見合い話に周りが浮足立つの、良いよね
それから、また1か月ほど経過した。
「あのさ、シリル。プロテインのことなんだけどね。前から言っていた法律がついに制定されたみたいなんだ」
「そうか……」
グリゴア領から受けた通達書を手にもったセドナから話を聴き、シリルは頭を抱えた。
今までは「薬品」として定義されていたプロテインについて、今後は「食品」として定義するとのことである。
これにより、関税の定義が変化したため、プロテインを国内に持ち込む際には多額の費用が必要となるとのことだ。
「はあ……グリゴア領の関税をこっちが決められたらなあ……」
「アハハ、『関税自主権を与えない』なんて不平等条約、向こうが結ぶわけないって」
シリルの愚痴に対して、セドナも呆れるように笑った。
そう言いながら少し頭を抱えていると、エルフの女性が屋敷を尋ねてきた。
「ごめん、今月の薬の材料を持ってきたんだけど?」
「ああ、すまない、今行くよ」
領主であるラルフも、この法律の施行については当然納得がいかないこともあり、あちこちで手を回している。
その為現在屋敷では、シリルとセドナが代わりに応対を行っている。
プロテインの材料になる雑豆の代金を払いながら、シリルは尋ねた。
「久しぶりだな、最近そっちの村はどうだ?」
「うーん……。最初は慣れなかったけど、村の人たちは親切だし、何とかやれてるよ」
「そうか? ならよかった」
彼女は以前ミレイユとお茶をしていた女友達の一人であり、最近カルギス領に移住したとシリルは話を聴いている。
どうやら村の人たちは上手くやれているらしく、彼らへの感謝の言葉を述べつつも、少女は少し不満そうにつぶやく。
「けど、ここの料理……カエルを使った料理は、やっぱあんまり好きになれないわね。正直、牛や豚のお肉を食べてた頃が懐かしいわ」
「ま、グリゴア領みたいに酪農が出来るような土地じゃないからな。……やっぱり、前の領地に帰りたいか?」
だが、その少女は首を振った。
「ううん。あそこにいても、正直毎日退屈なだけだったから」
「けど、仕事は楽だったからよかったんじゃないか?」
「確かに水やって収穫するだけで楽だったけどさ。一生あんなことやって、遊んで過ごすだけの人生って考えると、なんか馬鹿らしくなっちゃって」
「へえ……。俺たちからすると羨ましいとも思うけどな」
「最初はそうでも『遊んでるだけで良い』って、案外つまんないのよ。それに、あの聖女さんのご機嫌取りをするのも、正直飽き飽きしていたから」
そう、エルフの少女は吐き捨てるようにつぶやく。
やはり、聖女ミレイユの言動については色々と言いたいことがあったのだろう。
「逆に、ここの仕事は大変だけどさ。自分で売り先を開拓したり、肥料を変えてみて品質を高めたり、いろいろできるでしょ? それが楽しいのよ」
「ああ、なるほどな」
「あとさ! 何より、ここの音楽ってすごい独特じゃない? 正直移住したのって、ここの音楽やダンスを楽しみたいってのもあったのよ」
そう言うと、少女は軽く踊って見せた。
歌や踊りと言った芸術を好むのは本来サキュバスやインキュバスら夢魔の特性であるが、エルフもその傾向が強い。
「まあ日ごろの憂さを晴らすために歌って踊ってただけだったんだけどな。……けど、それが気に入ってもらえるなら俺も嬉しいよ」
「あ、そうだ! うちの村、若い人が増えたでしょ? だから今度ダンスパーティーを開くんだけどさ。あなた達も来ない?」
少女の質問に、横からザントが声を上げた。
「ダンスパーティー? 俺も行っていい?」
「え? ああ、もちろん良いわよ。シリルとセドナはどうする?」
「えっと……すまないけど、俺は今忙しいからさ」
「あたしは歌も踊りも全然ダメなのよ。ごめんね」
『セドナ型ロボット』は衛生兵用のロボットと言うこともあり、芸術的な素養は皆無である。また、シリルは領主ラルフの多忙に付き合っていることもあり、ここ最近は仕事に忙殺されている。
(ああ、ついに来た、俺にも彼女を作るチャンスが……! 今までいろんな村で『コミュ力』は磨いたつもりだし、いよいよ本番って感じか……! 最低でも、一人は文通相手を作れればいいけど……)
心の中でザントは半ば舞い上がるように喜びを見せていた。
因みに『コミュ力』と言う現代風の表現はセドナから教えられた言葉だ。
「じゃ、ザントだけが参加ってことね? 村長にはそう伝えとくわ」
少女がそう頷き、踵を返したところで思い出したようにシリルは尋ねる。
「ありがとな。……後、そうだ。実は今朝ケーキ作ったんだ。よかったら持って帰って食べてくれないか?」
「ケーキ?」
「ああ。村での仕事も慣れないうちは大変だろ? だから、労いの意味も含めてな」
「え、そうなの? ……ありがと」
そう言うと、笑って手渡すシリルを見て、少し顔を赤らめながら受け取った。
「あのさ、シリル?」
「なに?」
「グリゴア領ではさ。スファーレはあんたのこと、ろくでもない奴って言ってたけど……実際話してみると、あんたっていい奴よね?」
「スファーレ様が? どんなこと言ってたんだ?」
「えっと……」
そう言いながら、少女はスファーレが今までシリルについてどのようなことを話していたかを細かく説明した。
お風呂を覗いたことをはじめとした、どれもシリルには覚えがないことではあったが、おおむねこれは先日のお茶会の際にミレイユが口にしていたことと一致していた。
「やっぱり、ミレイユ様の言ってたことは正しかったのか……。あの時スファーレ様は否定していたけど……なんで、そんな俺の悪口を言いふらすんだ?」
「確かにねえ……」
そこで少女はセドナの方を見ると、セドナは何か言いたげに目くばせした。
それを見た瞬間、少女はスファーレの本心に対して合点がいったようだ。
「あ……! そういうことね」
「どういうこと?」
「……えっと、多分もうすぐ分かるわ。……ごめん、そろそろ帰らないと日没までに帰れないから」
「え? ああ……」
強引に話を切り上げると、セドナは横からやや強引に話題に入り込んだ。
「ちょっと待って! 帰りは女の子一人じゃ危ないよ? あたしが送るね?」
「良いの?」
「うん! こう見えてもあたし、シリルより強いんだから!」
これは事実である。
後方支援用とはいえロボットであるセドナに勝てるのは、国の精鋭兵くらいだろう。
「あ、じゃあ俺も一緒に付き合うよ!」
エルフ特有の美しい容姿をした少女と少しでもお近づきになりたいのだろう、ザントもそう言って、一緒に行きたそうに口を挟んだ。
「悪いね、二人とも。それじゃ、途中までよろしく」
少女は二人を連れて、屋敷を出ていった。
そして一時間ほど経過したのち。
「やっぱり、どう考えてもまずいよなあ……」
二人がいない間、シリルは一人で各地の農作物の収穫量と、プロテインの販売数量、そして関税の変更による損失額を試算してみた。
やはり、芳しい結果ではなく、どう考えても値上げをしなければ数か月以内に経営破綻することが分かり、頭を抱えた。
しばらく考えていると、屋敷の外から大きな声が聞こえてきた。
「ただいま~!」
セドナの声だ。
その声を聴いて出迎えると、ザントだけでなく、領主ラルフも一緒に帰ってきていた。
「あ、ラルフ様! おかえりなさい」
「ああ、今帰ったぞ、シリル。試算は出来たか?」
「ええ……」
セドナはその様子を見ながら、ラルフの来ていた外套をコートにかけた。
ザントは椅子の上にある資料を軽く整理し、そしてお茶を淹れる準備を始めた。因みに、このあたりの気遣いもまた、セドナに教えられて身に着けたものである。
その間に、シリルは簡単に今後の売り上げ見込みを説明した。
「なるほどな……関税分の値上げをしないと、当然だが我々は大赤字……」
「かといって値上げをしたら、主要顧客は貧困層の方が多いので、買ってもらえなくなります。……他の薬品の売り上げだけでは到底、領民の生産体制に追いつけません」
既にカルギス領ではプロテインの材料になる雑豆や医薬品の原料になる植物など、商品作物の生産に舵を切っている。
その為、加工品の売り上げが落ちることは以前よりもさらに大きな問題になりかねない。
それを聞いて、少し考えるような、それでいてどこか嬉しそうな表情をラルフは見せながら、椅子に腰かけてザントが淹れてくれたお茶を口に含みながら尋ねる。
「それで、だな。実はその件でなのだが……良い話と、さらに良い話があるのだが、どっちから聞くかな?」
「え?」
通常、『良い話と悪い話』とするだろうと考えたシリルは少し意外そうに尋ねた。
シリルもザントが淹れてくれたお茶を飲みながら、少し考えて答える。
「じゃあ『さらに良い話』からお願いします」
だが、そう言われてラルフは話そうとするが少し逡巡し、
「いや、良い話から話そう」
そう答えた。
恐らく、会話の流れ的にその順序でないと説明が出来ないことが分かったのだろう。……もっとも、それであればもったい付けた言い回しなどしなければいいのだが。
「実はな。……プロテインの商品定義を『薬品』に戻すことに積極的な派閥がグリゴア国内にも居るのだ。今日彼らに話をしてきたんだ」
「やっぱりそうだよね? ……あれだけうちにグリゴア領の人がいるんだから、反対すると思ったよ!」
セドナはラルフの後ろで、そう訳知り顔でつぶやいた。
先ほどの少女のようにグリゴア領出身のものは、カルギス領で雑豆を作った後、グリゴア領内の薬局でそれを加工するように契約をしているものが多い。
当然原料の雑豆も『食品』として関税をかけられてしまうことになるので、グリゴア領内の薬局でプロテイン販売を行おうとしている薬師にとっても今回の法律改正はあまり好ましいものではない。
そもそも今回の法改正は、プロテインの輸入自体を快く思わない『保守派』によるものだ。その為、いわゆる『革新派』の派閥が産まれるのは当然のことでもある。
「それで、どうでした?」
「結構な勢力にはなっているようだが、やはり保守派の力の方が強いようだ。だが、保守派の頭領が実は我が娘、スファーレの義父母なのだ」
「え、そうなんですか?」
シリルとザントは驚きながら尋ねた。
実はセドナはそのことを知っているが、敢えて何も言わずにニコニコと笑った。
「そうだ。……だから、スファーレに話を通したんだ。そうしたら『私なら、保守派を一掃する秘密兵器がありますわ』と言っていた」
「秘密兵器、ですか……」
それを聞いてシリルは、大体スファーレの義父母の醜聞を想像した。
なるほど、常に『お人形』として彼女を近くに置いていたのであれば、当然何かしらの情報は掴んでいるだろう。
スファーレはああ見えて相当に聡明な頭脳を持つことはシリルもよくわかっていた。
「だから、うまくすれば我々はまた、プロテイン販売を出来るということだ」
「なるほど、確かに良いニュースですね。……それ以上に良いニュースとは? あ、ひょっとしてスファーレ様の縁談が決まったとか?」
その発言に、ラルフとセドナは思わず噴き出した。
「フ……ハハハ!」
「アハハハハ!」
「な、どうしたんですか? セドナまで!」
急に笑い出した二人を見て、シリルは驚いたような表情で答えた。
尚、ザントも二人の笑いの意図を読み取ったためか、後ろでニヤニヤしていた。
「あ、ゴメン! シリルが面白いこと言うから、つい……」
「ああ、そうか、セドナは手紙で話を聴いていたのだな。……まあ、シリル。お前の考えは半分正しい。縁談の話があるのは事実だ」
「やっぱりそうですか。で、残りの半分って言うのは?」
「縁談の話なのだが、実は今から決まるんだ」
「はあ……やっぱりか……」
ザントも確信したようにほくそ笑むと、少し呆れたようにつぶやいた。
「あの、セドナさん? まだ分からないのか?」
「お、ザント。お前は答えが分かったのか? 言ってみろ」
ラルフがややからかうような口調でザントに尋ねると、若干嫉妬が混じったような口調でザントは答える。
「ええ。……その縁談のお相手に指名したのが、シリルさんなんですよね?」
「その通りだ! よくわかったな、ザント!」
「は? ……って、ええ!?」
ようやく理解したのか、普段は冷静なシリルも、思わず驚きの声を上げた。
「俺を縁談の相手って、本気ですか?」
あまりに驚いたためだろう、普段目上の者の前では『私』である一人称が『俺』になっている。ラルフはそのことに気づいたのか、驚いている反応を見て楽しそうな顔を見せる。
「ああ、本気だ。『シリルとの縁談の場を取り持てば、義父母を失脚させ、プロテインに関する法律の再改正を行う』と言っていた。それどころかな……」
少しそう言うと、わざと恐ろしそうな表情でさらに続けた。
「『シリルとの縁談を汲んでくださらねば、お父様とも縁を切りますわ?』とまで言われているほどだ……それは、私には耐えられないだろう……」
そして大げさなそぶりで顔を覆うラルフに、シリルは尋ねる。
「ですが、ラルフ様はそれでいいんですか? 俺……私が縁談の相手で?」
「ああ、お前はよく頑張ってくれている上に、種族も同じ人間同士だ。スファーレと添い遂げることになんの異論もない。寧ろ、それを望むくらいだ」
勿論、自領民であるシリルと結婚すれば、当然愛娘のスファーレが自領に来てくれる頻度も増える、と言う理由もあるのだろう。
加えて、自領の損益を考えても、グリゴア領の貴族の娘とのパイプが出来ることは願ったりである。
ラルフはその時を待ち遠しそうにしていることが見て取れた。
セドナも同じように嬉しそうにうなづく。
「実はあたしも、スファーレからは何度も相談受けていたんだ。でさ、シリル? 今度の週末と来週末ならどっちが空いてる?」
その質問には、既に『受けない』と言う選択が無いことを示している。
ただでさえ実利的な利益があることに加え、スファーレ自身が領民から大変慕われていた。その為今回の縁談は、ラルフは勿論カルギス領の全領民にとっても損がなく、逆に得することがあまりに多すぎる。
また、自身が親のように慕っており、先日ミレイユに振られた際にも親身になって励ましてくれたラルフがここまで喜んでいるのを見ると、当然シリルにはこの場で断ることは出来なかった。
その為シリルは観念したように、
「じゃあ、今週末で頼むよ……」
そう答えた。
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