「チート」のおかげで社会性を身に付けられてないキャラの末路の暗示、良いよね

「おはようございます、お嬢様」

「…………」


実用性を度外視した、きらびやかな給仕服に身を包んだメイドたちに頭を下げられながら、聖女ミレイユは引かれていた椅子に黙って座った。


「おはようございます、お嬢様」

聞こえなかったのかと考えたのだろう、執事はもう一度挨拶すると、ミレイユは執事の方を見て、面倒くさそうに答える。

「聞こえてるわよ。で、今日のご飯はなに?」

「本日の朝食は、クロワッサンにシナモンをかけたもの、それに遠い北国から取り寄せた専用の豚を用いたベーコンです」

「ふうん……今日は調子悪いから、油物は食べたくないんだけど、まあいいわ」


執事の説明を聞き流しながら、ミレイユはベーコンを立てたフォークで乱暴にちぎりながら、口に運ぶ。

「……いかがでしょうか?」

「別に普通」

そう言いながら機械的に口を運ぶミレイユ。

その様子に、少し厨房のコックは残念そうな表情を見せていた。




そして食事の感想もそこそこに、メイドに対して、怒ったような口調でいきなり文句を言いだす。


「ところでさ、聴いてよ! 昨日セドナに会ったんだけどさ、その時に人間の使用人のせいでスカーフ汚されちゃってさ! 最悪だったのよね!」

「ま、まあ、それはお気の毒でしたね?」

「ったく、お気に入りのスカーフだったのに……ほんっと、ついてないわよ……ていうか、聴いてる?」

「え? ええ、もちろん!」


メイドは、突然怒りをぶつけられたことに少し驚きながらも、その発言に相槌を打つ。

因みに、実際には風で飛ばされたスカーフをシリルは拾ってくれている。その一部始終を知っている執事だったが、あえて口を挟まなかった。


「ていうか、ほんっと、カルギス領の連中ってむかつく! そもそも、私はあれだけまじめに仕事してたのに、追放するなんてひどいわよ! そう思わない?」

「ああ……。確かその時は、聖女様の力は十分に覚醒していませんでしたものね」


メイドが同じように、少し困ったような表情で相槌を打つ。

実際には、追放される頃にはすでに彼女の力は現在と同じレベルにまで到達していたことは、メイドは口にしないようにしていた。


「そうなのよ! それなのに、子どもの時にもみんな、私だけ遊びに誘ってくれなかったりするし、出し物をやるときも私の言うこと聴かないで勝手に色々始めちゃうし……」


ブツブツと愚痴るようにひとしきり言ったあと、ミレイユはメイドに笑いかける。


「けどさ、この国は私がしっかりと支えてあげるから! 私が、まじめに働いてる人が損しない世界にしてあげるね?」

「ええ、楽しみにしていますよ?」


作り笑いを浮かべながら、そのメイドはそう答える。


「それじゃ、ごちそうさま。ベーコンは太るからもういいわ」

「あ、そうですか……」


そう言ってベーコンの脂身の部分を残して、ミレイユはフォークを皿の上に置く。それを給仕は残念そうな表情で片付けた。


「それじゃ、今日も仕事頑張らなくっちゃね!」

「ええ。ミレイユ様のお力を込めたお薬は、とても効果が強いですからね。今日も3組の貴族からご依頼を受けていますよ?」


その執事から受けた発言に、ミレイユは気を良くした。


「ふっふーん。……私の薬がなきゃ、みんなほんっとにダメなんだから! じゃあ、早速取り掛かるわね! あ、後で部屋にお茶持ってきて」


そう執事に言うと、ミレイユはつけていたナプキンで口を拭い、それをぽいっと床に投げ捨て、立ち上がった。


「……はあ……」

さんざん愚痴を聞かされ、ため息をつくメイドに、執事はそっと声をかける。

「お疲れ様でした。あとであなた様にもお茶をお出しさせていただいて、よろしいですか?」

「ありがと……」

メイドは力ない様子でそう答えた。






一方、こちらはカルギス領。

「おはよう、バカコンビ!」

「ああ、おはよう、バカシリル! 昨日は大変だったな!」


そう言いながら、シリルはラルフ家の使用人仲間と共に食堂で食事をとっていた。

全員みすぼらしい服を着ており、座っている椅子もすでにあちこちがほころびているほどだ。

「お、今日はなんだよ? お、ポークビーンズじゃん! 肉が入ってるなんて、ありがたいな」

シリルはそう言うが、実際には肉はほんのわずかしか入っていない。それでも、シリルは嬉しそうに厨房に着くと「いただきます」と言い口に運び始める。


「ラルフ様、お前たちが久しぶりに帰ってきたからって、ちょっと奮発してくれたんだよ。よかったら少し……」

「は、お前は自分の分は食ったろ、バーカ!」


ドワーフやインキュバスの男性たちとともに、楽しく軽口を叩きながらシリルはスープを口に運ぶ。

セドナはその隣で、ニコニコ笑いながらその様子を眺めていた。




量が少ないこともあり、あっという間に3人は食事を食べ終わった。

そしてドワーフの男性がセドナの方を見て、

「そういやさ、セドナ? 昨日は俺の相手してくれてありがとな?」


そう、礼を言った。

「お安い御用だよ。予定が空いてるなら、いつでも相手してあげるから! 必要になったら呼んで?」

セドナは嬉しそうに答えると、隣にいたインキュバスが少し呆れたように鼻で笑う。

「はあ、君、またセドナさんに『お相手』してもらってたのかい?」

「なんだよ、悪いか?」


呆れたような表情のインキュバスに、ドワーフの男はむっとしたように答える。


「いや、悪くないさ。けどね、夜を過ごすのであれば、快楽を求めるだけではつまらなくはないかね? 今のように貧しい時にこそ心を豊かにするべく、文化を学ぶべきだと思うのだよ」

「文化ってどんなのだよ?」


それを言われて、ここぞとばかりにインキュバスは答える。


「それは勿論、歌さ! 昨日新しい歌がついに出来たのだよ!」

「けっ! 勉強でもしてたらまだ分かるけどよ。歌かよ! じゃあ俺と対して変わんねえじゃねえか!」


そうドワーフは皮肉った表情でいうが、シリルとセドナは興味深そうに尋ねる。


「へえ、新曲か? それじゃ、今日の仕事が終わったら聞かせてくれよ」

「あたしも聴きたい! ラルフ様に頼んで、お酒出してもらうね!」


二人の反応こそ待っていたのだろう、彼は嬉しそうに笑みを浮かべた。


「おお、さすがはシリルさん、セドナさんだな! 私の芸術に理解があるとは! そこの筋肉だるまとは大違いだ!」

「けっ! 筋肉だるまで悪かったな! けど、酒が出るんなら俺も聴いてやるよ……本当は、俺も楽しみだしな……」


最後の一言は聞こえないようにつぶやきながら、ドワーフは、ぷい、と顔をそむけた。



「ハハハ、みんな元気だな」

すると、ドアの向こうから、よく整った容姿をしたエルフの男性が部屋に入ってきた。


「あ、ラルフ様! おはようございます!」


その姿を見てシリルたちは立ち上がり、深々しく挨拶をした。

ラルフは屋敷の主で、カルギス領の地方領主でもある。

その優しく思いやりのある性格と、その割に親しみやすい人となりから、シリルを含む使用人からの信頼は大変厚く、また領民からも慕われていた。


特にシリルにとっては、幼少期に家族を病で失った際に使用人として雇ってくれた恩人もある。


「ああ、おはよう」

「あのさ、ラルフ様! 今話してたんだけど、また新曲が出来たんだってさ!」


そう言いながらセドナは、ラルフに先ほどの一件を説明する。

するとラルフは、その美しい容姿をにっこりと微笑ませた。


「ほう、一か月ぶりだな! 私もぜひ聞かせてもらいたいな」

「じゃあ、酒もおひとつ……」


手で酒を飲む仕草を見せるドワーフに少し呆れながらも、ラルフは頷く。


「ハハハ、お前はいつもそれだな。……まあいい、少しだが私の蔵から出そうじゃないか」

「おっしゃあ! さすがラルフ様!」


ドワーフの男はよほど酒が好きなのだろう、ぱちんと手を叩きながら、飛び上がらんばかりに両手を上げて喜んだ。


「ところで、ラルフ様、お食事はもう食べましたか?」

「ああ、私はすでに食べたよ。ところで……」


そう言いながら、ラルフは食堂の隅に居た獣人の少年の方を見やる。

彼はこちらの方を恨めしそうに見つめながら、黙々とポークボーンズを口に運んでいた。


「彼のことは、まだ聴いていないだろう、シリル?」

「え? ……そう言えば私が出立する前、獣人の子を一人引き取ると聞いていましたが……彼がそうですか?」

「そうだ。話を聴くと、流行り病で両親を失ったらしくてな。それで引き取ったんだ」

「そう、でしたか……」


シリルは、自身も同じ境遇だったことを思い出し、ぽつりとつぶやいた。


「あいつ、こっちが話しかけても挨拶もしねえし、何考えてっか分かんなくてよ……」

「そう。この私のこともまるで相手にしなくてな。それで君たちが来るのを待ち望んでいたのだよ」


ドワーフの男とインキュバスはそう言いながら、シリルとセドナの方を見た。

「まあ、お前らはそう言うの苦手そうだもんな……」

「うるせーよ、バーカ」

「私たちインキュバスに『男と仲良くしろ』は難しい相談じゃないかね? 同性を嫌うのが、我々夢魔の特性なのだから」

二人の悪態にかぶせるように、ラルフは苦笑しながら答える。


「ハハハ、まあそう言ってやるな。……とりあえず、シリルとセドナの二人で指導をしてやってくれ。……頼むぞ?」

「ええ、分かりました!」

そう言うと、ラルフは笑みを浮かべ、二人の使用人と共に、そのまま去っていた。





「…………」

その様子を、獣人ザントは恨めしそうに眺めていた。


(ったく、うるさいな、あいつら……。あんな風につるんでないと楽しくないのかよ……)


そして食事を終えると、特にすることもないので窓の外を見上げる。空はあいにくの曇天だが、とりあえず雨具は必要なさそうだった。


(まあ、別に羨ましくないけど。それに俺は一匹狼だから、こうやって一人でいる方が楽しいし……)


そう思いながらも、それを表情に出さないようにしながらザントは考えていた。

なお、獣人は基本的に集団で生活するため、一匹狼となる種族はほぼ存在しない。


(にしても、なんで俺はエルフじゃなかったんだろうな。あとはミレイユさんみたいに特別な力があればな……。そうすりゃ、可愛い女の子に囲まれて、楽しい生活が出来たろうな……)


そして、無表情なまま色々と妄想をしつつ、ザントは顔をしかめる。


(はあ、俺は、本当は優しい奴なのに、なんで彼女が出来ないんだろう……。やっぱり、あそこにいる、シリルさんだっけ? ……みたいに、不良っぽくなりゃ良いのか? いや、そんなことしなくても、いつか俺の魅力を分かってくれる女の子がきっと声をかけてくれるよな……)


そう都合の良いことを考えていたら、横から人間と思しき女性が大声で声をかけてきた。


「はじめまして!」

「うわ!」


セドナだ。

その大声に驚いたように、ザントは彼女の方を見やる。


「ラルフ様から聞いたよ? キミが新しく入った子だよね? 確か、ザントだっけ?」

「う、うん……」


その様子に少したじろぎながらザントは頷く。


「あたしはセドナ! 今日からシリルと一緒に、キミの指導役をやるから、よろしくね!」

「あ、ああ……」


セドナのかわいらしい笑顔に目を合わせることが出来ずに、少し恥ずかしそうにザントはそうつぶやいた。


「じゃあさ、早速指導一つ目ね! 挨拶はちゃんと、自分からしないとダメだよ? あたしたちが来た時にも『おはよう』って言わないと?」

「え?」

「おいおい、いきなり先生モード全開かあ?」


そう言うと、シリルは横から少し呆れたように答える。


「別に先生モードじゃないって! ただ、指導しろって言われたから言ってるだけだよ!」

「まったく……。えっと、ザントだったな。よろしく、俺はシリルってんだ!」


そう言いながらにっこりと笑って握手を求めてくるシリルを見て、ザントは同じく恥ずかしそうに手を出し、握った。


「よ、よろしく……」

「ああ、よろしくな!」


そうさわやかに笑うシリルを見て、バッと手を離す。


「ハハハ、うちの使用人は変わった奴ばっかりだから面食らっただろ? けど、皆悪い奴じゃないから、話せば仲良くなれると思うぜ」

「あ、はい……」


不良っぽい外見とは裏腹に、温厚そうな表情を見て少し安心したのだろう、ザントは少し考えた後、たどたどしい様子で尋ねる。

「あ、あと、その……さっき言いそびれちゃったから言うけど……」


そして、

「おはよう……ございます……」

そう答えた。

その発言を聴き、セドナが満面の笑みを浮かべた。


「うん、おはよう! ……えへへ、やっぱり挨拶してもらえると、あたしも嬉しいよ!」

「ハハハ。早速セドナのお説教喰らって大変だったな。けど、偉いな、ザント! これなら、見込みありだな!」


その様子に、シリルは少し呆れながらも、本心からそう答えた。

だが、セドナ本人に悪気はないのだが、やはりそのような指導を受けるのはプライドが傷ついたのだろう、ザントは少し口をとがらせる。


「けど、そんな子どもみたいなこと言われなくても、分かってるよ……」

「そう? けど、ザントはさっきできなかったでしょ? 『知ってると出来るは違う』んだから。それに……」

「それに?」




「ちゃんと挨拶するとか、人の好意にお礼を言うとか、愚痴や不満をぶつけないようにするとか……そういう基本的なことも出来ない人がさ。ある日神様から力を与えられちゃって、誰にも文句を言われない立場になっちゃったら……悲惨な末路が待ってるから……」




「……ああ、そうだな……」

シリルとセドナは同時に、そう悲しそうな表情を見せた。


「…………」

あまりのその表情の暗さに、ザントは思わず口ごもった。

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