第16話 青色。

 国に着くまで、一日一問一答する事になったんだけど。


 うん、エセルって意外と幼いんだよね。

 いや良い意味で、何もかも大人で完璧は流石に引く、上手過ぎるのはマジちょっと苦手。


「んー、じゃあ今日はねぇ、子供の事。何人欲しいとか、そもそも要らない、とか」

「“えっ?要らなくても良いんですか?”」


 だってさ、良く考えたら平和な家庭について知らなそうなんだもん。

 そしたら子供を持つのとかも不安だろうし。


「そこも話し合いで、納得したら呑む」

「“呑んじゃうんですか”」


「納得したら、納得が無理なら無し、で」


「“ですね、はい”」


「で、どうですか?」


「“無理なく産める数でお願いします”」

「欲しいは欲しいんですね」


「“と言うか、そこまで至って無くて、すみません”」

「いえいえ、じゃあ次は私に、で」


 そもそも有るかな。

 私に聞きたい事。


「“好きな色は、何ですか”」


 真っ赤。


 はい可愛い。


 何?

 小学生?

 いや中学生か?

 マジでそこから?


 くっそ可愛いんですけど。


「エセルの目の色」




 僕の目の色。

 青色。


 サラは青い色が好き。


『どうしてお前は鬼気迫った顔をしてるんだ』

「青い色の石を全て買い占めたいんですが」

《それで、サラに身に付けさせる気?》


「はい、レウス様と奥様のお気持ちが良く分かりました」


 レウス様は緑色の瞳を持ち、奥様は赤髪。

 互いを引き立て合う為、所有者が居ると示す為、互いの色を常に身に付けているだけかと。


『お前が言っていた、アホみたいな所有の証、独占欲に縄張り争いだぞ?』

「そんな事でもしないと落ち着かない事も良く分かりました、もう全身真っ青にしてやりたいです」

《良いわねぇ、正に青いわ》


「アレは正確に言うと緑で」

『バカみたいに金を貯めておいて良かったなエセル』

《ただ、青い貴石となるとサラが値段に驚いてしまうかも知れないわ、先ずはガラスにしておきなさい?》


「ガラスでは流石に」

《ヴェネツィアのガラス細工は凄いわよ。それに、徐々に高額になる方が沢山贈れるわよ?》

『おう、いきなり高額の品だとそこが最低基準になられても。まぁ、良いか、死ぬまで宰相をすれば』


「ヴェネツィアから商人を呼んでおきます」

《私にもお願いね》

『おう、頼んだ』


 全身、青色で全て包み隠したい。

 奪われない様に、触られない様に、誰の目にも留まらない様に。




《俺の、青色な》

「あ」

「“あぁ、確か名の意味は青色でしたか、マーヴィ”」


 サラも俺を七男かお兄ちゃんとしか呼ばなかったけど、そう呼ばせたままだから俺とサラは兄妹のままなのかも、って。

 だからサラに俺の色のベールを付けさせたんだけど、エセルが勘違いしたから、訂正しないとね。


《そうそう、それにまだお前のじゃないしな》


 正式な婚約はクロロチアで書類を届けてから。

 それまでサラは誰のモノでも無い。


「間違ってもお兄ちゃんの」

《マーヴィって言ってくんないと襲う》


 脅すのって本当は良くないんだけど。


「成程ね、じゃあ口利かないわ」

《なっ》

「“じゃあ行きましょうかサラ”」


「“うん”」




 浅知恵兄よ、残念。


 けど憎めないんだよなぁ。

 全く悪い所が無いんだもん、性根の正直さ故の愚策、寧ろ逆に可愛い。


 弟って意味で。


「“青色以外、好きな色は”」

「エセルの目って水色にも見えるよね、淡い青」


 ずっと見てられんだよね、この顔。

 食べちゃいたい。


「“質問を、どうぞ”」

「エセルの好きな色は?」


 あぁ、こうして改めて聞くのって恥ずかしいわぁ。

 そら赤くもなるわな。


「“黒、です”」


 私の髪の色かぁ。

 目はアーモンドアイとか言って薄茶色なんだよね、そっか、流石に薄茶色が好きとは言わないだろうし。


「カッコイイ配色になるね、黒と水色」


 顔を逸らして無言で頷くの超可愛いんですけど。


 あー、ダメだ、ギャップ萌えがドンピシャ。

 頭が良くて真面目でウブとか、マジでご馳走じゃん。


 早く食べちゃいたいなぁ。


 けど侍女ズって意外とちゃんと侍女すんだよなぁ。

 エセルに触ろうとするとさり気なく引き離されるし、近付き過ぎると咳払いされるし。


 早く結婚したいなぁ。




『見事に撃沈したな』

《“何を言われても諦め無いんで、ほっといてくれて大丈夫ですよ”》

《折れない子って好きよ。けど、サラの気持ちも少しは考えてあげたら?》


《“考えての事ですからご心配無く”》


 情愛が人を変えると言うが。

 この七男、随分と変わったな。


《ちょっと狂気じみてるわね、あの子》

『それだけアレが良い女だと、直感しての事だろうな』


《誰の、妾にする気かしら》

『そら我が弟の妾だ』


《良い子だものね、弟さん》

『兄上の教育の賜物だ』


 父上にそっくりな兄上は、末の弟の真っ直ぐさを利用し、王に仕立て上げようとしている。

 自分は家臣として裏での本当の仕事を仕切り、末弟は表で純粋な善き王として国民に愛される、そして俺は戦と外交。


 戦だけで良かったんだがな。

 そう有る事でも無いのだし。


《私、偶に忙しいのは好きよ?》

『偶にならな、だが帰ったら子作りが最優先だ、内々にな』


《本当、バカって無尽蔵に湧いて来るんじゃないかしら》

『なんせウチは大きい、しかも四方を海と隣国に囲まれ、更には遠くのバカも来る程の観光業で半ば成り立っている。愚か者には格好の餌食にしか見えんだろうよ』


《神々の存在を忘れてしまう程、楽しい旅行先》

『本来は新婚用なんだがなぁ』


《若さ故の過ちを心配するのも分かるし、目が届かないと心配してしまうのもね》

『ココにはまだ居ない筈なんだが、もう母性が湧き出て来たか』


《ふふふ、コレは元からよ、弟を思い出していたの》

『直ぐにウチに生まれ変わらせてやる、今日は花を流してやろう』


《そうね、ありがとう》




 私には頼りない兄と、可愛い弟が居た。

 若かった私はその頼りない兄の嫁を見極めるのに忙しく、弟に魔の手が伸びている事に全く気付かなかった。


「“でも周りには”」

《侍従が付いていたのだけれど、その目もすり抜け、貴族の娘と逢引きを繰り返した。楽しかったんでしょうね、お互いに秘密を持つ危うさが、恋を燃え上がらせた》


 そうして婚姻前に体を重ね、病が移ってしまった。


「“なっ、治療は”」

《相当な子でね、親も愚かだから何度も薬を与えてしまっていて、とうとう薬が効かない変異種になってしまっていたの》


 私達は全く警戒していなかった。

 教会に通う熱心な子、とだけで。


 まさか教会が逢引きの場所を提供していた、だなんて。


 本当に悔しいけれど偽装は完璧だった。

 呻き声や泣き声、それらは告解や懺悔での事だろう、苦行の際の苦痛の声だろう。


 まさかね、致していた喘ぎ声だったなんてね。


「“苦行?”」

《その教会では教義が厳しい筈でね、自らを鞭打つ事や何度もギリギリまで水に顔を沈める事を推奨していたの、表向きはね。でも最初から、そうした者を集める場所だったの》


 建物だけを維持し、神父も何も居ない教会に人が来た。

 その時の審査は非常に甘かったわ、なんせ難民として来た者達の集まり、ただ純粋に居場所を求めているだけなのだと。


「“弱者救済が仇になるなんて”」

《いえ、結局は審査の甘さ、よ。最初から色欲の温床だった、見抜けなかったコチラの落ち度》


「“それでも、神様は”」

《寧ろ天罰、よね、私達が甘かった罰が下ったの》


 甘い世しか知らない親は打ちひしがれ、母は悲しみから病に、そして父も憤りから病に罹り直ぐに亡くなってしまった。

 残された私達は弟の為にと死力を尽くした。


 次男は目が覚めたかの様に領主の妻として的確な者を嫁に選び、遠方に居た長男は嫁と共に戻って来てくれた、けれど弟は治らないまま亡くなってしまった。

 その愚かさがと病を広めない為、広場で身を焼き、人々に愚かさの罪と病の恐ろしさを知らしめた。


「“その移した相手は”」

《同じ様に広場で焼いたの、じっくり、皆が忘れない様に。だからなのかしらね、同じ広場で死を選んだの、弟は》


 そして悲しむ暇も無く、隣国同士が争い始め、開戦。

 私達の領土には再び難民が押し寄せた、だから私達は隔離地域を提供した、もう誰も餌食にさせない為に。


 けれど難民は抵抗した。

 私達と同じ様に暮らしたい、そうしてコチラ側に侵入しようと試み始め。


『俺が鎮圧してやったんだ、王命でな』

《もっと早く来てくれたら、そう責めたわ。けれども時期が有る、と、若いエセルに言われて私は殴っちゃったの》

「ちゃんと腕で受けましたけど、アザも痛みも暫く残って大変だったんですよ、何か書く度に痛むんですから」


《ごめんなさいね、けれどどんなに正論でも、私は許せなかった》


 難民の中には無垢な赤子も居る、けれど同じ生活はさせてあげられない。

 例え貴族だったとしても、労働無しでは食料は与えられない。


 天秤に掛け、見殺しにする様な事をしているのは私達。

 けれど守るべきは領民、どうしても限界は有る。


 そんな私を諫めたのは兄達。

 国軍を隣国同士の境に有る私の領地へ出兵させれば、更に緊張状態を生んでしまう、と。


 けれどレウスは直ぐにも謝ってくれた、苦しそうに、悲しそうに。


『で、俺の人の良さに惚れたワケだ』

《国を見直しただけよ。あぁ、ちゃんと情の有る者も王家王族には居るのね、って》


 だから私も半ば反骨心から統治について学び、領内を収める事に死力を尽くした。

 誰も死なず、嫌な思いをしないで済む様に。


 でもそれは凄く難しい事だった。

 医者にも物にも限りは有る、何度も何度も王宮とやり取りし、難民問題を解決した頃。


『前の正妃が側室を虐めたんでな、処刑してやった』


 そして悪の見本としてアルコール漬けにされた元正妃の首が領内に届いた頃、私に婚約の申し込みが舞い込んだ。

 同じく難民問題に苦戦していた、隣接する領地の者達から。


 いち早く立て直しを行えたのは私のお陰だ、と兄達が触れ回ったお陰でね。


《だから相談したの、国として誰と結婚して欲しいか》

『で俺だ、とな』


 半ば戦友。

 だからこそ情愛が育つか少し不安だったのだけれど、いずれ送り出す側室を凄く可愛がっていてね。


 あぁ、この人なら大丈夫だろう、そう思ったの。


「“妬きませんでした?”」

《ほんの一瞬、最初に少しだけ、ね》

『一瞬だけか』


《見て直ぐに分かったもの、どれだけ苦労して来たのか》


 まさか経産婦だとは思わなかったわ。

 とても細くて小さくて、幼く、儚い。


『真っ白な、最初はやたら良く出来た人形じゃないか、とな』

《この人の性格は知っていたもの、また誂う為に何か凄い事をしているのかしら、と》


 愛想笑いはとても上手なのだけれど、笑わない子だった。

 それに情愛についても疎い、自らの幸せにつても、何もかも。


 まだまだ、他国にはもっと酷い場所が有る、だからこそ柔和な外交政策も必要だ。


『ウチの兄がコレより賢くてな、表に出ず存分に政治を仕切りたい、だから俺には戦を任せる。と』

《けれど外交も加わってしまったから、エセルは手放せないのよね》

「ですけど外交の為では無いですからね」

「“あ、はい”」


《“それ、何で俺らに聞かせたの?”》

《アナタを見て思い出したの、純粋で真っ直ぐな子だったから。でもダメよ、誰かを不幸にしてはダメ、いつか子孫に報いが訪れるのだから》


 領主の愚策は領民を苦しめ、追い詰める事になる。

 そして王の愚策は国の崩壊に繋がる、そうして家も家族も、何もかもが消え去ってしまう。

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