第5話 主従。

 婚約の申し込みは断った筈なんだけど、まぁそれからアピールが凄かった。

 花の贈り物から始まって、宝飾品にドレスにラブレター。


 貰える物は貰って、ラブレターにはちゃんと断りの返事をしっかり書いて返した、断ったって証拠になるからね。

 つか丁寧にハッキリと断ってんだけど。


《“おはようサラ”》

「“おはようございます”」


 家主様専属の侍女にさせられちゃったんだよなぁ。


《“座っていて良いよ”》


「“1つお願いが有ります”」

《“何かな?”》


「“コチラをどうぞ”」


 私が妾前提で、正妻を私が選んで良いなら一緒になる、って手紙。

 お兄ちゃん達と相談して、真面目な当主様ならこの条件は呑まないだろう、と。


《僕の何がダメかな》

「コチラをどうぞ」


 先ずは異国の高い地位に居るのがダメ、かと言ってその地位を捨てられても困る、と言うか爵位に相応しい相手を娶れよ。

 って文言を書いてあるのを渡したんだけど。


《なら、どんな相手が良いのかな》


 粘るなぁ。


「辛いからって私に逃げないで下さい、迷惑です、そう弱い方は大嫌いです」


 うん、我ながら良い笑顔が出来たと思う。


《なら、僕に相応しい相手とは、どんな子かな》

「んー、選びましょうか?」


《そうだね、頼むよ》

「“はい、畏まりました”」


 コレで暫く時間が稼げるな。




《コレで暫く時間が稼げるだろうか》

『御当主様、サラ様が言っていた通り、お相手に逃げる事は褒められた事では御座いませんよ。何より、ご友人を失う事になりかねません』


《彼女は賢い、しかも上手くいけばその友人とも親族になれる、良い事づくめだと思うよ》


『では、逃げでは無い、と』

《家族からの支援は勿論だけれど案が言い、しかも彼女は決して余計な事は言わないし、余計な事もしない。それは賢くなければ出来ない事、それに辺境伯がどれだけ大変かも理解しているし、相応しい相手についても理解しているらしい。そこらの貴族令嬢がこうなら、僕も少しは考えてみるよ》


 御当主様のお考えを読まれての事なのか、サラ様は見事に素晴らしい女性達を選び抜かれました。


「“では、私は普通の侍女に戻らせて頂きますね”」


 そうして試金石となり、御当主様がお選びになるべきでは無い方々を次々に排除し。

 とうとう3人の方に絞られる事に。


《そこまでして僕は嫌なのかな》

「はい、無理ですし嫌です」


 とても可愛らしくも美しい彼女の笑顔には、強い毒と棘が御座いました。

 身を守る為の毒と棘、持つべき物を備えた優れた子女なのですが。


 我が御当主様はお気に召さなかったそうで、大変残念では御座いますが、今回は諦める事に。


 きっと、いつか素晴らしい方と巡り合われる事でしょう。

 ご家族もまた、大変素晴らしい方々ですから。




「意外とクソじゃないのが多くて楽だったわ」

《それは君だから選べたんだよサラ》


「まぁ、この毛色を嫌がるってだけで相当篩い落とせるしね」

《それに、サラがちゃんと見極められたからだよ》


 まぁ、純粋に人生経験は多いからなぁ。

 だから相手は少し上の方が良いんだけど、当主様は背負ってる物が多過ぎて大き過ぎ、絶対無理。


 もう少し責任が軽めの人が良いなぁ。


「ぶっちゃけ、もうちょっと格下が良いなぁ」


《だからって七男はどうかと思うよ》

「まぁ、無いね。あ、ジャミルの方は?」


《残念だけど辺境伯の名を使わせて貰って、何とか》

「おー、いつの間に?」


《3人にまで絞った辺りで、サラの功に報いる為、名を出してくれて構わない。コレで貸し借り無しだと》

「おー、私頑張った?」


《頑張り過ぎて侍女の推薦状まで貰えたよ》


「働くのもアリか」

《僕も母さんも他の兄弟も、サラの幸せを願ってるけど、出来るなら仕事より相手を探して欲しい》


「お兄ちゃんもね?」


 酷な事を言ってるのは分かるんだけどさ。

 無理なんだわ、何か違うんだよね、お兄ちゃん達はさ。


《僕の》

「家族だから、でも結婚したら離婚するじゃん?けど家族はずっと一緒でしょ?」


 本当は夫婦も家族になれるらしいけど。

 夫婦と親子って少し違うじゃん。


 まぁ、親子も離れる時は有るけど、何か違うじゃん。


《僕の事は》

「嫌いじゃないし寧ろ好きだよ、ただ兄妹だから、家族だからそう一緒に居たい。お兄ちゃん達全部とね」


 ごめんね。


《なら僕らをちゃんと頼るんだよ》

「勿論、お嫁さんの迷惑にならないギリギリまで頼るわ、おか、アスマン様にも」


《別に僕らの前なら構わないよ、そう思ってるだろうとは思ってたし》

「えー?でも嫌じゃない?お母さんを取られるみたいで」


《寧ろ母さんが世話になってると思ってる位だから、別に構わないよ》

「いや思いっきり私が世話になってるんだけどなぁ」


 コッチに構ってばっかりで。

 それで寂しくて?


 いや無いか、結構サバサバしてるし。


《それで、戻るかどうかなんだけど、もう少し先にした方が良いらしい》

「あー、手籠めにしちゃう系?」


《ジャミルが情報を流してくれてるらしいんだけど、どうやら他の親族が絡んでるらしくてね》

「よし、何処に行こうか?」


《本当に船でも良いのかい》

「うん、頑張る」


 だって前世で船旅とかした事無いんだもん、したいに決まってるじゃん。




《だから言ったじゃないか》

「慣れる慣れぅ」


 こんなに弱ってる姿を見るのは、出会った頃以来。

 髪は栄養が届かずバサバサで、骨と皮しか無くて、頑張って食べても直ぐに戻して泣きそうになって。


 だから嫌だったんだ、僕らが。

 辛そうな姿を見るのが嫌で、だからこそ、過保護だと言われても街から出そうともしなかった。


《もっと僕らがジャミルと家を警戒していれば良かった、ごめんねサラ》

「大丈夫だって、女には悪阻も有るんだし、練習練習」


《コレは、しなくても良い筈の苦労だよ》

「嫌だね、船に乗りたかったから良いの、船旅がしたかったから、コレ位は大丈夫」




 いや、死ぬかと思ったわ。

 船に慣れるまで5日。


 もうね、干乾びるかと思ったんだけど、途中でジプシーの人達が乗って来てくれて。

 祈祷と薬草で船酔いが収まってから、もうね、超快調。


 けど心労でお兄ちゃんが軽く病んじゃって。


《はぁ、無理して食べなくても良いからね》

「いやマジで平気だってば、つかお兄ちゃんだから言うけど、アレ半分はワザと食べないでアレだったんだからね?」


《は?》

「早く終わらせたくて、誰か早く気付いてくれないかなーって、けど見慣れ過ぎちゃったんだろうね、全然でさ、だから逃げ出したの。で失敗したなーと思ったんだよね、逃げ出す体力も無くて、でジャミルが居て、アスマン様に出会えたってワケ」


《お前は何て事を》

「いや本当、反省してます、本当すみませんでした」


《次に困った事が有っても》

「しません、素直に逃げ出します、お兄ちゃん達を頼って素早く抜け出します」


《はぁ》

「ごめんてば、つか他のお兄ちゃん達には言わないで?アスマン様に泣かれて十分困ったから、ね?」


《いや、五男には言うよ、凄く気に病んで、今でも気にしてるんだから》

「えー、幼子の愚策って事で何とかなりません?」


《僕らに嫌な思いをさせたくないのは分かるけれど、それだけサラが追い詰められてた事実は変わらない、真にジャミルにも家にも責任を負わせるなら、僕らが知るべき事だよ》


 いや、理屈は分かるんですけどね。

 アレ前世の記憶が有ってこその判断で、この世界がクソだと勘違いしての事で。


 んー、困った、そこまで責任を負って貰いたく無いんだけどなぁ。


「アレは、この世はクソだと思ってした行動で、半ば自暴自棄で、今はもう本当に大丈夫なんだってば」


《ジャミルも家も消そうか》

「そこは任せるけど、お兄ちゃん達は変に気負う必要は無いからね?」


《サラ、君は女の子で国の宝、また同じ子が出ない様に全ての者が動くべきなんだよ》

「そこは同意するけど大事にしないでよ、私がワザと大事にしただけなんだから」


《うん、潰そう》

「そこは同意するからね?落ち着こう?」


《サラには良い人を絶対に見付けるから安心して良いよ、僕らがもっとしっかりした相手を探してるから》


 兄弟愛の暴走って、初めて見たかも。

 失敗したなぁ、違う意味で元気になっちゃってんの。


 いや、コレで良いのかな。

 鬱々とされるよりは。


 それに救われる子が増えるのは良い事だし。


 でもなぁ、何かお兄ちゃんの人生を変えたみたいで嫌だな。


「嬉しいんだけど、お兄ちゃんの人生もしっかり選んで欲しい、じゃないとアスマン様に顔向け出来ない」

《勿論、ちゃんとサラを妹の様に可愛がってくれる人を探さないとね》


 あー、コレもう、分からん。

 詰んだかも知れん。


 すまん、ごめん、お兄ちゃん。




《何、そんな事で驚いてんの?つかアイツならやりそうじゃん》

『まぁ、俺の場合は家の者の証言も聞いていたし、他の兄達も何処かで気付いていたとは思う』


《じゃあ僕だけ気付かないバカだったって事ですか》

《いや別にそうは言って無いじゃん》

『サラがそこまで思い詰めていたと考えたく無かったのは分かる、実際に俺も今は納得と驚きの両方で、どう思うべきか少し悩んではいる』


《それにムカつき過ぎるしな、何で周りは気付かなかったんだよ、って》

『それはサラが言っていた通り、見慣れたせい、らしい』

《どうしてサラはあんな奴らを許すんですかね》


《許してはいないんじゃん?だから利用してたんだし》

『俺達を信頼してくれているからこそだと思う、だから怒りは外に向けよう、あの時に俺らに出来る事は無かった』

《目には歯を、歯には牙を、兄さん達はどう思い知らせるつもりなんですか?》


『最低でもサラの家の者と同等の処罰を行うつもりらしい、ただ1度は和解した様な状態での、コチラからの婚約破棄。更に追い打ちを掛けるには、もう少し下手を打って欲しい』


《アレはどうなってますか?サラの代わりの女》

《ちゃんとした婚約者の居る踊り子ね、しっかり落とせてるらしいよ、体の関係無しで》


《婚約者を紹介して絶望させたいですけど、そうなるとまたサラに執着されかねませんし》

『そこを狙いたいらしい』

《え、囮とか絶対ダメだよ、無し無し》


『問題はサラがどう思うか』

《乗るだろうなぁ》

《ですね》


 大昔、それこそサラが来る少し前まで、この七男と六男は兄弟の中でも最も仲が悪かった。

 キャラバンでも下っ端の俺は、父が居ない間は常に実家に顔を出し、仲裁や制裁を加えていたが。


 年が近いせいか相性が悪いのか、父や兄弟達が居なくなると直ぐに取っ組み合いの喧嘩を始め、果ては六男が下宿先を見付け家を出てしまい。

 七男も直ぐにキャラバンへと下働きに出てしまった。


 最も悲しんだのは母で。

 母を助けたのはサラ。


 それからはすっかり仲違いも無くなり、やっとこうして兄弟全員で団結出来るまでに至った。


 家を救ったのはサラ。

 上の兄達はそうサラを敬っている、それこそ父も。


 だからこそ信頼には信頼を、サラの為を思い提案してくれた作戦だとは思う。

 けれども俺達としては、近くに居た者としては。


「おーい、ごはんですよー」


『サラ、ちゃんとベールは付けてるな』

「おぉ、お兄ちゃんが増えた、いつの間に?」

《さっきギリシャでね、品物の話してたんだけど》

《もう終わりましたし、行きましょうか》


「今日はねぇ、タコのスープとナスのムサカだって、凄いよねぇ、温かい料理が食べれんの」

《積み込みだけね、調理場無いのがさ、何とかなんない?》

《炭以外の燃えない燃料を知ってるならどうぞ、大発明ですから大金持ちになれますよ》

『そうだな、冷める前に食堂に行こうか』


「良い季節で良かった本当、暑いだ寒いだって時なら何も楽しく無さそうだし」

《荷運びの時は楽しいも何も無いからなぁ、マジで耐えるだけ》


「お疲れ様です」

《おう、父さんをマジで敬うわ》

《そう帰って来ないのが玉に瑕ですけどね》

『俺らが全員独り立ちしてから東海に行く約束だったらしい、仕方無いさ』


「お兄ちゃん達のお父様って、次はいつ帰って来るかは」

『今回も秘密だそうだ』


「やっぱり私は程々のお仕事の人が良いな、中位が良い」

《稼ぎも中位になるけど良いの?》


「私も適当に稼げば良いじゃん、あ、侍女の推薦状貰ったんだよ、小銭稼ぎは出来るっしょ」

『出来るなら、サラが何の苦労もせずに暮らせる相手が』

《まぁ、程々で良いって言ってるんだし、嫌になったら家に帰って来れば良いんだし》

《ですね、誰と結婚してもサラの家はあの家なんですから》


「ずっと居座るかも」

《もしかしたら母さんの狙いはそこかも知れませんよね》


「なら嬉しいかも」


 今の処、サラが最も好きな人物は、俺達の母さん。

 その壁を越えられる相手が、本当に探せるんだろうか。

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