第14話 童貞。

 今回は船旅なんだけど。

 鬼ヤバいって噂のルーマニアの川を使うんだよねぇ、大丈夫かな。


「吸血鬼って居るんでしょ?」


「“どうしてそう思うのかな?”」


 あー、アスマン様と同じだ、先ず答えをコッチに考えさせんの。

 好き、アスマン様みたいで好き。


「神様が居るから」


 あ、アレ?

 何か間違えた?


「“見たり、会った事は”」

「無い無い、けど神様が居るって皆が言ってるし。あ、神殿、神託の儀式も見てるし」

『“おう、見た事が有ったか”』


「そうなんですよー、滅多に見られないんですけど、丁度買い物に行く時に寄ったら始まって。大波が来るからって港では一斉に船を上げ始めて、だから周りの人と一緒にトプカプ庭園まで逃げたんですよ、あそこは小高い丘だから」

「“被害は、大丈夫だったんですか?”」


「はい、アスマン様の周りも私も。ただ船は何隻か沈んでしまったので、やっぱりキャラバンって大変なんだなって、思い知らされましたね。本当に目の当たりにすると、寓話とか神話じゃない、本当に有るんだなと、思って。居てくれたからコレで済んだけど、居ないともう、凄い事になるんだよなって」


 もし神様が居てくれたら。

 そう思って願った事が、ココでは叶ってる。


 だから神様は居ると思ってる。


 しかも勧善懲悪が成立してる。

 絶対、他にも居るじゃん、私みたいに転生してんの。


 それこそ転移、生まれ変わりじゃなく、そのまんまココに来てる奴も。

 それがキャラバンを仕切ってんのかな、とか思うんだよね。


 何で転生者じゃないかって言うと、寓話もそうだけど、私は魔法って殆ど使えないんだよね。

 不器用なのは勿論なんだけど、何か容量が少ないっぽいんだよね、魔法を使う容量。


 だからムチムチになるのも楽だったんだけど、ちょっと不便。

 でもちょっと、なんだよねぇ、殆ど人力だし。


 で、だから神様は居る。

 その神様が居たからアスマン様に出会えて、育てて貰った。


 アスマン様の次に恩を返さないといけないんだよね、神様に。


『“だけ、か、神を信じる理由は”』

「アスマン様に出会えて無かったら私はココに居ないと思いますよ」


『“あぁ、そうかも知れないな”』

「“特定の神への信仰は?”」

「全部、居る神様全て、だってさ……」




 死の神様が見逃してくれたから私は生きてる。

 生の神様が見逃してくれてるから私は生きてる。


 彼女の言葉は抽象的ですが、非常に姿形がハッキリしている。

 明確に神の存在を感じ、信じている。


 全く疑う事も無く。


『珍しいな、若いのに』

「“やっぱり神託を見たからだと思いますよ、アレから熱心に神殿に通う若い子も増えたって聞いてますし、周りで神様を疑う子は凄く減りましたし”」


 それでも一過性で終わる事は多い。

 人はいつか忘れる、目に見えぬ物事を忘れ、果ては神の存在さえも。


「今でも、その子達は」

「“あー、分かんないですよ、関わりが殆ど無かったんで。七男に聞けば分かると思いますよ”」

『アレが話しをしてくれるか、だな』


「“ついでですし聞きましょう、私も知りたいし”」


 性根が良く信心深い、気も使えて可愛い。

 本当に、彼女には裏が無いんだろうか。


《“何、忙しいんだけど”》

「“手と口位は別々に動かせるでしょうが、ただ周りの事を聞きたかっただけなのにさ、そう素っ気無くすんなら他の人に聞くわ”」


《“だから何、何を聞きたいの”》

「“私みたいに信心深い子って珍しい?”」


《“まぁ、アレ見て今でも神殿に通ってんのは半々だな”》

「“そんな減る?”」


《“殆ど結婚してるから忙しいんだよ、しかもアレ以来何も無いんだし”》

「“そりゃ平穏だからじゃんよ”」


《“だから忘れちまうんだってさ、嫌な事が無いと頼んないから、神殿は暇な方が良いんだってよ”》

「“あー、けど信仰とは別じゃん”」


《“お前か隣の婆さん位だよ、神様がマジで居ると思ってんのは”》

「“アスマン様やパパさんだって信じてるじゃん”」


《“そらキャラバンだからだよ、風にも海にも神様が居る、だから機嫌を損ねる事は絶対にしてはいけない”》

「“そこ不思議だよねぇ、ゲロは吐いて良いんだもん”」


《“客には捧げものだ、とか言うからなぁ、アレは流石にどうかと思うわ”》

「“あ、まだ下水掃除係?”」


《“見て分かるでしょうよ、荷物のロープ点検。アレは品物に触れない下っ端の仕事、しかも俺がしてたのはトイレ掃除の方、つかそこまで見損なわれる事して無いし”》

「失礼ですが、下水掃除係には決まりが有るんですか?」


《“真面目なのは大前提、ただ何かしら評判が悪いヤツがする、ジャミルみたいなのとか”》

「“あー、けどさ、そこから這い上がれるの?”」


《“病気が出なかったらね、ちゃんとしてれば病気にはなんないんだけど。どっかで手抜きだ失敗したり、運が無いとね、そうなったら診療所で終わり。けど病気無しなら、整備とか船には関われるけど、品物は無理だね。病気が表に出て無いからって、病気が全く無いとは言えないから”》


 そうなると、やはりジャミルへの罰は遥かに軽いモノ。

 安定した安全な仕事、しかも家族を既に持っている。


 そうした温情も、ある意味サラの為。


「“じゃあ将来有望なんだ”」

《“まぁね”》


 確かに彼の仕事の評判は良い。

 真面目で勤勉、家族思いで、急場でも機転が利くと。


 ただ、どちらが長生きするかと言うと、やはり陸。

 六男は陸のキャラバン、そして五男も。


「どうして海なんですか」

《“稼ぎが良いし、陸より休みが長い”》

「“ご趣味は?”」


《“サラが好きそうな物探し”》

「“却下、せめて釣りとかさぁ”」


《“じゃあそうするわ”》

「“あ、ズルっ”」


《“良いじゃん、元々嫌いじゃないし”》

「“マジでヤれよ?他の釣り趣味な人と同じ位に喋れなかったら趣味と認めない”」


《“はいはい、でアンタの趣味は?”》




 仕事が趣味かぁ。

 まぁ、宰相ともなると仕方無いとは思うけどさぁ。


『“俺の趣味は体を動かす事、だな”』

《“そうね、色んな意味で、ね”》

「あ、そこを教えて貰いたいんですが?」

《私達からもお願い致します、非常に興味が有るので、ね?》

『はい』


 乗るなぁ、侍女ズ。

 あ、けど王子様の奥様だし。


「あ、もしアレなら」

《ふふふ、良いわよ、特別に教えてあげる》


 んで真面目に教えて貰った。

 アスマン様にもお作法は教えて貰ったんだけど、コッチから誘い過ぎるのはダメで、エセルの国でもそう。


 ただ個人差が有るから、お相手の要望に少し沿う方が良いって。

 少しって言うのは、少し物足りないと思わせて丁度良いって意味だ、って。


「良かった、麻袋に入れって言われたら流石に断ろうと思ってたので」


《“ぁあ、ふふふ、それはもっと西の国の古い言い伝えよ。良く知ってるわね、良い子良い子”》


 うん、凄い猫っ可愛がりされんの。

 何でだろ。


「利益が関わるのは勿論なんですけど、どうして可愛がって下さるんでしょう?」

《“そうね、そう言う所かしらね、ふふふ”》


 うん、良く分からん。


「エセル、何で?」

「“真面目で素直だからだと思いますよ”」


 あぁ、前の人もそうだったのかな。


「前の人も?」


「“まぁ、はぃ”」

「あ、いや嫉妬とかじゃなくて、単に不思議だなと思ったのと、それこそ奥様に重ねられての事かな、と」


 あ、ちょっとは嫉妬した方が良かったかな。


「“思い出してらっしゃるかも知れませんが、奥様もご兄弟しかいらっしゃらないご家庭だったので、そこかと”」

「あー、成程」


 妹ってアレしか経験無いからなぁ。


 で、奥様はお姉ちゃんか。

 向こうの方がマジで内面も大人っぽいしなぁ、そっか、お姉ちゃんか。


「“あの、それで、内容について伺うつもりは無いんですが、真面目な内容だったんでしょうか”」

「あ、うん、相手に合わせなさいって」


 そう言えば、エセルって童貞なのかな。


 だと嬉しいんだけど。

 まぁ年上だし、状況が状況だったし、自暴自棄でヤっちゃった事が有ってもまぁ。


 仕方無い、かな。

 残念だけど。


 凄く残念だけど。


「“僕も、一応、聞かせて頂きたいんですが”」


「あぁ、コッチのお作法」

《でしたら私達が》

『はい、旦那レウス様にもお伝えすべきかと』


「あぁ、うん、任せた」




 何かしら、経験しておくべきだったんでしょうか。

 非常に詳しく教えて頂いているのは分かるんですが、どうにも。


『悩むな、言え』

「もう少し、何か経験しておくべきだったかな、と」


『お前、嘘だろ』


「あぁ、嘘ですよ、経験が有るって匂わせただけです」


『お前、散々俺に』

「万が一の予備の予備、作れるに越した事は無いんですから、良かったじゃないですか」


『何が、アレを練習台だと思えとお前が言うから』

「お陰で奥様も喜んで下さってるんでしょうし、僕は悪くないです」


『お前』

「童貞ですが何か」


『絶対に何も教えてやらん』

「構いませんよ、奥様の事も知ってしまう事になりますし、アナタから聞く気は毛頭無いですから」


『本当に、お前は嫌な奴だな』

「でしょうね」


 問題はサラと僕ですよ。

 サラが万が一にも経験してしまっていたら、そこは良いんですが、満足して貰えないかも知れない。


 そこが何よりも問題で。

 満足して貰うには、どうしたら良いのか。


『童貞だとは伝えてやらんからな、思い知れ』

「成程。“僕は童貞です”」


 コレで侍女やサラが、どう反応するか。




「ねぇねぇ、アレで童貞なんだって、信じる?」


 あのエセル、俺より年上の筈なのに。

 けどまぁ、最初から婚約者も居なかったって言うし、事情が事情だし。


《つかどうやって知ったワケ?》

「侍女が聞いたって」

『はい、ハッキリと聞きました』

《旦那様と少し言い争った後、笑顔でハッキリと仰いましたし、その前は少し悩まれてましたので。多分、本当に童貞かと》


「だそうで」

《いや何でそうなったの》

《向こうのお作法を教えて頂きました》

『はい、奥様から』


《その後、奥様についてお伺いし、今度は私達がお教えする事になり、詳しくお教え致しました》

『お嬢様の居ない場所で、はい』

《お前ら、男の作法は?》


 ほら、コイツら女色家だから何も。

 いや、寧ろ凄い知ってるから、だから。


「そこはまぁ、私に合わせても」

《俺にも何か教えろよ》

『無理ですね』

《お嬢様に手出しをされては困りますので、無理ですね》


《お前らも俺じゃダメって言うのかよ》


『親が子に、子が親に手を出さないのと同じです』

《お嬢様が本当のご兄妹と思ってらっしゃると、私達にも伝わる程ですので、反対させて頂いております》

《血は繋がって》

「繋がって無いだけで、兄妹だと思ってる」


《顔は全然、似て無いじゃん》

「性格は似てる、家だと凄い大雑把じゃん」


《サラはちゃんとしてるじゃん》

「一応、居候と思ってたから」


《そんな気遣わせてごめん》

「いやそれはアスマン様に嫌われたく無くて」


《母さんが俺はダメだって?》

「そうは言って無いけどさ、手近って、何か手抜きっぽいじゃん」


《手抜き》

「色々見て私だって言うならまだ分かるけどさ、妥協だと思わず妥協してそうじゃん。手近で楽だからコレで良いやって思って無くても、事実じゃん」


《見てきた、サラが良い》


「話が逸れた、エセルが童貞かどうか」

《少なくとも俺は童貞、アレは分かんない》


「そこも真面目なんだ」

《だって病気は怖いし移したく無いじゃん》


「ごめんな、マジで」

《ありがとうございました、おやすみなさいませ》

『ありがとうございました』


 コイツら、追い出すの上手過ぎるだろ。


「“あぁ、どうも”こんばんは」

《“夜這いに来たなら海に投げ落とす”》


「“いえ、ただ歩き回ってただけですよ、考え事をする時のクセなんです”」

《“で女の船室側まで来るんだ”》


「“無自覚に足が向いてしまったのかも知れませんね。それにしても随分と喋れるんですね、コチラの言葉”」

《“海に出るならって仕込まれてたからね、本当はアンタも喋れるんでしょ、それなりに”》


「“それなりに、程度です、誤解が有ってはいけませんから”」


《“ウチの母さんから引き離して、その分の幸せを与えられんの?”》

「“最悪はウチに引き取っても構いませんよ、金なら有りますから。いえ、金も、ですね”」


 コイツを殺せば、いや、国同士やキャラバンの問題になる。

 しかもサラが俺を嫌うかも知れない。


 けど、コイツを殺して直ぐにモロッコに逃げて、サラの祖母を言い包めれば。


 なんだ、有るじゃん、サラと結婚出来る道。

 けど、サラも母さんも悲しむ、今のままじゃどんなに偽装しても俺が犯人だってバレる。


 バレ無い様にするには、もう少しちゃんと考えないとな。


《“まぁ、お互いに頑張ろう、エセル”》




 少し調子に乗ってしまったらしい。

 虎の尾を踏み抜いたと思った瞬間、久し振りに物凄い殺気に襲われ、愛想笑いを完全に忘れてしまった。


『真っ青だが、酔ったワケじゃないよな』


「少し、失敗しました」

《あらあら、調子に乗り過ぎちゃったのかしら?》


「はい」

『アレは平凡そうだが、あのキャラバンの長の息子だ、あまり甘く見ない方が良い』


「ですね、はい、調子に乗りました」

《けど根は良さそうなんだもの、さっさと融和策に転換した方が良いわよ、追い込み過ぎると小物でも噛むそうだし》

『八つ当たりなら他のにしろ、あの七男に落ち度は無いんだしな』


「はい」


 どうやら僕はまだ、少しばかり引きずっているらしい。

 強引な手段を取れば得られたのに、政治を優先し、手放した事を。


 無自覚に、無意識に。


 だから僕は、彼女に執着しているだけなんだろうか。

 マトモに情愛を知らない僕には、家庭は築けないんだろうか。

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