【第5話】私が、永遠の敗北を悟った話



 この辺りだけ空気が違うような、なんとも秘密めいたガゼボに中二病な内なる私は大興奮!

 流石、侯爵令嬢付き侍女のアニーである!

私の求めるものが何たるかを、バッチリ理解している!


(いや、流石に私の中二病はバレないで欲しいけど!)


 バラが、柔らかな光をキラキラ反射して、ガゼボに絡むように沿っている蔓薔薇も、いい味出してる!

 しかも程よく影も落としていて、人目を気にせずゆったりするのに、とてもよさそう。


(何がとは言えないが、何か捗るな……!うん!)


 なんと言うか、そう!ロマンチックが止まらない!

 そう言うことである。


「段差にお気をつけください」


 と、気遣われながら通されたガゼボには…………



 ーーーーー天使がいた。




 天使?いや、天使の宗教画??!

 この絶景を……というか、絶景を作り出してしまっている天使をどう表現したらいいのか、もはや分からない。



 天 使 は 私 だ け で は な か っ た !



 自意識過剰かもしれないが、この5歳児は客観的に見て天使である。

 にも関わらず、私に勝るとも劣らないどころか、“男の子なのに天使”というボーナスを上乗せして、もはや私の負けである!


 完敗だーーーーー!


 アメリア・ハワード、初めての敗北である。




「……ユリシス様っ」


 ーーーーー!!!!!

 

 アニーの思わず出てしまった呟きに、そうなのではないかと思っていたが、確信した。


 この天使は、ユリシス・ハワード……私の希望の星であるとーーー……


 呟いたアニーを驚きの表情で見上げるところではあるが、全くお兄様から目が離せない。

 もう、私の目はお兄様を鑑賞する為にあると言っても過言ではないかもしれない。


「しーっ、アニー。天……、お兄様がおきてしまうわ」

「っ!……」

 

 迫真の私の注意を受けて、あえて声を出さずに、申し訳なさそうにスッと頭を下げたアニーは、私に手を離す目配せをした後、ガゼボの外に下がった。




 何故あれだけ会うことを許可してくれなかった兄を、少しとは言え鑑賞できているかと言うと、すよすよと静かな寝息をたてているからである。


(お兄様こそが、私が求めていたイケメンofイケメンだったっ……!!!)


 音を立てないように、思わず両手を祈るように組んだ私は、心の中で叫んでいた。


(神様、この転生はお兄様と出会う為だったのですね……!)


 ーーー決めつけである。

 

 私の中で、お兄様に出会う運命が確信に変わった時、光をチラチラと跳ね返す銀色の睫毛が少し震えた。


 ーーー!!

 目を覚まーーー……さなかった。

 ガゼボのベンチに座って、自分を抱きしめるように組んでいた腕を、少し窮屈そうなくらいにきゅっとして、また寝息が続いた。


(……寒いのかも?)


 まだ少し肌寒いので、とケープを羽織ってきていて丁度いいのだ。

 寝ていたら、寒く感じても不思議ではない。


 私はおそらくこの天使のために存在しているので、自分のケープを掛けてあげることにした。

 飛躍した思考でそう決心して、起こさないように気をつけて、ゆっくりとケープで包んだ。

 

(小さくて、足りてない所もあるけど、無いよりは温かいよね!)


 少しすると、腕に入っていた力が緩んだ。

どんな小さな変化も見逃さないイケメンウォッチングの技術である。



 暫く立ち尽くしてウォッチングしていた私だったが、時間が経って気が緩んできたのか、ただの欲なのか……


 ちょっとだけなら隣に座ってみてもいいのでは……?

と、大胆な思考に染まってしまった。


(す、少し!……ちょっとだけね!おじゃ、お邪魔しまーす!)


 座る寸前、お兄様の目元に私の影が落ちた。

 そのせいなのか、気配に敏感なのか、今度こそ大きく睫毛が震えて……


 ーーーーーっ!

 

(お、起こしちゃったあああああーーーー!!!!!)


 やってしまいました。


 欲望の敗北である。




 別に誰も勝負などはしていないのだが、お兄様には一生勝てないと悟った瞬間だった……。



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