いよいよヤンデレキャラが悪だくみを実行に移すの、良いよね
それからさらに数か月が経過した。
あの日のお茶会以降、少しずつではあるがグリゴア領からカルギス領に流入するものが増え始めていた。
以前聖女ミレイユが「追放」された時とは逆の流れである。
主に流入するのは野心的な若者が中心で、
「ブームになっているプロテイン市場をもっと広げよう!」
「他の領地にもビタミン剤の原料を売って、もっと稼いでみよう!」
という意識を持つものが中心となっていた。
また、カルギス領で行われている、いわゆる「富山の薬売り」に似た独特の商法に興味を持ったものが、商いの勉強のために来ることも増えていた。
……一方、グリゴア領に残るのは、
「聖女の奇跡のおかげで、のんびり働ければいいから、頑張らなくていいよね」
「今まで通りに平穏に暮らしていければ、それでいいじゃん」
という保守的な気質を持つものが中心となっている。
そして、保守的な性格のものというのは、既得権益を脅かされることを何よりも嫌うものである。
「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます」
スファーレの義父母は、地元の薬師を屋敷に集め、会合を行っていた。
義母は、近くにいた薬師に尋ねる。
「やはり、皆様もあの怪しい『プロテイン』や『ビタミン剤』とやらのせいで、売り上げが落ちているのですか?」
「ええ。厳密には、プロテインの販売に引っ張られている……と言う形ですが……」
「そうなんですよ! あのセドナとかいう奴の売り方のせいで、うちに客がこなくなっちまったんですよ! 売れ筋商品で釣るなんて、汚いマネしやがって……!」
実際に『強くなりたい』と思うリザードマンやドワーフを中心に、グリゴア領でのプロテインの売り上げは著しく、ほかにも『美しくなりたい』と願う夢魔によるビタミン剤の販売量も増加の一途をたどっていた。
とはいえグリゴア領の薬師にとって最も問題になっていたのは、セドナの行っていた商法である。
セドナが考案した商法は『自宅に中身を込めた薬箱を設置する』『補充した分だけ代金を徴収する』と言うサブスク形式になっており、必然的にプロテイン欲しさに契約した者は、風邪薬や頭痛薬と言った一般的な医薬品も使用する傾向が増えていた。
無論、フットワークの軽いものはカルギス領に身内の労働者を派遣することで原料を調達し、経営状態を改善させているものもいるが、現実にはそのような若い力を持つ薬屋はこの合議の場におらず、旧来の『自身の店でじっと待ち、病気になった人が来るのを待つ』商法・商品に固執していた。
……要するに、悪い言い方をすれば、自分はなにも今までのやり方を変えず、今まで通りの商品を売ることで今まで通りの『スローライフ』を送りたいと思うものの集まりとも言える。
「まったく……。あんな人間ごときが調合した薬などより、我々の伝統ある薬の方が優れているのだろうに……」
「そうですな。今どきの若者は便利と言うだけで、本当に素晴らしいものの内面を見ることがない。まったく、嘆かわしいことだ……」
そのように、薬師と思しき老人たちは口々に文句を言っていた。
だが、いつまでも愚痴を言いあっても仕方がないと判断したのか、スファーレの義父母は輪の中心に立ち、口を開いた。
「ええ、ですので皆さん。今度の合議の中で、新しい提案をしようと思うのですが、いかがでしょう?」
「新しい提案?」
「そうです。そもそも、彼らが我々のシェアを奪っているのは、ひとえにプロテインのような代物を『薬』として売っているからです。さらに、そのプロテインは我々の領では原料が手に入りません」
プロテインの原料となる雑豆は土地がやせているほど栄養価が高くなる傾向にある。そのためグリゴア領では『聖女の奇跡』の力によってもたらされた肥沃な大地が災いし、原料となる雑豆の栄養価がカルギス領ほどには優れていない。その為、カルギス領以外で作られた原料によるプロテインは、当然売り上げが芳しくない。
「それは分かっている。だから、どうするかと言う話なのだろう?」
「であれば、解決は簡単です。そもそもプロテインは『薬』なのでしょうか? あれは、病の時に使うものではないはずです。それに我々の国では、薬品やその原料には関税がかかっておりません。……逆に言えば……」
「そうか、農民の作った高い関税障壁を利用するのか!」
そこで、薬師たちは手を叩いた。
『聖女の奇跡』の恩恵により、このグリゴア領での農民は資産を持つものが多く、それに伴って領内での発言力が強い。
その為、彼らは自身の地位をより盤石なものにするため、他領からの『食品』の関税を非常に高く設定している。
簡単に言えば、1000円で商品を他領から仕入れるときには、領主に対して追加で2000円を払うようにするシステムとなっている。その為、自領内では他領の商品は3000円以上で売らないとならなくなる。このように、自領内に『他領の商品』が入ることは無いようにするのが『関税障壁』である。
「そうです。……みなさん、今度の合議でこのように話しましょう。『プロテインは薬ではなく、食品だ』と……」
「おお、それはいいアイデアだ!」
「頼みますぞ!」
因みに、グリゴア領では数人のエルフたちの合議制により法律の制定が行われており、その中の一人がスファーレの義母である。
もし彼女が合議の場でそれを提案し、そして了承が行われた場合には、法律が制定されることとなる。
薬師たちもその発言に合意し、その会議は終わった。
「ありがとうございました、お義父様、お義母様」
「スファーレ……これで良かったのか?」
会議が終わった後、スファーレは嬉しそうに義父母の方を見やった。
二人は少し怯えるような口調になりながら、そう答える。
「ええ。……それじゃあ、お約束をしていた報酬をお渡ししますわね」
そして、懐から大量の金貨をドサリ、と差し出した。
「おお……すまない、スファーレ……」
「これで、借金はあと半分になるわね……」
もとよりスファーレの被服費だけでなく、元々浪費癖のあったこの義父母はすでに借金で首が回らないところまで追いつめられていた。
その矢先に、スファーレが『自身の言うことを聴いてくれたら借金を弁済する』と義父母に言い出したのである。
元々自身の『人形』のように扱っていた彼女が突然意思を持ったような発言をしたこと、そしてそれ以上に多額の現金を保有していたことに驚きながらも、義父母はその条件をのまざるを得なかった。
「それで、後は……」
「ええ。……もう分かっていますよね? お兄様……シリルとの縁談を進めてください」
「縁談? 養子縁組ではなくて?」
流石にそこまでは想定していなかったのか、義父は意外そうに尋ねる。
「勿論ですわ。……あの頃は知識が足りず、ただ兄になってくれればよかったのですが……。今私がなりたいのは、お兄様の妻ですから」
「しかし、人間の男などを我が伝統ある貴族の家に入れるなど……」
相変わらず偏見を込めた表情でそう答える義父に対して、スファーレは冷たい笑みを浮かべた。
「なら、問題ありませんわ。私、婚約をしたらこの家を出ますので。……今まで稼いだお金はすべてお渡ししますので、後はご勝手にどうぞ」
「そ、そんな、スファーレ……」
「どうせあなた方、私をかわいがるのは、後長くて10年ほどでしょう? あなた方の人形として愛玩された挙句、老いたら使い捨てられるなら、私は自分からこの家を出ますから」
「…………」
その言い方に、義父母は黙らざるを得なかった。
「けど……婚約を向こうが受け入れるとは限らないんじゃないのかい?」
「ご心配いりませんわ。向こうの泣き所は私がつかみましたもの」
「だけどな。そうやって無理やり婚約したって、シリルとかいう奴がお前を大事にするのか?」
流石に人形扱いしてきたとはいえ、義父母も義父母なりにスファーレへの愛情はあるのだろう、そのように義母は尋ねてきたが、スファーレは首を振る。
「……それは問題ありませんわ。だって、私には秘策があるんですもの。私だけを絶対に愛してくださる、ね……」
そう言いながら、スファーレは苦労してミレイユから譲り受けた惚れ薬をそっと後ろ手で握りしめた。
一方で、こちらはセドナ一行。
元気そうに笑うセドナを見て、つられてザントやシリルも笑みを浮かべていた。
「じゃあ、今日も販売がんばろうね?」
「ああ、任せとけ! いつも通り、俺とザントはリザードマンの活動区域、セドナは夢魔の活動区域だな?」
サキュバスやインキュバスと言った種族は基本的に同性を嫌悪する傾向が強い。
また、他者の精気を吸わないと生きていけない都合上、異性に対してやたらとアプローチをすることも多い。
しかし、ロボットであり精気を持たないセドナはインキュバスに異性として興味を持たれず、またサキュバスから嫌悪されることも無い。
加えて夢魔より屈強な身体を持つ人間の外見をしたセドナであれば、夢魔の区域では犯罪に巻き込まれる可能性も低いため、セドナは夢魔を相手にした商売にはうってつけである。
「ザント、今日も悪いけど荷物運び頼むな?」
「ああ、任せてよ」
薬学の知識を持てていないザントは薬品についての詳しい説明をすることが出来ない。その為荷物持ち兼雑用係としてシリルやセドナについて行かせている。
(それにしても……雑用の俺の仕事はすぐになくなると思ったけど、逆だったな……)
薬の需要の増加に伴い、行商の際に運ぶ荷物の量も大量になっている。
その為、獣人の腕力を持つザントは以前より寧ろ重宝されているほどである。
「それじゃあ、解散!」
そう言うと、セドナは夢魔の居る区画の方に歩いて行った。
「おお、セドナさん。今日もビタミン剤ってやつ、持ってきてくれた」
「うん、もちろん! はい、じゃあ代金を貰っていい?」
「ああ。それと、実は息子がさ、昨日咳が止まらなかったから、鎮咳剤を使っちゃったんだよ。それも補充してもらっていいか?」
「え、大丈夫? ……じゃあさ、ビタミン剤をいっぱい買ってもらえてるし、少しだけ割引してあげるね?」
「え、良いのか? ありがとな、セドナさん」
「どういたしまして。それじゃ、お大事にね!」
そのように言いながら、夢魔の住む街で薬を売りさばくセドナ。
ロボットである彼女の身体能力は、当然人間であるシリルを上回っている。その為、一人で大量の荷物を運べることも、セドナが一人になった理由でもある。
そしてしばらく歩くと、よく見知った顔がそこにあった。
……スファーレだ。
セドナを見るなり、スファーレは大声でセドナを呼び止めた。
「セドナ! よかった、今日はここに来ると思いましたが正解でしたわね」
「あれ、スファーレ? どうしたの、今日は?」
「あのね、実は……」
そしてスファーレは、先日義父母と共に話をした内容を小声で話す。
「すみませんが、このお話はくれぐれもご内密に……」
「へえ……。プロテインとビタミン剤の商品を『食品』に変えちゃうのか。……まあ、それくらいは絶対にやってくると思ってたけど、思ったけど早かったね」
「ええ。……ごめんなさいね。……一時的にとはいえ、ご迷惑をおかけしますわ」
「気にしないで? 普通のお薬が行商できるなら、ここの人たちの命が、すぐに危険になることは無いと思うから」
セドナは元々、衛生兵として作られたロボットだ。
その為、他者の命にかかわるような行動については非常に敏感に反応するが、プロテインの売買のような直接人命にかかわらない商売に関しては、妨害などが行われたとしても、そこまで頓着しない。
また、仮にスファーレが行動をしなかったとしても、いずれ頭の回る保守派の誰かが同じことをしてきたことは容易に考えつくことである。
であればなおさら、ここで咎めるより、スファーレに手綱を握らせる方が商売のを再開するまでにかかる時間ははるかに短くなることは想像に難くない。
そのことを理解していたセドナは、その営業妨害とも言える行動には文句を訴えることなく、笑って答えた。
「……それに、やるんでしょ? 前から話してた、あの『お見合い作戦』!」
「ええ。……なので、お兄様を部屋に連れ込んだあと……協力できまして?」
「勿論! その時には、あたしは退路を塞げばいいんだよね?」
「ええ。お兄様は優しいから、力づくでセドナをどけることは出来ないはずですもの」
「おっけい! そうしたら『みんなが幸せになれる』んだよね? ……二人が結婚すること、領民のみんなも期待していたから、楽しみだよ」
そう言うと、セドナはにっこりと笑った。
セドナの学習機能では、
「シリルとスファーレの結婚を領民が期待している」
「シリルにとっての幸福は、好きな人と一緒に添い遂げることである」
「スファーレは若く美しい容姿をしており、かつ多くの人にとって好意を持たれている」
ということから、
「シリルがスファーレと添い遂げることが、より多くの幸福に寄与する行動となる」
と結論を導き出していた。
たしかに、理論としてはそこに誤りはない。
……むろんそこに大きな落とし穴があることは言うまでもないのだが。
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