異世界でプロテインを販売するの、良いよね
「ここが、中央街か……」
それから準備と移動で数日経ち、シリルとセドナ、そしてザントの3人はグリゴア領の中央に位置する大きな町に到着した。
「あれ、シリルは来たことないんだっけ?」
きょろきょろと少し落ち着かない様子のシリルに、セドナは尋ねた。
「ああ。セドナはあるのか?」
「うん、以前ここも旅したことはあるんだ。けど……昔とはずいぶん変わっているね、ここは。こんなにみんな派手な格好はしてなかったけどな」
「これも『聖女の奇跡』のおかげで羽振りがよくなったからだろうな、きっと」
街を行く住民たちの身なりは、一部を除いて全体的によかった。
特に農民階級と思しき者たちは、みな一様に実用性よりも華美な外見の服を身にまとっており、シリルたちのような服装とはまるで異なっている。
「この街の農民は『聖女の奇跡』のおかげで、適当に一日数時間仕事をするだけで食ってけるから。だから、みんなオシャレな格好してるんだよ」
グリゴア領の出身であるザントは、そう吐き捨てるようにつぶやいた。
「なるほどな。……お、あっちでなんかやってるな」
「え? あ、ほんとだ。音楽会をやっているみたいだね」
シリルは少しだけその広場の音楽会を覗いてみた。
やはり、本来はまだ農作業にいそしんでいるはずの時間帯であるにもかかわらず、農民と思しき男女が楽しそうに歌と踊りを楽しんでいた。
「うーん……。私は歌や踊りの良さってさっぱりわからないんだけど、二人はどう?」
本来後方支援用とはいえ戦闘機械であるセドナは、芸術を介する能力を与えられていない。その為、少し困惑した様子で二人に尋ねた。
「ああ、はっきり言って俺たちの素人曲よりもずっとうまいな。毎日相当練習したんだと思うよ」
「……はあ。確かにそうですけど……」
「ん、ザントはあまり好きじゃないの?」
「え? ええ」
そう思いながら、ザントは心の中で思った。
(……正直、ありきたりな恋歌や、幸せそうな家族を歌った歌じゃんか。こんなの聞き飽きし、自慢にしか聞こえないな。……それよりは、シリルさん達の歌う歌はへたくそだけど、熱くて怒りや不満がぶつかってくる感じ、好きかなあ……)
だが、それをそのままいうと角が立つと思ったのだろう、
「俺は皆さんが歌う歌の方が、情熱的で好きだな」
と答えた。
そう言われて気を良くしたのか、シリルは嬉しそうに笑みを浮かべる。
「ハハハ、そりゃ嬉しいな。……にしても、お客さんも沢山いるけど、みんな昼間にやることないのか?」
「いや、カジノや酒場なんかはもっと人が多いんだ。……ミレイユが聖女になってから、そういう遊戯施設が増えたから」
「へえ。ちょっとだけ仕事して、後は遊んでるだけで良いなんて、素敵ね」
セドナは素直に感心するが、ザントは少し首を傾げた。
「そういや、ミレイユは元々カルギス領に住んでたんだろ? なんで追放したんだよ?」
「ん? まあ、それは色々あったんだよ。……それより、そろそろ始めようか、商売?」
「そ、そうだね!」
そうシリルたちは歯切れ悪そうに言うと、広場から少し離れたところで荷物を広げた。
なお、この国では売り上げの一部を支払うことを約束すれば、基本的にどこでも出店や屋台を出すことが出来るシステムである。
「さあ、本日から始めます、無料での健康相談! 昨日よりも良い生活を送りたいなら、ぜひどうぞ!」
「今、カルギス領で流行のお薬をたくさん持ってきたよ! さあ、僅かな時間を投資して、あなたの生活を楽にしない?」
そう言いながら、シリルとセドナは周りの人たちに大声で宣伝を始めた。
(うーん……)
その様子を見ながら、ザントは後ろで、薬箱を積んだ簡易的な組み立て式のリヤカーを引いていた。
(にしても、変だな。なんでこんなに箱単位で分けてるんだ? 普通だったら薬ごとに分けて荷物をまとめておく方が楽なのに……)
そう思っていると、身なりのよくないリザードマンの男性が現れた。おそらくは農民ではないのだろう。
「おや、すまない。あんたら、カルギス領で最近噂の薬師さんかい? 確かラルフ領主の使用人の……セドナ、だったっけ?」
それに対して、セドナが答える。
なお、本人たちは『薬師』を名乗ったことは無いが、特に突っ込むことはしなかった。
「うん、そうだよ! 知っているなら嬉しいな。何か気になることでもあるの?」
「……ああ。実はちょっと、最近体がかゆくてさ……なんかいい薬があれば良いなって思ってよ」
「え、そうなの? かゆいのって辛いよね? 因みにお仕事はどんなことをしているの?」
ぼりぼりと体をかきむしる男の様子を見ながら、セドナが少し心配そうに尋ねる。
「近くにある鉱山で働いているんだ。正直、農民の奴らが羨ましいけど、俺は借金のカタで働かされてるから、転職は出来なくてさ」
「そっか……お仕事、大変だね? 聖女様のところには通った?」
「あ、いや……。あそこは薬が高いからな。それに、あまりミレイユ様って俺たちみたいな鉱山で働く奴のこと、好きじゃなさそうだから……」
男の表情を曇るのを見て、セドナは少し驚いたような表情を見せる。
「え? ミレイユってそんな差別する人だっけ?」
「いや、露骨に売ってくれないとかは無いけどさ。俺たちリザードマンが行くとさ、インキュバスの子どもやエルフの貴族が来た時と微妙に態度が違うから、あまり行く気になれなくてな。……それに、聖女様のお薬を頂くほど重い病気じゃないってのもあるからな」
そう男は言いながらも、しきりに体をかきむしっている。
その後、二言三言会話をした後、大まかな病気の原因を察したのだろう、セドナはザントに頼んで薬箱をよこすように頼んだ。
「だったらさ……このお薬が良いと思うよ?」
そして、一つの膏薬を男に手渡した。
「これは?」
「リザードマンの人たちのために作った、かゆみ止めだよ。塗ったら、すうっと楽になると思うから」
「へえ……。んで、これを売ってくれんのか?」
そこでセドナは首を振る。
「ううん。……うちの商売はさ。サブスク方式なんだ。だから、その薬箱ごと持って行っていいよ?」
「えっと……さぶ、すく?」
聴きなれない言葉を聴いて、その男は不思議そうに首をかしげるのを見て、あっとセドナはつぶやいて訂正した。
「えっとね。会員制って言えばいいかな。この箱にいろんなお薬が入ってるんだけどさ。会員の人は、ここにある薬を好きなだけ使っていいんだ」
「へえ? それであんたらはどうやって儲かるんだ?」
「使った薬の中から『補充してほしい』って言う薬だけ、補充するよ。その時に、補充する分だけ代金を貰うことになるよ」
「なるほど……。なんか、面白い商売始めたんだな」
当然だが、この世界では一般的な商品は会計時に支払うことが基本でありクレジットカードのようなものも当然存在しない。
大規模な商人であれば手形を用いたつけ払いも可能だろうが、彼らのような貧困層にはそのような習慣は当然ない。
その為、この『富山の薬売り方式』に似た『先に商品を受け取る方式』は極めて目新しいのだろう、リザードマンの男が興味深げに薬箱の中を覗いた。
「因みにどんな薬がほかにあるんだ?」
セドナは、ニコニコと笑いながら、薬箱のふたを外した。
「この薬箱は3段組みになっていてね。それぞれ違う特徴があるんだ」
「へえ……なんか面白そうだな」
セドナの用意した薬箱に興味を持ったのだろう、周囲にいた人が数人だが集まり始めてきた。
そして、セドナは3段組みになっている薬箱の最下段を指さした。
「まず、このあたりがいわゆる『病気の時に使うお薬』なんだ。こっちは鎮咳薬、これは解熱剤。これは腹痛に効くんだ」
「へえ……」
次にセドナは、その最下段の箱を戻し、中段の箱を取り出す。
「それで2段目にあるのは『ちょっと体の調子が悪い時』に使う奴だね。これは虫刺されに効くし、これは疲れ目に効く目薬。他にも胃腸の調子が……じゃなかった、油物を食べすぎた時には、この薬を飲むと良いかな。中々眠れない時には、これを飲むと気持ちが落ち着くよ?」
この世界では、あまり医学が進んでいない。その為『胃腸』をはじめとした内臓を指す用語は出来るだけ使わないようにセドナは注意して会話をしている。
リザードマンの男は興味深げに頷いた。
「なるほどな。俺達は貧乏だからさ、基本的に病院や医者にかかることはないから、そういう薬があるのは初めて知ったよ」
最後にセドナは、その男の体格を見ながら、にやりと笑いながら最上段の箱を指さした。
「それで、ここは『もっと体の調子を良くしたい!』って言う人のためのものなんだ。ビタミンやカルシウムとか……ごほん! まあ、いろんな成分が入ったお薬なんだ。毎日適切な量を飲まないとあまり効果は無いんだけどね」
当然だが『栄養素』と言う概念はこの世界にはなく、経験則的に食事のバランスに気を使っている程度のものである。
その為、セドナはやはり専門的な用語を使わないようにした。
「これは、体の疲れをとるお薬だよ。それから、これはお肌をすべすべにする薬、それとこれは体の骨を強くするお薬だね」
「へえ……なんか、俺にはあまり関係ない気がするな……」
この男は自身の健康にはさほど関心が無いのだろう。
あまり興味がなさそうな表情を見せたところで、セドナは目玉商品とばかりに端にある大きな薬を指さした。
「そう? ……でね、これが一番の目玉商品の、プロテイン!」
ここだけ、敢えて元の世界の言葉を使って強調した。
「ぷろ……なんだそりゃ?」
「……これはなんと! 力を強くする薬なんだ。鉱山で働くと、力を使うでしょ? そういう人がね。これを毎日飲んでいくと、力を使った場所がどんどん強くなっていくんだ」
「……なに?」
ぴくりとその男が反応した。やはり、好戦的なリザードマンの気質上、身体能力の増強には関心が強いのだろう。
だが、すぐに訝し気な表情で答える。
「けどさ、そう言うのって大体インチキだよな……。俺も昔『素早さが上がる護符』なんて言うの買ったけど、あれはただの落書きだったんだよなあ……」
「そう思うなら、最初だけ使って、補充は断ってくれたらいいよ。その分の代金はもらわないんだし」
「あ、そうか」
この世界では『自然なもの』を好むエルフの気質を反映してか、法制度が十分に機能しておらず、詐欺も横行している。
その為何よりも『信頼』が商売の中で重要視されることを分かっているため、セドナはこの商法を採用した。
「で、どうかな? もし契約するなら、かゆみ止めをもう一つあげるけど?」
「いや、俺はその力を強くする薬がもう一つ欲しいな。そうしたら、契約するよ」
「え、本当? ありがとう!」
そう言うと、セドナは後ろにいるザントに指示を出した。
(あ、やっぱりこの薬は人気なの見越してたんだな、セドナさん……)
リヤカーの最後尾には、プロテインばかりが大量に入っていた。
その薬を手渡され、嬉しそうな表情の男にセドナは尋ねた。
「ところでさ。お客さんみたいに、あたし達と契約したい人って、いない?」
「ああ、俺達リザードマンは、強くなりたい奴ばっかだからな。こういう話は食いつくと思うよ」
「え、本当? じゃあ、案内してくれない?」
「ああ、別にいいよ……ただ、あんた一人で行くのは怖いだろ? そこの二人も一緒に来るか?」
リザードマンの膂力は人間よりもやや上回っている。
それでも、仮にもロボットであるセドナであれば勝てるだろうが、それでも治安の悪い箇所に女一人で行くとトラブルの原因になりかねない。
もとよりシリルはついていくつもりだったが、その男の方から切り出してくれたことに有難く思いながら、シリルは頷いた。
「よし、お客さん第一号! これから、一緒に頑張ろうね、ザント?」
「え? ……あ、ああ……」
そう言われて、ザントは思わず頷いた。
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