イルム公国⑫
「…良かったの?あの冒険者も殺さなくて。」
「功を焦るもんじゃないよ。…殺せる機会ならいくらでもあったろうが、個人の冒険者ならともかく、影も狙ってるような連中だろ?僅かだがガルム人の魔力が残ってた。情勢から見るに影しかねえだろうな。」
「まあそうだけど…この懸賞金は…」
商い人のもう一人は通信魔法を確認した。結界外では魔族の魔法妨害によって通信は通じないため、国内に入った際に諸々の情報を更新した。所謂シャバで懸賞金をかけられている面々の中に、堂々とカリーナの名が。
翌朝。朝になってシュナイザーは起きてきた3人に事情を話してくれた。
「…これを見ろ。」
カリーナが懸賞金をかけられている画面を見せてきた。
「あんたなにしたんだよ…」
「先日、俺も陰からの襲撃を受けた。その際お前から手を引けと言われた。昨日帰った時点でガルム人の魔力が残っていたからまさかとは思ったが…」
「こんなことになっているんでは、外は出歩けないな。ただ、ルイス君から俺は君らのことを頼まれている。学園内では君らの安全は保障しよう。…ただ学園内の魔力探知を掻い潜って襲撃が出来るような連中だ。注意はしてほしい。」
という訳で、3人とも学園に通う事になった。
「学校の人達は懸賞金のサイト見てるんじゃないのか?賞金首がまともに学校出歩けるのか?」
学校の制服を着ながら、ユリースがシュナイザーに尋ねた。
「そんな物騒なサイト、校則で禁止だ。在籍中でのパーティ加入も禁止だし、学校外の情報は知ってる方がおかしいかな。…まあ一部の過激な連中は知ってるかもしれないが…」
なんて言ってたけど…やっぱ周りの見る目キツいな…
学園で少し廊下を歩いているだけですぐ陰口が飛んでくる。まあ、こんなの慣れっこではあるのだが、いかんせん良い気持ちはしない。
「あれが噂の魔法使えないヤツ?…なんか人連れてない?なんであんなやつと一緒にいるんだろ」
「…私よりもユリースの方が悪口言われてると思うけど?」
「そう…だな。」
うそー。俺そんなヤバかった!?
俺たち3人は学校でルーファと待ち合わせをしていたため待ち合わせ場所に向かった。
「やあおはよう。」
「おう。なんか散々言われてるみたいだが…」
「あー…ごめん。僕も頑張りはしたんだけど…」
「あーー!!!」
遠くから先日ルーファをからかっていた同じ生徒会のメンバーがやってきた。
「魔法使えない人じゃーん!」
過去の経験から直感した。こいつが広めてるんだと。
「レナ!それ言うのやめたらどう?」
「えーカイチョーさん。なんでそんな入学試験で弾かれそうなやつ庇う訳?」
「そうだぜルーファ?」
「…ゼシル!校内で授業外での攻撃魔法の展開は禁止だぞ!!」
同じ生徒会のメンバーであるゼシルは制止を無視して攻撃魔法をユリースに向けて発射。ルーファは咄嗟に防御魔法を出して守ってくれた。
「……!!…は?なんだよ?お前ら友達同士なんだろ!?」
発射された魔法の威力を見るだけで怖気付き腰をついてしまった。
「絶対的な格差ってのがこの世界にはあるんだぜルーファ。持たざる者は持たざる者、持ちうる者は持ちうる者同士での土俵があるってもんだぜ。」
「今の庇い方、俺が正面に攻撃を集中させずに他方向から火力を分散させていれば、その雑魚もお前も殺せてたぞ。」
「……俺とお前に、人一人庇いながら戦える戦力差、あったっけ?」
威圧的な態度で魔法の構えを解く様子は無かった。
仲悪!!めっちゃギスってんじゃん!
「……」
レナという女子生徒はゼシルという生徒に寄り添っている。付き合ってるのか!?
…庇われてる雑魚は論外として、脇の女はナニモノだよ!?魔力量の桁が周りの学生と違う…それこそ先生方と殆ど変わらない…流石に俺とはいえあれを相手にはできんぞ…
「ほらほら!!喧嘩すんなよ!!」
両者睨み合いのまま状況が動かなかった中、先程の攻撃の物音を聞いてシュナイザー先生が注意しにやってきた。
「全く。生徒会がそんなんではリアン君達とそこまで変わらんぞ!しっかりしてくれよ!」
「…チッ。あんな落ちこぼれ連中と一緒にされてはな…」
「せんせーい!」
一人の生徒が突然の用を報告しに来た。
「なんだ?」
「またリアン君達です!」
「そうか分かった!今行く」
さっきから名前がでてくるリアン君というのは誰だ?
察するに落ちこぼれの問題児なようだが
「…あんまヤケ起こすなよ?俺だって庇いきれなくなるからな」
シュナイザー先生は腰をついてる俺に小言を言って騒ぎの方へ向かっていった。ルーファも生徒会長だからと言って先生についていった。
「…ケッ。シュナイザーの野郎のせいでムカついちまったぜ」
「…くだらねえ。あんな連中の対応なんてごめんだな」
同じ生徒会であるはずが、事態の収集に対応しないようだ。隣に立っていた眼鏡をかけた図書委員!!って感じの女生徒も同じく生徒会のメンバーだろうか?というか魔力量から察するに生徒会というのは、この学校の精鋭メンバーの事ではないか…?
「……立てる?ごめんね。血の気が多い連中で」
眼鏡の女生徒は手を差し伸べてくれた。
「…悪いな。ありがとう」
「さっそくやらかしとるな貧民」
「うるせ!」
「……見ない顔ですが、編入生か何かでしょうか?」
…恐らく、起きた事全部話すと騒動が大きくなる…ここは留学生ということにでも…
「そうさ!キタニスからの留学生なんだ」
「キタニス…そうですか。よく来ようと思いましたね」
「…で、そのお隣の方は…は?」
カリーナは先刻の騒動の最中、どこからか購買のサンドイッチを頬張っていた。
「…それ、ついさっきゼシル君が購買で買っていたものです。それをさっきの一瞬で…」
「…もう慣れたけどさ、すぐ目を離したらなんか食ってるんだよこいつ。」
「……そうなんですね」
ゼシルとレナ達は今日も授業をサボるため学園の屋上へ向かっていた。校内に鳴り響く授業開始のチャイムをもろともしない二人。
「…ねえゼシル、購買寄りなよ」
「は?飯ならさっき…って!ない!?」
「シュナイザー先生が来てゼシルの魔力探知が途切れた瞬間に、あの女が一瞬でポケットから抜いてたよ?私見てた」
「……マジ?」
だとすれば相当早い。目線をあの女から外したのはほんの一瞬だったはずだぞ?やはりあの女…ただモンじゃねえ…
「この学校はとても広いので始めは道に迷うと思います。私が校内を案内しましょうか?」
「いや、もうバッチリ!な!?」
「お前だけですーーーー」
悪いんだがコイツも付き合って安全な保証はない!!さっきみたいなこともあったんだし、ルーファには悪いがこいつらに付き合うのは危険だ
ドガーーーーーーン!!!魔法の爆発音が校内に響き渡ってきた。
「!!??なんの騒ぎなんだ?」
サンドイッチを頬張り終わったカリーナは何も言わず騒ぎの方向に走り出してしまった。
「ちょ!おい!待って!もう俺面倒毎に首突っ込みたくない!!」
結局跡を追ってしまった。
爆発音がした先には、ルーファ達を筆頭に制服を着た生徒達と、向かい合うようにリアン君の一団が見える。小競り合いでも起きているんだろうか?
「…あ!あいつ!」
「知り合いですか?」
「怪しいやつ!少し話したことがあるんだよね」
「マジか…ホントにおまえって奴は面倒毎に首突っ込むんだな」
「リアン君!また…その闇魔法を使って!」
そう叫ぶルーファ。確かに、リアン君の杖には普段の魔法とは明らかに異なる紫色のいかにも怪しい魔法陣を纏っていた。まともに着ていない制服から見える素肌からには、身体にある民族的な模様が魔法人同様に発光していた。
「悪いが、うちの仲間に喧嘩売ったのはそっちが先だ」
「今日という今日は!そいつにケジメつけさせる!!」
リアン君側のひ弱そうな男子生徒が腰を抜かして泣いていた。生徒側の一人の生徒が、その生徒にゴミを見るような表情を向けていた。
「だからと言って!生徒同士で喧嘩なんて許されない!それに…」
「……っぐ!」
陣頭に立っているリアンは、特に攻撃を受けた訳でもないが苦しんでいた。
「もうやめてよリアン君!その力は、あなたの身体を苦しめるだけ!無理してまで僕のためにそんな事しなくていいよ!」
「うるせえ!」
リアンは杖から鋭利な棘のようなものを複数本発射し、シュナイザー先生とルーファが防御魔法で生徒の事を庇っているが、リアン君の魔法の威力は高いようで、ルーファの防御魔法が突破され、本人の肩をかすめてしまった。
「こっちからの要求は!金持ちで恵まれた才能の連中が凡庸な生徒をいじめて退学させるのをやめろ!及びそんな方針の生徒会の解散!」
「それが出来ねえって言うんだったら!俺達は俺達の学校を作る!」
魔法の影響か熱弁の影響か、リアンは汗を流して呼吸も浅いようだ。
「何をそんな…そんな事出来るわけ!」
「もういいよリアン君!」
「くっ!覚えてろよ!」
リアンは再び魔法を使い、周囲に煙幕のようなものを出してその隙に一団は逃げていた。
「ゲホッ、ゲホッ…逃げられたか…」
「ルーファ先輩大丈夫ですか!?」
数人の女子生徒がルーファに群がり傷の心配をしているようだ。
「肩をかすめただけです。自分の魔法で治せます」
「全く。なによ!いじめられる方が悪いんだっての!今回だって、お金取られても何も言い返さないくせに、急に殴ってきたあいつが悪いんでしょ!」
「…いやそんな事ないよ。現に、お金取ったりなんてしてしまっているのはこっちじゃないか」
少し離れた所から、騒ぎの一部始終を見ていたカリーナ達。
「なんだ…あいつの魔法…他の奴らとは…全然…」
「リアン君は…本当はもう魔法が使えないんです。」
「え!?でも、あれって魔法だよな!?」
「古代の闇魔法です。今の世界では使用が禁じられている、禁忌の魔法。あの魔法は使用者の魔力ではなく、血を媒体とする魔法なんです。リアン君の体に刻まれた紋様は、それの魔法陣代わりです。」
「ふーん…でも、あんだけ強いなら卒業だって余裕で出来るんじゃないか?俺とは違ってさ」
「いいえ。闇魔法では卒業試験は突破できないんですよ」
「なんとなくだが…さっきあいつを見た時、魔力が感知できなかった。その辺りか?」
「ええ。その通り。闇魔法は現在の魔法規定では使ってはいけない。それは闇魔法自体が、当人の魔力を吸い取るものだからです。それに、闇魔法は一般的な魔法とは違い、桁違いの威力や能力を誇ります。リアン君はそれを使い、当時の卒業試験官を殺してしまったの。
その試験官は公国軍の中佐で、公国の重鎮となる貴族の息子だったの。だからとても大きな裁判にされてしまって、貴族の子息を殺したにしては、それはそれは寛大な措置だったんですが、当の本人はそれ以来…」
「なんで…良いことだったんじゃ?」
「彼は平民出で戦争孤児です。ずっと兄弟と3人で生きてきたみたいですが、貴族の裁判によって、家は燃やされ、兄弟達は家族の奴隷として買われて、兄弟が離れ離れになってしまったんです」
「あまり魔法の才能はありませんでしたが、本人の絶え間ない努力と熱意により、成績自体は良かったです。現に在学中での成績を認められ本人は復学できたのですが…」
「ひどい…それで寛大なのか…」
「元々選民思考の強い国ですが、才のない者達へのここまでの学園内での扱いは、その時彼が試験官を殺してしまったからなんですよ。ここ、お金持ちの家の学生が多いので」
「でもだからと言って学校を作るだなんて…初めて聞いたわ…確かに退学者や不登校児は年々増えてるから問題にはなってるけど…」
じーーーーーっ
途中から話を聞かず、眼鏡の女生徒のおっぱいをずっと凝視していた。……中々に巨乳!地味な見た目だがモノは一級品というわけか!
「聞いてますか!!」
「はえ!?は、はい!!」
「では!私が何の話してたのか言ってみてください!」
「え?えっと…おっぱいが…デカくて…」
バチイイン!
「どうせ私の胸しか見てないんでしょ!!」
そんな騒動があったが、今日も一通り講義を受けて日課をこなし、夜になり帰路についた。一日中頬のビンタの跡が消えなかったが。
「貧民はアホのくせにスケベなのか。救いようがないのー。」
「いやー誰でも見るって…」
学園の階段を降りた一本道。ふと正面に目線を向けると、リアンが立っていた。
「…何の様だよ」
「言わずもがなだ。分かっているだろう?安心しろ。誰も傷つけるつもりはない。」
魔力がない…だから魔力探知で気配が分からなかった。
「…悪いが、もうこれ以上面倒毎には…」
「…その脇の女といい…訳ありのようだな…」
「もう一度だけ言う。面倒事はもうごめんだ。これ以上は殺しになるぞ」
刀を抜いて見せた。
「なあカリーナ…お前なら…って!!なに立って寝てんだよ!」
相手の魔力を感知することはできる様にはなった。…でもコイツは…魔力がねえ!だからこいつがどんだけ強いのか分かんねえ。…でもルーファの魔法を破るくらいには火力が高いはずだろ…
だが魔法が使えないんだったら!
ズビュン!
今日講義でやった強化魔法!肉体の動作を早め瞬間的に動くことができる魔法の「颯」!!
颯の移動に合わせてリアン本人を斬った。…はずだった。リアンの肉体は泥の様に溶け、気がつけばカリーナとディアンの背後に居た。
なに!?これも闇魔法ってやつか!?予備動作とかなんも無かったぞ!?
「二人共!!危な…」
二人の背後から紫の発光が起こったと思えば、二人は触手のようなものから巻きつけられて拘束された。地面から生えている触手のようなものは、リアンの周囲を囲い数本は切先を俺の方に向けていた。
「お前…魔法を習って日が浅いな?魔力量もまだまだ素人同然だ。」
「俺につけば…先生ならば、この学院よりもお前をもっと強い魔法使いに出来る。」
「……そんなわけあるかよ。俺が魔法の才能に疎いのは、周り見てればよく分かる。」
「俺の先生は魔法の才能がない奴のための魔法を教えてくれる。」
「お前、既にいじめられてるだろ。生徒会のメンバーは大抵この国の大貴族の子息達だ。他の奴らも大して変わらん。この国で、そんな連中から何を学べる?本当にそいつらはお前の事を気にかけながら魔法を教えてくれると思ってるのか?」
「う…」
確かに、周りの視線は既に冷たい。ていうか、そもそも成り行きでここに来ることになっただけで!何も俺が望んだわけじゃ!そうだ!他の世界を見てからでも判断するのは遅くないだろ。…大体、あのチビ魔法使いだってキタニスの四牙だ。悪い事を考えてない保証は無い…先生もなんかずっと書き仕事してるし…!
「条件だ。この女…特にこの異常な食欲のやつ。こいつを差し出す代わりに見逃してやるか、3人まとめて俺の下に入るかだ。身は保証しよう。」
ユリースの葛藤を見てか、表情はぶっきらぼうのまま一切変えずに条件を提示してきた。
確かにこの女は頭がおかしい。このまま一緒にいても身を滅ぼしかねない…だが今の居候先はこいつがいてこそ!それを失ったら追い出されちまうだろう。イルムで一人…家にも帰れねえ…
「分かった。3人でお前の下につく。ただし、お前の言う先生には絶対合わせろ。言った通り、誰も傷つけるな」
「良いだろう。」
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