第15話 葛藤。

 侍女ズがドア越しに七男とエセルが言い合ってたのを聞いて以降、2人の態度が凄い変わった。

 エセルは素っ気無いし、七男はやたら明るいし。


 何だコレ、どうしたらこうなる。


「何でだ」


 先ずは、エセル。

 やっぱり私に飽きたか、冷静になってアホは止めとこうってなったか。


 じゃあ七男は。


 分からん。

 折った筈なのに、エセルと言い合ってからは元気なのがマジで分からん。


 何だ、何でエセルが引いて七男が引かない。


 まさか、童貞を恥じてる?

 七男が何か言ってコレなら、有り得るべな。


『あの、私達もさっぱりなんですが』

《そうですね、言い合いは穏やかでしたし》

「ウチのが何か言って、実は童貞が恥ずかしくなった、とか」


《『あー』》


「よし、確認してみよう」

『はい』

《ですね》


 で、会いに行ったんだけど。


「お伺いしたいんですが、良いでしょうか」


「“はい、何か”」


 この間は、多分だけど思い当たる節がある、筈。


「ウチのが、七男が何か言ったかしましたか?」


「“いいえ、寧ろ悪いのは僕ですね。他には何か?”」


「いえ、ただご迷惑をお掛けしたなら」

「“いえ、本当に大丈夫ですよ。すみませんが、少し忙しいので、他に無ければ”」


 相変わらず素っ気無い。

 ちょっと傷付く。


「じゃあ何で素っ気無いんですか?」

「“すみません、事情が話せる様になったらお伝えしますね”」


「分かりました、失礼します」


 やっぱり、飽きられたか。

 違うもんね、肌の色も文化も、言葉も。


『お嬢様、心苦しいですが、本当に事情をお話し頂けるかも知れませんし』

《そもそも作戦かも知れませんし、暫く待ちましょう?》


「うん」


 そうそう、ルーマニア一周も良いかもだし。

 つか吸血鬼が本当に居るかどうか聞くの忘れてんじゃん、聞きに行こう。




『大丈夫かな、エセルさん』

「まぁ、彼なら大丈夫だと思うよ」


 四男が危惧しているのは、七男の情の深さ。

 六男ならまだしも、七男なら相手を殺してでもサラを手に入れようとする、それ程にサラを愛している。


 真っ直ぐで純粋な七男は、それが良い面であり悪い面でもある。

 その七男を御せるのは、強国の宰相エセル位だろう、と。


 ただ、もし僕の考えが甘ければ、サラはモロッコに行く事になるだろう。

 逃げる為、サラの祖母に匿って貰う為に。


 そしてサラは七男を受け入れる、そこまで至れば。


 けれどコレは最悪の場合。

 エセル宰相が身を引いた場合。


 あの時点では彼の目には十分な執着が宿っていた、そして情も、欲も。


 ただ気掛かりなのは、彼の生い立ち、育った環境。

 虐げられた者は疑い深い、それこそ自分に都合が良い事程、疑い深くなってしまう。


 自らに対しても、周りに対しても。


『僕とサラって似てるよね、少し面倒な人が好き』

「そうだねぇ、君の相手も相当に手間暇が掛かる子だからね」


『少し、だよ、容易い人よりずっと良い』

「そうだね、容易い者はそもそも信用ならない。ただ彼の場合は砦が強固と言うか、寧ろ無手こそ最強な拳闘士か。兎に角、僕にしてみたら凄く難しかったからねぇ」


『でも僕にだけは容易いよ』

「君の惚気を安心して聞ける時が来るなんてね、嬉しい限りだよ」


『七男もサラも、幸せになってくれると良いな』

「そうだね、同じ道でなくとも、其々に、ね」


 彼さえ諦めなければ、この物語は幸せな結末を迎えられる筈なんだけれど。

 ウチの子にも賢さは有るからね、しかも僕は彼に策を教えてしまった、悪しき道へと繋がるかも知れない道。


 彼がそうした策を繰り出すかも知れない、そうなれば、後は宰相が信じるかどうか。

 けれど、彼は。


 うん、実に心配だね。




『吸血鬼は居る、とされているな』

《けれど私は見た事は無いわよ?》


『なんせ見た者は死ぬ、とされているからな』

「“じゃあ何で噂が広まってるんです?見た者は全て死ぬんですよね?”」


《もしかしたら、盲目の方が生き残っての事かも知れないわね》

「“成程、流石です”」


《ふふふ、やっぱり可愛いわ、素直が1番よ、ね?》

『だそうだ、なぁ、エセル』


 爺に忠告されていたが、ココまでとはな。

 虐げられていた者は、情愛について何かしらの問題を抱える事が多い、と。


 俺の元側室は、そもそも男女の情愛について非常に疎かったが。

 エセルは特に問題が無い、と思っていたんだが。


「僕が何か問題でも」

『お前、いい加減にしろ。そう自分の態度がおかしい事も分からないなら、宰相の仕事に関わるのも、王宮に入る事も禁じ』

《いきなり極論はダメよ、せめて理由を聞いてあげないと、ね?》


「別に、特に理由は」

『理由無しでそうした態度を取るのかお前は』


《エセル、このまま理由を話もしないでサラちゃんの事を国まで引っ張って行くのなら、私はアナタがサラちゃんを道具と見做したとして排除するわよ。国からも、ココからも、さぞレウスは困るでしょうね。それにあの子も、アナタ無しで私とレウスに散々に使われてしまうんだもの》


「“あの、席を外しましょうか?”」


 いつでも冷静だなサラは。

 だが、この娘にも情愛の問題が、有るのか?


 エセルやアイツと違い、幸せな家で何不自由無く育った。

 表情は豊かで情愛も理解している、しかもココまで真っ直ぐで度胸の有る娘は、そう居ない。


 そこか。


『いや。エセル、お前は何を問題だと思っているんだ』


「コレは、僕の問題ですので、もし不快な思いをさせていたのなら」

『この娘は自分に都合が良過ぎる、か?』


 驚いた顔しやがって。

 当たりか。


「“あの、そこまででは”」

『単に執着しているだけじゃないのか。しかもマトモな家に育ってもいない自分は、家庭なんぞが上手く築けるのか。違うか?』


 あの娘も悩んでいた事を、お前もやっと悩み始めたか。

 だがな、相手はこの子だ。


「“いや相談しろよ、レウス様だから分かってくれたから良いものを、そんなん相談すべき事でしょうがよ”」


 ほらな、お前の運命の相手なんだよ、この子は。


「ですけど、もし僕に無理なら、このまま」

《嫌われ者になるのは得意だものね、でも得意な事に逃げて、不得手な事に1人だけで立ち向かうのは頭の良い子がやる事かしらね?》


「“そうそう、レウス様の方が上な事も有るんですから、宰相だからって相談しないのは違うんじゃないですかね?”」

『おう、言う様になったなサラ』


「“言って良い範囲はまだまだ分かりませんけど、この位は言っても良い方だと、思うんですけど”」

『おう、じゃんじゃん言え、俺も買い被られるのは好きじゃないんでな』

《この人、見た目と違って優しいの、もう倍は言っても大丈夫よ》


「“じゃあ、コレは?”」

《エセルはねぇ、得意な事はとことん得意なのだけれど、不得手な事から逃げる天才なのよ》

『大臣達とやり合うなら俺より強いんだがな、狩りに連れ出そうとするとまぁ逃げる逃げる』


《もう言い訳が多種多彩で面白いのよ、だから尽きなさそうな良い加減で誘うの、それで次はどんな言い訳を出すか当てる遊びをしてるのよね》

「“凄い優雅な遊びだ”」

『優雅か、お前は本当に面白いな』


「“なんせ学が有りませんからね”」

《で、全く狼狽えもしないこの子をどう思うのかしら、ね?》


 問題は、そこだな。




「僕はまだ、引きずっている事が悔しくて。それがどうしてなのか、それは僕に問題が有り、だからこそ僕の目が曇っているんじゃないかと」

「“いや曇って当たり前でしょうよ、慣れな?それが恋愛なんだし”」

《そうそう、そうなのよ、曇っている前提で考えれば良いだけなのよ》


「ですけど、それだと正しく」

《それが正しい状態なの、いかに互いに互いの目を曇らせ続けるか、そうして慣れさせ慣れ合うの》

『信頼が大前提だ、だがどうして疑う』

「“お仕事だからでは?”」


『どうだろうな。お前は言ったよな、お前無しでも国は傾かない、なら俺が異変を感じたらお前を切れば良いだけだ。単にお前が間違えたくないだけだろう、前の様に』

「前の事は出さないで下さい」

「“そう過剰反応するって事は凄い気にしてるって事じゃん”」


「それは、違うんです、誤解されたく無いだけで」

「“なら話し合えよ”」


 笑顔でレウスの様に脅すだなんて。

 凄いわねサラ。


「はい、すみませんでした」


 あら凄い。

 あのエセルが素直に折れたわ。


 そう、今度からこうすれば良いのね。


《で、レウスが言った事が全て合ってるとして、どう整理する気だったのかしら?》


「サラの存在があまりにも僕に都合が良過ぎるので、単に執着してるだけじゃ、ないかと。なので」

「“そこはハッキリさせましょう、今は単に不都合な部分が見えないだけ。かと言って探されても困るので、流れに任せろ。それでも素っ気無くするなら、もう関わらない、けどそれでもレウス様の掃除係は続ける。元々は妥当な相手と結婚するつもりだったし、レウス様と奥様に全て任せる”」

《あら信頼してくれるのね》


「“アスマン様もパパさんも信用した相手なのに、それでも疑ってたらキリが無いんで”」

《豪胆な子って大好きよ》


 程良く自分を使って脅すだなんて、本当に良い子ね。




「“すみません、子供の様に駄々を捏ねる結果になってしまって”」

「善処すると言ってくれたんだから、まぁ、良いですよ」


 マトモな家に育って無い、しかも王宮でバシバシ働いてんだし。

 そら不安にもなるし、疑うのも分かる、だって頭が良いんだから。


「“あの、そこまで怒ってる様には見えないんですが”」

「うん」


「“どうしてですか?”」

「頭が良いから悩むんだから仕方無いなと思って」


 それに、多分だけど、情愛が良く分からないんだろうし。

 そら悩みまくっても仕方無いと思うんだよね。


 だって童貞なんだもん。

 絶対、マジでしょうよ、童貞。


「“すみませんが、何なら機嫌が良さそうに思えるんですが”」

「だって、“童貞”でしょ?」


 あぁ、顔を隠しちゃった。

 勿体無い、見たかったのに。


「はぃ」

「まぁまぁ、悪い事じゃないんですから」


 顔を見てやろうと思ったのに、意外と力が強いな。


「“ちょっ”」

「恥ずかしがらなくて良いんですよ、大丈夫、ね」


 クソ、流石に男の力には勝てないか。


「“何、してるん、ですか”」

「どんな顔してるか見ようと思って」


「“見せますから、離して下さい”」

「走って逃げても追い掛けますからね」


「“はぁ、コレで良いですか”」

「あ、元に戻っちゃってる、“童貞”」


 よし見れた、可愛いなぁ。




『どうした童貞、真っ赤になって』

「もー、アナタですか、サラに教えたのは」

《あら冷静じゃないわねぇ、どう考えても侍女達じゃない?》


「あぁ」

『そう俺達のベッドを占領されても困るんだが』


「仕返しです」

《子供っぽいわねぇ、何をされちゃったの?》


「童貞だから、こう、なんだろうと」

《あら察しが良い子ね》

『で、また自分に都合の良い相手だ、きっと何か裏が有るんじゃないか。と、バカか、そんなに延々と同じ考えを繰り返したいか』


 いえ、繰り返したくは無いんです。

 出来るなら前に進みたいんです、色々と。


 けど。


《もしかして、怖いのね、色恋や情愛が怖い》


「そう、なんですかね?」

《だって、どうしたら良いか分からないんでしょう?》


「はい、どうしても同じ考えがグルグル回ってしまうんです。僕はあるべき家庭の姿を知らない、だから僕がサラを幸せに出来るとは」

《そこは話し合って、相談しないと無理な事じゃない?》

『はぁ、お前でもカッコつけたいのは分かるが、そこはカッコつける所じゃ無い』


《あら無理よ、カッコつけようと思っての事じゃないものね?》


「はぃ」

『良く分かるな』

《1番下の弟に似てるんだもの、可愛いわねぇエセルちゃん》


 奥様は兄弟の真ん中にお生まれになった方で、兄も弟もいらっしゃる。


 確かに相談すべきだったかも知れない。

 そう考えられなかった事も、確かに、見栄を張っての事かも知れない。


「ですけど、何とかなるかと思ってたんです」

『今までお前の気分や心持ちはお前だけのモノだったからな、だがもう違う、アレ次第でお前の気分はコロコロ変わる』

《だから私も大事にしなさいね?》


「はい、すみません、ありがとうございます」

《でも、まだまだ、解決したワケじゃ無いわよ?》

『言え、自分がカッコつけだと前提で話せ、出来るだけ思った事を口にしろ。どうせ隠してもいつかバレるんだ、良いな』


「そこは、考えておきます」

《素直じゃない所までソックリね》

『まぁ、後はサラがどうにかしてくれるだろう』

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