イルム公国⑦
半分追い出されるような形でギルドを後にした。
どうしよう……しごと探して来れなかった…怒られちゃうかな…
……いや待てよ?別に私ユリースになんて負けないんだからそんなの気にする必要ないんじゃ…?
元来た道を戻っていると、遠くから飛んできた銃弾が頬をかすめた。狙撃が済み、建物の屋上から人影が悠々と飛び降りてきた。
黒い衣装を身にまとい殺気を飛ばした人間が一人立ってこちらを睨みつけていた。ふと周囲に気を配ると、あんなに人がいたはずなのに周りには誰もいなかった。
暗殺者の類だろう。オーラが違う。
「貴様…魔王を倒すだと?」
「この世の中が良くないのは魔王のせいだって聞いたよ?…それに、皆魔王は倒したいんでしょ?」
「ふっ…まだ青いな…青すぎる。世間知らずも良いところだ!!」
私は私の体術に対応できる人間がいる事に驚いた。体躯に大きく差は無いはずだがしなやかに打撃をいなされ、蹴りや崩し、締め技など気の緩められない攻防が続いた。これはお爺ちゃんから教わった少し格上の技を出すしかない。
相手の体勢を崩した際に相手の右腕の関節を外した。
ぐっ!…なんなんだこの娘は…魔力量から只者ではないと分かってはいたが…我らガルム人に接近戦でついてこれるなんて…
男は足技だけで拘束を解き、自身の左腕を使って右腕の関節をはめた。
「貴様やるな。ただの冒険者ではなさそうだ。名はなんと言う?」
……可能なら捕縛して教団への手土産にしたかったが…
男は脇から短剣を取り出した。
さっきから変な匂いがすると思ってたけどあの短剣だな…凄く身体に悪そうな匂いがする。毒かな?
「カリーナ。魔王絶対倒す勇者。」
両者睨み合い、今再び組み合いが始まらんとしたその時、爆炎魔法攻撃による横槍が入り、お互いに距離を取らざるを得なくなった。
「暗殺者じゃん!それにガルム人だし、もしかしたら手配書の5つの影かも!」
チャラチャラした印象の女魔術師とそのパーティー、良く見ると周りにも他の冒険者達が漁夫の利を狙って伏せている状況だった。
「……ッチ。潮時か」
暗殺者の男は瞬きをした瞬間、その場からいなくなっていた。恐らくは彼の魔法による瞬間移動だろう。
ふうと息をつくと、緊張がほぐれ一気に疲労がやってきた。一瞬の攻防だったが、人生でいつぶりかと思わされた命の危機だった。
彼の狙撃銃が地面に落ちていた。何かの証拠になるのではと思い、持って帰る事にした。手の甲を見ると血が、銃弾をかすった箇所を触ると血で赤く染まった。凄く自分の血を久しぶりに見た気がする。
周りの冒険者達は暗殺者を目当てに辺りを探し回っていた。私に気をかけるなんてことはしなかったし、私も今日は早く帰たい気分だったので来た道をまっすぐ帰った。
「とんだ災難だったね」
「わ!なに!?あんたから話しかけてくる時もあるの!?」
「ごめんて。」
「さっきの顔…手配書にあったんじゃない?覚えてる?」
「あー、でも確かに?そんな身なりだった気がする」
ペンダントのおかげで帰り道は退屈しなかった。
「悪い、仕損なった。」
「何をしてるの?あれの発動には器がいるから取ってこないといけないのに…教団との取引は分かってるよね?」
通信魔法越しから聞こえるのは高圧的な女性の声だ。
「すまない…だが彼女は器じゃないかもしれない」
「…想定外に弱かったの?」
「違う。逆だ。あれはもしかしたら…」
「…なるほど。分かった。教団にはそう報告していいのね?」
野次馬の捜索が諦められそうな時、通信魔法は途切れ、暗殺者は陰へと消えていった。
「…あっそう。……そう都合よくヒーローなんて現れないと思うけど…」
その話が正しいなら…
通信魔法の先はイルム魔法学院。別の暗殺者は通信魔法を切った後、学院の屋根上から空を見ながらぼそっと言った。
一方シュナイザーの書斎では、彼はまだ必死に書き仕事を続けていた。徹夜明けとは思えぬ集中力でペンを書き殴っていた。
仮にもしルイス君の、俺の仮説が正しいなら…
彼女はこの世界を救えるかもしれない!
暗殺者とシュナイザーの両名の視点から、勇者はそう見えたそうだ。
イルムの空は橙色で、もう夕暮れ時だった。それはこれから起こるイルムという国家全体を巻き込んだ大騒動を予感させるものであったという。
その大騒動は、イルムの暗夜と後の世に残されている
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