第23話 同志。

 前の当主様の元奥様とナタリーの処分場に来たんだけど、うん、ココの当主様は若くて優しそう。

 に見えるけど、凄い腹黒そう、笑顔がクソ胡散臭い。


「“暫くお世話になります”」

『“アナタの様に可愛らしい方なら、いつまでも滞在して下さって結構ですよ”』


 コレ、エセルが超苦手そうだけど。


 あ、逆だコレ。

 楽しそうって言うか、ヤる気満々って感じだわ。


「“サラの魅力を分かって下さってありがとうございます、お言葉に甘えさせて貰いましょうねサラ”」

「“はい”」


 こう言う時の男の子って、マジ意味分かんないわ。


《何でヤる気満々なの?》

「サラの魅力を分かってくれた時点で、弱点を晒したも同然、少なくとも風向きはある程度までは決まりましたから。前回の方よりはマシですよ」


《そう油断して》

「僕に隙が有ったとしても、アナタが守れば良いのでは?」


《まぁ、そうだけど》

「それに、サラの魅力が分かる人とサラについて語り合いたいと思っていたんですよ、実に楽しみですね」


 キラキラしちゃってんのエセル。

 本当、もう。


《分かんないわ》

「ね」


 で、元奥様は当主様の妾に、ナタリーは元奥様の侍女に。




《そ、アナタ》

「どうも元奥様、お元気そうで安心しました。どうかナタリーを宜しくお願いしますね、可哀想な子って大好きでしょう?何度も何度も可哀想だと言って以前の旦那様を非難し捨てられた、可哀想な元奥様」


『良い性格をしているね、君の婚約者は』

「そうなんです、そこも、魅力的なんですよ」


 彼ともサラ嬢とも、実に気が合いそうだ。

 けれど、彼女達は。


《酷い》

《そうですよ、彼女は何も》

『使用人はこうした場合、口を挟むべきでは無いよ、ナタリー』


《けど》

『次は無いよ、ココを追い出されたら本当に君達の居場所は修道院しかなくなるんだけれど、良いのかな。この辺りの修道院の状態はあまり良くない、外から見える場所は良いんだけれど、冬は寒く夏は虫と暑さで皮膚がボロボロになる。上品な生活しか知らない君達に、耐えられるかな』


「それだと、食料の確保も大変そうですね?」

『あぁ、そうそう、水もね。慣れない間は、問題は無い筈なんだけれど、しっかり沸かさないと、ね』


「あ、それからお風呂も、ずっと水なんでしょうね」

『そうだね、暑い夏も凍える冬も、刺すような冷水で。あぁ、体験した事は無いかな、上品な暮らししか知らない君達は』


「メアリーも私も有りますよ、ねー?」

『はい』

『成程、詳しく教えてあげてくれるかな』


「洗い物をしてると手指の感覚が消える」

『洗濯も、塞がらない傷が関節関節に出来ます』


「水も石鹸も沁みる、治る間も無く次が来る」

『あぁ、修道院なら自分のだけだから、多少はマシだろうね』

『でしたら、そこまで酷くは無いのですね。良かったわねナタリー、私よりはマシな環境よ』


『そう、成程。なら飢えはどう凌いだのかな』

「水さえ有れば7日間は生きられます、だから水を目一杯飲むんです、けど寒いと特にお腹が緩くなるから程々に。慣れれば加減が分かると思いますよ」

『沸かすのも許されなかったんですか?』


「燃料代が掛かるから、使う度に嫌味を言われる、だからムキになって使わなかった。流石に殺そうとはして無かったから、冬場には沸かしたお湯が用意されて何も言われなかったけど、恩着せがましく言われたら嫌だから極力控えてた。極端な事をされて死なれたら困るなら、余計な事は一切言わない方が良い、アナタは言い過ぎる、だから排除させた」

『お子様にまで影響が出てましたので、全てはご配慮からの事です』

『成程』


《けど、だからってよくも私から子供を》

『子供は母親の所有物じゃない、その事がまだ分からないのかな。僕も報告は受けているけれど、僕も離別には賛同するよ。虐げる気が無く、可愛がっていると思い込めば、何をしても良いと本気で思っているのかな』


 なら、更に言い聞かせる必要が出るね。


《私は》

『そう、間違いは犯していないんだね。なら安心だ、単なる行き違いの様だね』

《そっ》


 あぁ、どちらも非常に厄介だ。

 うん、実にコレからが楽しみだね。


『食事の後に少し良いかな、エセル子爵』

「はい、喜んで」


 彼はある意味、仲間かと思っていたのだけれど。


『良い贈り物をありがとう、エセル子爵』


 あぁ、彼は違うんだね。


「喜んで頂けて何よりです」

『もう分かっていると思うけれど、僕は相手に変わって貰える事が何よりも好きでね、特に気が強い者が好ましい。だからこそ君の婚約者にはさして興味が無い、寧ろ彼女は変わらない方が良いからね、コレで安心して貰えるかな?』


「信頼は既にしておりますのでご心配無く。ただ、勲功爵に収まるより、伯爵か辺境伯になるべきでは、と囁かれておりますが」

『いや、そうなると忙しくなるだろう?生憎と自分の楽しみを優先させる過程で、偶々功績を得ただけ、寧ろ評価されてしまって困っているんだ。どうにかしてくれないかな?』


「では、僕に入った情報は抑えさせて貰いますね」

『頼むよ、僕には荷が勝ち過ぎている、とね』


「はい」


 隣国から婚約者と共に亡命して来た彼は、実に落ち着いていて冷静で、常識的。

 つまらないと言えばつまらない、けれど婚約者は面白い。


 関わる価値は十分に有る。




『すみません、私よりもっと大変な思いをなさってるのに』

「比べる事じゃないから気にしないで、私も気にして無いから、大丈夫大丈夫、しっかり見極めればもう幸せしか無いから」


 サラは優しい。

 優しくとも荒くキツい言葉も、上品な棘の有る言葉も言える。


 そして虐げられた事が有りながらも、明るく優しい言葉も言える。

 僕には無い、明るさ。


『すみません、ありがとうございます』


「言い言葉を書き留めるのも、お勧めですよ」

「良いねそれ」

『はい、では、失礼致します』


 メアリー嬢は妹ととの決別は出来た、けれどもまだ、進む道に悩んでいる。

 今までの事を整理するには、まだ時間が必要。


「“はぁ、つい言っちゃって、ごめんね”」


「“いえ、家の事は知っていましたが、僕の方がマシで”」

「“だから比べる事じゃないんだって、まるで居ないみたいに扱われるだけで暴力は無い、だから大した事じゃないって思うのは違うんだって。切り傷と骨折と火傷を比べないでしょ?それと同じ、複合してて混ざって比べらんないの、比べるなら有るか無いかだけ、良い?”」


「僕より賢いですね」

「経験とアスマン様のお陰」


「やはり、少しだけ、取られるのが怖いですね」

「当主様に?」


「いえ国にですね」

「あの人は警戒しないんだ?」


「彼は、人を修正するのが何よりも楽しいそうです、なので君より2人に興味が有るんだそうで。少し前に、良い贈り物だとお礼を言われ、彼の本性を教えて貰ったんです。気が強いと、特に良いそうです」


「凄い性癖」

「ですよね。ですが探せば居るんですね、拾う神となる者が」


「良い様に言うねぇ」

「サラを真似ての事ですよ、明るく優しい言葉を言える、僕には無い部分ですから」


「“エセルは頭が良いから悩みが多いだけだよ、しかも優しい、私はそんなに優しくないから”」

「僕も優しくないですよ、彼女達が彼に黙らされ、良い気分だとすら思いましたし」


「“私達、性格が悪い”」

「ですね」




 アレだ、当主様マジで特殊性癖だ。

 サドでバイで見られるのが好きで、意図的にモラハラしまくんの、マジヤバ案件だったわ。


『“そんなに引き攣った顔を見せる位なら、部屋に引き籠もるか修道院に行くか、どちらかを選んでおくれね”』


 まだ見ぬ地獄か、見た事も無い地獄か。

 まぁ、修道院は脅しで本当は普通なんだよね、ちゃんと下見してからココに来たからマジ。


 ただココよりは暮らし難くなるのは確か、常に侍女に手伝って貰って、本当の下準備からは何もした事が無い貴族令嬢だったんだから。


「“いきなりは可哀想、ですからココで練習させてあげては?”」

『“あぁ、実に素晴らしい提案だね、是非そうさせて貰うよ”』


『“お2人共、優しいサラ様にお礼も言えないんですか?”』

『“そうだね、本当に気が利かない上に感謝の心を持てない、凄く残念な育ちをしているよね。修道院送りにされたくないなら、改めた方が良いよ?”』


『“ナタリー、どう言ったら良いか分からないなら、私が教えて貰った様に教えてあげる。大変失礼致しました、ご配慮に感謝致します。って”』


《“大変、失礼致しました、ご配慮に”》

『“君は侍女だよねナタリー、仕える主人より先に話してはいけない、そう何度教えたかな”』


《“あ、の”》

「“ウチの者が大変失礼致しました、ご配慮頂きありがとうございます、サラ様。って言えば大丈夫ですよ、元奥様、それとも5番目のお妾さん、とでも言った方が良いですかね?”」

『“旦那様はどの様に呼ぶべきだとお考えになってらっしゃいますか?”』

『“良い気配りだねメアリー。そうだね、駄馬か五月蠅い駄犬か、耳障りなコバエか。そう呼ばれたく無いなら変わる事だね”』


《“ウチの者が、大変、失礼致しました。ご配慮頂き、ありがとうございます、サラ様”》

『“表情が良くないね、やり直しなさい”』


《“ウチの者が、大変”》

「“促されないと謝れない幼稚な方の事はソチラで。美味しいですね、この鹿”」

『“腕の良い領民と狩りに行ってね、仕留めさせて貰ったんだよ”』


「“なら血抜きも練習させるべきですね、それから皮の鞣し方も、私が教えて差し上げますよ”」

『“君はそんな事も出来るんだね、素晴らしい、頼むよサラ嬢、しっかり教育してあげておくれ”』


「“はい”」

『“うん、実に楽しみだね”』


 コレで、自分達がして来た事を分かってくれたら良いんだけど、どうだろう。


「“あ、あー、ダメじゃないですかそんな風にしたら、あーあ、もう、ダメになっちゃうじゃないですか。どうしてこんな事も出来無いんですか?”」


《“しょうがないじゃない、初めて”》

「“お子さんも初めてだったと思いますよ、色々な事。なのに毎回毎回ガミガミギャンギャン騒がしく言われたら、幾ら良い年の大人でも嫌になるって、分かりました?”」


《“だからって”》

「“作業に集中して下さいよ、折角、子爵の私が教えてるんですから”」


 キレ芸が使えないとなると泣くのな。

 コレが嫌にならないって、本当に凄いなぁ、ココの当主様。


『“どうかな、血抜きと皮剥ぎは”』

「“それが、ちょっと言ったら”」

《“ちょっとじゃないわ!”》


『“君が物事の大きさを決められる立場に有るとでも?すまないねサラ嬢、下がってくれて構わないよ”』

「“はい、失礼致します”」


『“君は、そこまで上品な生活が要らないのかな、僕の妾なら、コレ位は出来て然るべきだよ?特に、君みたいに離縁された者は……”』


 うん、相性って有るんだな、凄く楽しそうに注意すんだもん。

 まだまだ、知らない事が多いなぁ。




《で、次はどうすんの?》

「結婚式、ですね」

「マジで?」


《いや、待った、誰と誰の結婚式?》


 あ、コイツ。


「マジでソッチ?」

「すみません、ちょっと反応を見たくて」

《何で》


「まだ仕事をしたいかどうか、気になってしまって」

「え?で、どっち?」


「どっちが良いですか?」

「そりゃ結婚でしょ、侍女として仕事は幾らでも出来るんだし、けど結婚しないと出来ない事の方が重要じゃない?」


「まぁ、はぃ」

《でどっちなワケ?》


「僕とサラの、です」

「やったぜー!やっと結婚式だぁ」

《で、何処ですんの?》


「ココで、です、この国で、はい」

《え?じゃあ宰相辞めんの?》


「いえ、駐在だそうです、所謂外交特使ですね」

「おー、大変そう」

《何でそんな忙しそうな事すんの?》


「意外ですね、もう諦めたんですか?」

《流石にね、俺じゃ足りないだろうと思うし》

「偉い、うん、その通り」


《その褒め方微妙だわぁ》

「まぁまぁ、良いじゃん良いじゃん、前を向いて先へ進もう。メアリーとかどう?」


《無理》

「即答」


《だってさ、やっぱ虐げられてたのって無理だわ、お前を思い出すもん》


「あー、うん、良い傾向だと思うよ。どうしたって健全な家庭を知らないって問題が多いし、無難に幸せになって欲しいから、普通のにしときな」

《お前はお姉ちゃんかよ》


「それなー、どうにも弟すんだよな七男は」

《まだ七男って言う?》


「七男は永遠に不滅です」

《ほらコレだよ俺絶対に無理じゃん》

「ですね」


《もう良い、結婚しない》

「はいはい、拗ねない拗ねない。あ、結婚式ってどっちの形式?アスマン様は来る?」

「勿論呼んでますよ、流石に全員はお呼び出来ませんが、両方用意して有るんですがどっちが良いですか?」


「えー、じゃあ2回する、どっちが先に見たい?」

《もー、俺を挟んでイチャイチャしないでよ、出てくから》

「ありがとうございます」


 もうさ、本当、結婚しないわ俺。

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