【第15話】私の衣装と、お兄様の色



 誕生日パーティー前日、仕上がったイラストたちを見て、今の私にできる最高の出来であると大きく頷いていた。

 5年はブランクがあるし、小さな手の動かなさに四苦八苦はしたが、絵の描き方とは忘れ難いものなのか、転生前と同じとまではいかずとも、お兄様に見せるに足る物が数枚仕上げられた。


 お兄様の色を忠実に再現出来たのではないか?とまで思考が行ったところで、はたと気付く。

 

「お、お兄様の色おおおおおおおおっ!!!!!」


 大事な事に気がついた私は、大絶叫した。


 すぐにドアをノックする音が聞こえ、「お嬢様、いかがなさいましたか?」とアニーがこちらを窺ってきた。

 アニーも慣れてきたのか、私の奇声を聞きつけても、どもらなくなった。

そんな事に慣れられてしまうのは、侯爵令嬢の振る舞いとしては非常ーっに良くないが、腹心のアニーの前だけならよしとする。


(ーーーするしかない……もう遅い!)


「アニー……私、大変な事を忘れていたわ!」


「た、大変な事、でございますか?!何でしょうか?!わたくしめが何とか致します!」


 まだ何とも言っていないのに、言い切るアニーはやはりぶっ飛んでいる。

 でも優秀さも飛び抜けているので、本当に何とかしてくれそうだ。


(何とかしてほしいっ!神様!アニー様!お願いっ!)


 初めて会った時は、瞳の称賛に終始してしまったんだったか…我ながら盲目的である。


 そんな魅惑のアイスブルーの瞳のお兄様の髪の色は、私の絵にあるとおり、“天上の白”と言ってもいい色だ!

水晶の欠片を散らした様な煌めきを持った、白に近い銀である。

ただ、不思議な煌めきなので難しいが、どちらかといえば、白か…と言う感じだ。

 つまり、もうアメリアオリジナルで、”天上の白”と命名したい!


(この色を纏わずしてなんとするっ!)


「あのね、パーティーの時の私のドレスって、どうなっているの?採寸はしたけど、忙しくってそれっきりだったわ」


 お兄様を描くことと、礼儀作法の勉強に全精力を注いだ結果、全く頓着していなかった。


(っ馬鹿ああああ!私のあほおおおおっ!!!)


「既にいつでも試着できるようになっており、その際のお直しも直ぐに呼べます」


(も う 出 来 て た !)


「……な、何色かしら?」


(わ、ワンチャンね?ワンチャンはあるよ?!)


「ホワイトに、シルバーの刺繍でございますが…お気に召さなければ、何とか、何とか致します!!!」


(キタアアアアアアアアアアッ!!)


 脳内で絶叫しても有り余る喜びに震える。


「はふっ……はふっ!」


「お嬢様、他の色をご希望ですか?遠慮なくおっしって下さいませっ!」


「違うの!どストライクよアニー!貴女ってば最高の侍女ね!世界一だわっ!!」


「どす……?」


「そこは気にしないで!…貴女が手配してく

れたの?!ありがとう!」


「いいえ、奥様でございますよ。きっとアメリア様は白と銀を望む筈だ、と指示されたのです」


(…………お、お母様……!分かってらっしゃるっ……!!)


「そうだったのね……流石お母様だわっ!後でお礼を言いにいきましょう!」


「ようございました…。その様に言伝ことづて致します」


 あまりの大騒ぎに焦っていたアニーも、ホッと小さく安堵の息をついている。


(ごめんね、アニー)


 ドレスをお母様が指示して下さったなら、おそらく装飾品も、そうに違いない。

でも、一応今のうちに確認しておこう。


「えぇ、それと今から装飾品も含めて、全て試着と確認をしたいわ。できるかしら?」


「勿論でございます。では直ぐに」


 きっと、お母様は私がドレスのドの字も出さない事に気がついて、先回りしてお兄様色のドレスを手配してくれたのだ。


(神対応とは、正にこのこと!)


 ……も、もし、お兄様のお洋服がシルバーアッシュ系とかで、アメジストのカフスなんてしてたりしたら……


(もう人生ゴールしたようなもんじゃない?)


 相変わらず、脳内が暴走し始めてしまう私である。


(”夢はでっかく!“である!うむ!)


 

 本当に直ぐに戻ってきたアニーの後ろに、トルソーを抱えたお針子さんらしき人達が続いてやってきた。

 

(……あっ……………)


 トルソーに掛けられたドレスは、正に私の”天上の白“だったー……


「きれい……」


 口からこぼれた称賛に、アニーが微笑み、お針子さん達は誇らしげな顔を見せた。


「最高だわ……っ!この色よ!」


「本当にお美しいです。お嬢様にお似合いになりますよ!……ではお嬢様、お召し替え致しましょう」


「えぇ!その間に装飾品を見せてちょうだい?」


「こちらでございます」


 直ぐにアニーが受け取り私に見せる。


「……なんてことっ。これは、ブルーダイヤモンドではないのっ?」


「よくお分かりになりましたね。こちらも奥様が手配なさった、ユリシス様のお色味に近いものを選りすぐった、最高級品で御座います」


 箱の中にあるにも関わらず、シャンデリアの光を綺麗に屈折して乱反射するブルーダイヤモンド。


(……もうこれはお兄様の瞳そのものだ)


 お兄様の目がダイヤモンドだと言われても信じてしまいそうな程に似ている。

どこか陽光を感じさせる金色がかった色味を帯びて、深く透き通った青も、煌めきの合間に見え隠れする。


(国宝かな?国宝だな、これは!決定!私のモノだけど!)


「本当に綺麗……。一生の宝物にするわ」


 薄い手袋をしたアニーが、そっと持ち上げ私の首にかけてくれた。

 大粒のブルーダイヤの雫の周りを、控えめな小粒のダイヤが、シャラシャラと可動域を持って垂れ下がっていて、何とも上品なのに華やかなネックレスだ。


(6歳児のお子ちゃまが、こんな凄いのつけていいの?!絶対つけるけどっ!)


「ほぅ……っ」


「お似合いで御座います!」


 感嘆のため息を漏らす私に、すかさずアニーが称賛の声を掛けてくれる。


 お揃いのイヤリングは、耳元のダイヤから、ダイヤ・ダイヤ・ブルーダイヤの順の三連星のように、一本のチェーンに連なったもので、シンプルなのに、しっかり主張する。


(これもしゅきぃーー!しゅてきぃーー!脳内で涎が出るレベルだよ!)


 脳の涎だか、脳汁を垂れ流しながら、着付け終わったドレスと、装飾品の相性を見る。


(私、これで嫁に行くわ!なんかもう、行ってくるわ!)


 どこかに飛んでいってしまいそうな高揚感だ!


(はぇーー……すっごい!)


 ドレスはというと、天上の白に、繊細な明るめの銀糸で百合の花を刺繍してあった。

胸元は主張しすぎず、裾には大胆にだけど線は細く刺してある。

 アンダードレスが艶やかな明るいシルバーの絹で、その上に幾重にもレース生地がふわりと重なった上に、刺繍の刺された生地の順で、もう贅沢が過ぎる。


(これ……陽の光を浴びたら、銀が白に溶け込んで、お兄様の髪のように、透けるような白になるのではっ?!)


 はい、このドレスのデザイナー高額終身雇用でいい。

 と言うか、この短期間で仕上げた針子さんもヤバい。

そりゃあ誇らしくもなるってものよ!


「完璧すぎるわ!」


「はい。よろしゅう御座いました。全て、とてもお似合いです!明日が楽しみで御座います」



 そうして、大混乱からの大興奮な午前が過ぎていった。

 

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