【第11話】私と、家族の事情



 私が説明し終わる頃には、お母様は膝の上でハンカチを握りしめて、辛そうな顔をして押し黙ってしまっていた。


 お母様にとっては、姉の息子で、甥っ子に当たる。

だから、お母様はお兄様のことを産まれた時から知っていると思う。

 きっとお兄様がどんな扱いを受けてきたのか、この家で一番詳しい筈。


 侯爵家でのことについては、お母様とお父様を見ている限り、お兄様に辛く当たっている所は見たことがないし、私が会いたいと言っても、一度も「ダメだ」とは言わなかった。

 

 だから、お母様は、私が傷ついただろう事を心配しているだろうが、きっとお兄様のことを責めたりしないはずだ。

 

 だけど、引き取るのか、引き取りのか……どんな気持ちでお兄様を養子にしたのか、そこまでは読み取れない。

 伯母様夫婦とお母様達との関係も、産まれる前なので、わからない。


 お兄様のことを、可愛がっているかどうかも、食事が別なところを見ると、何とも言えない……でも悪意を持って接してはいないと思う。


 ーーー聞きたい。

 

 聞いてもいいだろうか?


 いつも朗らかに笑っているお母様が、こんな顔をして押し黙っているところを初めて見た。

 せめてもう少し大きくなってから……など、両親なりにタイミングを計りたかっただろう。

 でも、何も知らなければ、きっとお兄様に近づく道が見えない。


 視線をぐっと上げて、お母様に向き合う。


「お母様、言えないこともあるかもしれません……ですが、わたしは知りたいのです。」


「アメリア……」


「お母様、わたしは、お兄様をひとりのままにしたく無いのです。お側に居たいのです」


「ーー……っ」


 お母様の瞳が揺れる。

どういう涙なのか、わからない。

 お兄様に笑っていて欲しいと思いながら、お母様を泣かせるなんて、なんて悪い奴なのだろう……私は。


「初めて会ったのに、初めてお兄様の瞳を見た時、もう大好きになってしまったの……そのお兄様が、ふるえているのは……イヤなのです!」


 そう言った私を見て、お母様は涙の浮かんだ目を柔らかく細めた。


「……そう、そうなの。アメリアはユリシスに一目惚れでもしちゃったのかしらね?」


 そう言って、くすりと小さく笑った。


(バレてーらーーー!といっても、あ、あくまでイケメン兄としてだけども!……れ、恋愛感情では……ない!“推し”なのだ!義理とは言え、兄との恋愛は報われないと思うので、避けたいぞ!)


 内心、大嵐が荒れ狂ったが、今はそれどころではない。


「お母様、お母様と…お父様は、お兄様のことをどう思っているのですか?」


 率直に聞きすぎたのか、お母様は大きく目を見張ってから、思い出す様な遠い目を紅茶の水面へ落とした。


「そうね、アメリアがユリシスを好きになってくれたのなら、言ってもいいのかもしれないわね……」


 静かに頷く私を見て、お母様は話し始めた。


 「ユリシスはね、元々は私のお姉様の息子で、アメリアにとっては、従兄弟なの」と、既に知っていたことから始まり、聞きたかった事情の殆どを聞けたと思う。



 ーーー曰く。

 伯母様は、両親の反対を押し切って伯父様と結婚した。

伯父様も、亡くなるまでずっと酷い扱いを受けていたが、唯一伯母様だけが、伯父様と、伯父様に生き写しのお兄様を心から愛し慈しんでいたそうだ。

 

 お母様も最初は、姉まで酷い目に遭ってしまうのではと、内心反対していたが、伯母様が伯父様といる事を幸せそうにしていたので、お兄様が産まれる頃には、心から祝福していたし、伯父様もとても優しい人だったそうだ。


 だけど、お母様の両親は、結局伯母夫婦を最後まで認めていなかったし、馬車の滑落事故にあって、亡くなってからは、伯父を憎んでいるほどだという。


 そして伯父様に生き写しのお兄様を、お母様の実家になど入れる事など出来ず、また伯父様の家族ももう残っていなかった。

 そこで、姉の理解者であり、既に侯爵家に嫁いでいたお母様が名乗りをあげ、お父様も了承したので、侯爵家の養子として引き取ったという流れだった。

 容姿についても、承知しており、それでも姉の残した唯一の子供だと、引き取りを反対する両親に逆らって、引き取ったそうだ。

 その時既に、私を身籠もっていたらしい。

お兄様が侯爵家に来て、数ヶ月後、私が産まれた。

 

 そこまで話したお母様は、少し疲れたような、スッキリしたような顔をしていたが、やがて私の顔を見た。

「大丈夫?」と視線で問いかけられた感じがしたので、私の気持ちを話す。


「…………わたしは、お兄様が…お兄様になってくれて、良かったと思っています。まだお兄様に会ってもらえないけど、きっとわたしの気持ちを伝えて……いっぱい伝えて、いつも隣にいるのが当たり前みたいになって見せます!」


「えぇ、アメリアなら、きっと出来るわ。アメリアの気持ちは絶対に伝わるわ。アメリアのやりたい事、全部応援してあげる!……勿論、ユリシスの事も応援してる。だから、ユリシスの事は無理やりだけは、だめよ?」


 そう言ってイタズラっぽく笑ったお母様を見て、お兄様に、私以外にも強い味方が2人もいる事を嬉しく思った。


 特にお母様が既に身籠もっている中での、お父様の決断には、胸が熱くなった。

 養うなど侯爵家にとっては造作もない事だろうが、跡取り問題など後々の事を考えると、容姿のことなどよりも、よほど心が広くないと、出来ない事だ。

 お父様にとっては、それだけお母様が大切で、お母様の望みを叶えてあげたかったのかもしれないけど……私が会いたいと言った時の、お父様の返事を思えば、「お父様の言い方が悪かったのかも」と言っていたので、お兄様を庇っていた様に思う。


 感動やら感謝やらで、とても幸せな気持ちになった私は、とてもいい笑顔で返事をする。


「もちろんです!わたし、お母様とお父様の娘でとても幸せです。ありがとうございます。きっとお兄様を幸せにしますからね!」


 そう言った私にお母様は、きょとんとした。


(我が母ながら、最高にかわいいきょとん顔なんだが!)


「えっと、ユリシスはお嫁にでも行くのかしら?っふふふっ!アメリアったら、嫁取りに来た貴公子みたいなこと言うんだもの!っふふっ」


(ヴァアアアッ!確かにいいっ!)


 感情が昂って、脳内オタクがはみ出してしまった様な言動をしてしまった。

 とりあえず、ドン引きせずに笑われただけだったので、セーフということにしておこう。



 とても和やかな空気に戻ったけれど……ここまできたら、もう一つだけ気になっている事を聞いておこうかな……。




 ーーーそう、美醜についてのこの世界での現実を。

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