第10話 家族。
「邪魔するなら来ないで欲しかった」
《あんな腹黒そうなヤツの何が良いの?》
「腹黒そうな所」
失敗した、完全に失敗した。
キスされちゃうわ殴り倒しちゃうわ、マジでどんな女子だよ、ってなるって絶対。
ダメだ、コレもう七男と結婚するしか無いじゃんよ。
嫌いじゃないけどさ。
いや、もしかして私って結婚したくないから、こうしてウダウダしてるだけなのかな。
アスマン様と離れないで、程良い相手って。
いやでもその条件に合ったの居たけど、全くダメで。
《ごめん》
「謝るならすんな」
《無理》
「だー、何で諦めらんない?」
《好きだから》
「なにが、なんで、どこがよ」
《最初は弱っちくて、でも男並みに元気になって、何か、このままずっと居るんだと思ってた》
「何で妹じゃないのよ」
《俺の、俺らどっちかの婚約者になると思ってた、勝手に》
「最初から?」
《途中から、元気になってから、流石にアレは無理》
この世の男、ガリガリはマジでダメなんだよな、ウチのは余計に。
「はぁ」
《サラは優しいし頭が良い、メシも美味いし、何で変なのばっかなのかマジで意味が分からない》
「いや後半のはマトモだったでしょうよ、親がアレってだけで」
《見合いでも禄なの来ないじゃん、凄い悔しかった》
「で私が気に入った相手の前で私にキスすんのかい」
《奪われると思って》
「お兄ちゃんのじゃないんだが?」
《何で俺じゃダメなの》
あー、こうなるのが面倒だから避けてたんだろうなぁ。
苦手なんだよね、こう言う事。
なぁ、助けてよ侍女。
おい、目を逸らすな。
「アスマン様に兄弟と結婚させる気は無いって最初に言われたの、だからこそ最初から兄弟だと思ってた、そう勝手に思っててすみませんでしたね」
コッチだけ、兄弟と思ってたとかクソ恥ずかしいわ。
もう全部、どうせ私が悪いんですよ。
最初から全部、間違ってた、ジャミルをぶん殴っておけば良かった。
《侍女から聞いたわ》
《ごめんなさい》
《相手の許可無くそうした事はしたらダメだ、と教えた筈よね》
《はい》
《奪われると思ったのね》
《はい》
《アナタの方が幸せに出来る?》
《母さん、良いの?》
《答え次第よ》
《分からない、職業も何も聞けなかったし、殆ど失神してたから》
《あのね、アナタ達を兄と思え、だなんてそのまま言っては押し付けになるでしょう?だから私は結婚させる気は無い、と伝えたの。そしてアナタにも、責任を負う必要は無い、そのつもりで言っていただけ。絶対にダメとは言わないわ、けれど幸せに出来る場合だけ、絶対に離縁しないと言い切れる理由を出しなさい》
《そんなの無理じゃん》
《だからこそなの、家族の縁はそう切れない、けれど夫婦になれば切れてしまう。良いの?それだけ危うくなるのよ》
《でもだって》
《分かったわ、後はお兄ちゃんやお父さんと相談なさい、良いわね?》
《はい》
《それと、邪魔した事は謝っておきなさい》
《はい》
《何か御用でしょうか》
《謝ろうと思って》
『多分、眠ってらっしゃるかと、起こしましょうか』
《出来たら、様子次第で、まだ明るいから》
『分かりました』
「なに」
《邪魔してごめん》
「許さん」
《妹と思うのは無理、ずっと抱きたいと思ってたから》
「そ、我慢させたのは悪かったけど、コッチは全くそう思って無かった」
《ごめん、旅の途中で何度も諦めようと思ったんだけど、無理》
「そこは評価するけど、邪魔したのは許せない」
《許さなくて良いから、ちゃんと考えて欲しい》
「なら邪魔しないで」
《分かった》
ずっと一緒に居るもんだと思ってて。
なのにまた、変なのを引っ掛けたと思って。
俺はこんなに好きなのに、大事にするつもりなのにって。
なのに、凄い、悔しくて。
『母さんの許可が半分は下りたんだ、後は待つだけだな』
《凄い、もどかしい》
『サラはモテるからな、きっと結婚してもそうなるんじゃないのか』
《母さんと一緒に暮らして貰う》
『そうだな』
《どうやって妹だと思えたの》
『妹だと言われた事と、年が下だからだろうな』
《単純》
『お前達が話を聞かなさ過ぎる、しかも素直さに欠ける、あまり良い事じゃないぞ』
《分かってる》
『なら良いが、六男と喧嘩してくれるなよ、もうサラが止めてくれるとは限らないんだからな』
分かってる。
俺が兄弟としか思われて無いのも、あの異国人にサラが惹かれてるのも、全部。
分かってるけど。
《“お前はサラ以外、良いと思える女が居るもんな”》
《“君と違って!僕は、サラの為に”》
『“いい加減にしろ、往来で喧嘩を始めるな、家に入れ”』
僕は、先日の件で様子伺いに来た筈が。
件の彼女が居る筈の家の近くまで行くと、戸口の前で男同士が揉めていて。
片方は先日挨拶した七男、だとは分かる。
けれど。
このまま順当に考えるなら、六男と五男か、若しくは情夫か。
「“あのさ、そんなに出て行って欲しいなら今すぐに出て行くけど”」
《“ごめんサラ、違うんだってマジで”》
《“喧嘩と言う程でも無いので、別に”》
「“表面だけ仲良し、とか求めて無いし、こう表で揉められる私の身にもなって欲しいんだけど”」
淡々と低い声で、一切の感情を排除した抑揚の無い声色。
何故か、彼女は制圧に関して非常に優れている。
こうした兄弟間に育っての事なんだろうか。
『“サラを思うなら外聞も考慮しろ、良いな”』
《“ごめん”》
《“すみませんでした”》
「“さっさと入って、次に同じ事が起きたら、黙って出て行くからね”」
《“うん、ごめん”》
《“はい”》
妹、と聞いていたけれど。
確かに彼女が言う通り、寧ろ姉の様な存在なんだろうか。
けれど、僕らの前では妹らしく振る舞っていた。
なら、コレは一体。
「あっ」
「あ」
目が合った瞬間、急いで家に入られてしまった。
多分、コレは弁解に行かないと彼女は諦める方向に、いやもう既にその方向かも知れない。
アレから全く一切の音沙汰が無く、1日が過ぎてしまい。
レウス様にせっつかれ、こうして来たワケで。
いや、ココは縁が無かったと。
そう諦めるべきなんだろうか。
言葉と行動共に制圧力を持ち、相応の地位も経験も有り、複数言語と賢さを持ち合わせている。
しかも、僕を見初めたなら。
いや、もしかすれば何か裏が有るかも知れない。
そうだ、元はそこを探る為にも来たのだし。
全く、調子が狂う。
「すみません、エセルと申しますが」
何で化粧も何もしてない時に来るかな。
いや嬉しいけどさ、アレ見られちゃったんだよなぁ、クソ不機嫌に諭してる所。
マジでもう、邪魔すんなって言ったのに。
「すみません、お見苦しい所を」
「あ、いえ」
もー、ドン引かれてるじゃんよ。
いやスッピンにドン引きしてる?
幼いもんなぁ、この顔。
《サラ》
「あ、コチラはアスマン様、お世話になってる方です」
「エセルと申します、先日はお世話になりました」
《宜しく、どちらの国の方なのかしら》
「もし、母国語で宜しければ……」
あー、やっぱり西洋の方だわ。
地続きだけど、イタリアの正面だもんなぁ。
うん、私、完全に夢見ちゃってるんだろうな。
もう完全に現実逃避だコレ。
こうなると妥当なのって、やっぱり七男と。
《サラ》
「あ、はい」
《この方の国に行く気は有る?》
「え、まだそうした話じゃ」
《念の為よ》
「今、考え直してたんです。単にアスマン様と離れたくないから、駄々を捏ねてるだけなのかなって。そんな気は無いんですけど、すみません」
《サラは、どれだけ彼の国の事を知ってるのかしら》
「場所位しか、殆ど知らないと思います、でも」
《何かお伺い出来るかしら?》
「“あ、はい、先ずは食事ですね。海沿いの上の方はココと同じ様に魚介や米を食べますが、内陸のコチラ側に近くなると肉食と小麦食が多くなります。違いとしては新鮮なキノコやチーズ、鹿肉等の肉の種類の多さですかね”」
あー、絶対に美味しいじゃん。
ココだとキノコって高いし、殆ど乾物なんだよね。
《もしかしてキノコと仰るのは》
「“はい、トリュフも含まれます、ご存知でしたか”」
ココでも向こうでも超高い、最高級食材じゃん。
輸送が無理だからトリュフ塩とかトリュフオイルとか、匂いを移したのだけの品物がやっとココまでは来るんだけど、それだって超高い。
だから海沿いって凄い観光地化されてて、そこでやっと食べてるってお兄ちゃん達が。
え、マジで、食べてみたいんだけど。
いやでもなぁ、食べ物に釣られるって卑しさ満点じゃん?
「“おいしいんですか?”」
「“好みが分かれますね、僕は苦手です”」
成程、前世での評判と同じだわ。
「あの、後は」
「“そうですね、やはり服装でしょうか。伝統的に高位貴族はコルセットを着用しますが、今は公式の場でのみ。主人の奥様と体系が似てらっしゃるので、もし宜しければ着てみますか?”」
「あ、いや、コルセットも持ってるので大丈夫です、キエフ公国で頂いてたので」
特に胸が凄い事になっちゃうから、外で着た事は無いんだよね。
ドレスによっては零れ出そうになるんだもん、アレはマジで凶器。
《文化風習はどうかしら》
「“婚姻や生活様式に関しても、特に違いは無いかと、本来は一夫一妻ですし。ただココよりは寒くなるので、そうした違いは有りますし、来て頂ければ僕が見逃した違いが分かって頂けるかも知れません”」
何処も建前上はそうなんだよね、一夫一妻だって。
けどあの人、レウス様とか呼ばれてた人、私を妾にとか言ってたんだよね。
って言うか、来ればって、何で。
「なんで?」
「“外交は常に優先されるべきですし。すみません、先程の事は少し見聞きしてしまったんですが、場を収める力も有る。素晴らしい能力を秘めてらっしゃるのかと、もし宜しければ婚約破棄について、もう少し詳しくお伺い出来ませんか?”」
いや言うのは良いんだけど、更にドン引きされるのは。
いや、隠す事じゃないよね。
「最初から、ですかね」
「“いえ、1度目は少し予想が付くので。そうですね、逃げた先からでお願いします”」
ハッキリ言って、逸材だと思います。
《そうね、自らの能力を理解して、掃除係になろうとするだなんて》
『そのまま何処かに適当に嫁がせるのは実に惜しい、が、どうしてココの国の者が手出ししないのか』
「家主の夫含み、全ての息子さんがキャラバンに所属しています、しかも各方面へのキャラバンへの配置。王家王族が手を出すのが非常に難しい、正に鉄壁の配剤なんですよ」
《それで、あの子が王家王族に興味が有るかどうか、なのだけれど》
「無いですね、逃げ込んだ先の辺境伯の誘いを断った理由が、身分差で、要職の妻には自分は不向きだ、と」
『お前の雲行きが怪しくなったな』
また、身分差。
以前に断られたのも、自分では分不相応だから、と。
《けれど、今度はもう少し用意周到に出来るじゃない》
『既に策は用意して有るんだろう、エセル』
「側近を辞めても良いですかね」
『それ以外で、だ』
《辞めても良いけれど圧力を掛けまくっちゃうわよ?》
「冗談なんですから本気で想定しないで下さいよ」
『で、勿体ぶるな』
「コチラで掃除係をして貰います」
《アナタ、最悪は奪われるかも知れないのよ?》
「僕も婚約の申し込みをしますが、その場合、念の為に当て馬の七男を付き添わせます」
『相変わらず腹黒いなぁ、お前は』
《けれど、そこよね、アナタの腹黒さを受け入れるかどうか》
「隠し続ける事は苦でもありませんし、程々に匂わせて様子見をするつもりです」
『アレの何が良いんだ』
「今は、賢さだけじゃなく、度胸や」
《胸ね》
『アレは上玉だからな、尻込みされてもおかしくは無いだろうさ』
《さ、冗談を言ってあげたんだから本音を言いなさい》
「今日、化粧をして無かったんですけど、意外と、可愛らしかったんです」
《あぁ、お化粧で気合を入れる子なのね。良いわ、そう言う子って好きよ》
「やっぱり、芯の強さを感じるんですけど、少し弱そうな部分も有って」
《分かるわ、強いだけじゃ魅力的とは言い難いものね》
「凄いですね、奥様の手練手管」
《もう、急に素に戻らないの。今から気持ちを伝える練習よ、アナタって素直じゃなさ過ぎるんだもの》
『そうだな、すらすらと良い部分は言えた方が良いぞ、口説くにはな』
「気が早過ぎるかと、七男は未だに恋敵ですから」
《あら、兄妹だと言ってたけれど、そう、親孝行な子なのね》
『それを引き離すのは少し心苦しいが、兄弟の嫁がコッチに移る事も検討されてはいるだろう』
「はい、五男以下が実家に入る予定だそうで、自分の事は気にせず良い相手に嫁ぐべきだと」
《益々不幸にしたらいけないわね》
「はぃ」
『何だ、歯切れが悪いな』
「3度目の婚約破棄で、お相手に重ねられたのが、嫌だった、と」
《あらあら、本当、大概の事は経験してしまっているのね》
『だからこそ、不思議だな、ウチの領内なら必ず身内に引き込むが』
「もし、ジプシーの女性なら、とお考え頂ければ妥当かと」
《あぁ、かなり難しいと聞くものね》
「はい、それと同等の状態ですので、そうした事も重なり、この国では難しい相手だとされているのかと」
《しかも、身が清いままだと信じて貰えるかどうか。あの感じからして処女でしょうけれど、ね》
『騙す奴は騙すしな、いや、アレの情報が相当守られての事か』
「どうやらそうかと、もう少し調べてみます」
『なら、最初のアレの元婚約者辺りを探れ、もしかすれば良い材料になるかも知れんしな』
《あらあら、エセルに似てきてしまったわね?》
「助かります、説明の手間が省けますから。では、失礼致します」
彼女の何処に惹かれているか。
僕はまだ、能力に惹かれているだけ。
そもそも良く知らない、何が嫌か何が好きか。
なのに惹かれた、惹かれている。
何に、何処に惹かれているのか、まだ分からないけれど。
惜しい、ココで関わりを絶つ事が、凄く惜しい。
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