イルム公国⑨
翌朝。カリーナは一人だけ寝坊してしまい、他の二人に叩き起こされているのであった。
「おい!遅刻するぞ!バカ女早く起きろよ!」
「ふぅーん…うるはぁい…」
「まーったくよう。朝からやかましいったらないぜ」
「お、おっさんまたコーヒー飲んでる。」
「うるせえなあ全く…こちとら君らのせいで二徹よ」
「ほれほれ、さっさとバカ叩き起こして出てってくれよ。忙しいんだ」
こんな中年でも居候先である事は間違いない。こんな事で追い出されては元も子もない。現に機嫌は悪そうだったので、二人とも従うしかなく、カリーナを寝癖もそのままに待ち合わせ場所の場所まで引っ張っていった。
店主と待ち合わせし、輸送用の荷馬車に乗り、今回のターゲットのヘラジカが住む森林地帯へと向かう一行であった。
「なあおっさん、これはそんなに危険なものなのか?腐敗の大荒野って?」
目的地へと進みゆく馬車の中で揺れる中、馬を走らせている店主に尋ねた。
「…稀に大荒野の原生生物がこちらまで縄張りを追われてやってきてしまうのです。」
「流石は貧民だのう。腐敗の大荒野なんて誰だって知っておるぞ。とってもデカくて気持ち悪い生物が沢山いるんじゃ。ある意味魔族より怖いぞ」
「冒険者様が大荒野を知らぬとは思いませんでしたぞ」
「そうじゃそうじゃ!もっと言ってやれ!」
一行は目的地に到着し、森陰に隠れ、目標となるヘラジカをじっと観察していた。
「ふつーのシカだな。」
「そーだね。草食べてる」
「冒険者様。奴らは警戒心が強い故、一頭が襲われたらそれ以外の群れは逃げてしまいます。また、一頭を仕留める際も、なるべく速やかにお願い致しますぞ」
皆動物を殺生することに戸惑いがある模様。
「…つってもなあ…俺は刀だし…」
(草むらから刀抜いてシカ追いかけ回すなんて尚更バレる)
「…え?私?やだよ。優しい動物は殴りたくない」
(動物は食べる専です!!!!)
「なんだよそれ…」
「皆で原始人みたいに棍棒持って追いかけ回すとか!これならどうよ!」
「アホすぎる」
(この人達シカを殺せって言ってんのに殺す踏ん切りつかんてどゆこと!?無理そうなら初めから断ってくれよ…)
「……はあ…拉致があかんな。…ほれ。」
ディネルは指先から魔法陣を出したと思えばそこからビームのような金色の光を射出し、シカの脳天を貫いてみせた。シカはその場で倒れ、それを見た他の鹿達は森林の彼方へ消えていった。
「うおーーー!!!魔法すげーーーー!!」
「すげえ!やっぱ魔法だわ魔法!」
「今の凄い!もう一回やってよ!」
「…は?なんでそんな初見みたいな反応してんの。散々イルムに来るまでに魔法使ってたじゃん」
「うおおお!やっぱ俺魔法使えるようになりたい!」
(なんか貧民がやる気出たみたいだしいっか。)
(…なにこの冒険者達!?)
店主はヘラジカを処理し、荷馬車に詰め込むまでを冒険者に手伝わせた。
「ふー。特に何事もなかったね。」
「そうだな。危険なとか言う割には…多少魔族とかいたけど弱いやつだし」
低級魔族はカリーナの魔力量を見ればビビって襲ってこない。
帰りまで馬車に揺られるだけ…と思っていたが…
「……!!危ない!!」
ディネルとカリーナの二人が咄嗟に声を出し、カリーナはユリースの頭を抑えて自分と共に伏せさせ、ディネルは店主を防御魔法で護った。
次の瞬間には二人の頭があった場所は風魔法で切り刻まれ、荷馬車の車輪も魔法によって壊され、一行は荷馬車もろとも地面に突き落とされた。
他3人のとりあえずの安全を確認したカリーナはさっと魔法が飛んできた方向を見た。魔法を飛ばしてきたのは人間の2人組であった。
「冒険者狩りです!」
店主はすっ転びながらそう叫んだ。初めて聞く言葉だったが、向こうが殺す気でかかっているのは十二分に伝わった。
2人組のうち直剣を持った剣士がカリーナに向かって飛びかかり、まだ体勢を整えることすらままならなかったカリーナは差し押さえられて喉元に短剣を突きつけれられるところまで拮抗してしまったが、彼の力に衰弱が見え、それがわかった瞬間に蹴り飛ばして体勢を整えた。
二人組のもう一人、魔法の杖を持った魔導士は一番弱そうなユリースに向けて風魔法を飛ばしたが、ユリースはさっと抜刀し魔法を弾いた。それを見て魔法を切り替え、自身の周りに複数魔法陣を出し、そこから矢の様な光線を飛ばしてきた。
光線はユリースに当たる直前に軌道を直角に変え、また直ぐに取って返してきた。部分的に矢は正面ではなく側面に当たることになる。一瞬のうちに曲がったので正面しか対応できなかったユリースだったが、見かねたディネルがユリースの側面に防御魔法を出して護った。
「…まじか!?あれ曲がるんだな」
「一つ貸しじゃぞ貧民!」
すぐさま踏み込み、魔導士に斬り掛かるユリース。今の一撃で仕留められなかった事に動揺した魔導士は、向かってくるユリースに対して先程ディネルがシカにやったような速度重視の射出魔法を向けたが、正面からの一撃であれば彼は刀で対応できる。結果魔法は弾かれ、魔導士はユリースに斬られた。
カリーナに蹴飛ばされ、相方の死を見た剣士。振り切ったように叫びながら再びカリーナに飛びかかってきた。
とはいえ力の差は歴然。軽くあしらい、剣士の首を絞めながらひょいと持ち上げてみせた。
「がば!がはあ!」
絞められている腕を解こうと奮闘はしているのだが、カリーナは片腕で絞めと持ち上げるまでをやっていた。もう片腕でどうとでも出来るがあえてしていない状況だ。
「バカ女やめてやれ。尋問といこうじゃないか」
「じんもん?なにそれ」
「とにかく離せ。」
「えー。」
カリーナは剣士の顔を少し見て、まあ仕方ないかという素振りでひょいと近くに木にぶん投げて開放してやった。その隙にディネルが剣士の両腕両脚に拘束魔法をかけた。
話すしか助かる道がないと踏んだ剣士は、尋問に応じる事にした。数刻ほど彼の話を聞いていた。
「冒険者として路頭に迷ってしまい、数日なにも食べていない状態だった…これまでに何組か殺してしまって懸賞金もかけられていた…パーティーは5人居たはずが襲うたびに殺されて2人になってしまったと…」
確かに剣士の着ている甲冑やマントはボロボロだ。路頭に迷ったという証言にも納得が行く。差し押さえられた際、力が弱々しかったのも、衰弱で力が出なかったのだろう。
「人の食べ物取ると良くないらしいよ?」
(よくないらしいに認識が変化してる!偉い!)
「なんこった分かってるよ!…でも俺らの力じゃ冒険者としてどうにもならなかったんだよ…」
「なるほどな…そんで?どうする?このまま一人で返して帰れるのか?」
「…早く死んで皆んなに会いてえけど…多分俺の首突き出せば金貰えるぜ」
こいつらのせいで馬車を壊されてしまった。結構な距離を歩かなきゃいけなくなった。
「おっさん、冒険者狩りってなんだ?」
「……たまにいらっしゃるのですよ。冒険者の身でありながら、同じ冒険者に手をかけて金品を奪うような方々が」
「冒険者様は騎士様や軍人様のように正式な身分ではありません。ですから、人殺しを行なっても、殺した冒険者次第では認識されずに罪にすら問われないなんと言うこともザラですよ。」
「へえ。中々怖い世界なんだな…」
剣士とはイルムまで歩く事にした。余計な気は起こさない様に手錠はしたまま。イルムまでの道のりを歩く事にした5人。
「おっさん、どのくらいかかるんだ?」
「歩きでは半日といったところですかね。…どんなに急いでも帰るのは真夜中ですよ」
「また私ら歩くのかーい!!!!!!」
ぐううううううう!!!!
カリーナのお腹の音が鳴った。
「もー!!!お腹空いた!!!誰かさんのせいで食べれてないし!!!」
「……冒険者襲う?」
「あかんやろって!!!」
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