遭遇②

「おい!おい!起きろ!」


聞き慣れた声に叩き起こされ、目が覚めた。


「え…シュナイザー、先生?」


「そうだよ!勇者は!?あのチビエルフは?」


「ええ!?」


「…これでも飲めよ。落ち着いて話そう。頼む。」


渡されたコーヒーを飲みながら記憶を辿るも、肝心なところにもやがかかって思い出せない。


「とぼけるなよお前!こんな時に!」


声を荒げられたが、魔力を通じて嘘をついていない事は通じたのであった。露骨に乱れている。


「…記憶喪失というやつか。」


「すいません…」


「命があるだけ良かったよ。で?これからどうするんだ?」


「これから?」


「君は元々無関係な人間だった。今回は我々の不手際も大きい。キタニス王には私とルイス君の方から弁明しておくよ。」


「……少し、答えるために時間をくれませんか?突然の事で、俺も整理する時間が欲しいです。」


「わかった。3日程で頼むよ。」


ひとまず学園に行くことにした。日課の魔法射出を行った。周りの学生は俺が魔法を撃っても倒せない距離のマネキンもすらすらと倒していった。


俺の隣で魔法の射出訓練を行っていた1人の学生が、魔力の使いすぎで息が上がっていた。丁度俺は水を持っていたので、その学生に手渡したのであったが、俺の評判は広まってしまっているらしく、魔法使えない奴からの差し入れは受け取りたくないと突っぱねられてしまった。

俺は非常に悲しくなった。


俺の中の過去は鮮明に思い出せる。俺はキタニスの貧民街の生まれで、家庭は貧しく学校には行かせてもらえなかった。盗みや騙しなんて生きるためには日常茶飯事。俺が物心ついた頃には蒸発していた父親に、心が病んでしまった母親と、残された沢山の兄弟達。貧民街の奴らとは、初めこそ仲が悪く、互いに盗みや騙しを繰り返していたが、俺はそれは良くないと思って、仲良くなるために沢山宴会を開いたりして仲良くなったのである。…勿論そのための酒類は行商人から盗んだものなのであるが。


火起こしや軽い炊飯等、貧民街の奴らの生きるための知恵を沢山吸収しながらこれまで生きてきたのだが、それでも同年代の学園に通っている程恵まれた奴らとは土台として違うのだと感じてしまった。それはキタニスにいた時ですらそう感じる事は多かった。士官学校に通っている家族の子息や令嬢の持ち物は高沢盗んで来た。あいつらはふわふわしていてとても物を盗みやすい。俺に言わせれば、剣の振り方だとか、軍略だとか、そんなものの前にまず目の前の注意力を持った方が良いとは思っていた。それでもキタニス自体、質素な国のため、この国ほど煌びやかな格好をしている人達は少なかった。


だがこの国はなんだ?魔法が使えるかどうかで人として判断されては、こちらとしてはたまったものではない。この世界で魔法などの学問を享受しようと思ったら真っ先に金が必要なのだ。否定はしない。どんな高名な魔法使いや教授も、目先の生活がある。


豊かかどうかで、こうも人としての可能性が縮まってしまうものなのか?俺から言わせれば、奴らは金は持っていて豊かかもしれないが、他人を思いやるような心も人間性もまるで育っていないし、凄い人間だとは思えない。キタニスにいた時から感じていた違和感が、この国ではより顕著だった。


そんな心情が、自ずと帰路へと誘った。


何故か、俺がこの学園に何故か行きつき、魔法の練習を毎日していた事は思い出せるのであった。見下された学園のやつらの顔、ブたれた頬の感覚、そしてリアン…そこまで覚えているのに、それより先の大切なものが思い出せない。勇者の顔が。俺の中の記憶が抜け落ちている。人為的なのか?そもそも昨日、俺の身に何があったのか、思い出せない。


そんなことに想いを寄せながら歩いていると、俺は目の前の人間にぶつかってしまった。


「…やあ、ユリース君。今日も日課かい?偉いね」


見上げると生徒会長のルーファの顔が。




「思い出せない?何も?」


俺は昨日の記憶を無くしたこと、勇者の記憶を思い出せないことを話した。きっとこいつは良いやつなのだろう。自然と心を許せた。


「そうか…」


「なあ、俺、お前の事良く知らねえんだけど、ちょっと教えてくれないか?」


「何から知りたい?君からそんなこと言われるなんて…結構嬉しいな」


「お前、貴族の出じゃないだろ」


「さすがだねユリース君。そう。特段裕福ではない、普通の家庭の出身だよ。父さんは街の魔導工房の作業員ってだけ」


それでも魔法に触れている人間な訳か…


「10年前、イルムとガルムの戦争があったのは知ってる?」


「知らんなあ」


「まああったんだよ。その時に僕の街は、ガルム軍の奇襲にあってしまってね。軍も殆ど想定していなくて、街の人達は駐屯している軍隊に助けを求めたけど、軍隊は迎撃に手一杯で、多くの街の人達は戦火に消えてしまったんだ」


「その時、イルム公国軍の部隊が救援に駆けつけてくれてね。奇襲してきたガルム軍は本隊の到着を見て撤退して、街はなんとか奪い返す事ができたんだ。幸い、僕の家族は皆無事だった」


「その時駆けつけてくれた軍隊の人達がすごくカッコよくてね…今でも忘れられないんだ。……そんなことがあって、僕は魔法の勉強を頑張って、平民ながらこのイルム魔導学園への推薦を勝ち取ったわけであります!」


「……お前、単純だな。」


「あ?そう思う?よく言われるんだよねー」


まあ、確かに悪い奴ではなさそうだし、何故か周りの貴族連中も、こいつを慕って言うことを聞いてるように見える。……同じ生徒会の連中はどうだか分からないが…


「シュナイザー先生からは?この学園には、勇者の保護観察のために留学が許されてるんでしょ?」


ルーファは水を飲み、俺の今後について確認を促した。


「3日程待たせて欲しいと言ったよ。俺自身の記憶を整理する時間が欲しかったんだ。」


「ほら、水。」


「え?」


「水。今飲んだのでなくなっただろ?」


「どうしてそう思うんだい?これ透明じゃないし…」


「揺らいだんだよ。少し。」


「……魔力、見えてるんだね。」


以前からなんとなく、人の周りにあるぼんやりとしたオーラみたいなものは知覚していた。ただそれが魔力だということがこの学園に来て分かり、何故だか今日は、魔力の濃淡や揺らぎがよく分かるのであった。


「やはり君は今後も学園で学びを受けるべきだよ!」


「いや、昨日何かされただけかも知れない…」


「本来は3日で魔力の知覚までは絶対に行けないんだ、大丈夫!君は才能がある!」


「他の人達には上手くいっておくから!」


俺はその後、学園長への面接の後、シュナイザー先生の了承の上、正式に学園の制服に袖を通したのであった。

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