気になってた相手に告白前に振られる展開、良いよね
「おーい、みんな! そろそろあいつの新曲聞かねえか?」
「お、いいな!」
「そういや、今日はそう言う集まりだったもんね!」
シリルの声に、今朝会話をしていた使用人のインキュバスが髪をかきあげながらふっと笑った。
「フフフ。どうやら、この私の曲の時代が来たようだね?」
「それじゃ、伴奏は……」
「あたしにやらせてくんな。こう見えても若いころは酒場でならした腕なんだよ!」
近くにいたドワーフの老婆がそう言いながら腕をまくった。
「おや、こんなに美しいレディーに弾いてもらえるとは、光栄だね」
「へっ! あんたも言うね。……そうだ、シリル。あんたも一緒に合わせなよ?」
「ああ、もちろん!」
そう言うと、シリルはポケットから銀色をした長方形の金属塊を取り出した。
見たところ、側面にいくつもの穴が開いている。
「なんですか、それ?」
「ああ、これは昔、ラルフ様から頂いた俺の宝物なんだ。『転移物』の楽器だよ」
「転移物って、ほんとですか?」
ザントも噂では聞いたことがあるのだろう、驚いたような表情を見せた。
この世界では、稀に『異世界』の物体が現れることがある。
大抵はパイプや楽器と言った雑貨が中心だが、稀に金属製の精巧な時計や『ライフル』と呼ばれる銃火器なども転移してくることがある。
「ああ。セドナに聴いたんだけど、これは『ハーモニカ』って言う楽器らしいんだ。こうやって息を吹いたり吸ったりすると音が出るんだよ」
そう言うと、シリルは音を出して見せた。その音色を聴いて、ザントは「へえ」と感心するような様子を見せる。
「フフフ。役者は揃ったみたいだね。それじゃ、僕の歌に酔いしれたまえ!」
そう言うと、インキュバス独特の澄んだ声を響かせながら、その使用人は歌を歌い始めた。
(……これは……)
インキュバスの男の歌は、いわゆる現状への不満を嘆きながら、前を見て進んでいく自分たちを鼓舞する歌だった。
(すごい……歌詞も歌い方も……)
グリゴア領で歌われていた、幸せなラブソングとは違う、心の底から響かせるような凄まじい音色と、この世の恨みや憎しみ、その中でももがきながら希望を見つけようとする歌詞。
その全てが、ザントにとっては衝撃的だった。
「アハハ! いい曲じゃねえか! 酒がうめえ!」
「ああ、あたしらカルギス領で楽しめんのは、これくらいだからねえ」
「そうそう! ほら、シリル! あんたももう曲の流れは分かったろ? 輪舞曲のパターンだ。早くアドリブ入れな!」
ドワーフの老婆はその大雑把そうな性格からは想像も出来ないほど繊細な指の動きでピアノを奏でながら、シリルに笑って話しかける。
「ああ、任せろよ!」
それに合わせて、シリルも楽器を奏でる。
(…………)
しばらく、ザントはその曲に聞き入っていた。
(なんだろう……。なんで、こんなパワーがあるんだろ、この人たちの曲は……)
グリゴア領でも、ザントは時折誰かが歌っているのを目撃したことはある。
だが、そこで歌う幸せそうな曲や、恋人に捧げる恋歌とはまた違う、凄まじい熱量を感じた。
そしてしばらくして、曲が終わると、周囲から歓声が上がる。
「すごいじゃんか!」
「ほんとだよ、熱くなっちまった! 後で歌詞を教えてくれよな!」
周りで聞いていた老人たちが、まるで往年の気概を取り戻したかのように、わいわいと騒ぎは始めた。
すでに場の酒はみな飲み干してしまったようだったが、その熱量に『酔った』者たちでその場はあふれている。
「それじゃ、次はあの曲やってくれよ! ほら、先週作った農民のための歌!」
「そうそう! 俺たちも参加するからさ! みんなで踊れる曲にしないか?」
「それは良いな。では次は、皆で踊れる曲を歌おうじゃないか! ……だが、ザント君が踊れないようだから、誰か教えてやってくれたまえ」
そう言うと、インキュバスの男は笑って舞台から降りた。
「えっと、それじゃあ……」
そこで期待するように、近くで談笑していたセドナを見るザント。だが、それを見透かしたようにシリルは笑って肩を叩く。
「あっと、悪いな。セドナは歌も踊りもダメだからさ。俺が教えてやるよ」
「そ、そうか……?」
少し残念そうな表情を見せるザントに、セドナも気づいたのか横から割り込んできた。
「ごめんね。あたし、歌や踊りをするように『作られて』いないからさ。だから聞くことっきゃ出来ないんだよ」
「作られた?」
その発言を聴き、ザントが意外そうな表情を見せた。
「あれ、ラルフ様から聴いてなかった?」
そしてセドナは、答える。
「……あたしもね。実は『転移物』なんだよ。正式名称は衛生兵ロボット『セドナ3型』。……いわゆるゴーレムみたいなものだね」
「え……嘘だろ!?」
「……ううんそれは本当。ちょっとあたしの目、見て?」
「え?」
そう言って瞳を覗くと、ウイーン、ウイーン、とガラスのような筒が動くのがザントには分かった。
「嘘みたいですけど……。なんか、機械……ですか? それが動いています……」
「でしょ? あたしの瞳、カメラのレンズ……じゃなくて、えっと、曲がったガラスを通してものが見えてるんだ。……これで分かった?」
「え、ええ……」
それを聞いて、ザントはセドナの言動を少し思い出してみた。
考えてみると、彼女は朝食も夕食も摂っている様子がなかった。そして何より、仕事が終わった時に汗ばんだ匂いが全身から漂ってきたシリルに対して、セドナは全くと言っていいほど匂いがしなかった。
そのことを思い出し、ザントは少し失望したような表情を見せた。
「そう、だったのか……」
だが、がっかりした様子のザントをフォローするように、シリルが答える。
「はは、ザントもセドナのこと、狙ってた口だろ? ……ま、この領は今、若い女がいないしな」
「そういうこと。だからあたしは、ザントとはお友達にはなれるけど、恋人にはなれないんだ。……ごめんね?」
「あ、いや、その……」
セドナはにっこりとザントに笑いかけた。
「けどさ、あたしはザントのこと、好きだよ?」
「お、俺のことを……?」
突然告白のような発言をされ、ザントは顔を赤らめた。
「勿論、キミ達の言う『好き』とは違うけどね。……あたしは人のことはみんな好きで、誰かに奉仕するのが幸せなんだ。戦争用と言っても、あたしは後方支援用のロボットだから」
「あ、そう言うこと……」
その発言に、ザントは少し納得したように、だが少し残念そうに答える。
「だからさ! もしザントがあたしにしてほしいことがあったら、言ってよ! あたしに出来ることならしたげるから!」
セドナはそう言うと、少しいたずらっぽく舌を出しながら、笑みを浮かべた。
「え? あ、はい」
当然だが、この世界にはいわゆる機械でできた『ロボット』は存在しない。
また、戦争が終わって久しいこの世界では『ゴーレム』の概念を知っていても実際に見たことがあるものは少ない。
その為、ザントはセドナについて理解するのが精いっぱいだったのだろう。
『奉仕を喜びとする美少女ロボット』に遭遇したときに、多くの若い男性がまず考えるであろう『ある行為』を要求することは、その時のザントには思いつかなかった。
「それじゃ、早速踊り方を教えるな?」
そして話題を戻すように、シリルはザントの隣に立った。
「これをこうして、こうだ」
「えっと……こう、ですか?」
「そうそう、うまいな!」
初めてのダンスはザントにとっては慣れないものであった。
それでも、それなりにセンスがあったのだろう、最初のうちはたどたどしい様子だったが、次第に上手に踊れるようになってきた。
「じゃあ、後は頑張れよ! 俺も演奏側に立つからな!」
そう言うと、シリルは同じく舞台に立ち、楽器を演奏し始めた。
(……最初は難しかったけど、慣れると楽しいな、これ……)
周囲の人たちと一緒に踊りながらそう思っていた。
「おう、ザント。おめえ、中々うまいじゃねえか」
すると、今朝一緒に食堂に居たドワーフの使用人が踊りながら声をかけてきた。
「え? えっと……」
そこで、今朝セドナから言われたことを思い出した。そして、
「あ、ありがとうございます!」
そう元気に返事を返した。
その発言にドワーフも笑顔を返したのを見て、ザントは自身がわずかに成長したことを実感した。
「それと、おめえの取ってくれた虫、美味かったぜ、ありがとうな!」
「あ、いや……。俺はセドナさんたちに言われて取っただけだから……」
「ハハハ、そりゃそうか。けど、気に入ったぜ、ザント! これからよろしくな!」
「は、はい!」
「後、この踊りはグリゴア領でも流行ってる曲だからさ。覚え解きゃ、いつか女の子と踊るときにも、役立つと思うぜ?」
半ばからかうようにドワーフが笑いかけるのを聴き、ザントも少し神妙な表情をした。
(そう言えば……。俺、女の子の喜ぶ歌や踊り、全然知らなかったなあ。もっと勉強したほうが良いかもな……けど……)
そうザントは思いながらも、尋ねる。
「俺たちはグリゴア領に住めないし、歌や踊りを覚えても、意味ないんじゃないか?」
その質問に、ドワーフの男はにやり、と笑った。
「そう思うだろ? けど、おめーは運がいいよ。明日から『プロテイン計画』をいよいよ始めるんだ。そうしたら、うちの領にも若い子が戻って来ると思うから、期待してろよ、な?」
「プロテイン計画……?」
聴きなれない言葉にザントは聞き返すと、男は含みのある笑みを浮かべた。
「ああ、セドナが考えてくれたんだけどな。その為に今までずっと、薬湯をあちこちに配ってたんだよ。明日からはザントにも手伝ってもらうから、頑張ろう、な?」
「は、はい……って、うわ!」
そう会話をしていると、曲のペースがどんどん早くなってきた。
……まるで、現在の鬱屈した生活を忘れようとするかのように。
(本当に、この領の人たちの歌や踊りは凄い……。『幸せな国の、時間がある人ばかりが、名曲を作れるわけじゃない』んだな……)
そう思いながら、ザントは踊りのペースに合わせ、手足を動かしていた。
(てっきり『聖女の奇跡』を失ったこの土地は、絶望に満ちたものだと思ったけど……。
逆に『失ったことで、手に入れたもの』が他にもあるかもしれないってことか……。なら、頑張れるか、な……)
そしてしばらくの後、宴会は終わり、一行は解散し始めた。
「はあ……楽しかったですね」
ある程度踊る中で打ち解けたのか、ザントはインキュバスの使用人にもそう答えた。
「ハハハ、この私が盛り上げたのだから、当然だろう! さ、ザント君。そっちを持ってくれたまえ」
「ああ、任せて」
当然会場の片づけは使用人たちの役割だ。
ザントは先ほどまで歌い続けていたインキュバスと共に、机を持ち上げた。
「ふう……」
「お疲れ様、シリル?」
そう言うと、セドナは水が注がれたグラスをシリルの頬にくっつけた。
「うわ、つめて!」
「アハハ、久しぶりにたくさん歌ったね?」
「ああ、ラルフ様も喜んでたし、俺も楽しかったよ。あいつの新曲、いい曲だったな!」
「えっと……。機械のあたしには音楽の良し悪しは分からないけど……。みんなが喜んでくれたならよかったな!」
正直な感想をセドナは答えると、シリルはほほ笑んだ。
「……そう言えばさ、明日からやる『プロテイン計画』だけど……うまく行くと良いね?」
「そうだな。ま、セドナが考えてくれたんだから、大丈夫だろ?」
「うん、そうだと良いよね」
そう言うと、セドナはシリルの顔をじっと見つめた後、鼻をつん、と叩いた。
「な、なんだよ、セドナ?」
「……今、ミレイユのこと考えてたでしょ?」
「え?」
ぎくり、と言わんばかりの態度でシリルは体を震わせた。
「これでうちの領地がお金持ちになったら、ミレイユも振り向いてくれる……そう考えてない?」
「べ、別にそうじゃないけど……」
顔を赤くしながら答えるシリルに、いたずらっぽくセドナは笑みを浮かべた。
「ふーん。……ところでさ。もし完全にミレイユに振られたら、シリルはどうすんの?」
「そこまでは考えてないけど……。ただ、ほかの添い遂げてくれる人を探したいな、とは思うかな」
その回答を聴き、セドナはにぱっと笑みを浮かべる。
「そうなんだね。シリルにとっては『好きな人と添い遂げることが一番の幸せ』ってことだね。学習した!」
そしてセドナはこうつぶやいた。
「本日、3点学習。
『シリルとスファーレが添い遂げることは、周囲が望むことである』
『シリルにとって、スファーレの幸福を最大化することが望みである』
『シリルは、好きな人と添い遂げることが幸せである』
以上、インプット完了」
『セドナ』は極めて高性能な人工知能を備えているため、あらゆる場面で人間の心の機微に敏感であり、また通常の人間ならまず断るであろう『誘い』であっても、自身に出来ることならば決して断らないという特徴を持つ。
だが、ある側面において致命的なまでに他者の心を理解できないところがある。
……そのことをシリルは、のちに思い知ることになる。
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