惚れ薬の使用を画策する美少女、良いよね

そして翌日。


「おはようございます、シリルさん」

「おお、おはよう、ザント!」


ザントはぎこちない笑顔を見せながら、シリルに声をかけた。

昨日セドナから言われたことを気にしているのだろう。


「…………」


だが、そこから言葉が続かない。

いわゆるザントは「初対面の時にはそれなりに会話ができるが、次の日に会うと話が出来なくなるタイプ」なのだろう。


そこに、横からセドナが割り込んできた。


「おはよ、ザント! 今日も良い天気で良かったね!」

「あ、セドナさん」

「昨日はよく眠れた? うちのベッド、結構固いから寝るの大変じゃない?」

「あ、いえ。別に問題ないけど。……セドナさんは大丈夫なのか?」

「ああ、あたしは機械だからね。その辺の椅子に座って、動きを止めてれば問題ないんだ」

「へえ~。そうなのか。眠らなくて済むなんて羨ましいな」


そう言って、二言三言会話を行うザント。

その後、セドナは少し笑って見せた。


「ザントは人の話を聴くの、上手だね?」

「え?」

「相手の話を横取りしないで、しっかりと相手に合わせてくれてるもの」

「あ、あの……。実は、あれから少しほかの人に教わったんだよ……」


(フフフ、昔の俺もあんな感じだったな。セドナの奴によく注意されたっけ……)

少しずつ他者とのかかわり方を学ぼうとする様子を横で見ながら、シリルはほほえましそうに笑みを見せた。


「あ、そうだ、ザントさん。今日からなんか『例の計画』って言ってたけど、何をするの?」

ザントがシリルに尋ねてくると、シリルは少し意外そうな表情を見せた。


「あれ、ザントは聴いていなかったんだっけ。……いよいよ今日から俺たちが用意してきた薬をグリゴア領に売り込みに行くんだよ!」

「グリゴア領?」


因みに、グリゴア領とカルギス領はミレイユに関連する確執こそあるものの、領主同士の関係は極めて良好であり、国民同士の仲も悪くはない。

その為、城門をくぐる際に荷物の検閲などはされるが、基本的に往来は簡単な手形さえあれば許可される。


「昨日も薬草をたくさんもらってたろ? あれを材料にして、前々から山ほど薬を作っておいたんだ。ほら!」

そう言うと、ザントは荷馬車に乗せた大量の薬を見せた。


「で、こいつを行商に回して大儲け! ってわけだよ。今日まで、カルギス領で沢山薬を配ってたのも、このためだったんだ」

「え? あれって、慈善事業じゃなかったのか?」


ザントは最近この領に来たばかりなので事情を知らないのだろう、そう不思議そうに尋ねてきた。


「最初はラルフ様もそう考えてたんだけどね。せっかくなら『みんなで生活をよくしよう』って考えで、薬草の栽培をしてもらったり、薬湯の販売のために読み書きを教えてたんだ」

「まあ、それもセドナの発案なんだけどな」


横からシリルもやや得意げに口を挟む。


「後、薬を薬草と引き換えって形だけど、格安で配っていたのは他にも理由があるんだ」

「理由?」

「ま、それはグリゴア領に着いたら分かると思うから、今は内緒にしとくね」


もったい付けていうセドナの発言にザントは少し興味深そうな笑みを浮かべるが、すぐにまた考え込むような表情を見せてきた。


「けど、うーん……」


だが、ザントの表情は暗かった。


「ん、何か気になる?」

「だって、グリゴア領はさ。あのミレイユがやってる薬屋さんがあるでしょ? あそこの薬の効き目は『聖女の奇跡』の力のおかげで凄いって聞くし……。そんなところに持って行っても売れないんじゃないでしょうか?」

「ふっふっふ……」


だが、その発言にセドナは不敵に笑う。


「大丈夫! あたしが元の世界で学んだ売り方なら、きっとうまく行くはずだから!」

「売り方?」

「うん。……ま、今回の行商でザントは、荷物運びだけやってくれたらいいからさ。あんまり気負わなくていいからね?」


そう言いながら、セドナはザントの肩をポンと叩く。

「ああ、ザントって力持ちだろ? 仕事がはかどるから助かるよ」

「あ、いえ……」


獣人の腕力が人間よりも優れているのは当然のことだが、ザントは恐縮するように目をそらす。

そんなザントの肩をセドナはポンと叩いた。

「頼むよ、ザント?」

「あ、はい。頑張ります……」

そう言うと、ザントは恥ずかしそうにしながらも、二人に笑いかけた。





一方、こちらはグリゴア領。

街角の小さなカフェで、聖女ミレイユとスファーレ、そして身なりの良いエルフとサキュバスの女性がカフェを楽しんでいた。


「どうかしら、この服?」

スファーレは、ゴシック調のフリルがたっぷりとついた服をひらひらと見せながら、くるりと一回りして見せた。

スファーレの向かいに座っていたサキュバスの女性が、その様子に感心するように声を上げる。


「え、すっごい可愛い! さすがスファーレのご両親ね」

「ええ。『あなたにこの服はピッタリよ!』って言って、お義母様が買ってくださいましたの」

「へえ! いいご両親じゃない! この手袋も素敵ね? 凄い良い素材だし、スファーレの肌にピッタリ合うよね?」

「フフフ……そう言っていただけると感激ですわ?」


そう言いながらもスファーレの心の中ではあまりいい気持をしていなかった。

というのも、自身の義両親は自分のことを「可愛い等身大の人形」のように扱っていることが明らかだったからだ。

その証拠として、自身が兄から受け取った手袋を『汚いから』と言う理由で勝手に処分をしてきたことがある。


(こんなきれいな手袋より、お兄様が働いて買ってくれた革の手袋の方が、ずっと素敵ですのに……)


その時のことをスファーレは今でも強く覚えていた。


「あとさあとさ、両親もそうだけどさ、スファーレも服のセンスあるよね?」

「あ、それ分かる! こないだ服買いに行った時もアドバイスしっかりしてくれたもんね!」

「そんなことないですわ。あの時は、お二人の雰囲気に似合う色合いのお洋服があったから、気になっただけでして……」


周りがちやほやとスファーレを褒めているのを見て、ミレイユは少し面白くなかったのか、真顔で答える。

「けどさ、スファーレの家って確かずいぶん借金があったんでしょ? なんだっけ、確か薬の行商で失敗したんだよね? 確かこないだも、手形をだまし取られたんだってね」

「……ええ……」


スファーレはその話題を出されたことに少し憤りを感じつつも、敢えてそれを態度に魅せずに答えた。


「けど、お義父様とお義母様は、私にだけは素敵な服を着せようとして、いつも借金して服を買ってくださいますの……」

「へえ……。なんかそう聞くと、心配になっちゃうわね」


エルフの女性がそう言いながら、少し同情するような目を向けるが、スファーレは首を振って笑顔を見せた。


「……けど、大丈夫ですわ。私だって頑張りますし、借金くらい簡単に返すつもりですから。 ……そう、簡単に、ね」

「へえ……。そう言えばさ、この間酒場で流れた曲って知ってる?」

そのスファーレの表情に凄みを感じたのか、そのエルフの女性は話題を変えてきた。




それからしばらくの間トークで盛り上がる女性4人。

ある程度話題も出尽くしたのか、サキュバスの少女がスファーレに再度向き直って尋ねた。


「そう言えばさ。スファーレの家も薬の行商とかやってるって聞いたけどさ。最近、カルギス領でも薬を作り始めたんだって?」

「へえ。カルギス領って、確か……」

「ええ、私を追放した、酷い人たちの国のことよ……」


そうミレイユは忌々しそうにつぶやく。


「けど、私の知り合いはカルギス領の人とも仲いいんだけどさ。今カルギス領で出回ってる栗って、結構評判良いみたいなんだよね?」

「へえ。あんな雑草やキノコしか取れないような土地で作る薬がそんなに?」


ミレイユは薬を調合する際には、希少な生物の体の部位を用いることなども多く、それが本人のプライドにもなっていたので、そのようにつぶやく。


「うん。それで近いうちにあたしたちの町にも来るんだってさ」

「そうなの? ……ひょっとして、スファーレ。あんたが言ってたあのやばい男……えっと、『シリル』だっけ? そいつも来るとしたら、ちょっと嫌だなあ……」

「そうですわね。皆さん、あの男は危険ですから、絶対に近づかないようにしてくださいね?」

「うん、教えてくれてありがと、スファーレ」


そう二人の女友達が笑いかけるのを見て、スファーレは安堵したような表情を見せた。


「けど、グリゴア領ってミレイユ以外にも薬師が結構いるでしょ? うちの領は元々老舗の薬屋が多いから、あまり流行らない気もするけどなあ……。実は私の実家も……」


そうエルフの女性が言ったところで、ミレイユが遮るように口を開く。


「そうそう! 薬って言えばね。私のところなんかは常連さんばっかりでさ! この間なんて、今は観劇のヒロインの方がやってきたのよ、誰だと思う?」

「え? もしかして『ローズクイーン』だったっけ?」

「そう、正解!」

「なにそれ、すごい!」


『ローズクイーン』は、今巷で有名な女優である。

その手のうわさにさといサキュバスの少女はそう驚いた様子で声を上げるが、それをエルフの女性は、話題を取られたことで面白くなさそうにアップルパイを口にした。


「でしょ、でしょ? で、その人ったら、私の薬の大ファンだって言ってくれてさ! なんでも『あなたのところの薬じゃないと、腹痛が治らないから、ダメね』なんて言ってくれたのよ!」

「へえ。さすがミレイユの薬ね。聖女様の力、羨ましいなあ……」


その後しばらくミレイユは楽しそうに自身の店について話し続けた。

この彼女の話しかたには他の女友達も内心では若干閉口していたが、それを指摘できる立場ではないこともあり、合わせるようにしていた。


そして、ミレイユの自慢話がある程度続いたあと、スファーレはわざと明るい口調で声をかける。

「さすが、お姉さまですわね! お姉さまはやっぱりこの大陸で一番の薬師ですわ?」

「え? アハハ、これもスファーレのおかげよ。あなたが可愛い笑顔で接客してくれるからってのが大きいのよ」

「嬉しいですわ、お姉さま。……それで、その……。お姉さま。今度私に作って欲しいお薬があるんですの」

「え? どんな薬?」


そこで、スファーレは普段の明るい猫なで声とは異なり、暗い笑みと共に、答える。





「……惚れ薬、です……。それも、とびっきり強力な奴を……」





「……え、ええ!?」

それを聞き、ミレイユたち全員が驚くように叫んだ。


「スファーレ、あんたひょっとして、好きな人がいるの!?」

「てっきり、ミレイユ一筋だと思ってたけど! へえ……どんな人?」


突然の恋愛談議に、エルフの女性とサキュバスの少女は興味深そうに尋ねてくる。


「えっと、あまり口には言えないんですけど……。人間で、とても笑顔が明るい人なんですの……」

「へえ、やっぱりスファーレは人間が好きなのね? エルフの人よりもかっこいい感じ?」


ミレイユはスファーレのことを妹のように思っているが、恋路を邪魔してまで彼女を独占したいと思うほど自己中心的なタイプではない。

その為、少し興味深げな顔でその話を聴こうと身を乗り出す。


「えっと、顔は確かに……凄いかっこいいわけではないですわ。けど、小さいころから私を実の妹のように大事にしてくれて……。それに、どんなお年寄りであっても優しいし、誰とでも仲良くなれる凄い人だし、それに……」


そこまで言うとキャッと言いながら、手で顔を隠す素振りを見せるスファーレ。


「へえ。……スファーレなら、惚れ薬なんて使わなくても好きになってくれるんじゃないの?」

「それが、ダメなんですの! あの方、私のことを妹としてしか見てくれないんですのよ! だから、惚れ薬でイチコロにしてやりたいんですの……」



通常の人間の感性であれば、仮に美少女の頼みであったとしても「他者の心を操るような薬品」の調合など行わないだろう。

しかし、ここに居る女性たちはスファーレを除き、全員人間ではない。



そして、彼女たちには人間に特有の『ヒューマニズム』という概念が存在しない。

その為、ミレイユは自身の胸をドン、と叩いて笑みを浮かべた。


「ええ、良いわよ。スファーレにはいつもお世話になってるし、とびっきり強力な奴をつくったげるわね!」

「さっすがミレイユ!」

「惚れ薬で上手く落とせたら紹介してね、スファーレ?」


エルフの女性とサキュバスの少女も、楽しみが増えたと言わんばかりに笑みを浮かべてきた。



「え? ……そ、そうですわね。もちろんそうしますわ?」

そしてミレイユは隠した手の下で、にんまりと笑みを浮かべた。

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