぶやく聖女様、良いよね

『短命種が長命種に向ける愛情なんて、暴力でしかないわ? あなた達人間だって、3年で中年になる種族と付き合えないでしょ、どうせ?』


いつか観劇で見たそのセリフを思い出しながら、使用人として領主に仕えているシリル(種族は人間)は、果てしなく広がる貧弱な土地の中で雑草を摘んでいた。


「聖女の奇跡、か……」


抜いても抜いても生えてくる雑草を見ながらシリルはつぶやいた。

いわゆる「農業でスローライフ」を考えるような人が町の住民に多くいるが、実際それは、農業の過酷さが分かっていないものの発言であるとシリルは考えていた。

実際には病害虫の予防をしないといけないし、作物を鳥に食べられないようにしたり、連作障害を防ぐための肥料をまいたりと、やることは目白押しなためである。


「聖女の奇跡」というのは、ごくまれにエルフが発言する特殊能力であり彼女が所有する物品の効果を一時的に増幅させるものである。

当然薬品などに使用することもが出来るが、その能力の真価は本人が所有する「土地」に対しても有効ということである。

具体的には彼女が『領地』として所有する大地に特別な加護を受け、


・肥料を使わずとも芳醇な作物が簡単に実る

・連作障害も起きないため何年も同じ作物を育てられる

・害虫は一切つかず、病気にかかることはない

・収穫後の苗木は跡形もなく消滅する


といった、凄まじい恩恵が得られる。

即ち、その国の住民たちは、

『種をぱらぱらと巻いて、そして水やりを繰り返しているうちに苗木がすくすくと育ち、そして最後は収穫をして終わり』

という農業の「美味しいところ」だけやればいいわけである。


その為、隣国のグリゴア領の住民たちにとって、本当に農業は「スローライフ」のための作業として行っており、暇な時間は遠乗りをしたり、歌を歌ったりして楽しく過ごしていると聞いている。


(ま、それでも俺は……この地で頑張るしかないな……領主様のためにも……)

そう思いながらシリルは黙々と雑草を抜いていた。





「シリル、調子はどう?」


しばらく作業をしていると、同じ使用人仲間のセドナがやってきた。

茶髪のきれいな髪をポニーテールにして、軍服に似たカーキ色の服を着ている。

その明るく爽やかな笑顔は、シリルの屋敷でも評判が高かった。


「ああ、こんな感じだな」


そう言いながらシリルは手に持った雑草を見せた。


「すごい! もうこんなに摘んでくれたんだ!?」

「ハハハ……。けど、セドナの方がよっぽど摘んでるじゃんか」


シリルがセドナの後ろを見ると、まるで機械のように規則的な感覚で、きれいに雑草が取り除かれている。


「あたしの方はたまたま雑草が多かっただけだよ。……それじゃ、この中から仕分けしていこっか?」

「ああ」


シリルたちが、自領である『カルギス領』の外れにある荒野で雑草を摘んでいたのは、単に土地の開墾だけが目的ではなく、その中にある役に立ちそうな薬草の採取と言うものもある。

「これとこれは、腹痛に効く奴だね。それとこれは、煎じて飲むと頭痛に効くよ。それと……」


慣れた手つきでてきぱきと薬草をえり分けていくセドナを見て感心するようにシリルはつぶやく。


「へえ、こんな雑草がそんな薬効があるなんて知らなかったな。セドナ、どこでこんなに知ったんだ?」

「え? ああ、以前『仲間』に教えてもらったんだ」

「そうだったのか。セドナ、あちこち旅してたんだよな。今度また、ラルフ様と居るときに、旅の話を聴かせてくれよ」

「うん、もちろんだよ!」


セドナは5年ほど前、シリルが住み込みで仕えている屋敷にひょっこりと現れ、それ以降使用人として一緒に働いている。

なお、ラルフというのは屋敷の主人であり、領主の名前である(領主の種族はエルフである)。


セドナは、ちょうどシリルが成人した年(この世界で人間は16歳で成人とみなされる)に仕事を一緒に始めて以降、一緒に仕事をする機会が多い。

明るく社交的な性格をしているセドナは、対外業務を行うことが多いシリルにとっても大きな力となっている。





「ふう……」

「疲れた、シリル? 肩でももんであげよっか?」


『セドナ』にとっては「他者への奉仕」が最大の喜びであり、生まれた意味でもある。

その為、疲れた様子で座り込んだシリルの横に、ちょこちょことにじり寄ってきた。


「あ、俺は平気だよ。……悪いけど、一休みさせてくれるか?」

「うん。お疲れ様、シリル」


そう言うと冷たい秋の風を感じながらシリルはぼーっとしていた。


「あれ、セドナじゃん!」


だが、そのゆったりとした気分もその一言で吹き飛んだ。



「あ、聖女様!」


見ると、少し離れたところに、動きやすそうな乗馬用のドレスを身にまとった、美しいエルフの女性が立っていた。

……隣国のグリゴア領にいる『聖女』ミレイユだ。

彼女の存在が、グリゴア領の発展の推進力となっている。

執事と思しき爺やと、女友達と思しき同年代の少女二人を引き連れて、遠乗りに来たことが見て取れた。

聖女はその発言に、少し水臭いな、という表情をして答える。


「ミレイユで良いわよ! ひっさしぶり! 元気してた?」

「うん! 今日も雑草を摘んでいたんだよ!」

「ふーん。大変そうね。あたしにはそんなきついこと、出来ないなあ……。泥はまだしも、虫がたかるのが、嫌だし、汗かくの嫌だし」


恐らく悪気はないのだろう、だがミレイユはそうどこか見下すような口調で答える。

だがセドナは気にする様子もなかった。


「けどさ、見てよこの土地! これだけきれいにしたなら、作物も育つと思わない?」

「無理でしょ。私の奇跡の力がなきゃ、育つもんも育たないわよ? ラルフさんも、領民に無駄な努力をさせるわね……セドナ、可哀そうね……」


少し同情するようにミレイユは答える。

実際問題として『聖女の奇跡』がある場合、作物を育てる手間は数十分の一でかかるのに対して収量はその数倍にもなる。

だが、その口調に横からシリルもフォローするような口調で答える。


「後さ、俺たちは薬草も摘んだんだ。よかったらミレイユさんも少しもらうか?」

だが、セドナに対する態度と異なり、氷のように冷たい口調で答えた。




「あのさ、あんたは話しかけないでくれない? あと、気安く名前で呼ばないで?」




「…………」

エルフは人間の男性を特に嫌っている。

この世界ではただでさえ、人間が少数派(人口比で1%程度)であり、何かと差別を受けやすい立場にいる。

それに加えて人間の男性は、エルフに比べると容姿に劣るものが多いこと、その癖エルフに比べると性欲が強く異性に積極的なこと、その一方で老化が早く老後は介護が必要になることなどが挙げられる。

極めつけは「エルフの外見ばかり好きになって、内面をろくに見ない」ことが分かっているためだろう。

そのことを知っているシリルは、少し寂しそうにしながらも黙り込んだ。


「で、セドナちゃん、薬草摘んだんだ?」


それでも話題だけは拾ったのだろう、そうミレイユは尋ねてきた。


「うん。この中に頭痛や腹痛に効くのが沢山あるんだ」

「へえ。けど私の作る薬の方が効き目は良いわよ? だから最近は薬屋さんを開いて、スローライフを送ってるの!」

「アハハ。そういうのも楽しそうだね」


自慢げに答えるミレイユに対して、セドナは落ち着いた様子で笑みを浮かべて相槌を打った。




それからしばらくミレイユとセドナが話をしていたのち、ミレイユはシリルの方を向いてつぶやいた。


「けどさ……。あんたたちが私をカルギス領から追放しなかったら……こんなみじめなことには、ならなかったのにね?」


そう、恨み言を言うようにミレイユはつぶやいた。


「追放、か……」

シリルは3年前にミレイユが自領を追放された時のことを思い出した。


「そうよ! 私がどれだけあんたたちの国に恵みをもたらしていたか、分かったでしょ? もう知らないけど!」

「けど、ラルフ様は……」


反論しようとするシリルに対して、ミレイユはふん、と勝ち誇った様子で答える。


「悪いけど何言われても、あんたたちの国には戻るつもりは、もうないから! ざまぁみろってものよ!」

「確かにあの時、聖女様を追放したのは悪かったかもしれないけど……」


だが、ミレイユはシリルの言うことを完全に無視してセドナの手を取る。


「……だからさ、セドナ? あなたも私の国に来ない?」

「え?」


突然そう言われて、セドナは驚いた様子で自身を指さす。


「セドナみたいに、可愛い女の子だったら大歓迎よ? それに、もうカルギス領には若い子ってほとんどいないし、寂しいでしょ? あ、もちろんそこのあんたはダメ。決まりだから」

「……言われなくても、分かってるよ」


少し寂しそうにしながらも、シリルはそう答える。

ミレイユの提案により『弱者救済』と言う名目で、グリゴア領への移民は受け入れられていた。ただし、移民としては『女性と子どものみ』が対象となっており、また『女性』と言うのも実際には若者に限定していた。


その為シリルたちの住むカルギス領は、男女比がかなり偏っており、また女性も行く当てのない老婆や、『老けたから、もういらない』とばかりに、年を取ってエルフに捨てられた中年の女性ばかりとなっている。

このような政策を取れるのは『聖女の奇跡』によって、グリゴア領では農業で男手が必要となくなったためでもあるのだろう。


だが、セドナは首を振った。



「ううん、あたしはラルフ様に雇われてる身だからさ。それに、こうやって人に尽くすのが好きだしね」


そう言いながらシリルの肩を叩いた。

この発言に、面白くなさそうな表情でミレイユはつぶやく。


「へえ。私を追放した領主様に義理立てするなんて、変わってるわね。ま、そう言うなら良いわよ。それじゃ……あ!」


その時、急に風が吹いてミレイユが身に着けていたスカーフが飛んでいった。





「ああ、私のスカーフ!」

「待ってろ、取りに行くから!」


それが川に落ちたのを見て、シリルはざぶざぶと水に入った。


「ひいいいい! つめてええええ!」


その水の冷たさから、シリルは思わず悲鳴を上げた。

秋も深まっているこの時期に川に飛び込むのは勇気がいる行為だった。

「よ、よし……取れた……」

だが、幸い川は膝くらいの長さしかなかったこともあり、あっさりとスカーフを回収した。




軽く足をすすいだ後、シリルはスカーフについて汚れを軽く服の裾で拭きとると、


「はい、聖女様」


そう言って精いっぱいの笑顔で渡そうとした。


だがミレイユは、

「……ごめん、もうそれ、汚れちゃったから良いわ。それじゃ」

そう、汚いものを見るような目つきでシリルを見つめた後、スカーフを受け取ろうともせずに去っていった。




「アハハ、やっぱり人間は……嫌われてるな……」

その様子を見て、シリルは力なく笑った。


「ごめんね、シリル。あたしが先に川に入って取りに行っていれば……」

先ほどの行動の本音が『人間の男が触ったスカーフに触れたくない』と言うことはさすがに察したのだろう、セドナは申し訳なさそうにつぶやく。


「そうだな……。セドナに頼んでいれば、受け取ってもらえたよな……」

「あのさ、シリル……。あたしで良かったら帰ったら今夜、慰めてあげよっか?」


失恋したような表情を見せるシリルを見て、セドナが服のボタンを一つ外しながら尋ねる。

だが、シリルはその言葉の意味は理解しながらも、首を振った。


「いや、気持ちだけ受け取っとくな。ありがとう、セドナ……」

「どういたしまして。ただ、やっぱりシリルは……今も……ミレイユさんが好きなんだよね……」

セドナはボタンを元に戻しながら、少し気の毒そうな表情でつぶやいた。

「……ああ……」


客観的に判断すれば、ミレイユの行動に激怒したとしても、おかしくはないだろう。

しかしこの世界で人間は、エルフのことを大変好いている。

神秘的なまでに美しい外見をしており、そして老いが遅くいつまでも若々しいこと、また実利的な意味でも多数派(人口比80%)であり、経済力を持つことが理由だ。


実際シリル自身もそのことを自覚しており、どんな仕打ちを受けてもミレイユを嫌うことが出来ない。それどころか、ミレイユの笑顔を思い浮かべただけで胸が高鳴ることもまた、シリルにとっては悩みとなっていた。


「……ま、しょうがないさ! 俺たちはさ、聖女様の力に頼らないで生きていかないといけないんだし、こんなことで凹んでらんないよな!」


そう、空元気を言うシリルに、セドナも同調した。

「そうだね! あたし達はあたし達だけの力で生き抜かないと! ……それじゃ、ラルフ様のところに帰ろっか?」


そう言うと、シリルたちは領主の屋敷に向かうべく、薬草を荷馬車に詰めると、その地を後にした。

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