普段地味な服を着ているキャラがドレスを身にまとうの、良いよね

「なんか、恥ずかしいな、こういう格好は久しぶりだしな」


タキシードに身を包みながら、シリルは恥ずかしそうにつぶやく。


「ハハハ、似合っているぞ、シリル?」


ラルフは慣れた格好で自身もタキシードとシルクハット、そして外套をまとっていた。

彼は今回二人を連れていく責任者として参加を要請されている。


「今まではラルフ様のお供で行ったことはあるけど、そう言うときには使用人用の服だったからなあ……」

「それいったら、あたしもそうだよ。基本こういう場所ではメイド服ばっかり来ていたから。どうかな、この服?」

「あ、あの……ちょっとそれ、胸が空きすぎじゃない? それに、背中も丸見えじゃんか……」


恥ずかしそうにその様子を見つめるザントに対して、セドナはくるっと一回転しながらきれいなドレス姿を見せる。


「え? やっぱりそう? けど、可愛い服じゃない? あ、ひょっとしてラルフ、あたしの裸が見たいの? それなら、そう言ってくれたらいいのに」


セドナ型ロボットには、いわゆる「羞恥心」のような概念は存在しない。さすがに人前で脱ぐような真似はしないが、露出の多い服を着ることには抵抗がないのもそのためである。


「はい! ……じゃなくて……! えっと……。俺はこれから、村の人たちに呼ばれているんで!」

「あれ、今日は何か用事があるの?」

「ああ、農家の人たちから、害虫駆除のお礼にってことで、お呼ばれされたんだ」


害虫駆除は自身の土地のみ頼んでいたセドナは、意外そうな表情を見せた。


「へえ、あたしの領地以外も手伝っていたの?」

「うん。……困っていたみたいで、声をかけたらお願いされて。それで最近までずっとやっていたんだ」

「へえ、偉いじゃん、ザント! 優しいんだね!」


そう言いながらよしよしと頭を撫でるセドナに対して、ザントはまんざらではなさそうにしながらも少し不服そうに答える。


「だから、子ども扱いしないでくれって!」

「アハハ、ごめんごめん……」

「そういうことだから、それじゃ」


ザントはそう言うと、軽く頭を下げると外に出ていった。


「ザントも昔に比べたら、だいぶ他人とやり取りができるようになったね」

「ああ。初めのうちは心配だったが……。やはりセドナ、君に任せてよかったよ」

「ありがとう、ラルフ様!」


ラルフに褒められ、セドナは屈託なく笑った。


「あ、ずるい、セドナだけ褒められるなんて! ラルフ様、私はどうですか?」

「ハハハ。シリルもありがとう。近々、シリルにも働きに報いないとな?」

「へへ、楽しみにしてます!」


ラルフは楽しそうにする二人を見ながら、少し昔を思い出すように空を仰いだ。

「……ミレイユも……セドナ、お前がもっと早く来ていれば、こんなことにはならなかったのだがな……」

「え? どういうこと?」

「……あの、ラルフ様、その話はやめましょう。そろそろ時間ですよ?」


シリルにそう言われ、ラルフはそうだな、とつぶやいた。





カルギス領の外れにある高級宿の、綺麗に整えられた庭園でお茶会は行われた。


「スファーレ様、お久しぶりです」


以前グリゴア領でスファーレに会ってから、数か月が経過している。

あれから定期的に届く分厚い手紙に毎回返事を書いていたが、あまり文字の読み書きが得意ではないシリルにとっては、極めて苦痛ではあった。

だが、スファーレは領主ラルフの義理の娘と言うこともあり、むげにも出来ずに律儀に対応を行っていた。


「……はい、久しぶりですね、シリル」


以前とは打って変わって、よそよそしく、ある意味では嫌悪感を露わにするような表情でシリルに答えるスファーレ。


(ん? なにかまずいことしたのかな、俺……)


スファーレから届く手紙を正確に訳せている自信がないシリルは、常に誤解を招くやり取りをしていないか不安に思っていた。


(ごめんなさいね、お兄様……。つらいけど、私はこの女の前では『シリルを嫌っている』設定なのです……だから、我慢してくださいませ)


一方のスファーレはそのように心の中でつぶやきながら、シリルの方を見つめた。

シリルが席の傍に立つと、隣にいたエルフの男女からも挨拶をされた。


「シリルですね、初めまして」

「噂は以前より聞いております。本日はよろしくお願いします」


その二人はスファーレの義父母だった。

明らかに人間の男であるシリルに対して悪意を持っているような表情を見せる。

それについてはかねてより知っていたことなので特に疑問を持つことは無かったが、同時にどこか、娘であるスファーレに対して不自然なほど気を使っているような様子を見せていたことに、シリルは少し疑問に思った。


(スファーレの心配をしているって感じじゃなさそうだけど、どうしたんだ……?)


見ると、一見すると高給そうな服を身に着けているが、アクセサリーの類はすべて安物ばかりであった。

スファーレの義父母は立場としては貴族階級ではあるが、実質的には家計は火の車であり借金を繰り返している話はすでにスファーレから聞いている。

それでもスファーレのために豪奢な衣服を渡すのは歪んだ愛情、或いは執着だとシリルには思われていた。


セドナもその両親に挨拶をした後、スファーレに話しかけてきた。


「スファーレ! 久しぶりだね?」

「あら、セドナじゃないですの。そういえば、この間はありがとうございました。お茶会の場に来ていただいて、嬉しく思いますわ?」

「うん、任せといてよ。……にしても、ミレイユは遅いね?」


既に約束の時間を30分くらい過ぎていた。

だが、そう話していると馬車が到着し、ミレイユが降りてきた。


「あら、みんなもう来ていたのね」


一緒にいた執事が恭しく頭を下げるのに対し、ミレイユは謝りもせずにそう答えてきた。


「お姉さま、少し遅くありませんこと?」

「ああ、準備に手間取ったのよ。ちょっと行きがけにお薬の仕込みがあったしね」

「はあ……」


そのミレイユの言動に一瞬呆れるような表情を見せながらも、スファーレはにっこりと笑って宅の場に4人を集めた。


「それじゃ、お茶会を始めましょうか?」

「ええ」

「ハハハ。それではここは若者に任せて、我々は宿に戻りましょうか?」

「ええ。ラルフ殿ともお話をかねてよりしたいと思っておりました」


そう言うと、ラルフやスファーレの両親、そして執事はその場を後にした。





「ミレイユ、元気みたいで良かったよ? 最近仕事の調子はどう?」

このような場で最初に声を出すのは、大抵セドナだ。やや馴れ馴れしいほどにフレンドリーな表情で、ミレイユに尋ねてきた。


「ええ。……まあ、私の店は相変わらず繁盛していますわ。いろいろなお客様が来てくれるから」

「そうだよね。やっぱりミレイユの薬の効果には、私たちの薬じゃ勝てないから」

「けど、あなた達も最近は羽振りが良いそうじゃないの? そのお洋服も、私の程じゃないけど結構いいやつでしょ?」


それは事実であり、最近ではカルギス領ではプロテインを中心とした『薬品』の販売の成果が出ており、少しずつではあるが税収が増えていた。

それに伴い、シリルたちの食生活や衣服などについても改善されつつあった。その為、セドナは嬉しそうにうなづく。


「うん! もう知ってると思うけど、プロテインの売り上げがすっごい良いからさ! だから、シリルも結構お金溜まったよね? お嫁さんももらえるくらい!」

「え? あ、そうですね。……ただ、それより嬉しいのは、グリゴア領の人に喜んでもらえることですね……」


勿論これは本音だが、シリルのこの発言には『ミレイユに良い印象を持ってもらいたい』と言う下心も含まれている。


「だよね? プロテインに興味持った人が、ほかにもいろいろな健康薬品を買ってくれたり、見過ごしてきた病気にも気を遣うようになってくれたんだ。みんなが元気になってくれているのを見ると、嬉しいもんね?」


一方でセドナは、まったくの私心なく同意した(最も機械であるセドナには心は無いのだが)。

その様子に、ミレイユも少し驚いたようにしながらも同意する。


「ふーん……。まあ、それは分かるわ。私もお客さんが喜んで笑顔を見せてくれると嬉しいもの。この間なんてね、小さな孤児の子どもが『お母さんが病気だから、お薬売ってください』って言って来たのよ。それで……」


そして、一人で独壇場のように会話をし始めた。

(はあ、また始まりましたわ。この女の自慢大会が……)


いうまでもないが、この『孤児の子ども』の話も、スファーレがミレイユの薬を安価に横流しすることを目的に手引きした『演者』である。


(この豊かなグリゴア領で、美少女が困っていたら『自分がお金を出すよ!』と名乗り出たがる人がどれだけいるかも想像できないものですのね。……ま、おかげで私は仕事をやりやすいですけれど)


得意げに自身の功績を語るミレイユを見るスファーレの目は冷ややかなものだったが、それにミレイユは気づかなかった。


「それで、最後は満面の笑顔で『ありがと、お姉ちゃん』って言ってくれたのよ? もう、あれは最高だったわ? あなた達もそんな風に子どもに喜ばれた経験、あるの?」

「うーん……。我々のお客さんは、高齢者や中高年の方が中心ですから、あまりそう言うことは無いですね」


これは売っている商品の問題もあるが、カルギス領の子ども(特に容姿に優れるもの)を殆どグリゴア領に吸い取られてしまったことが原因でもある。


「あら、そう? 子どもの笑顔が見れないなんて、気の毒ね」

「アハハ、そうですね。……けど、どんなお客さんでも、私にとっては大事なお客さんですけどね」

「へえ……シリル、あんたのこと、ちょっとだけ見直したわ」


ミレイユはそう答えると、恐縮するようにシリルは照れた。

誉め言葉と言うには横柄に過ぎるが、好意を持つ相手から褒められるとやはり、嬉しいのだろう。


「ところでさ。……私たちの領地でもプロテインの販売を始めてるんだけど……。もちろん、私はやってないわよ? あんたたちの商売を邪魔するほど落ちぶれては無いもの。それで、その……」


これは企業秘密にかかわることは承知の上なので、中々言い出しにくそうにするミレイユ。

そこで、隣からスファーレが口を出した。


「何故かはわかりませんが、私たちの領地で作ったプロテインは、あなた達の国のものほど効果がありませんのよ。それでお兄様……じゃない、シリル、あなたにその理由を聴かせてほしいと思って、このお茶会を開いたんですの」

「効果が?」


そう不思議そうに答えるシリルに対して、セドナは案の定、と言った表情でにやりと笑って答える。


「そんな気がしたんだよ。……ちょっとその薬って今持ってる?」

「ええ」


そう言って差し出したプロテインの粉を見て、セドナは笑みを浮かべた。


「ああ……なるほど、これって……」


シリルも合点が言ったような表情を見せ、セドナの方を見る。セドナはシリルの顔を立てるつもりなのか、敢えて答えを口にせずにうなづく。


「うん、あたしの読み通りだね。……シリルの思った通りだよ、きっと」

「ああ。じゃあ、俺から言うよ」

そしてシリルははっきり答えた。




「効果が違う理由は、これがミレイユ様の土地で『雑草』と認識されているからです」




「え?」

その後は、多少なりとも詳しいセドナが引き継いだ。


「ミレイユの『聖女の奇跡』ってさ。不要な雑草が生えないようになる効果があるでしょ? ……その『雑草』のカテゴリーに、この豆類が入っていると思うんだ」

「え?」

「だから『聖女の奇跡』の恩恵のある土地では、どうしてもプロテインの材料に適した素材は集まらないと思うよ? もし、そのプロテイン自体に『聖女の奇跡』をかけるとしても、需要には追い付かないだろうし」

「そうだったの……」


その話に、ミレイユは若干落胆したような表情を見せた。

無論このような結果になることは、セドナは見抜いていた。『聖女の奇跡』によるブースト能力は強力だが、このように穴が無いわけではなかったためである。


「じゃあ、私たちの土地では……十分な品質のプロテインは作れないのね……」

「お姉さま……」


少し落ち込むミレイユの様子を見て、スファーレは尋ねる。


「逆に言えば、作り方は間違ってないってことですよね? であれば、カルギス領で作物を作って、私たちの領地でそれを加工する、ってことは可能ですわよね?」

「え? うん、材料の組成は間違ってないから、問題ないと思うけど?」

「であれば、私たちグリゴア領の方たちをあなた達の土地で働いてもらう、ということは可能でしょうか?」


その質問に、シリルは思わず驚いたような表情を見せる。


「それは確かに可能ですが……。ミレイユ様の『聖女の奇跡』の恩恵を受けているグリゴア領の人が、うちのような痩せた土地で農業なんかしませんよね?」


だが、スファーレは首を振る。


「確かにそうかもしれませんわ。けど、私たちの領地にも『自分で新しいことをやりたい』って思っている方はきっといると思いますもの。そう言う方をそちらに送ってもよろしくって?」


スファーレはミレイユの顔を立てて、そのように答えている。

だが実際に国を出たがっている領民は、

『農民ばっかり優遇されて、自身の業種が差別されているから自領以外で働きたい』

『ミレイユに養われているも同然の今の生活が気に入らない』

『楽して働かない生活より、一生懸命働きたい』

などが本音である。


セドナは少し驚きながらも、頷いた。


「え? うん、ラルフ様はグリゴア領からの移民も受け入れているから、大丈夫だと思うよ? 勿論、あたし達を通してくれれば、だけど?」

「本当によろしいんですの? ……それなら、これで問題は解決ですわよね、お姉さま?」

「え? ……そうね、私の『聖女の奇跡』の力がこんな風に裏目に出るのは、ちょっと残念だけど……」


やはり、自身の力が原因で同じ商売が出来ないと言われたことに、少し不満があるのだろう。ミレイユは少し釈然としない様子で答えた。


(大事な話も終わったし……そろそろですわね……)


そして、その様子を見たスファーレはセドナに目くばせした。

セドナは、それに気づいて頷く。


「あ、そうだ。スファーレ、ちょっとこの間の件なんだけどさ。二人で話せない?」

「ええ、もちろんですわ。すみません、お姉さま、シリル。ちょっと私たちは席を外します」


そう言うと、シリルたちを置いて、スファーレとセドナは宿の中に引っ込んでいった。


(さあ、こっぴどくシリルを振りなさい、バカ女……)

そう心の中でスファーレはつぶやきながら心の中でほくそ笑んだ。

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