ヤンデレ少女が馬で二人乗りしたがるの、良いよね

それからほどなくして、シリルたち一行は全員屋敷を後にし、グリゴア領に向かっていた。

伝書鳩の文書には「手の空いているものは大至急、グリゴア領まで来て欲しい」と書かれていたためである。


とはいえ、屋敷に居るのはいつものメンバー、具体的には使用人であるインキュバスとドワーフ、そしてザントとシリルくらいだったのだが。


「悪いな、スファーレ。……来て早々、グリゴア領に帰ることになってさ」

「いいんですの、お兄様。それに、こうしているのもまたいい一日ですから……」


ラルフの屋敷からグリゴア領にあるラルフに指定された集合場所までは、早馬で数時間程度の距離にある(馬車で来たにも関わらず早朝に屋敷に顔を出したスファーレが、どれほど早起きしたのかは想像に難くないだろう)。


だが、屋敷には早馬は2頭しか残っていなかったこともあり、スファーレが連れてきた馬車馬を一台借り受けることになった(御者たちは屋敷で待機するように伝えている)。

その条件としてスファーレが出したのが『シリルと自分を二人乗りにすること』であった。


「それにしても、君と一緒に早馬に乗るとはな。ま、振り落とされないでくれたまえ」

「分かってるよ。あんたも災難だな。本当はあの二人みたいに女の子と乗りたかったんだろ?」


使用人のインキュバスは、ザントと二人乗りで馬に乗ることになった。

本来インキュバスは同性を嫌うが、ザントは弟のように思っているのだろう。憎まれ口を叩きながらも楽しそうに馬を走らせていた。


「……にしてもよ、バカシリル。誰がミレイユさんを誘拐したんだろうな?」

そして、使用人のドワーフは、一人で早馬に乗ることになった。これは、彼が一番大柄だったためである。


「うーん……。まあ一番怪しいのは……。隣国の……サーグス領の連中だろうな」

「どうしてそう思うんだ?」

「ああ、新聞で読んだんだ。最近凶作が続いていて、作物が足りなくて困っていたって話が書いてあったんだよ」


そう言いながらシリルは懐から新聞のスクラップを取り出してドワーフに見せた。当然文字が読めないドワーフは首をかしげるが、大筋は理解したようであった。


「なるほどな。……にしても、お前も文字読むのが上手くなったな。こんなややこしい言葉を読めるようになるなんて」

「そりゃ、な。スファーレと結婚するんなら教養も必要だろ? だから、最近は勉強にも力を入れてんだよ」

「まあ、お兄様! 私、とっても嬉しいですわ?」


スファーレはそう手を叩きながら笑みを浮かべながらも首筋にそっと手を回して耳元で囁く。


「うわ!」


シリルが以前飲んだ『惚れ薬』の効果は特定の相手から触れられたときに得られる多幸感も増幅させる効果がある。そのため、首筋に触れられて動揺したのだろう、馬が一瞬大きく揺れる。


「けど、お兄様は結婚したら、誰にも顔を見せないで、ずっと屋敷に居てくれてもいいんですのよ? お仕事なんか私が全部やりますから、お兄様は屋敷で私と幸せな家庭を築いても全然問題ありませんわ?」


スファーレにとっては、シリルが社交界で顔を知られることが気に入らないのだろう。笑顔で提案するスファーレの目は笑っていなかった。

だが、シリルは息を整えると、首を振った。


「そんなんじゃ、もしスファーレが働けなくなった時とか困るじゃんか。……大丈夫、俺は浮気なんかしないよ。……もし惚れ薬の効果が切れても、絶対に浮気はしない。約束する」

「お兄様……」


もし自分がスファーレを傷つけたら、領主のラルフに斬ってもらう約束を取り付けていることをスファーレは思い出したのだろう。


「ありがとう、お兄様……」


笑顔で答えるシリルに、スファーレは今度は腰に手を回し、ぎゅっと後ろから抱き締めた。


「相変わらず熱いね、お二人は。ところでサーグス領に誰か知り合いはいないのか、スファーレさん?」


相変わらずのラブラブっぷりを冷やかしつつ、ザントは尋ねた。

スファーレは少し悩みながらも首を傾げた。


「うーん……そう言えば……私の友達のサキュバスが……確かそんなことを言っていたような……」

「……む? スファーレ、君にサキュバスの友達がいるのかね?」


インキュバスが馬をいななかせながら、少し訝し気に尋ねてきた。なお、女好きのインキュバスとはいえ、スファーレの義父であるラルフは彼にとっても恩人であるため、彼女を口説こうとはしない。


「ええ。いつもミレイユと一緒に居ましたわ。別の友達がカルギス領に移住したときにも、ずっと傍にいましたし……多分、一番の親友はあの子だったと思いますわ?」

「ふーむ……」


それを聞いて、インキュバスはますます不思議そうに首を傾げた。


「どうしました?」

「スファーレは、ミレイユと一緒にいるのは、居心地が良かったかね?」

「そんなわけありませんわよ。あの女、いっつも愚痴や自慢ばっかりするから、私は正直一緒に居るのが嫌でしたもの」


スファーレは少し嫌悪感を見せながら答える。


「そうだろう? それに、我々夢魔が同性を嫌うのは常識だ。にもかかわらず、そんなに仲が良かったということは……」

「そいつが、主犯だってことか?」

「私が分かるのはそこまでだ。あとは君たちの手で真実を導き給え」


もったい付けた言い方をするのは夢魔の特徴だ。だが、そこまで話を聴いて、シリルは頷いた。


「まあ、容疑者としては、一番怪しいのはそのサキュバスだな。町に着いたら、早速ラルフ様に聴いてみよう」


そう言うと、一行は馬足を速めた。




それから一時間ほど経ち、一行はカルギス領の小さな公園に到着した。

「おお、来てくれたかみな! 雨の中すまないな!」

「スファーレも来てくれたんだね? 助かるよ!」


そこではラルフとセドナが安堵したように、東屋で歓迎してくれた。


「そうだ。昼食まだ食べてないでしょ? よかったら、これ食べてよ」


そして到着するなり、近くの売店で買ってくれたのであろうホットドッグをセドナは振舞った。


「お、悪いなセドナ」

「あ、ありがとう、セドナさん……」


平然と受け取るシリルに対して、ザントは少し顔を赤くしながらそれを受け取った。


「……ミレイユさんが誘拐されたって話は本当なのか?」

「ああ、今日街で聞いたが、話題はその話で持ち切りだ」


そしてラルフは新聞を取り出した。それをセドナが読み上げる。


「『聖女ミレイユ、誘拐される! 一刻も早い救出を!』って書いてあるみたいなんだ」

「救出をって……。他にはどんなことが書いてあるんだ?」

「えっとね。昨日未明、怪しい馬車が南門から出ていったこととか、ミレイユがいないと来年から農場での生活に悪影響が与えるとか、そんな感じだね」

「……え?」


そこまで聴いてザントは少し驚くような表情を見せ、ラルフの方を見た。

ラルフもまた、半ば呆れるように頷いた。


「そういや、ここに来る時にも思ったけど、グリゴア領の人たちと一度もすれ違わなかったし……それに、ミレイユさんが攫われたにしちゃ、いやに町が静かだと思ったけど……」


それに対して、ラルフは深刻な表情で答える。

「そのことだが……。ミレイユへの捜索部隊は……出ていない……」



「はあ? なんでですか? ミレイユさんが居なくなって困るのは、ここの人たちですよね? こんな新聞を作ってる暇があったら、救出しないとダメじゃないんですか?」


そこで、インキュバスがふ……と髪をかきあげながら答えた。


「愚かな民衆は、自分の町の商店から品物が消えるまでは、どれほど恐ろしい飢餓も干ばつも、自分ごととして捉えない……ということではないかね?」


ラルフはその発言にこくりと頷きながらも、続けた。


「それもあるが……。はっきり言う。今残っているグリゴア領の民は……『与えられること』 に慣れすぎているのだろう」

「与えられること? ……それって『聖女の奇跡』のこと?」

「そうだ。……『聖女の奇跡』の力があれば、畑の作物は勝手に育ち、病害虫の心配もなく、水やりと収穫だけすれば農業が成り立つようになる、と言う恐ろしい力だ。……だが、そのような生活になれたものは、自分で物事を考え、問題解決に頭を使わなくなるだろう」


だが、その発言にシリルは口を挟む。


「けど、スファーレだってそうだし、全部の民がそうってわけじゃないですよね? きっと、まじめに自分のことを考える人だって……」

「そう言う人が、我々カルギス領に流れてしまったことが、追い打ちになっているのだろう……だから、ここの民は『聖女が攫われたこと』に危機感こそ持つが、だからと言って自身の手で助け出そう、と言う主体性はないということだろうな……」

「だから、この問題もいつかは誰かが解決してくれるって思ってるってわけっすか。……なんかむかつきやすね……」


ドワーフがそう毒づくのをなだめるようにラルフが答える。


「気持ちは分かるが、グリゴア領の領民には我々の大事な得意先でもある。……彼らが飢えてしまえば、我々も共倒れになってしまうだろう」


そう言うと、ラルフは少し悩むような表情を見せた。

間接的とは言え、自領の影響もあるためだろう。だが、その様子を見るなり、シリルは笑って答える。


「けど、ラルフ様! 我々をここに呼んだ理由はもう分かってますよ! ……ミレイユ様をみんなで救出にいくってことでしょう?」

「……そうだ。だが、この仕事は危険が伴うから強制はしない。特にスファーレ。この豪雨だし、お前はカルギス領の住民じゃない。だからここに……」

「いいえ、お供いたしますわ?」


ラルフが言い切る前に、スファーレはそうはっきり答えた。


「私はお兄様の婚約者ですもの! 大切なお兄様を危険な場に駆り出して、私は一人安穏としているなんて、あり得ませんわ?」

「しかし……」

「……そっか。あのさ、ラルフ様……」


そう言うと、セドナは二言三言耳打ちした。

(スファーレなんだけどさ、ミレイユとシリルが一緒に居るのが嫌なんだよ、きっと)

(ああ、そういうことか……。だが、それでも……)

(惚れ薬を渡してまでシリルを捕まえた子だよ、スファーレは? ここで断ってもどうせついてくるに決まってるんだから、一緒に連れてく方がマシじゃない?)

(なら、シリルをここにおいていくというのは……)

(それはダメ。シリルは絶対にラルフ様を守るためについてくるから、結果は同じだよ……)


それから二言三言話をした後に、ラルフは半ば呆れたようにしながらも頷き、答えた。


「そうだな……。じゃあ、スファーレも一緒に来てもらおう。他のものも来てくれるか?」


その発言に、ドワーフとインキュバスはにやりと笑った。

「ええ、たまには暴れたいって思ってたとこなんで、構いませんよ!」

「まあ、ほかならぬラルフ様の頼みならば……姫を助けるナイト、というのも一度はあこがれたものですからね……」

「…………」


だが、ザントはそれに対して少し悩むような様子を見せているのを見て、セドナは心配そうに尋ねた。


「……ザントは、ここに残る? それなら宿を取ってあげるから、明日ゆっくり帰ればいいよ?」


その発言にラルフも頷いたが、ザントはセドナに尋ねる。


「セドナさん、あんたは行くのか?」

「え? 勿論! 言っとくけど、あたしはこの中じゃ一番強いからね! それに、危険な仕事こそ、ロボットの出番だって!」


セドナはニコニコしながら腕をぐるぐると回した。

その様子を見て、ザントは決心したように頷く。


「時間とらせてゴメン、ラルフ様。やっぱり俺も行きます」


その発言にラルフはふっと笑った。


「よし、大体の場所についてはすでにセドナと私で調べがついている。早速出発するぞ」


そして、一行は馬にまたがり、南門に向けて駆けだしていった。

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