第22話 家庭内不和。
隣国から、異国の血を引く令嬢を妾に、と。
同じく隣国の貴族から紹介が有り、取り敢えずは、と会ってみたが。
「よろしくおねがいします」
褐色の肌に金色の瞳、豊満ながらも言葉は拙く、表情も幼い。
けれども妖艶さと言うか、色気と言うか。
「この毛色ですので、こうして言葉は拙いままに育てられたのですが、ある程度の聞き取りは出来ますので、ご不便は無いかと」
あまりにも都合が良過ぎる。
煩い正妻に辟易している中、この幼くも妖艶な妾が来たなら、暫くは私の逃げ道になってくれるだろう。
けれど。
『成程。先ずは長旅で疲れているだろう、下げさせてあげなさい』
「はい、ご配慮感謝致します」
『どの様な条件が有るのだろうか』
「僕に仕事を教えて頂く事、それと後ろ盾を下さい」
幾ら正妻に大きな顔をされていると言えど、流石に私も多少は長く生きている。
この男は、サラ嬢へ情愛が有る。
『己の女を使い、亡命か』
「ですね、攫って来たも同然なので、暫く僕らを好きにお使い頂ければと伺わせて頂きました」
黒髪碧眼の彼が持って来た書簡の出所、身分も確か。
ならば。
『成程、政略結婚から逃げて来たのか』
「ですが僕には何も有りません、けれど彼女に苦労はさせたくは無い。彼女も了承の上での条件です」
『彼女に手出しをしても良い、と』
「彼女が許せば、ですね」
妾にと来ておきながら、手出しは難しい、か。
『面白い、乗ってやろう』
「ありがとうございます」
仕事は多い方が良い、そして助手も、妾も居るのなら暫くは気が紛れるだろう。
この、苦痛しか無い家に、少しでも希望が有ると思えるなら。
「親戚の伯父さん」
《あー、分かるわ、ちょっと疲れてる時の伯父さんな》
私の17才上、35才の当主様なんだけど。
枯れてる、疲れてる、色んな意味で。
晩婚で、今はお子様が3才、奥様は少し若くて27才。
若くしてお兄様を戦争で亡くしちゃって、先代は流行り病で、お母様は隣の領地の貴族と結婚。
で8年程前に当主の座に付くと共に、ご結婚したらしい。
けどもう、恐妻オブ恐妻。
「何で結婚したんだろ」
《それこそ半政略結婚らしいよ》
知り合いの知り合いからの紹介で結婚、でも徐々に最初とは違う対応になり、今ではすっかり。
《“ちょっと、この仕事を先に片付けておいてって言ったでしょ”》
『“その前にお前がコレをやっておけと言ったんだろう”』
《“何その言い方”》
『“お前に言われたく無いんだが”』
《“は”》
『“はいはい、やるからもう出て行ってくれないか”』
《“ふんっ”》
奥様の言い方とか言葉遣いがキツ過ぎて、やり取りが毎回殺伐としちゃってんの、もう完全に仮面夫婦。
なのに、どうしてか奥様は当主様の愛情を疑わない、けど浮気は疑う変な状態。
「“おちゃかなにかよういしましょうか?”」
『“あぁ、頼むよ”』
「“はい”」
『“すまないね”』
エセルは別の場所でお仕事、私は七男と書斎で仕事のお手伝い。
1号は糞妹ナタリーの補佐、2号とメアリーは私の部屋の番と掃除や片付けをしてくれてる、急に押しかけた状態だから部屋の準備が何もされて無かったんだよね。
つか良く受け入れるって思ったよなぁ、レウス兄。
「“はい、どうぞ”」
『“ありがとう”』
当主様は穏やか、奥様はキツい。
それには理由が有るらしいんだけど、にしたってちょっと、キツ過ぎ。
《“ちょっと、また、食べるの?”》
サラが妾として入った家の奥様、何でも一々煩い、マジで煩い。
声も言い方も何もかも、煩い。
『“まだ仕事が有るんだ、気になるなら部屋から出て行ってくれないか”』
《“ウチの子の寝かし付けはどうするのよ”》
『“既に遅い時間だ、しかも私が行っても寝ない、しまいには私が寝てしまいそうになる。頼むから仕事をさせてくれないか”』
《“そう、構ってあげないのね、可哀想”》
「“あの、わたしがねかしつけしましょうか”」
《“忙しいのでしょう、コッチは大丈夫よ”》
「“わかりました”」
《“じゃあ先に寝てるわね”》
『“コレから先もそうしてくれて構わない”』
《“そう”》
確かに今はもう表立って戦争の影響は大して無いし、かなり月日は経ってるけど。
領主の仕事って忙しいのは俺でも分かってんのに、やれ一緒の時間をとか言うわりには何でもかんでも口出して煩いし、茶菓子1つでこんな言い方を毎回するし。
気が休まらないんだよね、マジで。
《“収支報告書の纏め、終わりましたが”》
『“あぁ、助かるよ、ありがとう”』
新しくなった王家王族は国としても合併して3年も経ってない、だから重臣が重複するから人の整理は必要だし、新しいやり方に納得しない貴族や領民も居る。
それらの不満の矛先は領主、だから気苦労とかも多いのに、子供を理由に色々とさせようとすんの。
家族だし、家に居るから頼りたいのは分かるけどさ。
睡眠時間を気にしてやらないし、自分が大して食わないからって少しでも多く食うと毎回何かしら言うし、本当にマジで煩い。
「“こっちもできました”」
『“あぁ、ありがとう、今日はもう遅いから寝なさい、君もだ”』
「“はい”」
《“分かりました、失礼します”》
どっちもサラに手を出さないのは良いんだけど、マジで離婚した方が良いと思うわ、この夫婦。
「“持参金でココが持ち直したから、デカい顔してんだ”」
「ですが維持は領主の手腕ですから、サラが言う通り、まだ情が有ると思っての事でしょうね」
「“別れさせたら良いのかな?”」
「ですね、次のお相手の情報が来ました」
若いながらも仕事に理解の有る、穏やかな貴族の次女。
コレは王家王族が得た情報なので確実、一応、国として慮っての采配らしい。
彼の結婚は我が国が介入する前、良い資質を持つ者は取り込むのが1番ですから。
「“子供はどうすんの?”」
「娘さんですし、向こうの家に入って頂くそうです」
「“複雑だなぁ”」
「子は親に似ますし、継母に虐げられる心配を避けるなら、コレが1番ですから」
「“まぁ、親は選べないからね”」
「ですね」
けれど、サラが危惧していた子供にまで、影響が出ている事が発覚し。
「“子供を実家に入れさせて、どうにか他に行かせられない?”」
「掛け合ってみますね」
人は資源、そして子供は更に資産価値が高い。
教育次第で幾らでも資産価値が伸びるが、親次第では資産価値は下がり、果ては資源としての価値が無くなる場合も有る。
それこそ、愚かな妹ナタリー嬢の様に。
《片言なんて嘘なんです!ちゃんと喋れるんですよサラ様は!》
余計な事をする天才は、この家の奥方に直訴した。
だが、コレは一気に処分する機会となった。
《あの子、ちゃんと喋れるそうじゃない。騙されるだなんて、悪いけどアナタ、可哀想ね》
「裏を読めないなら喋らない方が得ですよ奥様、あまりに愚か過ぎると離縁が。まぁ、毎週末教会に通うついでにご実家に帰ってらっしゃるから心配は無いんでしょうけれど、呆れられるとお気持ちを取り戻すのは難しいそうですよ」
僕が生意気だ、サラは実は喋れる。
そんな事を当主に直訴した、が。
『はぁ、話はそれだけか』
《アナタ、そんなにあの女が良いワケ?!》
『頼むから甲高い声で大声を出すのは止めてくれないか、耳が痛くなる』
「少なくとも奥様よりはマシかと、声を荒らげませんし、ちゃんと気を使いますから」
《子供が居ない人には大変さが分からないでしょうね!》
「子供だった頃の事は良く覚えていますよ、僕の母親がこんな女と再婚したら、どんなに険悪な仲の父でも思わず同情して離縁を進めるでしょうね。眠る時間を気にしてやらない、自分より少しでも多く食べると口煩い、煩過ぎるんですよアナタ」
《私だって大変なのよ!?》
「そんなことをいいだしたらキリがないとおもいます、どっちもたいへんなんですから」
《アナタちゃんと喋れるなら喋りなさいよ!》
「失礼ですが、証拠は?」
《あのナタリーとか言う女が》
『お前、アレは前科者だぞ、家族揃って姉のメアリー嬢を虐げていたそうだ』
「はい、ですのでそんな者の言葉を下調べもせず鵜呑みにし騒ぎ立てる者は、当主の妻には相応しく無いかと」
《他人の家の事情に口出ししないで頂戴!》
「恩師や友人が苦しんでいるなら手を差し伸べて当たり前では」
《何も知らないクセに!》
「そう喚く姿からしても、長く時間を掛けずとも十分に分かりますよ、現に仕事の邪魔をするわ煩いわ、食べる事にばかり口出しをしてそれが気遣いだと勘違いしている時点で。無理ですよ、アナタに彼の妻は無理です、彼の睡眠時間をご存知ですか?」
《それは、父は5時間も有れば、私だって6時間有れば》
「それはアナタの父親の場合です、それに彼はアナタの分身では無い、食事も睡眠も彼に合わせるべきだったんですよ」
『あぁ、そうだな、そう、もう離縁しよう』
《そんな、私を愛して無かったの?!》
『もう冷めた、とっくに』
愛していたからこそ、悲しいのは分かるんですが。
「泣くだけなら出て行って下さい、話し合いたいなら文章でお願いします、言う事を聞いて頂けないならご実家に強制的に送り返しますので、どうか静かになさってて下さい」
僕を睨む前にご自分の行いを省みて欲しいんですが、まぁ、それが出来ていないからこそ冷められ捨てられるんですが。
泣きながら不機嫌に出て行く、何処までも気遣えない人ですね。
『はぁ、すまない』
「いえ、仕事に戻りましょう」
「だいじょうぶです、がんばりましょう」
『あぁ、ありがとう』
心に負荷が掛かれば掛かる程、彼の食欲は増す、その逆をすれば良いだけだと言うのに。
どうして、理解しようとしなかったんでしょう。
《“私は、私は彼の為に、娘の為に”》
「“限度が有りますよね、睡眠時間を削り口煩くすれば寿命が縮むとは、知りませんでしたか。それとも、そこまで教育なさらなかったんですかね”」
《“申し訳無い、面目無い、すまなかった”》
『“いえ、私も不甲斐なかったとは思いますが、もう離縁してくれれば構いませんから”』
《“子供を愛して無いの?!”》
『“君に似るなら、いずれは無理だろうね”』
《“酷い!”》
『“君の喚き声の方がよっぽど酷いよ、いい加減にしてくれないか”』
《“お前は本当に煩い、もう少し慎みなさい”》
《“でも”》
「“こうなると長くなりますのでお引き取りを”」
《“すまない、帰るぞ”》
《“こんなの、私なりに尽くしてきたのに”》
「“あいてにあわないならいみがないのでは”」
《“あぁ、そうだね、すまない。下がりなさい、でなければウチでも面倒は見れないよ”》
奥様は兄である当主の言葉に、渋々下がった。
この人も穏やかなのに、何でアレが生まれたんだろ。
『“すまなかった”』
《“いや、気にしないでくれ、いつかこんな日が来ると思っていたんだ。なのに何もしなかった、コチラこそすまない”》
『“いえ”』
《“彼女が次の正妻になるのかな”》
『“いえ、彼女とは清い仲ですし、このまま別れますよ。まだ彼女は若いですから”』
「“コチラで既に正妻候補を探し出してありますので、ご心配無く”」
《“そう、か。すまなかった、元気で”》
『“はい、お元気で”』
「“お見送りを”」
《“あ、あぁ”》
エセルが次の嫁ぎ先を紹介して、無事に終了。
なワケ無いじゃん、まだナタリーが片付いて無いんだから。
『“本当に、もう、無理だわ”』
《“私を捨てるの?!”》
『“先に捨てたのはソッチじゃない、そうなの、そう縋ってたのは私の方。家族は大切だって、だから、でも大切にしてくれない家族より他人。私はアナタを手放すわナタリー”』
《“ごめんなさい!捨てないで!ちゃんと言う事を聞くから!”》
『“サラ様を陥れる為に、ココの奥様に告げ口したでしょう。もう無理よ、私も幸せになりたい、アナタの面倒を見ながらなんて無理、無理だと良く分かったわ”』
《“ごめんなさい!良い子にするから!”》
『“コレで最後よ、次は無いわ”』
《“分かったわ、ごめんなさいメアリー”》
ココまで全て作戦通り。
もうメアリーはとっくにナタリーを捨てる気だし、すっかり諦めてる、告げ口を立ち聞きした時点で振り切る決心をしていた。
だから次が最後、その先は無い。
『最初は穿った見方をしていたが、すまないね』
「いえ、そう思われて当然です」
「そうそう、当主なら警戒して当たり前だし」
サラの流暢な言葉に驚いた後、当主は笑い出した。
嬉しそうに、涙を浮かべながら。
『あぁ、こんなに笑ったのは久し振りだ。そうか、君達は噂の神の御使いだったか』
「いえ、それは大袈裟ですよ。僕は後ろ盾と仕事の知識、それと彼女が暫く過ごす家が欲しかった」
「私はエセルと過ごせるなら何処でも良い」
『そうか、これだけの手腕だ、差し当たっては妬みを買ったか、それとも誰かからの指示か』
「いつか知れる時が来るかと、では」
「元気でね当主様」
『あぁ、ありがとうサラ嬢、エセル、どうか達者で』
入れ違いで正妻候補が来る予定ですが、まぁ確認せずとも、夫婦とは何かを改めて考えた当主なら何とかなるでしょう。
「あ、アレかな」
「あぁ、でしょうね」
休憩先で偶然、いや計画されていたのだろう。
少しだけお会いしましたが、サラの勘では確かに良い方だろう、と。
「まぁ、凄い悪いのが来たらもう、女が運が悪いって事で諦めて貰おう」
「ですね」
数年後、再び訪ねる機会が有り、お伺いしたのですが。
穏やかながらも賑やか、お子様も4人に恵まれ仲睦まじく、お元気でらっしゃったのは別の機会に。
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