【第16話】私の手紙と、侍女アニー
午後、昼餐が終わった後自室に戻り、本来は午前の内にやりたかった計画を実行に移そうとしていた。
題して、「お兄様への初めてのお手紙大作戦」である!
手紙を書くと言っても、私はまだ文字が書けないので、アニーに代筆を頼む。
ちょっと……いや、結構悔しい。
(家庭教師が来たら、絶対最初に習う!なんなら、それまでにもアニーに教えて貰おうかな?)
度々神様に、転生特典云々心の中で叫んでいるが、本当に特典なのではと思うのが、”言語”である。
どう見ても日本と違う文化の世界なのに、産まれた瞬間から、周りで喋っている人の言葉が、違和感なく何を言っているのか分かった。
違和感がなさすぎて、違う言葉を話していることに気がつくのには時間がかかった。
私の耳には日本語で聞こえてるし、私の感覚では日本語で喋っているのに、通じたから。
だから、文化は違うけど、言語は日本語なんだー?なんて思っていたが……文字が違ったのだ!
どことなくアルファベットのようだけど、もっと装飾的な文字が、この世界の言語だった。
それが分かったのが、本やお母様の部屋の書類などを目にした後だったので、言語が違うことを理解するのに時間がかかったのだ。
(中途半端かよっ!)
産まれた直ぐの赤ん坊が、こことは違う言語に置き換えて言葉を理解するのは、どう見ても異常な事なので、“転生特典”だ、と思う他なかった。
(それなら、文字も読めて、日本語を書いたつもりが異世界語書いてるーみたいなさ、そういうのあるじゃん?!そういう感じで読み書きも出来るようにしといてよねーーっ!)
流石、美醜逆転世界のおかしな神である。
実に中途半端だ。
いや、話し言葉だけでも理解して、自分も話せる事については感謝している。
これが無かったら、何が起きてるのかと混乱しながら、外国語を一から覚えるとかいう苦行を強いられたはずだ。
……そうは思うが、私の読んだ事のある転生モノは、もう少しぬるい設定だったので、つい高望みをしてしまう。
(だって!文字も書けてたら、初めてのお手紙から、直筆できたのにぃーーーっ!!!)
転生特典(仮)の中途半端さに歯噛みしながら、アニーが用意した便箋数種類から、お兄様へ送る手紙に相応しいものを選ぶ。
薄紫色の滑らかな紙に、エンボス加工で上品な薔薇をあしらった便箋が目に留まる。
(私の瞳の色に、私の好きな花!)
「これがいいわ」
実に私らしい便箋ではないか!と選んだ便箋をアニーに手渡す。
「かしこまりました。それでは代筆させて頂きます。まず、宛名の前は、“親愛なる”…でよろしゅう御座いますか?」
「そうね……“私の愛する”と書きたいところだけど、これは時期尚早よね。“親愛なる”でいいわっ」
イケメン好きの正直な気持ちを乗せ過ぎでしまうと、どう見ても過剰で、ドン引きも有り得るので、自重せねば。
いつか仲良くなって、ベタ甘のファンレ…お手紙を送れるようになりたい。
そうして、ああでもないこうでもないと頭を捻りながら、そろそろ締めの言葉に移ろうかと言う頃、アニーの様子がおかしい。
「うっ……、ズっ……」
「え、アニー泣いているの?……って、あぁーーっ!!」
叫ぶ私の視線を追って、アニーも便箋の右下端を見ると、絶望の顔をしながらこちらを振り返った。
「も、もも申し訳ございません!お嬢様!!」
「……いいから。便箋はまだあるのだから、書いていた所まで、書き写してちょうだい」
暴走する忠誠心の持ち主アニーは、代筆しながら感涙していたようで、涙が便箋に落ち、端っこの薔薇のエンボスが情けないほどにふやけていた。
「……まぁ、アニーの感涙へのハードルが異常に低かったとしても、それだけ気持ちのこもった手紙が書けた。ということよね」
「申し訳ございませんでした!便箋はアニーめが弁償しておきます!」
「そんな事いいわ!私が書いたら、何百枚と書き直した筈よ」
大体、我が侯爵家は信じられない程のお金持ちだしね。
国宝級のブルーダイヤモンドを娘にホイホイプレゼントする程である。
もしかしたらこの異世界では、地球よりも簡単に採れる石なのかもしれないが、アニーの手つきはとても慎重だったので、目ん玉飛び出るくらいの値段だろう事は間違いない。
そんな我が家の家計の中で、高級便箋一枚はどうでも良い出費だが、いくら高給取りの侍女だとしても、侍女にとっては、おそらく少なくないお小遣いがこの紙に持っていかれるだろう。
どれだけ文明が発達していて、それに魔法が寄与しているのか、定かではないが……
お母様の机の書類の紙の品質を見るに、エンボスまで入っているこの滑らかな色付きの紙は、相当高級なはずだ。
「有難うございます!この不肖アニー、誠心誠意お嬢様にお仕えする事で、返させて頂きますっ!」
「……ほどほどにね」
こうして積み上がるアニーの忠誠心は、“冷静で温かい女性”というアニーの第一印象を見事ぶち壊し、“暴走する忠誠心が制御不能な侍女”に…そして“私の良き理解者”に成長させた。
成長か、劣化か……そこは深く考えてはいけない。
脳内中二オタクが暴走する私と、忠誠心が暴走する侍女……うん、いいコンビである。
「お嬢様、出来ました。あとは……最後の署名だけでもご自身でなさいますか?」
(おおお!流石アニー!いい提案っ!)
「そうね!名前だけなら、何度か別の紙に練習すれば書けそうよね!」
「はい。お嬢様なら造作もないことかと」
それから、結局もう少し付け足して、「貴方の妹アメリアより」の文章を、アニーの見本を見て必死に習得し、便箋に本番を書き込んだ。
少しトラブルはあったものの、満足のいく出来の手紙の封筒を、銀のトレーに乗せたアニーを見送る。
「それでは、ユリシス様へ届けて参ります。お渡しする際の言伝などございますか?」
「……そうね、“待っています”とだけ。それだけでいいわ。お願いね」
「かしこまりました」
アニーが濡らした、自分の手紙を読み返しながら、気持ちが伝わって、お兄様に会えたらいいな……と明日の誕生日パーティーと、その後の計画に想いを馳せた。
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