【第6話】私の瞳と、お兄様の瞳



(ーーーーーあ、目が……)


 

 私の瞳は、母の色を受け継いで、薄い紫色だ。

 でも、兄の瞳は、生き写しと言われる叔父様から受け継いだのか、お母様と同じ伯母様の色……薄紫ではなく、とても澄んだアイスブルーだった。


 まだ焦点が合わず、ぼんやりとしているのを良い事に、私はお兄様の瞳を、引き込まれるように見つめていた。


 澄んだアイスブルーの湖に、金色の太陽の光が乱反射したような煌めきが散っている。

 そして、透明度が高いのに、とても深い湖のような鮮やかな青も、煌めきの奥に少し潜んでいる……そんな、多彩な瞳。

 

 そしてそれを縁取る銀色の睫毛。




(ーーー な ん だ こ れ は ? !)



 これが人間に許された造形なんだろうか?

もはやこれは、お兄様だけの特権なのでは?!!




 そんな“呆然”とも言える状態でお兄様を見つめていたが、ぼんやりしたお兄様の瞳が、私の姿を……そして瞳を捉えた。

 

 一瞬眩しげに細められた瞼が、徐々に大きく開いていって、お兄様の時間がピタリと止まった。


 固まっているとも言う。



 凍りついたように固まっていたお兄様は、多分息も止まっている。

 驚かせてしまったのだろう。

 流石に心配になって……


「あの……、お兄様?大丈夫ですか?とつぜんおじゃまして……ごめんなさい……」


「…………。……っ!」


 お兄様と呼んだ事で、会うのを拒否していた妹だと気付かれただろう事に、焦りを感じつつも、初めての、お兄様との邂逅に、ドキドキワクワクの方が優っていた。


「アメ……リア?」


 初めて目を合わせて、名前を呼んでもらえた事が、自分でもよく分からないくらいに嬉しくてー……

 感動で声が震えないよう、一度小さく息を飲み込んだ。


「はい。お兄様、アメリアです」


 我ながら最高の笑顔で応えられたと思ったのだけど、お兄様の顔色が、一瞬で青を通り越して、真っ白になった。


(えっ?!!!)


 辛うじて声は出さなかったが、今度は私が固まる番だった。

 

「……っ!!み、見るなっ!!!!!」


 お兄様は、組んでいた腕を顔の前まで上げて、腕で顔を囲うようにして隠した。

 腕を上げた事で、私の掛けたケープが滑り落ちて、ガゼボの石畳の上で広がったけれど、お兄様……そして私も、それどころではなかった。




 「見るな」と言うのは、私のことが……嫌いだから?

 あれだけ考えても、嫌われる理由が分からなかったのに、今分かるはずもなくー……

 

 

 ……だけど顔を隠している、お兄様の腕が震えている。

 その震えは、嫌悪ではなく、怯えに見えたー……



 お兄様は、何に怯えているのだろう?

 見るな……?なにを?ーー顔を?



(!!!!!)

 

 そうか、もしかしてー……


(ここが美醜の感覚が違うから?!!……お父様が、輝けるイケメンなら、なら……お兄様は……?)


 お兄様が怯えている理由はもしかして、自分の顔を見られる事。

 そして、“アメリアに見られる”事が、お兄様にとっては、妹に会えない事より、何よりも怖い事なのかもしれない………。




 お兄様の震える腕を見ながら、私は、お兄様に「会いたい」と何度も伝えてしまった事を、後悔していたー……。



「……見ません。見ません、お兄様。わたしはお先に失礼しますわね」



 頭が痺れているような、自分の声が遠くなるような感覚の中で、なんとか穏やかな声を振り絞ると、私はくるりと振り返って、アニーを呼んだ。


 アニーは、目を伏せたまま、「お手を……」と小さく囁いて私の手をとり、歩き出した。

 私の足は錆びついたようにぎこちなかったけど、アニーの温かい手が、いつもよりしっかりと握って、励ましてくれてるようで、なんとかガゼボを後にした。


 



 ガゼボから少し離れた時、お兄様の喉が震える音が、微かに聞こえたような気がしたーーー……

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