小さい子にも本気で威嚇するヤンデレ少女、良いよね

あれからシリルたちは、リザードマンの男に連れていかれたスラム街で、何人もの相手に薬箱を配り終えた。

やはりリザードマンやドワーフにはプロテイン、サキュバスやインキュバスは美容のためのビタミン剤(もちろんこのような言い方はしていないが)が人気のようで、次々に契約希望者が殺到した。


そしてあらかた持参した薬もなくなってきたところで、セドナは笑顔を見せた。

「薬ってのは、効き目が強ければ強いほどいいとは限らないんだよ」

「どういうことだよ?」


ザントが、不思議そうに尋ねるとセドナが嬉しそうに答える。


「効き目が強い薬って言うのは、その分副作用も強いから。それに、ミレイユの薬は高いから、貧困層の人たちには、あまり買える人もいないでしょ?」

「それでも、効果そのものが10倍なら、値段が5倍でも買うんじゃないのか?」


ザントのその質問に、セドナは首を振った。


「ものによっては、そうかもね。けど、そもそもそんな強い薬が必要になる前に、病気を治すことの方が大事でしょ? それに、かゆみ止めや虫刺されみたいに、やたら強力な効果がある必要のない薬もあるじゃない?」

「そう言えば、そうか」

「それに、栄養剤のような商品は、効き目が強すぎると、ものによっては逆効果だしね。そもそも、聖女様は『薬は、病気を治すためのもの』って認識みたいだしね」


無論セドナがこのように言う背景には、この世界では「栄養学」がまだ十分に発展していないことも理由にあるのだろう。

シリルも同意するように頷いた。


「確かに、正直俺も同じことを思っていたかな……こういう健康のための薬を売っているのは初めて見たから」

「でしょ? だから、そこに狙いを絞ったんだけど……食いつきはよさそうだったね」

「ああ。……やっぱり、セドナの見込み通りだったな」

「えへへ、ありがと、シリル!」


シリルも素直に賞賛し、それにセドナも嬉しそうに答える。


因みに『聖女の奇跡』が無くなったことで土地が荒廃しているカルギス領では酪農は難しいこともあり、シリル達は植物由来のプロテインやビタミン剤を作成している。

シリルたちにとって幸福だったのは、たんぱく質を豊富に含む豆類や、ビタミンを豊富に含む雑草がカルギス領の気候にも対応できていたことだろう。


「後は、どれくらいの人が使ってくれるかってところだよね」

セドナも嬉しそうに、そう答えた。


「そうだな。……それにしても、いきなり『次回分も買います!』って奴も多かったのには驚いたな」

「アハハ、そうだね。……プロテインの他にも、虫さされやかゆみ止めなんかも、リザードマンには需要が大きいんだね。次はもっとたくさん作るようにしないと」

「だな。……生産を増やしてもらえると良いけどな……」


説明ではすでに「補充する分だけ料金を徴収する」としていたが、最初に配った時点で「補充分を今のうちに買っておきたい」という声が結構上がっていた。

その為、日本円にすると数千円だが、シリルたちは売り上げを手にすることが出来ていた。


「で、この売り上げの一部は上納金にして、後はラルフ様に渡せばいいな」

「あ、その件なんだけどね。ラルフ様の話だと『今日売り上げることが出来た分は、全部お前たちが使っていい』って言ってたよ?」

「え、そうなのか? さすがラルフ様!」

「うん。あたしはお金使ってもしょうがないから、二人で好きなもの買いなよ」


そしてセドナは数枚の銅貨を二人に手渡した。


「お、ありがとうな!」

「あ、ありがとう」


その銅貨を見て、

(やった! 頑張った甲斐があったな。そういえば今度、新しい観劇があるらしいからそれ見るのに使おうか……。ハーレムものの物語で、ちょっとお色気シーンもあるみたいだし……)

そうザントは思いながらニヤニヤと笑みを浮かべた。


一方のシリルは、少し考えた後、


「じゃ、俺はちょっとバザールの方に行ってくるよ」

「あれ、何か買うの?」

「ああ。ラルフ様へのお礼とスファーレの手紙のお返しをな。……それとこの間、あそこの婆さんが病気治ったろ? そのお祝いに、何かお菓子でも買って差し入れようかなって思って」

「へえ、優しいじゃん、シリル。自分のためには使わないの?」

「え? ……まあ、それでもいいけど、誰かが喜ぶの見る方が良いじゃん? それに、バザール見ていたら、面白いものとか見つかりそうだから楽しそうだし」

「確かにそうだね。あたしも誰かの喜ぶ顔見るの好きだから、分かるな」

「つーか、お前の影響だよ」

「え、やっぱり? アハハ!」


(……誰かが喜ぶ顔を見るのが良い、か……。このあたりが、俺とシリルさんの違いなのかな……)


二人が楽しそうに談笑する様子を少し見て、ザントは少し手に持った銅貨を見つめた後、

「ごめん、やっぱり俺も一緒に行っていい?」


そうシリルに頼むと、シリルは嬉しそうにうなづいた。

「ああ、もちろん。それじゃ、行こうか?」

「じゃああたしは、先に宿の手配しておくから、終わったら来てね」

セドナはそう言うと、反対の方角に歩いて行った。




バザールの方角に歩いていくと、次第に町並みは活気にあふれていく様子が見て取れた。

「うーん……。それにしても……」

シリルはそう言いながらあたりを見回した。

「なんていうか、あまり人間は歓迎されてない感じだな……」

あからさまな態度には見せないが、人間のシリルに対してどこかよそよそしい雰囲気を感じ取る。


「このあたりはミレイユの薬屋が近いはずだよな? だから、やっぱりエルフをはじめとしたお金持ちが多いんじゃないのか?」

「そうか。……まあ、俺たちはスラム街の住民と間違われてもしょうがないかもな」

そう言いながら、ザントはしばらく街を見ながら商品を物色していた。






一方同時刻、ミレイユは妹分のスファーレと共に、街の近くにある教会を訪れていた。

「「聖女様、ありがとうございました!」」

「ええ、みんな、丁寧に歌えたわね。今度の歌唱祭ではみんな喜ぶわよ?」


そう言われて、そこにいたエルフの少女は嬉しそうな顔で笑みを浮かべる。

周りにいた子どもたちも、みな口をそろえてお礼を言う。


「うん! お姉ちゃん、いつもありがとう!」

「僕達、聖女様のために一生懸命歌うね?」

「だから今度の歌唱祭絶対に来てね?」

「勿論よ!」


聖女ミレイユは嬉しそうに答えながら、先ほどまで一緒に子猫の看病をしていた二人の少女に、やや恩着せがましく声をかける。

「そうだ、あの子猫の病気もあたしのお薬の力ですぐに治るはずだから、安心してね? 高いお薬だけど、お代は気にしなくていいわ。効果はばっちりだから!」

「あ、うん……ごめんね、聖女様」

「あの猫ちゃんの熱も、聖女様のお薬で下がるんだよね? ありがとう!」


そう涙目になりながら上目遣いに見る様子に、ミレイユはキュン、と胸が高鳴ったのか、少し胸を抑える様子を見せた。


(フン、おめでたい女ですわね……)


その様子を見ながら、スファーレは内心で吐き捨てるようにつぶやいた。


(ま、いけ好かないけど聖女様ですもの。この程度の『媚び』はしてあげないといけませんわね)


スファーレはそう思いながら、聖女の死角でため息をついている子どもたちを目で嗜めた。

子どもはそれを見て、ペコリ、と頭を下げる。


この教会は、表向きは「孤児たちを養いながら慈善事業を行っている施設」としているが、実際には『接待施設』である。

教会にいる子どもたちはエルフやサキュバス、インキュバスなどの種族から美男美女ばかりを意図的に集めており、また実際には孤児ですらない『役者』の集団で構成されている。

そのような子たちが、ミレイユが来た時に満面の笑みを見せながら『聖女様』『聖女様』と歓待するように仕組んでいる。


それに加えて、聖女ミレイユに『簡単に解決できそうな悩み』を毎回提供し、それを『華麗に解決』をさせている。

因みに今回の悩みとは『子猫が病気になって困っている』と言うものだ。近所のスラム街に飼い猫が病気になったというものが居たので、事情を説明して預かっていたものであり、本来は捨て猫ではない。


このような接待によって、聖女ミレイユに「私は、この領地にいないとダメなんだ」「私が必要とされているのは、この場所だ」と認識させるようにすることを目的としている。

この政策は、スファーレの家族が領主から内密で受け、実行している。


(隣の領地も最近『聖女の奇跡』を狙って不穏な動きを見せているようですし……。もう少しだけ、聖女様には夢を見せて差し上げないといけませんわね……。資金はもう少し、それに惚れ薬を頂けば……もうこの女は……)


そう心の中でニヤニヤ笑みを浮かべるスファーレ。

だがそれを表情には全く出さずに、

「お姉さま、私もお姉さまと一緒に来れて楽しかったですわ? さ、今日はもう帰りましょ?」

ぼろが出る前に退散するべく、帰路に就くように促した。


「ええ。それじゃ、みんなまたね! あの子猫にもよろしくね! あたしが作った、あのお薬……一番高い奴をあげたからもう大丈夫だと思うけど、何かあったら教えてね!」


ミレイユはそう言いながら手を振って、教会のドアを開けた。

(全く……。薬をあげたこと、何回恩に着せるのかしらね、この女は……)

スファーレはそう思ったが、やはり口には出さなかった。




教会を出た後、うーんと気持ちよく伸びをしながらミレイユはスファーレに笑いかける。

「ああ、やっぱりこの教会に来てよかったわね?」

「そうですわね。お姉さま、あそこの子どもたちに大変慕われてますもの。これからも、お願いしてもよろしくって?」

「勿論! 私の方からお願いしたいくらいだから!」


事情を知らないミレイユはそう言うと、幸福そうな笑みを浮かべた。

そして街の方を見やると、以前見た人影を見つけた。


「……あら、あそこにいらっしゃるのは……」

「げ……シリルじゃない……セドナが居ないなら、顔を合わせたくないわね……」


シリルが近くのバザールで何か買い物をしているのを遠目に見かけ、スファーレはわざと憎らしそうな表情を見せた。


「まあ! あの男がこの街にお越しになるなんて! 私、ちょっと話をつけてきますわ?」


そう言うとスファーレは、ミレイユの視界をふさぐように前に出た。


「大丈夫? あの男、相当やばい奴だって言ってなかったっけ?」

「だからこそ、お姉さまたちがいるこの区域に近づける訳にはいきませんのよ! お姉さまは先に帰ってください!」

「え? ……そうね、じゃあスファーレに任せるわ」


そう言うと、ミレイユはそそくさとその場を後にした。


ミレイユの姿を見せなくなったのを見た後、スファーレは教会に戻り、ドアをドンドンと叩いた。


「すみません、ちょっとお願いがありますの!」

「なあに、スファーレさん? もうあの聖女、帰ったんじゃないの?」


これが子どもたちの素なのだろう。先ほどとは打って変わってけだるげな表情でドアを開けてきた。


「ええ、お疲れ様ですわ。……けど、今はそれとは別件ですの。そこの花壇にあるお花、一つ分けてくださいませんか?」

「え? 良いけど……ただじゃあなあ……」

「じゃあ、これを差し上げますわね?」


スファーレが銅貨を一枚差し出すと、子どもは現金に笑みを浮かべ、鋏を手渡した。

「ありがと、スファーレさん。じゃあ、1本だけならいいよ」

「ありがとうございます。それでは契約成立ですわね」


そう言うと、スファーレは花壇の花を一つ摘むと、それを頭に刺した。

「いかがかしら?」


綺麗な黒髪と、派手なフリルがあるドレスにその白い花はよく似合っていた。

その為、その子ども素直に賞賛の声を上げた。


「うん、結構似合うじゃん」

……やはり、先ほどミレイユに対して用いた誉め言葉とは違い、口調はそっけないものだった。だが、本心ではあるのだろう。

そして、少し頬を赤らめるスファーレを見ながら、からかうように尋ねた。


「スファーレさん……いきなりそんなの付けるってことは……好きな人がこの街に来たんでしょ?」

「え? ……まあ、そうですわ」

「へえ……どんな人なんだろうな……」


その口調から、明らかに興味を持っていることを感じ取ったスファーレは、



「そうそう、鋏、ありがとうございました。……それと、分かってるとは思いますけど、まさか、後をつけたりしませんわよね?」



そう言いながら、花壇の花を切る鋏をそっと子どもに返した。

……ただし、刃先を子どもの首筋に向けて、だが。


「え、も、もちろんそんなことはしないよ! さあ、今日も仕事頑張ったから帰らないと! 父さん、今日はシチューって言ってたなあ……」


そう言いながら、子どもは鋏をひったくるように取り戻すと、大慌てでドアを閉めた。


「フフフ……お兄様に会えるなんて、今日は素敵ですわね?」

そしてスファーレはそう言うと、シリルの居るバザールに駈け出していった。

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