第20話 姉妹。

《目的地は隣国のニシュって言ってたよな?》

「“例の姉妹の家がココ、クラグイェヴァツに有るので”」

「えー、じゃあ顛末が見れるって事?」


「“はい、サラは見たいそうですが。説得するならどうぞ、僕は先に馬車を降りて待ってますね”」


 コレ止めたら、俺が恨まれるじゃんか。


「お兄ちゃん」

《はいはい分かった分かった、けどマジで俺らは目立つんだから、侍女は1人だけ。2号だけだ》

《はい喜んで》


「やった、ごめんね1号」

『いえ、お嬢様の安全の為ですから』

《お土産を買って来るから待っててね》


 ココはニシュまでの大きい道沿いの中で、最も大きい街。

 隣国の手前だからか特に栄えてる。


 俺らの外見は目立つから、いつもは2号と近衛兵だけで買い物に出てたんだけど、今回はエセルも来たし。

 折角の大きい街だしな。


『やっと諦めがついたんでしょうか』

《どうなんだろうな、諦められてるのか分かんねぇ》


『少なくとも、お譲りになる気が少しは出たかと』


《まぁ、少しだけ、な》


 どうても良い事を話しながら俺らは馬車で宿屋に向かい、其々の部屋で待つ事に。


 サラが居ない家って、 こんだけ静かなんだろうな。




《“あぁ、失礼しました”》


「“どうして、きぞくのかたが?”」

《“いえ、ただの庶民ですよ”》


 いや、庶民がそんな立ち居振る舞いしないってば、少しぶつかったらスムーズに避けて謝罪したじゃん。

 無理無理、言葉からも貴族溢れてるよアンタ。


「“さすがにむりがありますよ、きぞくさま”」

「何かご事情が有るんでしょうし、無視しておきましょう」


 ほら、エセルの言葉にも反応してんじゃん。

 どうしたよ、貴族様。


《“怪我も無さそうですし、失礼しますね”》

「“あ、はい”」

「“行きましょう、サラ”」


 凄い面白そうだけど、エセルに面倒は掛けたく無いしなぁ。

 うん、忘れよう。


 とか思ってたのに。


《“やぁ”》


 宿に戻ったら先回りして居んの、部屋の前の廊下に。


「何でココに」

「彼はレウス様の兄上です」

《いや見抜かれた事が悔しくてね、どうしてか聞きに来たんだ》


 ウチの国の言葉じゃん、上手。


「お言葉が上手でらっしゃる」

「お茶を淹れさせますのでお入り下さい」

《“ありがとう、助かるよ”》


 うん、座るのも貴族。


「“どうぞ”」

《“どうも”》

「あ、分かったのは立ち居振る舞いですよ、咄嗟に避けて謝罪までが貴族で、え?本当に?」


《本当だよ、僕は母似でね、アレは父似なんだ》

「あー」


 うん、飲む姿も貴族だわ。


《あぁ、こうした所作を荒くする方法を教えてくれるかな?》

「そのカップも壊してやろう、と思って行動する、とか?」


《勿体無い》

「物を知らない者には価値は分かりませんし、気を遣うのは面倒なので価値は無いだろうと思うんですよ、疲れるから。椅子とか平気で引きずる子供と同じです、床とか家具の価値を知らないから、丁寧に扱うって頭がそもそも無い、壊さなきゃ良いって考えなんです」


 はい、前世がそうでしたはい。

 だって所詮は木じゃん、とか思ってました。


《説明が簡潔で助かるよ》

「そう育ちも良くなかったので。で、あの」

「どうしていらっしゃったんでしょうか」


《処刑を見に立ち寄るだろうと思って、折角だからサラにも会ってみたくてね。どうかな、疲れは?》

「馬と馬車と交互に乗ってるんですけど、飽きて少し疲れました」


 乗馬の練習もしつつ移動してんだけど、馬車って揺れるから何も出来ないんだよね。

 目立たない様にベールさせられてるし、窓にもレース掛かってるから薄暗くて本も読み難い。


 船の方がまだ良いわ。


《この子、僕か末弟に》

「却下です、僕のです」


 ヤバ、キュンってきたわ。


「って言うか流石に王宮は無理ですよ、粗が目立つ筈ですし」

《それが却って》

「もう帰って頂けますかね、きっと護衛の方が心配してらっしゃいますよ」


《なら王宮で侍女になるのはどうかな》

「えっ?」

「はぁ」


 エセルのこの反応。

 前から断ってくれてたのかな。


「お断りします」


《残念、けれど候補だとは伝えたからね。じゃ、またね》


 レウス様とは違うけど、王族って感じより、寧ろ商家とかキャラバンっぽいんだよなぁ。

 合わせてくれたのかな、私に。




「“すみませんでした、既にレウス様から誘いが有ったんですが”、僕が勝手に断っていました」

「“いえいえ、助かる”」


「良いんですか?」

「“だって無理だよ、流石に窮屈そうだもん。ありがとう、断っといてくれて”」


 勝手に決めてしまって、僅かに罪悪感が湧いていたんですが。

 僕の判断は正しかった。


 彼女を理解出来てるんだ、と、少しだけ。


《いやアレが何で居たんだよ、ココに》

「あ、はい。“彼は隣国への査察が有る、とは聞いていたんですが”」

「“会う予定も何も無かったんだ?”」


「“はい、ただ自分の目で確認したがる方なので、姉妹の事かと”」

「“へー、そんな感じの人なんだ”」


 いえ、寧ろサラの思う真逆。

 日頃の鬱憤を遠方の他者で晴らす方、なんですが。


「“鬱憤を晴らすのに、ですね”」

「“あぁ、そっちか、成程ね”」


《“で、処刑はどうだったの?”》

「“ココは手厳しかったなぁ、隣国への影響を考えて?”」

「“はい”」


 罪状を母親に読み上げさせ、刑の執行は父親の祖父母、姉の年の数だけ其々に鞭を打つ。

 姉妹は変装させられ、刑を連日眺めさせられ、市井の意見を耳にさせられる。


 姉の方は家の異常さに気付きつつ有るらしい、けれど妹の方は。


「“まぁ、まだ混乱してるっぽい。自分がヤバいヤツだっていきなり突き付けられてんだから、仕方無いよね”」


 姉は苦労して当たり前、虐げられて当たり前、そう教えられずとも既に身に沁みており。

 最初は反論していたものの、母親から間違いだったと改めて諭されて以降、周囲からの質問や指摘には沈黙を貫いているらしい。


《“結婚しても逃げらんないの?”》

「出来ますよ、ですが申込みが無いそうです」

「“明らかに考えが変わったって周りに伝われば良いけど、無理だろうね。有り得ない、って近くで言ったら凄い顔で見られたし”」


《“で姉の方は?”》

「“世話好きでも難しいと思うし、ちゃんとした修道院で暫く居ても、どうかな、普通を知らないと今度は間違える立場になるから。ぁあ、侍女か使用人が良いと思う、色んな家を見て普通を知れば良いんじゃないかな”」


「成程、仮にも次女は加害者、誰が手間を掛けるにしても芽は無い。ですが姉の方は、成程、同行させましょう2人を」


「“えー、エセルを取られたく無いんだけど?”」


 半ば冗談ながらも、半分は本気で。


 可愛い。

 僕には嫉妬と冗談が良い匙加減で、可愛い、早く結婚してしまいたい。


「ありがとうございます。サラが嫌なら止めます」

「“半分冗談、私は大丈夫だから連れて行こう、変化が有った方が問題を修正し易い筈だから”」


「ですね」




 道中、予想はしてたけど、妹ちゃんマジで相性悪いわ。


《“どうしてそんな目で見るの”》


 被害者ぶるの上手過ぎ。

 身近な者は全て味方で当たり前、って感じが最高にムカつくわ。


『“ナタリー、いい加減に”』

《“アンタこそ、何でそんな被害者ヅラしてんの?非難される様な目で見られて当たり前じゃん、自分がされて嫌な事を平気で他人に、しかも家族にしてたんだろ?”》


 大袈裟にも見える素振りで驚いた後、悲しそうな顔で口元を抑えてんの。


 ドラマを見過ぎたクソ女がやる行動、とか思ってたんだけど、劇すらココら辺だと稀なんだよね。

 凄いわ本当、私なら秒で言い返しちゃうもん。


「“止めてあげてお兄様、あんな家に育ってしまったのだもの、幼くても仕方が無いわ。可哀想な子なのだもの、今日は許してあげましょう?”」


 アンタが姉ちゃんに言ってきた事を言ってやってるだけ、なのに。

 何ショック受けてんのよ、マジで反省が無さ過ぎて意味分かんないわ。


《“ぁあ、けど可哀想だからって何でも許すなよ?”》

「“はいはい、ありがとうお兄様”」


 味方が居ないって改めて分かったら、次はエセルに行くかな。

 ちゃんと言って有るんだけどね、私の婚約者だって。


《次はエセルに行くんだろうな》

「流石にお兄ちゃんでも予想が付くか」


《そらね、頼れそうなの他には、近衛かもな》

「あー確かに、どっちかか」


 うん、甘かったわ。

 両方に逃げやがった。


《“私、もう、どうしたら良いか”》


 まぁ、近衛のお兄さんはとっくに子持ちだし、あのレウス様の近衛だしね。


『“しっかり反省なさって、以降は弁えれば宜しいのでは。それとも、弁える、についてどうしたら良いかを聞いてらっしゃるんでしょうか”』


 隠れて見てたんだけど、また大袈裟にショック受けた素振りで、また悲しそうにして。

 マジ幼稚、全く同じは流石に飽きるわ。


「ヤベぇなアイツ」

《それな》


 で、次はエセルへ。


 うん、前は冗談半分だったし、そもそも覚悟はしてたけど腹立たしいわ。


《“私、もう、辛くて”》

「“そうですか”」


 一瞬で笑顔が消えて、縋ろうとした妹ちゃんを華麗に避けた。

 うん、エセル素敵。


《“そんな、どうして”》

「“どうしてか分からない愚か者だからですよ”」


 笑顔で毒ビーム。

 妹ちゃん、流石に固まってんの。


 育った環境が確かに悪いけどさ、道徳だとかは姉ちゃんが道中懇々と教えてたのに、コレだもん。


 バカは死なないと治らない、ってか死んでも治るとは限らないんだよなぁ。

 私はアスマン様に出会うまで、まだバカだったなって思うし。


《“そんな言い方”》

「“そう非難がましく言われる覚えは有りません、しかもコレは正当な評価。そんなに誰かを非難しないと生きられないなら、死んだ方が良いですよ、アナタみたいな人を生かす余裕は誰にも無いですから”」


 立ち直らせるだけの価値、無いんだよねぇ。

 家事もダメ、金勘定もダメ、字や本を読むのも好きじゃないって大して読まない。


 敢えてなのか察しが悪い、婚約者が居る男に泣いて縋ろうとする貞操観念と道徳観念。

 ココには人権って有るけど、頑張る姿勢皆無の時点で終わりだよね、だって立ち直らせる為の資源にも限界は有るんだもん。


《“そんな、私”》

「“泣いて縋ろうとした事を、サラが知ったらどうなるか。言いましたよね、アナタの命を左右するのはサラだ、と”」


《“言わないで!何でもするから”》

「“なら賢く立ち回って下さい、では”」


 こうやって悪い事に加担したり、体売ったりって。

 可哀想は可哀想だよ、本当。


 でも、唯一味方の姉ちゃんを未だに蔑ろにしてる時点で、ね。


『“ナタリー”』

《“お姉ちゃんが嫌って言ってくれてたら!嫌がってくれたら私はこんな事にはなってなかったのにっ!”》


 他罰的な考えだけは絶対にするな、本当のクソになるぞ。


 高校の教師が言ってた言葉が、死んでから身に沁みてんの。

 全然似てないけど、愚かなのは似てるから、見てんの辛いわ。


「お兄ちゃん、私、下がるわ」


 ココまで愚かだと辛いわ、マジで。




「サラ」

「“ごめん、意外と耐えられなかった。バカだった昔の自分を思い出して、キツい”」


 初めて、サラの弱音を聞いた。

 暗く、弱気なのか僕の方を全く見る事も無い。


「今は、そうは思えませんが」

「“全部、アスマン様のお陰。それまで他人や周りのせいにしてた、ずっと、全部、周りが悪いと思ってた”」


「僕もですよ」


「“でも、どう、何で変わったの?”」

「レウス様ですね」


 警戒するのは偉い、頭が良い証拠だ、だが結局は信じるか信じないか、信じたいかどうか。

 お前はどうしたい。


 そう聞かれて、取り敢えずはこの偉そうな人に付いて行こう、と。


「“それで、そのまま?”」

「ですね、それとクズのお陰です。こうなりたくない、と思っている間に共通点に気が付いた。そして心から信頼される良い人間の見本が居た事で、まぁ、誤魔化せる様にはなったとは思います」


「“全然、腹黒そうだなとは思わなかったよ、でも腹黒い方が良いなって思ってたから嬉しい”」


「そこ、嬉しいですか?」

「“だってさ、七男居るじゃん?善人過ぎたり純粋過ぎると心配になるんだよね”」


「あぁ」

「“やっぱ守って欲しいからさ、食うに困るとか騙されて借金負うとか、本当に嫌なんだよね”」


「流石に、そこまででは無いと」

「“エセルに勝てない時点で無理だと思うよ?”」


「僕と比べるのは酷ですよ」

「“でもココに居るじゃん”」


「まぁ、そうですけど」

「“けど居ても居なくても、人を騙せるだけの悪知恵も持ってる人じゃないと、無理だなぁ”」


「騙される心配は無いんですか?」

「“しないでしょ?”」


「どうしてそんなに信じてくれるんですか?」

「“好きだから嫌われたく無いでしょ?”」


「まぁ、はぃ」

「“えへへ”」


 本当なら、早く一緒になりたい。

 誰かに取られたくない、勿論、国にも。

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