【第8話】僕と、アメリアの瞳



ーsideユリシスー



 ーーー僕はアメリアを傷つけた。

 

 傷つくのがどんなに辛い事なのか、僕が一番知っていたのに。



 膝に当たる陽の色が茜色になった事で、ようやくアメリアが去ってからかなりの時間が経ったのだと自覚して、腕を下ろした。

 産まれた日以来初めて会った……遭ってしまったアメリアが、先ほどまで立っていた場所をぼーっと見つめた。


 僕が顔を覆っている間、アメリアはどんな顔をしていただろうーーー……。


 この世の美しさが、全て彼女の為にあるように輝いて見えた義妹アメリア……。



 

 午後の、薔薇が綺麗に光を弾く時間に義妹は、散歩にでも来たのだろう。

 今までは義妹が幼く、殆ど屋敷からでてくる事もなかったので、まさかここで会ってしまうなんて、思ってもいなかった。


 ーーーもう、ここには来ない方がいいだろう。

 この美しいガゼボは、アメリアにこそ似合う。




『見ません。見ません、お兄様』


 アメリアの声が、耳に残っている。

 作ったような声でそう言って、こちらを振り返る素振りを見せず、ここを離れたアメリアー……。


 僕を見ても、顔を顰めもしていなかった妹に怒鳴ってしまったのに……泣きもせず、怒りもせず、静かに僕の言った通りにしてくれた………。


 それなのに僕は、顔を覆いながら、遠ざかる足音にホッとしてしてしまった。

 漏れてしまった息に、息が止まってしまっていたのを自覚したほど、緊張していた……

 

 あの美しい妹の目に、僕はどう映ってしまったのだろうと、とても怖かったから。

 

(あっ……)


 アメリアが立って居たところから視線を外すと、真っ白なケープが僕の足元に広がっていることに気がついた。


(これは……アメリアの……?どうして僕の近くに?)


 ……状況から考えると、アメリアが寝ていた僕に、ケープを掛けてくれていたーーのか……?


「ーーっ、ーーーっふ、」


 僕のためにアメリアがしてくれたのだろう事に気がつくと、何かが込み上げてきて、視界が歪む。

 歪んだ視界のままに、真っ白なケープをそっと拾い上げた時、ガゼボの外から声が掛けられた。


「ユリシス様」


 ……この声は、さっきアメリアと来ていた侍女の声だ。


「……ああ、アメリアのケープをとりに来たのか?」


 すぐに侍女の要件が察せられたので、ケープを床につかないようベンチに置きながら、応える。


「はい。入ってよろしいでしょうか?」


「……。僕はもう行くから、僕が行った後に入るといい。ケープはベンチに置いておく。」


 言いながら、濡れた睫毛を袖で素早く拭い、出口へ向かう。


「承知いたしました」


 声の聞こえた方を、視線だけを向けチラリと見ると、侍女は頭を下げたまま、控えていた。

 僕の顔を見ないよう、気を遣ってのことだろうか?

 使用人でも、頭など下げず顔を背けるか、僕の顔を見て顔を顰めたり、あからさまに気分を害したように振る舞うのが普通なのに。

 この屋敷の侍女にしては、珍しい。


(まぁ、さっき見るなと叫んだのを聞いていたことだろうけど、それでもアメリアの侍女は、主人思いなのかも知れない)


 アメリアがした行動に沿っているだけだとしても、顔を見られないで済むことが、有り難かった。


 侍女の横を通り過ぎた後、歩く速度を上げて自室に戻った。





 洗面所に向かい、顔を洗う。

 熱を持った目元に水が心地いい。

 顔を拭きながら鏡を見ると、アメリアに覗き込まれた瞳とかち合う。

 アメリアは、僕とは兄弟として血が繋がらないのを知らない筈だ。

 養父とも養母とも違う瞳の色。

 

 

 

 ーーー使用人たちに目を逸らされ続けた実の父と同じ瞳。


 アメリアは、僕なんかにあんな態度を取られる事を、許さなくてもいい存在だ。

 侯爵家の唯一の直系で、美しいアメリア。

 そんなアメリアを傷つけてしまった事を思うと、消えてしまいたくなった……


 だけど、僕の瞳を覗き込んでも、キラキラと輝いたままだった薄紫色の瞳が、目に焼き付いて離れない。

 


 ーーーあの時僕が顔を隠さなかったら、アメリアはどんな表情かおをしただろう?


 目を逸らしただろうか?

 それとも、眉を顰めるだろうか?

 

 ……だけど、心の何処かで「アメリアはあのまま輝いた目を向けてくれたのでは」と期待する僕がいる。




 ーーもし、もしそうだったなら、どれだけいいだろう?


 ……そんな事は、起こり得ないと、今までの経験がすぐに否定した。



 来週はアメリアの6歳の誕生日パーティーがある筈だ。


(僕には関係ないけどね……)




 ーーー関係ないと思っていた。

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