【第19話】私、挨拶は短めでお願いしたい!



 現れたのは、貴公子然とした、パンパンさんとプニプニ君、そして艶やかで美しい夫人が連れ立っている。

三人全員、とても自信に満ち溢れていて、プニプニ君なんて、ドヤ顔で歩いてくるでは無いか!


(なるほど、わからん!……夫人は綺麗だが、この世界のイケメン評価全然解んないわっ!)


 ハワード家親子三人揃って挨拶をうける。


此度こたびはお招き感謝する。ハワード侯爵。素晴らしい会場だね、夫人。そして、誕生日おめでとうアメリア嬢。私はロイモンド公爵家当主、テイラー。隣が美しい私の妻、アマンダ。そしてこちらが息子のミハイル。仲良くしてやってほしい」

 

 言動は素晴らしくジェントルマンだった!

会場の準備を切り盛りするのは基本女主人の勤めなので、褒められたお母様も嬉しそうだ。

 父と母も歓迎の挨拶と、改めて私を紹介すると、やんわりと背中を押された。

“挨拶しなさい”ということだろう。


(うちより格上の公爵家!?お父様は顔が広いんだな!色んな意味でっ!さぁ、笑顔笑顔!お兄様の為にも地盤を固めるんだっ!)


「ありがとう存じますロイモンド公爵。ロイモンド夫人。そしてミハイル様。お初にお目にかかります、アメリアと申します。どうぞお見知り置きくださいませ」

 

そしてお母様直伝の優雅なカーテシーを披露する。


「なんと、6歳にしてこの気品。容姿だけでなく、振る舞いまで美しいとは、侯爵も鼻が高いな!」


「恐れ入ります。先日から妻に師事していますが、まだまだこれからです」


 言葉では謙遜しているが、お父様はデレデレと「そうでしょう!そうでしょう!」と言わんばかりのドヤ顔が出てしまっている。


(格上の公爵家にいいの?!)


 貴族としての表情の制御は、どこかに忘れてきてしまったようだ。

公爵家も本気で褒めていたからか、気にした様子がないのが救いだ。


「ご子息も公爵に似て、美貌の貴公子ですなぁ!是非娘と仲良くしてやって頂きたい」


「はい!仲良くしたいです!よろしくお願いします!」


 ミハイル君は、そのプニプニの身体をモジモジさせながら、可愛らしく?微笑んだ。


(さっきまでのドヤ顔はどこへいったのっ)


 まだ喋り方もあどけないし、タイプでは無いとは言え、邪険にするような態度ではなかった。


(良かった!いい人たちっぽい)


「ミハイル様、こちらこそ、よろしくお願い致しますわ」


 ミハイルに向けて微笑むと、顔を真っ赤に染めて、あわあわしている。

どうやら美幼女の勝利のようだ。


(この会場の最上位の子息、討ち取ったりー!)


 いつも勝利宣言をしてしまうのは、中二病の症状の一つとして見逃してほしい。



「ではまた後ほど」


「ごゆっくりお楽しみ下さい」


 一組目の挨拶を終えると、すぐに次の親子が進み出てきた。

主催者に挨拶に来るのは爵位の高い順なので、次も我が家と同等以上の名家だろう。

ブヨブヨさんとパンパン君、そして美しい婦人が連れ立っている。

 

「此度は招待感謝する。ハワード侯爵、ハワード夫人。初めまして、アメリア嬢。誕生日おめでとう!とても綺麗だよ!うちの息子に相応しい令嬢に育ったようだね!私はマルセール公爵家当主、レーバン。そして妻のイレーナ。こちらが息子のカイン。どうだい?いい男だろう?」


(はーーいっ!来ました!来ちゃいましたよ!ヤベー奴の香りがプンプンしますっ!何様って、公爵様なんだろうけど、要らんことしか言わんな!この人!)


 それにしても公爵家の大安売りである。

王を除いた貴族の最高峰がニ家も来るのか……流石侯爵家!と言いたいが、この家とは関わりたく無い。


「ハハハ、もったいないお言葉です公爵。マルセール夫人もお久しぶりでございます。ご子息もご立派になられた。本日はお越し頂き有難う御座います。楽しんでいただけましたら、幸いで御座います」


 既に私の将来を予約するような物言いに、流石の父も若干硬い表情だが、相手は公爵家な上、お父様からみたらカインもイケメンなので、嫌がっては居なさそうで、本気マジで困る。

本気と書いてマジである。

 母の挨拶の後促され、引き攣りそうになる顔を叱咤して笑顔を浮かべ、ご挨拶。


「ありがとう存じますマルセール公爵、マルセール夫人。そしてカイン様。お初にお目にかかります、アメリアと申します。以後お見知り置きくださいませ」


 そしてカーテシー。


(頼む!もう何も言わずに去ってくれっ!)


 願いも虚しく、顔の肉のせいでニヤニヤなのかニコニコなのか判らない表情で、私を舐めるように観察する親子。


「初めまして、アメリア嬢。素敵な装いね?ハワード夫人のお見立てかしら?センスがいいわ」


「まぁ、恐れ入りますわ!夫人」


 オホホとうふふの応酬を笑顔で見守りながら、心の叫びが止まらない。


(鳥肌立つってぇ!値踏みなんかせんでも、絶対カインの妻になんか立候補しないから、どっか行ってくれ!)


 容姿以前に態度がもう無理。

“生理的に無理”が発動しそうである。

そうなったところで前世日本人ゆえ、笑顔は保てるが、精神がゴリゴリと削れていく。

 

「カインだ、よろしく!仲良くしよう!」


 夫人はまだマシっぽいが、目は口ほどに、である。


(獲物を見る目をやめんかーいっ!)


 カインはカインで、ドヤ顔が過ぎる。


「よろしくお願い致しますわ。カイン様」


 鼻息も荒く宜しくしてくれるカインにも、なんとか笑顔を絶やさず、返事をするが限界が近い。

 この世界の貴族、表情かおに出過ぎでは?

私の中の貴族のイメージな“隠すべき内心は表情に絶対にださない”みたいな教育は徹底しないのだろうか?


「ふむ、相性も良さそうだ。カインもアメリア嬢を気に入っている様子。どうかね?侯爵考えてみては?」


「恐縮です。ですが公爵、まだ顔を合わせたばかりで御座います。急いてはカイン様にもよろしくありません。まずは仲良くして頂ければ幸いで御座います」


「ふむ、そうだな。また改めて機会を設けようか」


「はい。承知いたしました」


(承知しないでえぇーっ!爵位的に無理でも断ってっ!)


 無理は承知で内心駄々をこねるも、後日カインに会わされるのは決定事項だろう。


 また「それでは」と挨拶が終わる合図が出るまで必死に耐えたが、まだまだ挨拶の列は始まったばかり。


(お、お兄様に会いたい……癒されたい)



◇◇◇◇◇◇◇◇



 締め切り後かのような疲労感と、今まで感じたことのない精神的な疲労感を抱えながら、なんとか挨拶が終わった。


 その頃には宴もたけなわで、そこかしこで当主同士、夫人同士が社交繰り広げている。

夫人たちのテーブルの近くでは、子息・令嬢同士が、会話に花を咲かせている。

 私も加わるべきなのだろうが、全く気が乗らない。


(お兄様を補給しないと耐えられない)


 本当に、イケメンパパすら居なかった。

私には、正真正銘の“お誕生日席”が設けられて居たので、そこで座ってジュースを飲んで休んでいた。


 そこへ、挨拶を交わした時とても可愛らしいと思った令嬢、パウエル伯爵家のフェルミーナが、おずおずと近寄って来た。


 貴族は正式な場では基本、上位者側からしか最初の声を掛けてはならない。

近くで声を掛けてもらうのを待つのだ。

 知り合いでもなく、自分の爵位の方が高位なら、無視する選択肢もあるが、印象は良く無い。

 ただ、公爵家の者に男爵家の者がはべって居ても無視、というのは往々にしてある。

圧倒的爵位の差があると、視線すら向けないのも普通の対応である。


(実際やられたら、絶対悲しいけどね……)


 もちろん、フェルミーナを無視する理由は無いので、こちらから声を掛ける。


(誰かとお喋りしてたら、カインみたいのが来なくて助かるかも!)


「フェルミーナ様、ごきげんよう。楽しんで下さっていますか?」


 


 少しの打算を胸に……後に、生涯の心の友となるフェルミーナと出会うのだった。

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