門出②

魔法結界の外、高い崖から下を見下ろせる場所に連れていかれた。


「…見ろカリーナ」


行商人の荷馬車がキタニスへ向かっている光景が見えた。


「…またやるの?やめときなよ」


「違うそうじゃない。見てろ」


行商人の荷馬車に向かって魔族達が群がって襲っていた。中には強そうな魔族も混じっていた。商人達も護衛として傭兵を雇っているようだが、それでも歯が立たずに、何人かの商人の荷車が放棄された。


「…近頃強力な魔族が増えてきてる。着いてきてくれ」


崖を下り、平原の奥地に向かっていった。途中迷子になりかけるような森を抜けた。そこにはなにか儀式的な広場のような場所があり、広場の中央には禍々しく大きな魔族が封印されていた。腕が4本あり、妙な仮面を被っていて、大きな2本の角がある魔族だった。


「騎士の連中は気づいてもいない。こんな奥地だからな。でも、こいつの封印が日々弱まってきてる。」


私はこの広場を中心に、魔族達がこの場所に引き寄せられているかのような感覚を受けた。森を取り囲んでいる魔族も、私たちではなく、こいつに意識が向いているように感じる。


「恐らく、こいつのせい。こいつが強い魔族を呼び寄せているからだと思うんだ。」


封印されて石になっているが、禍々しい気を隠せていない。


「俺一人じゃとても敵わないと思って放置せざるを得なかったが…多分、お前となら勝てると思う」


「確かに…強そうだね。私が会ってきた魔族の中で一番強そう」


中央の魔族には槍が刺さっていた。


「多分だが、こいつを抜けば…起きる」


ユリースはゆっくりと槍を魔族から引き抜いた。


ぶしゃあっと血のようなものが流れ出たかと思ったが、黒津んだ血の中から触手のような虫が無数に湧き出て、その魔族の身体を覆った。


「…!?魔ガ憑キだ!」


魔ガ憑キ と呼ばれる虫たちは魔族の巨大な身体を乗っ取って襲ってきた。


「わ!気持ち悪い!なにこいつ!?」


「殺せない癖に無理して殺そうとしたからだ。…再生力は上がってるが、虫だから理性は殆どない。元の魔族よりはバカだぞ!」


虫が覆っている身体から大きな腕を生やし、腕を振り下ろしてきた。


大振りのため避けるのは容易だったが、振り下ろした腕から分裂して触手のようなものが生えてきて私らを攻撃してきた。


「おい気をつけ…ろ?」


次の瞬間、カリーナの拳によって魔族の上半身は粉々に散っていた。


「…あんまり美味しくないな…変な味がする…」


「お前…魔族食えんの…?」


「ん?まあね。でもこいつは美味しくない。」


(人間じゃねええええええ!!!)


上半身を欠損し粉のように消えていく魔族。だがその残骸から、女の子が出てきた。魔族に取り込まれていたようだが、倒した事によって解放されたようだ。


「わ!女の子だ。大丈夫?」


意識はなかったが、金髪のエルフの幼女だった。


「たまげたな…どうする?ひとまず街に戻って看病するか?」


「感謝します。人の子らよ」


腕の中のエルフの幼女は目を覚ましていた。


「!!??喋った!怪我などありませんか?」


「大丈夫です。それよりも…」


バチィン!ズバアアン!


抱き抱えていたユーリスをビンタした後、体制が崩れて拘束が解けたところを回し蹴りを浴びせていた。


「勝手に触るな。人間風情が。」


見た目と背丈に似合わず高圧的だ。それに、体術も手慣れている。蹴り飛ばされたユリースが悶絶している。


「…すいませぇん…」


「ふん。…それより女。何故魔ガ憑キを食っている」


「ん?お腹空いてるからだよ?」


「……は?」


驚き半分、恐怖半分の表情。


「そいつがなんだか知ってるのか?」


「んー?なんか?寄生虫みたいな?」


魔ガ憑キの目玉を、魚の骨と同じ要領で口から出しながら言ってきた。


「そうだ。そもそも、何故魔族を食ってるのか聞きたいところだが」


「人のご飯食べると怒られるから」


「普通…人は魔族を食えん。…貴様魔人だな?」


「ああ。俺も同じ事を考えてた。」


「何が勇者だ。魔族を食う奴が人間な訳ないだろ!」


「あ、勇者はこっちだったか」


暫し二人の殺意がカリーナに向けられていた。


二人がカリーナに飛び掛かろうとしたその瞬間、


「あ、いたいた!」


いつの間にか三人の近くに背の小さい魔導士がいた。二人は記憶になかったが、カリーナは覚えていた。


「あ!小さい魔法使いの人だ!」


「小さい言うな。…ま、話はそこじゃなくてね…」


「自己紹介が遅れたね。僕はキタニス王国四牙の一人のルイス。見ての通り、魔導士だ」


「四牙…え!四牙!?」


ユリースは反応するがエルフの幼女はピンと来ていない。


「陛下のご決断だって言うのに、メイゼンのやつがうるさくてね…君らを見てくるように言われたんだ。」


「君らも彼女の事気になるでしょ?どうせ行く宛もないんだろうし、一枚噛まない?」


「要件は?」


エルフの幼女が真っ先に言ってきた。


「なんでお前が仕切ってんの!?相手四牙だよ偉いよ強いよ!」


「構わん。殺すだけ」


「要件っていうほど大層な話じゃないよ。僕と一緒にイルム公国に来て欲しいんだ」


「イルム…まあ隣だし、行くならそこしかねえとは思ってたけど」


「僕も陛下も、彼女の能力には興味があってね?近々人類会議がそこで行われる。僕は陛下の護衛がてら、母校へ用事があるの。そこへ同行して、彼女の能力の解析してみない?」


「イルム…あの辺は魔導学校多いっすけど…」


「イルム魔導学院。」


「え!1番の名門じゃん!」


「まあ僕そこの出身だし?良いようには言ってあげるよ?」


「…どうするのだ?」


「…他にアテがない。乗るべきだ」


「おっけー決まり!じゃ!ここからイルムまで歩くよ」


「は?四牙様なんだろ?迎えとかないのか?」


「あるわけないだろー?四牙だろうと所詮一兵士。」


勇者カリーナはルイスを加えた四人で、イルム公国へと歩き始めた。どこまで続くか分からない、広い高原を進み続けた。


途中、魔族にも沢山襲われた。少し気掛かりだったのは、高位の魔族が多かった事だ。露骨に量が増えている。


夜になり、火を焚いて野宿をする事にした。ユリースは慣れた手つきで野営をしていた。


「やっぱ、貧民街の方々はこういうの慣れてるんだね。頼りになるよ」


「へいへい。」


カリーナはすぐそばの川に泳いでいる魚型の低位魔族を獲って食べていた。


「あとどれくらいかかるのだ?歩き疲れたぞ」


「このペースだと3あと日かなー」


「なんだと!?もう疲れたぞ!」


「…そういえば、名前とか、諸々聞いてなかったな。」


ユーリスはエルフの幼女に質問した。


「私はディネル」


エルフの幼女は答えた。


「なんで魔族の中にいた?何をどこまで知ってるんだ?」


「…言わねばならんか?」


「そうだね…少なくとも、敵ではないことの証明がしたい」


「私もよく分からん…覚えてないんだ。」


「きおくそーしつ?」


突然カリーナが会話に割り込んできた。


「そう。ただ、山…」


「山?」


「霧が立ち込めているような高い山…そこに行かねばならぬ…それだけは覚えている」


「山…ね。そんなのいくらでもあるけど…」


「ここら辺ではない!もっと遠く!遠くだ!」


血気迫る物言いに二人は食い下がらざるを得なかった。


「ごめん。…じゃあ質問を変えよう。ここまでの戦闘で足は引っ張らないどころかしっかりと戦力になっていたね。弓術と白魔法…それと護身用の体術だね?」


「それがどうかしたか?」


「非常に古典的な魔法構築だ。もっと言えば、型落ちの構築を使ってる。」


「この前の戦闘での防御魔法だって隙が多い上に魔力消費に無駄があった。古臭いイルム魔法教本にすらそんな無駄な構築は載ってない。いつ魔法習ったの?」


「…ずっと前だ!というか、お前らよりずっと歳上だ!」


「…なるほど。まあ長寿のエルフ族だし…」


(魔力探知で探れば分かることさ…あの魔族ではなくディネルを軸にして魔族が呼び寄せられている…とんだ疫病神かもしれないな…)


考えに耽っていると、カリーナが猪を狩ってきたようで、猪の丸焼きを作ろうとジタバタしていた。ユーリスは切り分けろと騒ぐし、ディネルは食いたくねえと騒いでいた。


「バカだなあ…嫌いじゃないけど」

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