イルム公国⑧

「いやー、久しぶりに怖かったなー」


「どんなに大きな魔族よりも、人間の方が強いんだね」


先刻暗殺者の襲撃に遭いつつも撃退し、ペンダントと話をしながら帰路につくカリーナ。


「そうだよ。魔力ってのは人間に都合良く出来ていてね?人体は魔力を練るために最も無駄のない作りなんだ。高位魔族である魔人は生殖器を除いて人と全く同じ姿形をしてるからね」


「へー。」


「というか、あの暗殺者…ただ君の首を狙っただけじゃなさそうだよね。」


「確かに…わざわざ私の前に姿を表す必要も無かったはずだよね。」


ペンダントの声は私にしか聞こえていないようで、はなから見ると一人で話している人だ。ただ一人私に声をかけてきた人がいた。


「そこの人…お時間大丈夫かの?」


え?まさか声をかけられるとは思わなかった。


声をかけてきた中年の男性は精肉屋を営んでいるようで、店に案内をしてくれた。


なにやら、イルムから出て西側に生息しているヘラジカを狩ってきて欲しいという話だった。ヘラジカの生息地域は腐敗の大荒野という危険地帯に近いため、危険な魔族や荒野の原生生物が彷徨いていて、並の冒険者でも危険な依頼になるようだ。昨今の黒夜によって前任していた冒険者が亡くなってしまい、代わりを探していたとの事だ。先刻の戦闘を見て声をかけたようだ。


「今回限りでも構わない。どうか引き受けてくれないか?人類会議の懇談会に間に合わんのだ」


「いい話じゃないか。ユリースとディネルも連れて行こう。他にパーティーがいるのを伝えて、明日にでも改めて挨拶に行こうよ」


ペンダントはそう進言した。その旨を店主に伝え、帰ることにした。


少し時を戻し、学院では、二人はルーファと一緒に学院の授業を受けていた。


「…なーるほど?」


「おい貧民。初めは習うより慣れろだ」


ディネルがユリースに向けて魔法を発射しかけたので、ルーファはそれを制止しつつ、ディネルの言っている事にも合点がいったルーファは二人を学院の庭に案内する。


庭には射撃台のようなものが置かれていて、魔法の練習用に学生たちが使用していた。射撃台の延長線上には魔法で生成されたマネキンのような無機質な人体模型があった。


「まずは1日100発だね」


「…え!?そんな出せないんだけど!?」


「それも含めて練習」


初めは魔法をコントロールする事すらままならない。発射できても当たらない。隣の学生は普通に当たっている。


「ええ…俺センス無いかも…」


嫌でも劣等感を抱いたユリースだったが、それを見兼ねたルーファがそっと入知恵を施した。


「魔力の抽出、構築、そして射出。心を乱すと始めのうちはコントロールが効かなくなる。魔導士に向いているのはね、良くも悪くも鈍感で図太い人さ」


「えー、尚更向いてないかも…」


結局その日のうちは魔法の発射すら満足に出来ず、居候先に帰る事にした。


帰り道、学園内で交差する人混みの中で目星の人間を見つけたようで、ルーファとはそこで別れた。


ルーファは人混みの中から、肌に民族的な入れ墨をしているガタイのいい男を引き留めた。彼は先日カリーナと接触した男だった。


「悪巧みかいリアン君?」


「ちぇ、生徒会長様かよ。…近づくなって言ったよな?」


「学校内での成績不良者に接触し回っているのは分かっているんだ。」


「……」


「悪いことは言わない…でも学院の平穏を乱すつもりなら…」


「うるせえな。…お前なんぞに、分かられてたまるか」


そう言い放つとリアンは再び人混みの中に消えていった。最近、彼を中心に成績不良者が団結している。名誉ある我が校でも、生徒たちの間で方向性の不一致などで辞めていく者や学校に来ない人達も多い。が、今回ばかりはその不登校児達が徒党を組み、一般生徒に悪影響を及ぼしている。リアンはルイス先輩と同期のはずだが、留年しているため僕と同学年だ。


「全く…生徒会長として見過ごせない…」


勇者の居候先、シュナイザーの書斎では、日が暮れ、3人が合流して本日の成果について報告し合っていた。


「ヘラジカの狩猟依頼か。悪くない話だな」


「なんか店主も同行して、解体とか運搬の処理はやってくれるみたいだよ?」


「腐敗の大荒野じゃと…」


「知ってるんだ?」


「私が封印される前、ほんとにずっと前からある場所じゃ。」


明日特に用事があるという訳でも無い。3人とも特に問題なく同意して、明日の待ち合わせに備えて寝た。


「全くガキは呑気でいいねえ。俺ってば昨日から働き詰めだってのに」


書斎へ帰ってきたシュナイザーが文句を垂らしながらもコーヒーを淹れ、通信魔法による国営放送(ラジオ的な)を聞いていた。


「……続きまして、先日から世間を騒がせている5つの影による拉致事件ですが、本日未明…」


…また5つの影か。最近多いな。学校でも何人か被害が出てるし、一応学生を見る立場として、ある程度は把握しとかんと…


……!!!


シュナイザーの脳裏に最悪のケースがよぎった。私物の魔法機械(パソコン)を使い、ある事を調べてみた。


……まじか…想定よりずっと動きが速いな。…内通者でもいるのか?


おかげさまで考え事が増え、シュナイザーは今晩も寝れないのであった。

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