第17話 悪夢。
「僕の事、ですか」
「“言い辛いなら良いんだ、言いたくない事も有るだろうから”」
「世に言う妾の子です、しかも侍女、バカだから若い庶民の既婚者に手を出した。そこからはお察しの通りですね」
「“罰は?”」
「長男は正妻によって市中引き回し、父親は看板を持ち経緯を全て話しながら後を付いて回る、だけ」
最初は半信半疑だった者も、医者と使用人を殺した事が事実だと分かると、上裸で引きずり回される長男をも手当てし飲み物や食べ物を与えた。
そうして隣の領地まで見送り、同じく手厚く保護をするように、と。
「“悪しき見本だから?”」
「だからこそ、意外とこの国はマシなんだと思ったんですよ、少なくとも僕が生まれてからの数十年分をアイツらに苦労させる気なんだと。そう気付いた時、もう少し生きてようと思ったんです」
「“他のは?”」
「妾や使用人として貴族に引き取られました。全員、まだ生きてますよ、優秀は優秀でしたから」
信じて貰えるかも知れない、もしかしたら愛されるかも知れない、いつか解放されるかも知れない。
そう僅かな希望を持たせられながら、今でも良い様に利用され、家人に必死にしがみついている。
「“凄いなぁ、私なら直ぐに殺しちゃいそうだもん”」
「レウス様の兄上に説得されたんです、馬でも使える様になるまで手間暇が掛かる、殺すのは償いを終えてからでも良いだろう、と」
彼らは目の届く範囲で領地を周り続けている、今でも。
大した管理も要らない、勝手に動き生きようとしてくれる、悪の見本の良い見本。
彼女達が何かを話す限り、生きている限り、悪の見本に終わりは無い。
「で、次は、私の好物?」
「“はい”」
落差。
いややっぱり頭が良い人って切り替えが。
いや、もうエセルにしたら終わった事だもんね。
私もそう、もう終わった事だからすっかり忘れてるし。
「茹でると赤くなるやつ、エビとかザリガニ」
前はマジで見た目がグロいし、泥臭いのとか食べたから嫌いだったんだけど。
やっぱりあの食感は良いよね、他の食材には無い歯応えと味、ぷりっぷりでぶりんぶりんは他に無いんだもん。
「“北欧では茹でて食べるそうで”」
「あ、見た目は嫌いだから剥いて出してね?」
「“なら、エビ料理は僕で”」
「うん、任せた」
美味しかったなぁ、屋台のエビフライ。
あ、ヤベ、腹鳴った。
「“ふふ、戻って食事にしましょう”」
「おー」
で、何事も無く昼食を食べて、船で昼寝してたんだけど。
《殺しちゃった》
七男の手には血塗れのナイフと耳。
その耳が直ぐにエセルの耳だって気付いて、腰が抜けた。
なのに七男はニコニコしてて、もうどうしようも無いって、何故か私は七男が言う通りにモロッコへと逃げ出した。
そうしてお祖母ちゃんに匿って貰って、どうしてか七男と結婚する事になって、子供が産まれた頃になってエセルと再会して。
ゆっくりと七男に近付いて、絞め殺そうとすんの。
けど相変わらず七男はニコニコしてて。
凄くムカついて、本当に嫌いだと思った所で目が覚めた。
『お嬢様、大丈夫ですか?』
《お水をどうぞ》
「クッソ夢見が悪かったんだけど」
《多分、魔女の森に近いからですね》
「魔女の森?」
《自らを神の御使いだとし、言う事を聞かぬ者を魔女と呼び虐殺した、その者達を処刑した場所。それが魔女の森です》
「すげぇ略すじゃん、つか何処からそんなの仕入れたの?」
《地元の方に伺いました》
『何か面白い話が無いか、と』
《不吉な事が有る前兆として、この辺りの川が真っ赤に染まるんだそうです》
『鬱蒼とした森の山間ですし、迷い込まない様にとの事かと』
「それ、私の寝てる間に話した?」
《いえ、それこそ悪夢を見られては困りますから》
『イチャついてました』
で、この悪夢かぁ。
《更に噂では、ご神託を授けて頂ける、とも聞きましたよ》
『ルーマニアの者にだけ、だそうですけどね』
「コレ神託はヤベぇわ、七男がエセルの耳を切り落として殺した、とかニコニコ言ってくんだもん」
そろそろ、またしっかり折らないとダメかな。
あんまりキツい事は言いたく無いんだけどなぁ。
『流石に、無い、かと』
《レウス様の護衛もいらっしゃいますし、単独では動かれない方ですから》
「だよねぇ」
じゃあ、この夢って何。
もし間違えたらこうなる、って事?
じゃあ何をどう間違えない様にしろってのよ、散々、バッキバキに折ってんのに。
『ですが、ご心配でしたら』
「話しに行くわ」
問題はなぁ、どう言うか。
下手に言って、奥様の弟さんみたいに逆に燃え上がられても困る。
なら、逆手に。
って、どう逆手に。
いや、有るか。
《サラ、何か有った?》
「見極めの最中だから手出ししないでね、向こうにもそう言って有るから」
コレで、どうだ。
《分かった》
よし、ニコニコが消えたな。
「うん、それだけ、じゃあね」
サラが七男を上手くあしらってくれたお陰で、無事にベリグラードに辿り着けた。
そしてレウス様と奥様が僕を御してくれたお陰で、何とかサラに手を出さずに居られた。
けれど。
『すまんが暫くは婚約者のままで居てくれ』
その言葉に、サラはあからさまに抗議の表情を浮かべた。
嬉しい。
僕と同じ様に思ってくれているんだろうか。
「“そこまで情勢が不安定ですか”」
『いや、だが嘘は嫌だろう』
《ちょっと身代わりになって欲しいの》
「“身代わり?”」
今回の掃除は、身代わりとなって嫁ぐ姉の更に身代わりとなる事。
ただ男の方は若く何も知らないまま、その男に何も知られず、どう事を収めるか。
謂わばサラへの課題、見極めとなる初仕事。
けれど。
《何処の国の娘だよ》
《そこなのよねぇ》
サラとは容姿も肌の色も全く違う。
けれども、そこからサラがどう考え、どう動くか。
「“じゃあ、先ずは相手に伝わってる情報を下さい”」
『エセル』
「コチラになります」
今回は奥様の様に、国の為に誰と婚姻すべきか相談して来た、誠実で真面目な男。
片や相手は。
「“よし2号、身代わりの身代わりを命ず”」
《“はい喜んで”》
「“1号と私は侍女で、七男はどうしたら良い?侍従にしようかと思うんだけど”」
『おう。俺達は後から合流する、それまではエセルが連絡係だ』
《無茶をしたらダメよ?》
「はい」
奥様に顔を蹂躙されても笑顔のまま、抱き締められても尚、不安な様子は一切無い。
羨ましい。
奥様が羨ましい、僕はまだ抱き締めた事も無いのに。
『どうだ、羨ましいか』
「はい、凄く」
やっぱ、王家王族ってスケールがデカいよねぇ。
いきなり実戦投入、しかもそこそこ経験が無いとマジで面倒になりそうな案件、けどフォローはバッチリ。
七男とは別に王家直轄の近衛兵を侍従に付けてくれた、つか男女比の割合的にはコレが適性らしい。
で今回の身代わり相手、そもそも姉ちゃんの件は使用人が国に告発して、情報が行っての事で。
既にレウス様のお兄様、裏番の部下に保護されてるって聞いて、先ずは会ってみた。
うん、そこそこ鬼畜案件。
メシはちゃんと貰えてて、礼儀作法はしっかりしてるし、そこまでオドオドしても無い。
けど愛想が良い、良過ぎる。
七男とも近衛兵とも、私とも距離が近い。
「こりゃダメだ、告発が無かったら気付かなかっただろうね」
《“告発無しで、気付けてたと思う?”》
『“いえ”』
《“難しかったかと思います”》
近衛さんと部下さんは知り合いらしい、それこそ、こうした案件専門だそうで。
子供が養子に行くならまだしも、夫婦ともなると別、しかも今回は国が関わっての婚姻。
なのに適当をしようって、マジでイカれてる。
「使用人から事情は聞けてるんだよね?」
《“報告書とか無い?使用人の”》
『“はい、文章にも起こして有るので、どうぞ”』
部下さんからの説明では、容姿が全く似て無いから、らしい。
母方の祖父母似だと言っても聞かず、可愛がると延々不機嫌に当たり散らされるので、旦那に似てる方の妹しか可愛がれ無かったらしい。
中途半端な情って逆に残酷だよね。
憎みきれない、恨みきれないんだもん、そんで自分を責めちゃったりする。
ウチみたいにクソに振り切れてる方が、まだスッキリし易いんだけど。
コレだもんなぁ。
「で、何で妹の方は断らず身代わりに?」
《それなぁ“何で身代わり立てたの?”》
『“コチラになります”』
妹の方がとある噂を信じて、嫁ぎたく無い、と。
で妹だけを溺愛してる父親は、どうせウチから出すならどっちでも良いだろう、って。
「いやコレ掃除前提のクソ案件じゃん、もしかしてご用意されてた?」
ヤベ、うっかり口に出しちゃったわ。
《かもね》
『“あの”』
《“ソッチで何とか出来なかったの?”》
『“何かしら動きが無いと、はい、向こうも慎重ですので”』
《“で、機会に恵まれたから、噂を流したんだ”》
『“はい”』
全てがご用意されてたワケじゃなくて、どうやら掃除係の案だけが先に動いてて。
私が同行するなら、じゃあやらせるか、って。
「動きが早過ぎじゃね?」
《王家王族、秘伝の伝書紙だと思うよ》
「あー」
ざっと言うと魔法の紙、飛ばすと延々と飛んでくれる。
しかも王家王族でも何処もが持ってるワケじゃなく、それこそ神様に認められた者だけが使える魔道具、らしいんだけど。
無いわ、他で聞いた事無いから作り話だと思ってたわ。
『“あの、もし何か問題が有るのでしたら”』
「無いから大丈夫」
《“今は無いから大丈夫”》
問題は両方の当主なんだよなぁ。
腐ってるのは後でエセルとかが何とかしてくれるだろうけど、身代わりの身代わりを嫁がされる方。
何処でネタばらしするか、も、コッチの匙加減か。
「よし、先ずは準備すっか」
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