「追放」の真実が分かるの、良いよね

その翌日。

「お兄様? 今日も来ましたわ?」

スファーレは朝方にシリルの屋敷を訪れると、朝食を食べていたシリルに抱き着いてきた。

どうやら外は豪雨なのだろう、スファーレのゴスロリ風のドレスの裾に泥が跳ねていた。


「凄い冷たい手だな。……外は雨だったんだな、大丈夫か?」

「ああ、寒かった……。お兄様の手、あったかいですわ……」


心配そうにシリルがスファーレの手を温めるように握りしめてきた。

それに対して幸せそうな表情を浮かべつつ、少しいたずらっぽい表情を浮かべるスファーレ。


「……けど、これじゃ物足りませんわね?」


するとスファーレはシリルの服の下から両手を入れ、背中に当てて暖を取りながら、ニコニコとかわいらしい笑みを浮かべた。


「うお、つめてえ!」

「フフフ、お兄様の悲鳴、可愛いですわね?」

「ったく……。それより、今日も来てくれてありがとうな、スファーレ。……ところで今日は何か用か?」

「いえ、今日は時間があったので。暇な時間は少しでもお兄様と居たいと思って、朝一の馬車で伺いましたのよ? はい、あーん?」


そう言いながらスファーレは、近くに置いてあった未使用のフォークに食べ物を刺すと、シリルに食べさせる。

その様子をザントはかなり呆れたように尋ねる。


「スファーレさん。いつも思うんだけど、シリルにべたべたしすぎじゃないか?」

「そう? あなた、羨ましいんじゃないかしら?」


それ自体は事実なので、ザントは少し顔を赤くしながら答える。


「ま、まあそうだけどさ……。ただ、もうちょっと節度を持ってほしいんだよ……」


だが、スファーレは少し悲しそうな表情をして、シリルにキスをして答える。


「分かっているでしょう? 今のお兄様は、惚れ薬の力で私を愛してくださってるの。……だからせめて、効果が切れるまでは一分一秒でもくっついていたいと思うのは、当然ではなくって?」

「はあ……もう好きにすりゃいいじゃんか……」

「悪いな、ザント。迷惑なのは分かってるんだけどさ。……正直、俺も一緒に居たいからさ。薬の効果が切れるまでは、我慢してくれ」


シリルは少し申し訳なさそうにしながらも、スファーレが差し出す料理を一口ずつ口にしている。

このバカップル同然の行動はもうザントを除き誰も突っ込もうとしない。それどころかセドナなどは『二人とも幸せそうで嬉しいよ』と、それを推奨する素振りすら見せている。


「……にしても、惚れ薬の効果って、本当にすごいんだな……。シリルさんは、セドナさんにはそんな態度見せてないだろ? なのに、スファーレさんにだけそんなラブラブな態度取ってさ……」

「セドナ? あいつは機械だから当たり前だろ?」


シリルがそう当たり前のように答えるのを見て、少し意外そうな顔を見せた。

因みに現在セドナは領主ラルフの付き添い兼護衛として、グリゴア領に居る。


「機械機械って言うけどさ? セドナさんだって笑ったり怒ったりするし、心があるじゃんか。だから、誰かを好きになったりすることもあると思わないのか?」


その発言に、はあ? と理解できない様子でスファーレは尋ねる。


「『心がある』って、どんな根拠で言うんですの? ……あの子はただの機械ですし、私たちとは別の存在ですわ?」

「じゃああんた、シリルさんがセドナさんを抱いてたらどう思うのさ?」

「いえ、別に……あの子は機械ですもの。セドナなら、私は何とも思いませんわよ?」

「……な……嘘だろ?」


恐ろしく嫉妬深いスファーレがそう発言したことが、よほど信じられなかったのだろう、ザントは絶句したが、スファーレは淡々と答える。


「別に、嘘じゃありませんわ? 勿論、他の女と浮気でもしたら……フフフ……その女はどうなるか、分かりますわよね……?」


その発言だけですさまじい殺気が漲っていたらが、シリルは少し呆れた様子でスファーレの頭を猫にするように撫でながら答える。


「するわけないだろ? 俺が好きなのは、スファーレだけだよ。……セドナは仲間だけど、そういうことをする気も無いから、安心してくれ」

「ですよね? 嬉しいですわ、お兄様……。けど、もし浮気したら、お兄様を生涯私の屋敷に幽閉しますわね?」

「ははは、まあその時はラルフ様が俺を……いや、なんでもない」

「フフフ……そうでしたわね……」


シリルは叙勲式の際『自身がスファーレを傷つけた時には、ラルフに自身を斬ってもらう』と約束していることをスファーレには伝えていない。最もスファーレ自身はその場にこっそり居合わせていたので、そのことは理解しているのだが。


相変わらずべたべたとする二人を見て、もうザントは諦めたように何も言わなかった。



しばらくして、シリルは食事を終え仕事の準備を始めた。


「お兄様、今日は私もお仕事にお供してよろしいですか?」

「え? ……そうだな、その方が領民も喜ぶな」


シリルとスファーレは幼少期、領民達と一緒に畑仕事を行ったり、歌や踊りを楽しんだりしていた。そのため、多くの領民とは面識がある。

また、スファーレは少なくとも表面的には明るく優しい雰囲気の美少女であり、領民にはその本性が知られていない。その為領民からも慕われていることはシリルもよくわかっていた。


「ところでさ、スファーレさん。あんた最近はよくうちにくるけど、今までこの時間帯は何してたんだ?」

「え?」

「グリゴア領の領民って『聖女の奇跡』のおかげで、あまり働かないだろ? けど、スファーレさんはシリルさんが来るまでは、屋敷に殆ど顔を出さなかったじゃんか。だから、何の仕事をしていたのかなって思ったんだよ」

「ああ、それでしたら、聖女のミレイユに『媚び』を売る仕事をしてましたわ?」

「媚びって……友達じゃなかったのか? いつも仲が良いって噂は聴いてたけど?」


驚くザントに対して、クスクスとスファーレは笑った。


「そんなわけありませんわ? 仮にも聖女様が他の領地に出奔、或いは誘拐などされては困りますもの。だから、義父母の命を受けて、私がご機嫌取りをしていたんですの。『お姉さま~!』って甘える演技に、簡単に騙されてくれましたわ?」

「ああ、それも義父母の命令だったのか」

「そうよ。義父母が所有する教会に美男美女を集めて、『聖女様、助けて~?』なんて猿芝居させて。まあ大変でしたわ?」


現在義父母が失脚しているため、スファーレは聖女ミレイユに対して『ご機嫌取り』をする義務はなくなった。そのことを理解したザントは合点がいったように頷いた。


「あと、もう一つ理由がありますの。それは……」

「それは俺にも分かるよ。……惚れ薬でしょ?」

「ええ、よくわかりましたわね?」

「そりゃ、それ以外に思いつかないから」


ミレイユの営む薬屋には、いわゆる惚れ薬の類が売っていないことはザントも噂で聞いていた。恐らく材料が希少なこと、そしてミレイユが信頼できる相手にしか渡すつもりがなかったことが理由であると、ザントは踏んでいた。


「そうですわ。あの女に媚びて信頼を勝ち取れば、惚れ薬を調合してくださると信じていましたもの」

「じゃあ、今はそういうご機嫌取りはしないのか? まだミレイユさんには居てもらわないと困るだろ?」

「……もちろん、しないといけないのは分かっていますわ。……ただ、今はもうちょっとだけお兄様と一緒に居る時間を大事にしたいんですの……」


スファーレは今までエルフと共に過ごしてきた時間の方が長く、また人間的な価値観を有するセドナとも長年離れていた。

そのこともあり、価値観が若干「自身の気持ち」を第一に考えるエルフ寄りになっている。スファーレはシリルの方をじっと見つめてくるが、シリルは少し困った様子で答える。


「そう言ってくれるのは嬉しいよ、スファーレ。……けどさ、やっぱりスファーレには、もっとミレイユ様の傍にいて欲しいな」

「……どうしてですの? まさか、まだあの女のことが……」


以前こっぴどく振られたにもかかわらず、惚れ薬を飲むまではミレイユに未練を残していたことがよほど気になっていたのだろう。スファーレは一瞬殺気を漲らせたが、シリルはスファーレの額にキスをしながら、否定する。


「そうじゃないんだ。……ミレイユ様のことをラルフ様も心配されていたからだよ」

「お父様が? けど、あの女を追放したのはお父様ではありませんでしたか?」

「ああ、そうか……。スファーレは知らなかったんだな」


シリルは、ザントにも聞こえるように、はっきりとした声で答える。




「そもそも、ミレイユ様を追放したのは、彼女を守るためだったんだよ」


「え?」


その話は初耳だったのだろう、スファーレは少し驚いたような表情を見せた。

逆に、同じく近くにいた他の使用人たちは特に驚く様子を見せなかった。


「ミレイユ様ってあの性格だろ? だから昔っから誤解されやすくってさ。敵が多かったんだよ」

「うーん……誤解、ではないと思いますわね……。あの女、グリゴア領でも煙たがられていましたもの」


単純にミレイユの性格はあまり周囲に好かれるタイプでないことはスファーレもよくわかっていた。加えてシリルのような人間は「無条件でエルフの容姿を好きになる」特性があるが、他の種族はそうでもない。


「ま、まあそう言うなよ。……それである時、うちの領民の一部が本気で怒ってさ。……『ミレイユを出せ!』って怒鳴り込んできたんだよ……」

「ああ……それは……いつかグリゴア領でも起きそうですわね……」

「それでラルフ様が、表向きは『追放』という形で罰する形でミレイユ様を逃がしたんだよ」


少し呆れながらも、誇らしい様子でスファーレは頷いた。


「はあ、お義父様らしいですわね。……けどなんで、ミレイユのことをそんなに大事にするのでしょう?」

「そりゃ、あの方にとって、領民は誰でも大事って考えだからな。……そのおかげで俺もスファーレと婚約できたようなものじゃないか」


もしも領主ラルフがシリルを拾って世話してくれなければ、スファーレと会うことも無かった。

そのこともあり、基本的にシリル以外には心を開かないスファーレも、義父であるラルフには本音で会話をしている。

それを想い、スファーレは笑みを浮かべた。


「……フフフ、そうですわね。それなら、帰ったら久しぶりにあの女とお茶でも付き合ってあげますわ?」

「ああ、そうしてくれ」

「まあ、あの女には私以外にももう一人お友達がいますもの。よほどのことが無い限りは大丈夫だと……」


そう話をしていると、使用人のインキュバスが慌てた様子で屋敷に戻ってきた。


「シリル、セドナ! あと、手が空いてるものは全員来てくれたまえ!」

「おい、どうしたんだよ!」


シリルたちはいつもと違うその様子に少し慌てた様子で屋敷から出て、インキュバスのもとに集まった。


「赤の伝書鳩が入っていたのだよ! 恐らく差出人は、ラルフ様だ……!」

「なに!?」


カルギス領とグリゴア領は友好関係にあるため、伝書鳩を互いに使役している。

緊急度によって足輪の色が異なるが、その中でも赤色の足輪を付けた通称「赤の伝書鳩」は緊急事態を意味する、最速の鳩である。

早馬を飛ばすよりも早くカルギス領に到着できる伝書鳩はこれだけなので、よほどの緊急事態であることが伺えた。


「中身はなんて書いてある?」

「私に文字が分かるわけないだろう? スファーレ様、頼む!」


この屋敷でまともに文字の読み書きが行えるのはスファーレとセドナ、そしてシリルくらいである。この状況でも異性を呼ぶところが、インキュバスらしい。


「分かりましたわ? ……えっと……。……嘘……?」

「なんて書いてあるんだ?」

「……グリゴア領に居た、ミレイユが……誘拐されたらしいですわ……」

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