【第10話】私とお母様


「奥様、お嬢様がいらっしゃいました」


 唐突にお母様の部屋へ向かったが、お部屋に居てくれて良かった。


(ラッキー!勢いで来ちゃったけど、助かった!)


 お母様は、お茶会に出掛けていたり、たまに神殿へ行っていたりと、いつでも屋敷にいるわけではない。

 まだ幼い私はついて行くことが出来ないので、朝食の時に声をかけて会う約束をしない限り、母親とはいど必ず会えるわけではないからだ。

 貴族令嬢の不便なところである。


 お城で働いているお父様はいつも居ないので、それと比べると、屋敷の女主人としての管理や、自分の趣味の時間にと、屋敷にいる事が多い方だけどね。

 

「あら、いらっしゃい。私の可愛いレディ」


「お母様、ごきげんよう。いきなりごめんなさい。」


 溺愛されてはいるが、礼儀は礼儀。

 25歳の私と日本人気質が相まって、お母様にまず、謝っておく。


「あら、いいのよ。そんなこと!すれ違わなくて良かったわ。この部屋に居る時はいつでも来ていいのよ」


「はい!ありがとうございます」


「さぁ、こちらにいらっしゃい。お茶をしましょう。もう少しで晩餐の時間だから、お菓子は少しだけよ?」


 にこにこ嬉しそうに私を招き入れてくれるお母様は、途中で、あら?と私の後ろへ視線をやった。


「アメリア、アニーはどうしたの?付いていないなんて珍しいわね?ここまで一人で来たの?」


「はい。アニーには大事なおねがいをしたので、せきをはずしているのです」


 お母様の綺麗な眉が、きゅっと寄って眉尻を下げる。

幼い私が一人で行動した事に、心配をかけてしまった。

 

「そうなの……今日はもう仕方がないけど、貴女は賢いとはいえ、まだ小さいのよ?だから誰か付いていないと不安だわ」


 次からは、アニーが居ない時は、誰かしらとっ捕まえて送ってもらったほうが良さそうだ。


「はい。ごめんなさい。今度からは、アニーが居ない時は、だれかに付いてもらうようにします」


(アニーは私が部屋にいると思って外したのに、後で怒られちゃうかな?!ふぉ、フォローしとかないとっ!)


「アニーは私が部屋にいる予定だと思って、ちゃんとことわってから行ったので、悪くありません!わたしがかってに出てきてしまったのです!」


 焦って一気に捲し立てるように、アニーをフォローした。

 実際唐突に誰も呼ばずに部屋を出たのだ……罪悪感。

 貴族令嬢って難しい!


「そう、分かったわ。次からはお願いね?…さぁ座って。ミルクティーがいいかしら?」


「はい!ミルクティーも好きです」


 さて、どう切り出そうか?

 自分が5歳だった頃のことなんて覚えてない……。

 5歳児が礼儀作法を教えて欲しいなんて、不自然すぎるかも知れない。

 でも、背に腹は変えられないしなぁ。

いっそ、天才とか神童みたいに思ってくれてもいいから、教えて欲しい。

 まぁ精神年齢や知識が大人というだけで、凡人なんだけれども……。


(育ったら凡人バレするとか、わりと切なくね?事実だけど)


「遊びに来てくれたの?それとも何かお願いことかしらっ?」


 どっちでも嬉しいとばかりに、ウッキウキでたずねてくれるお母様に、意を決してお願いしてみる。


「えっと、わたしに……れいぎさほうを教えてほしいのです!」


「………まぁ、まぁ!まぁ!なんて事?!聞いた?マーサ!うちのレディったら、5歳にして礼儀作法が学びたいんですって!まだ言葉もあどけないのに、立派なレディなのね!」


(ぐぬ……滑舌は鋭意練習中なので、直ぐに綺麗になるよ!自分でも焦れったいし)


 はしゃいだお母様は、自分の侍女に自慢しながら大興奮である。


(……よかった!この感じなら反対はなさそう!)


「勿論いいわ!産まれた直ぐから全然泣かないし、物分かりは良いし、もしかして天才なのかしらと思っていたけれど、やっぱりうちの子は天使なのかもしれないわね!」


(わーお、天才が天使に飛躍したんだが?!)


 それにしても、泣かない赤ちゃんとか、言われてみれば確かに……不審でしかないわ……。


(ごめんよ、ママン……)


 おむつの中身以外は、泣くほど不快なことなどなかったので、見逃して欲しい。


「来週、誕生日パーティーがあるので、そこでごあいさつできるように、カーテシーをおしえてほしいのです。そのあとにも、できることは全部ならいたいです!」


「そうね、こんなに可愛らしい天使が、レディの挨拶なんてしたら皆びっくりするわね!」


 想像しているのか、ポッと頬を染めて天井を見上げるお母様は、少女のような可愛らしさである。

 流石私の生みの親。

 

(ーーそうだ!)


 ゆっくり話せそうな機会だ。

この機にもう少しお兄様について聞いてみたい!


「あと……あと、先ほどお兄様にお会いしました……」


 花が飛ぶような空気が一瞬で霧散して、シンと鎮まりかえった。


「……まぁ…。ユリシスと……お話はできたの?」


 お兄様が起きた後のことを思い出して、唇を噛む。


「……いいえ……お兄様はおびえているみたい……だったので、お話しできませんでした……」


 気分の急降下と一緒に視線が下がってしまい、俯いてしまう。


 だけど、もっとちゃんと知りたくて、何とかお兄様と会った時のことを、簡単に説明した。

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