第11話 元婚約者。
『サラは、元気にしてますか?』
彼はジャミル、例の少女サラの最初の婚約者。
温和、若しくは柔和そうな彼だが、寧ろ愚直さの方が合っているのでしょうね。
「はい」
彼の結婚相手の家を探る名目で調査をしていたが、予想通り、彼の評判が良く集まる。
素直、幼い、甘い。
そうした評判から繋がり、自然とサラの事も僅かに情報が集まった。
困っている者に直ぐに手を差し伸べ、気に食わない事が有れば性別に関係無く詰め寄り、素直で礼儀正しい。
何処かに下働きにも出ない割には世間を良く知り、我儘や欲張りな場面を見た者は居らず、常に身なりに気を遣っている。
『あの、どうして僕に声を』
「可哀想なサラの状況を見過ごし、家を潰された者について興味が湧いたので」
『本当に情けない限りです、ご存知の通り僕は甘ったれでしたので、大人の言葉を鵜呑みにするだけ。面倒事を嫌い、苦労を嫌い、結果がコレです』
大家族が経営する商家に婿入りした彼は、馬車馬の様に働かされ、使い潰されるギリギリを保たれている。
疲労と苦労を目の当たりにし、やっとサラの状況を思い知り、幾ばくかは改心したのでしょうか。
「さぞ未練が有るでしょうね」
『そうですね、全てにおいて。彼女は優しかったですし、もう少し真面目に生きていれば、思い遣りが有れば。苦労を避けた結果、今になって押し寄せて来て、後悔しか無いですね』
彼は働かされる、
子育てにも加われず、親戚付き合いにすら参加させては貰えない、ココでは特に不名誉な事とされる。
まして正夫ともなれば、尚更。
表に出すには恥ずかしい者、そうした烙印を押されたも同然で、同性からも軽視される存在。
認められる為に出来る事は、労働だけ。
では何故、この家は彼を受け入れたのか。
それは安価な奴隷として受け入れたに過ぎない、正夫の立場はサラの為。
ただ。
「思っていたよりは良い状況そうですね、てっきりもっと痩せ細り動くのもギリギリかと思っていましたけど。良かったですね、マシな家で、きっといつか認めてくれますよ」
『ありがとうございます、そうだと良いんですけどね』
僕は日頃、滅多に嘘は言わない。
何故なら面倒ですから。
「そう思って行動した方が、周りにも良い影響を及ぼしますしね。では、失礼致します」
俺らは新婚旅行を満喫し、エセルはサラの周辺を諜報活動。
そのサラは。
「“
《麺類?》
『パスタの事か?』
「“いえ、お米の麺です、中つ国の麺ですね”」
『成程な、そうした物も手に入るのか』
「“いえ、家族が仕入れてくれたんです、お米が大好きなので”」
《そう、なら是非食べてみたいわ》
「“あ、来て下さいますか?アスマン様がどうして来ないんだって。私をせっつくんですよ”」
『女性しか居ない家には流石にな』
《けれどお兄様達が帰って来てるのよね?》
「“はい、兄達の父も”」
《ならお邪魔するしか無いわよね》
『だな』
そして夕食に招待されたんだが。
「“あ、彼は四男です”」
『どうも始めまして、宜しくお願いします』
俺には全く男色家の気は無いんだが。
コレは、男にも色気が有るのは、どうやら本当らしいな。
《あら素敵な子》
「残念ですが既に相手が居まして。どうも、ウチの子達がお世話になっているそうで」
『あぁ、レウスだ、宜しく』
「良いお名前ですね、ソチラの国の王子と同じ名前、かと」
『流石、良く知ってらっしゃる』
この中で最も食えないのは、この父親とエセル、それから母親か。
《他のお兄様はいらっしゃらないのね?》
「生憎と仕事に出ていまして、七男なら、そろそろ」
《“ただい、ま”》
『“ウチのエセルが世話になっているそうだね、宜しく、俺はレウスだ”』
《“あぁ、はい、どうも”》
「さ、お座り下さい、レウス様」
コイツは相当だな。
「“僕は流石に父さんとは言わなくても構わないけれど、アスマンにはそろそろお母さん、でも良いんじゃないかな”」
《“そうね”》
「“本当に良いんですか?”」
「“束の間でも家族は家族、遠慮は要らない、と言っていたんだけれどね”」
《“だって、少しだけ、大して手の掛からない子の良い部分だけで”》
「“いや今もそこそこお手を煩わせてると思いますよ?”」
『そこについて、ウチからも提案させて頂きたい。エセル』
「はい、僕は正式に婚約の申し込みをさせて頂ければと思っています」
「成程、それで長くココへ滞在して頂けているんでしょうかね」
『新婚旅行も兼ね、コレの相手を探していただけですよ』
《それに服装、食べ物や飲み物も、薔薇水は特に気に入ったわ》
「それにこの土地の交易の上手さも、ですね」
「ありがとうございます、様々なモノが行き交ってこそ、世の平穏に繋がりますから」
僕ですらも、彼を推し量る事はほぼ不可能だろう。
けれど、こうした時こそレウス様の勘が役に立つ。
戦に強い彼の野生の勘は、僕には真似が出来ない。
『底知れぬ度量の大きさ、深さを感じますが、どの領域で交易をしてらっしゃるんでしょうか』
「東海に少しばかり、この四男とも一緒に航行していたんですが、中つ国で彼が伴侶を見つけ滞在する事になったので。その補充にと帰って来たんですよ」
《あら、お子様を手放すのは寂しいのでは?》
《“永遠に手元に置く方が不幸ですから、私には嬉しい事、祝うべき事です。それに永遠の別れでもありませんから”》
「“次の航行では彼も連れて来るよ”」
《“そうなのね、楽しみにしてるわ”》
彼。
確かに四男からは独特の色家は出てますが。
「あぁ、この子は昔から男性だけでして、相手探しの為にもと同行させていたんですよ」
《お相手が見付かって良かったわね》
『はい、ありがとうございます』
《“そしてサラの婚約も、良いわよね、アナタ”》
「“んー、サラは良いのかい、もしかすれば4度目の破棄になるかも知れないよ”」
《“アナタ”》
「“もし、ダメになったら”」
《“俺が貰う、最初からずっと、そのつもりだったし”》
「随分と余裕ですね」
《“アンタはサラの事を大して知らない、けど俺は良く知ってる。サラは好奇心旺盛だから異国に行きたがる、ただそれだけなら、俺にだって機会は有るしね”》
『“難しいと思うよ、1度身内だと思われると覆るのって”』
「“振り向かせるのに大変だったからねぇ”」
《“サラ、アナタはどうなの?”》
「“それでも好きで居てくれたら、はい”」
《“良いのよ、楽だと思える相手でも良いの、そこに愛が有ればね”》
《“俺は楽?”》
「“そら家族だし”」
「“そこがね、だからと言って夫婦になれるかどうか。そう険しく難しい道を進んでも、成果を得られるとは限らないよ”」
《“成果を得られるまで粘る”》
『俺にも妹の様に思う者が居たが、俺に選ぶ道が残っていたからこそ、手を出す事は全く無かったのかも知れないが。まぁ、無理だったろうな、例え国が滅ぶとしても』
《その子も家族に虐げられていたのよね、そしてこの子も》
「僕は、彼女とは違う状態でした。暴力です、片耳が聞こえなくなる程度の暴力だったのと、レウス様のお陰で生きていられています」
『最近は気に食わないと直ぐに辞めようとするんで困る』
「守るモノが無いですからね、家は取り潰しになりましたから」
『おう、俺が潰しておいた』
「“同じだから?”」
「いえ、寧ろ違うからですね、その彼女とも違いますし、僕とも違う。僕の場合、少し似ていないと分かり合えないと思っていますから」
「“捻くれてる”」
『まぁ、そうだな、コイツは捻くれてるな』
《そうね》
《“サラ、こんな奴”》
「“素直だけが取り柄だと騙されるかもだし、良いと思うけど”」
『“相応の捻くれる理由が有るのだし、性根が悪いかどうか別だよ”』
《“そうね”》
「では、ココからは大人の話をしようか、レウス様」
『あぁ、そうだな』
コッチからは歓談してる様に見えるけど、どうなんだろうなぁ。
パパさん凄い人っぽいし、向こうも向こうで凄そうだし。
アレ、マジかな、王子様と同じ名前って。
マジなら本当に王子様、だったらエメルは無いなぁ、超重役じゃん。
「あ、喧嘩したら口利かないからね」
《俺はしないけど》
「“喧嘩はしないですよ、少なくとも平民とは、僕も貴族位を持っていますから”」
本当、良い感じに捻くれてる。
だよね、普通なら家族から虐げられて、それこそ暴力を受けたらこうなっても仕方無いと思う。
家族が居たら居たで大変だし、居ないなら居ないで大変。
似た人を探したくなるのも分かる。
偶に超幸せな家のヤツって、凄い無神経な事を平気で言うし。
けどまぁ、自分も不幸せなクセにクソなヤツも居るし。
本当、良く分からないわ、人間。
《性格悪過ぎ》
「なら同じ境遇で性格良く生きられる?」
真っ直ぐで純粋なのは良いんだけどさ、そう生きられるのはこの家、アスマン様のお陰。
生まれや育ちで人はマジで変わる、だから運なんだよね、こう生きてられるのって。
《いや、今とは全く同じは無理だろうけど》
「“耳が不自由な事で選べる職業は変わります、そこも鑑みての事ですかね”」
「不便?」
「“いえ、特には”」
「どっち?」
「“どっちか当ててみて下さい”」
んー、こう言う人、好きだわぁ。
憧れてたんだ、私の何枚も上手な大人、で優しく叱ってくれる人。
前は注意されるのも叱られるのも嫌いだったんだけど。
叱られもしない、何の注意もされないって、つまりは無関心って事。
まるで自分が居ないみたい扱われるのって、怒られないよりずっと虚しい。
《意地悪しかしなさそう》
「“優しくするだけでサラが満足するかどうか、だと思いますけどね”」
「それはそう」
七男から、ちゃんと叱られた事って無いんだよねぇ。
まぁ、年が近いし。
《分かるわ、甘いだけの男って物足りないものね》
《“厳しさも欲しいですからね、子供の為にも”》
アスマン様と奥様って、何か似てるかも。
『エセル』
「はい」
奥様と離れるなんて、珍しい。
『はぁ、まさかな』
「何か有ったなら簡潔にお願いしますね」
『俺が王子だと本気でバレてる』
情報統制は完璧な筈、有るとするなら。
「キャラバン経由ですか」
『いや、商隊名も聞いたが、俺らの関わるキャラバンとは違った。ただ父上が贔屓にしている商隊と同じだった』
「彼は東海、僕らは東欧で」
『どうやら、キャラバンの単位はそう括られてるワケでも無いらしい、寧ろ貴族位に近いな』
「多くを知れる者程、少数上位、ですか」
『あぁ、それでも尚、彼は俺達に任せるつもりらしい』
「どうして、なんでしょうか」
『誰を、とは言わなかったが、信じてるらしい』
「流石、交渉に長けた方ですね」
『身元を知っているからこそ、キャラバンの大船に乗ったつもりでいる、だとさ。もうな、アレはウチの親父並みだ、コッチがどう策を巡らそうとも何とかしてくるだろうよ』
「疎かにする気も単に道具にする気も、僕には無いですよ」
『俺にもだ、だが、
「まだ新しく国が出来たばかりですからね」
『ウチ以外にも基盤は出来つつある、暫くは小国を見守り、期を見て分離と合併を促すしか無い。コレ以上、ウチを大きくするワケにはかないからな』
「より良く育ってくれると良いんですが、どうしても思い通りにとなると、剪定は必要ですからね」
『どう足掻こうが、王族に連なる以上、結局は大局を見るしか無いんだな』
「良い年でらっしゃいますからね」
『たった10上なだけだろうが』
「いや10も上なんですからもっとしっかりして下さい、このままだとサラを口説く時間が減ります」
『分かった分かった、鋭意努力させて貰う』
「はい、是非お願いしますね」
『思い出したか、アイツの事』
何かにつけ思い出し、幾ばくか心が痛んでいた筈が。
もう、たった数日で。
「そうですね、もうすっかり忘れている自分が薄情にすら思えますよ」
『いや、この場合は良い事だろう。そこまで忘れさせてくれる相手なら、本当に運命の相手かも知れないな』
「だとしても、こんなに都合良く現れますかね」
『日頃の行いだろう、お前は意外と心根は良い奴だからな』
「そうでなければアナタに切り殺されそうなので、そう見せているだけですよ」
『本当に、素直じゃない奴だな』
「素直さだけでは、王宮で働けませんから」
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