【第13話】私の美醜観バレと、前世の事情



「えっ?」

「えっ、え?」


 きょとん顔のお母様に、え?と思考停止したら、お母様も混乱した様に、えっえしてきて、お互いに「え」しか言えない人になった。


(ンッフ!っ!ちょっと!面白いけど、笑っちゃダメ!)

 

 危うく笑いかけるが、何とか堪えた。


(……って、あぁっ!私がお兄様をかっこいいって言ったから!)


 笑ってる場合じゃなかった。


 本能だと思うほど根深い感覚を、私が持ち合わせていない事を、ついポロっと口にしてしまったのだから!

 

「……アメリア、貴女今なんて言ったの?ユリシスが……なんですって……?」


 おそらく聞こえてはいたものの、信じられないとばかりに、もう一度言ってみなさいな空気のお母様。


「お、お兄様のお顔は、最高にカッコいい……う、美しいと思っています!」


 さっき言ったのは、かっこいいしか言ってなかったのに、お兄様への称賛が口をついて出て、「美しい」を追加してしまう正直者な私であった。


「うびゅううっ?!!」


 お母様が、凄い勢いで私のほっぺを両手で挟み、瞳を覗き込んできた。

 思わず力が入った母の手で挟まれた頬は、その圧力で私の唇を残念な感じの“3”にしていることだろう。


「目を怪我した事なんてあったかしらっ?!いいえ、ない筈よ!……どうして!?アメリアは大丈夫なのかしら?!ねぇ、マーサ、どうしたらいいのっ?!」


 お兄様にも私にも失礼な事を言っているようだが、悪気があってのことではないとわかる。


(こんなに焦るほどなのかっ)


 伯母様の美醜感覚が、私と同じだったかはわからないが、それだけ、奇異なことなのだろう。

 前世でのイケメンを嫌悪と言うことは。

嫌悪のではなく、まさしく、できない。


 ーーー出来るわけがない!


(イケメンは、愛でるものっ!)


 お母様に呼ばれたマーサが、おもむろに私の目の前でピースしてくる。


(なんぞ?!ピースなんかして、どうした急に?!)


「お嬢様、これは何本に見えますか?!」


(あぁ、そういう……!)


「2本ね。私の目はおかしくなんかないわ?」


 2本だと答えたことに、逆におののいているお母様達に、なんと説明して信じてもらったものか……と遠い目になってしまう。


 いっそ、”変な子“というレッテルでゴリ押してしまおうか……?


(それがいい気がする)


 前世は別の世界だったので……なんて流石に言わない方がいいだろう。

 前世の話をしたら、それこそ”やべぇ子“扱いになってしまい、最強の侯爵令嬢を目指すのに支障をきたしてしまう!

 ーーーそれはダメだ!


(やるしかないっ!)


「お母様、私って変な子なの?……でも、本当なのよ!お兄様は綺麗!カッコいい!きっと世界一よ」


(見よっ!うるうる見つめる攻撃ぃー!)


「アメリア……疑ってなんかないわ。むしろ、信じたからこそ、ビックリしてしまって……そうね、ごめんなさいアメリア」


 私の勝ちである。


(何の勝利宣言なのかはかないでほしい。私にも分からんっ!)


 だけど私は、お兄様をかっこいいと思うことを、矯正されたり、信じてもらえない事に、屈するわけにはいかないのだ!


「いいえ。お母様、信じてくれて嬉しいです!……私が変な子でも捨てないでくれますかっ?」


(言質を取りに行きますっ!お母様なら大丈夫って信じてるっ)


「当たり前じゃないっ!貴女の見る世界が私と違ったって、私の大事な娘よっ!」

「お母様……!」


 ヒッシと抱き合う親娘に、マーサや他の使用人達も、ほっと胸を撫で下ろし、微笑ましげに私達をみている。

 

 周囲の反応のチェックも忘れない、ずる賢い25歳児。



(でも、お母様の気持ちが嬉しいのは本当。……ありがとう。お母様……)




◇◇◇◇◇◇◇◇




 一頻ひとしきり抱き合って親娘の情を深めた後、一緒に晩餐を取り、自室に戻って来ていた。



「今日は、色々あったな……」


 息を吐き出すように呟いて、腰掛けていたベッドに上体を倒して、目を閉じた。


 この世界の美醜観は衝撃的だった。

 本当は、お兄様と一緒に居たいとか、寄り添いたいとか、お兄様には負担でしかないのかも知れない。


(でも、独りが楽なんてのは、独りぼっちじゃないからこそ……思えることじゃない?)


 少なくとも私はそうだった。



 この世界に転生して、最初は混乱しかなかった。

 そして次に思ったのが、愛してくれる両親が居るという安心感だった。


 私の前世の両親は、私が成人する前に他界している。


 将来を考える頃には、漫画家を志望した私に両親は、「漫画家になんてなれっこない」「なれても生活できない」と反対していた。

 心配して言ってくれてると分かってはいても、「うるさいな、応援してよ」って思ってた。

 それから意固地になった私は、「ほっといて!一人にして!」と反抗的だった。


 でも、両親が交通事故で他界して、本当に独りになったら……本当にお父さんとお母さんが居なくなったら……独りにしないでって、そうじゃないよって必死に両親の死を拒絶した。

 ……とても独りが怖かった。


 「一人にして!」と口にしてしまった事への罪悪感で、「違う、違う!」って泣きじゃくった。

 時間が経って冷静になれば、両親は子供の反抗期の一言を間に受ける様な人たちじゃないって思い直せたけど、独りなのは変わらなくて……


 一人にして欲しいなんて、あれから一度も思ったことは無かった。

 


 両親を亡くしていた私は、高校卒業後すぐに就職して、働きながら”両親の反対を押し切ったくせに諦めるものか“と、必死に漫画を描いて、やがてデビューした。

 正直、慣れない社会人生活の中で漫画を描くことは、とても大変だった。

 だけど、漫画家になって会社を辞める頃には、読んでくれる人と繋がれている様で……漫画家になって良かったなって思った。


 

 ーーーだから、やっぱり……理由があったって、独りのままの方が良いなんて思えない。

 私が独りになったのと、お兄様の状況は全然違うってわかってる。

 だけど、私はお兄様が一人で部屋にいる理由に当てはまってない。

顔に嫌悪感なんて、微塵も感じてない。

 部屋からでたら、お兄様はたくさん傷つくかもしれない……でも!私も一緒に居るから!

絶対独りになんてしない!嫌だって言っても!

嫌々でもなんでも、独りになんて、ならないで欲しい。

 


 お兄様と一緒に居たい為のこじつけかも知れない。


 だけど、お兄様の話をきいて、同じ家にいるのに一人で居るんだと思ったらーーー……

違うんだと伝えたい。

 私も、そしてお母様やお父様も、お兄様に一人でいてほしいなんて思ってないって。



 私を眩しそうに見ていたお兄様ー……

 嫌悪される事に怯えていたお兄様……


 顔が好きだからとか、そんなことだけじゃなくて……もう、どうしても幸せになってほしい。

 出来るなら、私がその支えになりたい。





 ーーーーーーそう、思った。

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