第二章
第9話 帰郷。
『ごめんなさいアスマン様、ご心配お掛けしました』
《良いのよ、良いの、お帰りなさい》
「ただいま」
残す所、後半年で18になってしまう。
ココに帰って来るまでお見合いとかもしたんだけど、何か、全然ダメ。
全くピンと来ない。
いや別に波乱万丈が欲しい、とかじゃない筈なんだけど。
それこそ毒を盛られまくってゲーゲー吐きまくって、それでもちょっとした毒に中ったりして十分に苦労したから、もうマジで安寧を求めてんだけど。
何かピンと来なくて。
もう、七男で良いかな、とか思いそうになっちゃって。
ヤバいなと思って、帰って来てからも、一応はお見合いとかしたんだけど。
マジ物見遊山ばっか。
どんな不細工だ、みたいな顔で来て、コレ見て鼻の下を伸ばす。
で口説かれる、ワケ無いじゃん。
何でお見合いしてくれたんですか、嘘が分かったら無い事無い事広めますよ、って脅すと大体ゲロる。
殆どがどんだけ不細工か、で次に多いのが正義厨。
さぞ我儘なんだろう、と勇んで来るから、コッチから破棄したって言うと驚く。
バカめ、破棄としか書いてないだろうに、と。
仲人にしこたま怒られる様を見て、プギャーして。
うん、飽きた。
偶に普通っぽいのも来るんだけど、えらく格下だったり、凄い気弱だったりで。
やっぱ、掃除係の方が。
《サラ、サラ?》
「あ、はい、アスマン様、何か?」
《ふふふ、お見合いに飽きたのは分かるけれど。あの方なんて、どうかしら》
凄い綺麗な顔の異国人じゃん。
「けどなぁ、異国の方だし、もうご結婚されててもおかしくなさそうな年ですよ?」
《それならそれで良いじゃない、良き友人は多くても困らないわよ》
まぁ、元婚約者が兄達に仕事を振ってくれるので、良いは良いけど。
あ、手招きされた。
「ちょっと、行ってきます」
《はい、言ってらっしゃい》
もう、独身で童貞なら何でも良いかも。
「レウス様、何で僕まで」
『そらお前は俺の側近だし、お前の嫁探しも兼ねた新婚旅行なんだ、なぁ?』
《そうよ、もう少し感謝なさい?》
とある国の王子、レウス様の元側室が下賜され、ご成婚されたので結婚式に出席したのは良いんですが。
僕は異国の首都イスタンブールにまで、連行させられている。
少しばかり傷心の憂いを浮かべたかったんですが、全く、そんな暇も無く。
『おい、アレとかどうだ、ジッとお前を見てるぞ』
《あら可愛い子ねぇ、あの子より可愛いかも知れないわね》
「はいはい、騙されませんよ」
『いや、マジだぞ、懐っこさも似てる』
《ほら、手招きしたらコッチへ来たわ》
「えっ?」
本当に女性がコチラに。
目をキラキラさせて。
「“あのー、旅の方ですか?それともキャラバンの方ですか?”」
『“旅の者だよ、キャラバンに間違われるのは光栄だが、そんなにキャラバンに見えるかな”』
出た、初対面には王子ムーブ。
コレだから嫌なんですよこの人、こうやって一気に掻っ攫うから、だから恨みを。
「“強そうですし、美人な方を連れてるからですよ、凄く仕事が出来そう”」
『“褒めてくれても異国の話しか出ないよ、お嬢さん”』
「“異国の話は聞きたいんですけど、奥様、ですよね?この方”」
『“だが複婚も認める度量の深くも大きい妻なんだ、君の様に明るい子なら、直ぐに仲良くなれる筈だよ”』
「“なら私、彼が良いんですけど”」
「僕ですか?」
《ふふふ、ほらね、言ったでしょう?》
「“あ、もしかして見てるのバレてましたか”」
『“おう”。ウチの言葉を話せるか?』
「あー、すこし、きくのはよくできます」
《片言って、どうしてこうも可愛いのかしら。ねぇ、本当に少しココでお茶をしない?》
「いま、おばときました、またほかのじかん、どこかあえますか?」
《もう、持って帰ってから何とかしましょう?》
『“宿の名前や詳しい事はコイツに書かせるが、それで良いか?”』
「無茶を、ココの字は読むので手一杯なんですから手伝って下さいよ」
『分かった分かった』
「アナタなまえは?」
「エセル、です」
「エセルいいなまえ、しごと、さくひん、できるひと」
『“ウチの国だと高貴、貴族の意味なんだよ”』
「すごくいいなまえ、わたしはサラ・ユルドゥズ、わたしのは、“高貴な女性”」
「でも僕のは女性に使われる名前なんですよね」
「いいかお、かわいいからだいじょうぶ、ににしない」
《可愛い、ですって、ふふふ》
『“実はコイツの嫁探しも兼ねての旅なんだが、どうかな”』
「なんでけっこんしてない?」
《ぶふっ、もう、この子最高だわ、この子にしなさい》
「もー、奥様、はみ出すし間違えちゃったじゃいですか」
「あー、だいじょうぶ、よめるよめる」
《ふふっ、もう、ふふふふっ》
「ココの1等部屋です、“分かりましたか?”」
「だいじょうぶ、わかったわかった」
『ぐっ』
可愛らしい容姿で粗雑な言葉遣いが、どうにも、お2人には堪らないらしく。
結局、僕が纏める事に。
「暫くココに滞在しますので、侍女か同伴者と一緒に来て下さい」
「うん、わかった、またねエセル」
そう言って彼女は紙をココに置いたまま、向かいの喫茶へ。
今回の宿はかなり上等な場所に有り、そう一般人が来ない場所の筈なんですが。
『はぁ、暗記か、それなりのお嬢さんなのか、だな』
《それか両方かも知れませんね》
『なら釣り合いは取れるが、問題はウチまで嫁いで来てくれるか、だな』
《あの好奇心で行動力も有るんですもの、きっと大丈夫よ》
「そうですね、どうせ他人事ですし」
《はいはい、拗ねないの、お菓子を買って帰りましょうね》
ナンパしちゃった。
ナンパされてナンパして、マジ超緊張した。
《ふふふ、楽しそうだったわね》
「でもなー、異国の方ですよ?」
《良いのよ、無理にココに留まらなくても、アナタの幸せが1番だもの。ただね、文字や言葉はね》
「あ、若旦那様は凄い完璧に話せる方で、彼はココの文字も少し書けて少し話せて、かなり聞き取れてました」
《そこなのよね、ジャミルはキャラバンに入らないからって、異国語の勉強を全然しないで。私、本当に向上心が無い子って嫌いなのよ、本当》
「私を言い訳にしてる節も有りましたしね」
《そう、そこよ本当》
離れたく無い、傍で守りたい。
とか言って、ココは異国の方々も大勢訪れる国だから、絶対に無駄にはならないのに。
本当、結局はどうしようも無いまま、今は相手の家で超教育されてるらしい。
つか本当、アスマン様、先見の明が有るなぁ。
私に行けって言ったの、アスマン様だし。
「どうしたらアスマン様みたいになれますか?」
《アナタの場合は、良い夫に嫁げば自然となれるわよ。大丈夫、良い子良い子》
前世でもこんなに褒められた事が無いって位に褒めて貰えて、色々と教えてくれて、優しくて。
やっぱり、離れ難いなぁ。
「アスマン様とずっと一緒が良い」
《私もそうだけれど、良い子には幸せになって欲しいわ。良い夫と一緒になって、幸せな家庭を築いて欲しい、それが親心のなの、分かってくれるわね?》
「はぃ」
分かるけど、だって凄い居心地が良いんだもん。
「本当に、来たんですね」
『“ようこそ、サラ”』
《サラ、その方は?》
「“彼女達は侍女で、彼は私が世話になっている家の、兄です”」
《どうも》
「“お兄ちゃん、ちゃんと喋れるんだからちゃんとしてよ”」
《“お前の男に会うなんて聞いて無いんだけど”》
「“まだ何も、昨日初めて会っただけだってば、しかも立ち話”」
《“またどうせ厄介事を嗅ぎ付けただけでしょ”》
『“成程、面白そうな逸話が出て来そうだね”』
《どうぞ掛けて》
「“はい、ありがとうございます”」
《失礼します》
『“それで、厄介事とは、何かな”』
「“あー、少し長くなるんですけど”」
《コイツは3度の婚約破棄をしてるんです》
「えっ」
《あら面白そうね》
「“お兄ちゃん、せめて最初からにしてよ”」
《コイツに血の繋がった家族は居ません、居るのは俺の母さんと俺らだけです》
俺は、と言うか今回はエセルが、厄介なお嬢さんを引っ掛けたらしいが。
まぁ、俺の元側室の様な子は、そう居ないだろう。
と、高を括っていたんだが。
『“成程、妹から”』
《“いえ、義理の、全く何も血の繋がらない義妹、です”》
「“凄く最低な場所だと思っていましたが、実は良い国でした、ちゃんと父も処分されたので、どうかこの国を誤解なさらないで下さい”」
『“こうして良い子に育ったのは、その方のお陰かな”』
「はい」
《“で、最初の婚約破棄は……”》
厄介事に鼻が効く。
それは良いんですが。
「アナタのお相手は」
《“俺”》
「“いやだから兄妹なんだし”」
まさか目の前で自分を口説きに来た女性の唇が、他の男に奪われるとか。
『あはははは、うん、面白い事になったなエセル』
「いや、笑い事じゃ」
更に、その女性が見事に一撃で相手を殴り倒すとは、思わず。
僕は一体、何に巻き込まれて。
「“すみません、家を出て以来こうで”」
『“そうか、何がダメなんだ?”』
「“兄で弟だと思ってたのと、この人のお母さんが結婚させる気は無いと言ってたので”」
『“義理か”』
「“それも、なんですけど、最悪はもう、良いかな、と”」
『“けどコレに一目惚れしたんだろ?”』
「“ですけど、嫌な場面を見せたので、無理かな、と”」
『“掠っただけに見えたが、何か学んでの事かな”』
「“いえ、護身術だけです。それと掠った方が効くんです、当たりが良ければ女でも大男を倒せますから”」
『エセル、お前が要らないなら俺が貰うぞ』
「「えっ」」
《良いわよ、この子なら妹としても可愛がれるもの》
「いや最初は僕に来たんですよ?」
『お前がドン引きしたままなのが悪い』
《そうよ、肩書も知らずココまで来てくれる子が、今後現れるかしらね》
「“あ、肩書なら私も有りますよ、子爵位を持ってます”」
『“成程、確かご実家が商家だったそうだね”』
「“はい、ですけど家も店も何も無い名ばかりですから、結婚したら返上するつもりでした”」
《そうね、後ろ盾は必要だもの》
爵位持ちなら、この宿を把握していて当然。
けれど、いや、うん。
情報量が多過ぎる。
幼い頃から虐げられ、家から逃げ出し婚約者の親戚の家へ。
婚約者の改善が無く、やむなく婚約破棄。
そして婚約破棄後、逃亡し、身を寄せた先で求婚されたが身分差の為に断り。
次は食堂で見初められ、婚約。
けれども亡き婚約者と重ねられている事を知り、破棄。
そして次の見合い相手を気に入り婚約するも、相手の母親に毒を盛られ破棄。
そして今は僕を気に入ったものの、兄同然の相手からキスされ、一撃で殴り倒し。
そのまま放置しつつ、僕らと会話し続けている。
「“いやー、波乱万丈が過ぎますよね、流石に”」
『エセル、少し前にお前が悩んでいた事は、この子の前で思い出す時が有ったか?』
「流石に無いですよ、どんだけの情報量だと思ってるんですか」
《嫌だわ、急に側近ぶっちゃって。この子ね、この人の妾に横恋慕してたのだけれど、見事に振られたの》
「なぜ」
『身分差だ、コイツの地位の高さに相手が引いたんでな』
《元はアナタの様に苦労してる子だったのだけれど、元の夫が追い掛けに来て、ね》
「“素敵ですね”」
《そうなの、その子とは清いままだったから結婚したの》
『“俺も妹としか思えなかったからね、分かるよ”』
「“ですよね、けどもう碌な相手が来ないので”」
『“妥協しても何も良い事は無いよ、却って面倒が後になり膨らむだけだ”』
「“でもこの2年、何も手を出さずに旅に同行して貰ってて、一途なのは知ってるので”」
『良いのかエセル』
「良いも何も、僕の何が良いんですか?」
「“真面目そう、けど手抜きが出来そうで腹黒そうで、顔と声が良い”」
『“成程な。もう少し話したいが、そろそろ目覚めそうだな、馬車まで送ってやろう”』
「“すみません、ありがとうございます”」
そうして男はレウス様に抱えられ、馬車へ。
そこで起き上がったものの、僕が居ないと分かると礼儀正しかったそうで。
『相当の審美眼か、運命の相手か』
《運命が寄って来る事って稀よ》
「分かってます、分かってますけど、都合が良過ぎじゃないですか」
旅先で失恋を忘れる程の人に出会うのも。
そうした相手から好意を寄せられる事も、全部、僕に都合が良過ぎる。
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