イルム公国⑤
一方、キタニス王国ラウシュビッツ城では。
来る人類会議に向け、王と参謀総長の2名が馬車に乗り込み、続く四牙のメイゼン、ソニアの2名が大隊を率いて護衛行軍をすることになった。昼間の出陣準備中だった。
「…大隊を率いての護衛…黒夜の時を思い出しますね」
「そうだね。大丈夫。今度は僕がついてるから。共に陛下と参謀総長を守ろう」
「そうですわね。…ですが、やはり少し不安です」
ソニアは黒夜の時受けた傷を思い出してしまうようで、まだ包帯の取れていない左腕を抑えていた。
「大丈夫。僕ら二人なら大丈夫。それに、ルイス君が先に別件でイルムに行っているみたいだよ。」
「……」
メイゼンは優しく語りかけるも、まだ不安が拭えない様子。
「大丈夫だよ。ほらソニア、顔、大丈夫かい?」
メイゼンはソニアの顎を持ち不安そうなソニアの眼をまっすぐ見た。きた。これはキスの構えだ。
「あーあー!また留守番かよー!」
はたまたムードを壊し、同じく四牙のガウェインが退屈そうに絡んできた。
「なんだよガウェイン。そんなに戦いたいなら、配下に稽古試合でも付けてやれよ」
「それはもう何百回もやった。……あ、つか邪魔しちゃったか?ごめんな」
「ふふふ。なんだかガウェインさんの声聞くと安心しました。ありがとうございます」
「へ?あっそうかい。ありがとよ」
「不安が拭えてよかった。笑ってるのが一番綺麗だよ?戦ってる時も綺麗だけどね?」
「…調子いい事ばっかり」
護衛行軍は王の馬車を中心に取り囲むように大隊が配属される。四牙は指揮をとりつつ馬車のすぐ近くに配置されている。
メイゼンとソニアは仲良く馬車で並走していた。
「…私、イルムの人達苦手なんです。任務とはいえ、あまり気が進みません」
「そんなこと言ったってしょうがないよ。何事もなければ、近いうちに帰れるんだから」
多少の魔族の攻撃はあったものの、黒夜の時とは違い難なく行軍は完了し、イルム公国の関所まで辿り着いた。
「…なあ、あれ見ろよ」
「ドラゴン?野良にしては相当大物だけど…もう死んでる」
「死んでからそこまで日は経ってないね。誰があんな大物…関所の兵が撃ち落としたのか?」
「…おい、時間だぞ。」
「ああ。すぐ行く」
二人の兵士が話していたのは、森の中に撃ち落とされたドラゴンの遺体の事だった。関所の確認のための駐屯が終わり、再び行軍に移ったが、ドラゴンの遺体からは魔法の痕跡がかすかに残っていた。
イルム公国の関所を抜け、王達が向かうのはイルム城だ。ここの大会議室にて人類会議は行われる。
「…陛下、変わらず騒がしい国ですな、イルムは」
馬車の中で参謀総長と陛下が話をしていた。
「うむ。」
「先日の黒夜といい勇者といい、妙な話ばかりを聞きますなあ。五つの陰とやらの胡散臭い連中まで嗅ぎ回っているようですし」
「話によるとどこもかしこもそのような事態らしいな」
「はい。平和を脅かさんとする者達が暗躍している事は確実でしょうな」
「待て待て、それでは勇者も胡散臭い連中に含まれてしまうぞ?我らが勇者が」
「…勇者なんざ、冒険者なんざ、どうせその辺で野垂れ死ぬのがオチですわい。なにやら四牙まであの勇者に目をつけてるそうではないですか」
「流石四牙よ。キタニスを導き、切り開くための精鋭じゃ。未来ある若者を育てることもまた、キタニスのためじゃ!」
「何故、そこまであの勇者をご贔屓なさるのです?私は大変長く生きております故、彼女よりも可能性のありそうな強者は沢山見てきました。当時の四牙の一角を殺してしまうような。ですがそのような者達は、魔王城にすら到達せず野垂れ死んでいます。」
「…似ているのだよ。友に。」
「…はい?」
「……お前が知ったとてどうという話ではない。ただ気に入った、それだけの話だ。」
「………そうですか。見えてきましたな、イルム城。」
一行は無事イルム城へ入城。城と銘打ってはいるが宮殿のような作りになっている。
「穢らわしいキタニス人だわ…」
「魔法がろくに使えないくせにイルムの城に堂々と入ってくるなんて…」
「しっ!声が大きいわよ」
煌びやかな格好に身を包んでいるイルムの貴族達は、凱旋するキタニスの一行をよく思っていないようだ。
「…やっぱり歓迎されないね」
「だからイルムは苦手なんです…」
「まあ、そういう文化なら仕方ないじゃないか。向こうの考え方なんだし」
人類会議が行われる城内の大聖堂にキタニス、イルム、ガルム、そしてソルビア。人類が治める4国。たった四国しかない国の要人達が一堂に会していた。
騎士のクニ キタニス王国 世界の南東にある高原地帯に位置し、国王を中心とし、王に忠誠を誓う騎士団によって納められている国。国自体は比較的貧乏で質素だが、傭兵稼業や武具の職人業を主な国益としている。
魔法のクニ イルム公国 世界の中央に位置しているので交通の要であり、魔法の超先進国。魔法技術を発展させたその街並みは夜でも月明かりすら要らぬほどの輝きを誇る。発展した魔法技術を活かした娯楽業も盛んである。国自体もとても裕福でお金持ちの国。
殺しのクニ ガルム連盟 世界の西端、腐敗の大荒野よりもさらに先、大峡谷に沿うように街並みが聳える国。元々この地方の人間は元来瞬発力や運動性能が高い狩猟民族であり、それを活かした暗殺稼業や大峡谷で採掘した貴重な鉱石類を国益としているが、交通のためには危険地帯である腐敗の大荒野を抜けねばならないため、他国との国交は薄い。
奇跡の国 ソルビア王国。世界の北側に位置する。年中豪雪が吹雪く地域であり、白魔法発祥の地であり、法皇を中心としてソルビア独自の宗教であるメリーゼ教を信仰している宗教国家。各国にある教会にいる僧侶や聖女は大抵この国の出身。
キタニス代表は国王と参謀総長が議室へ赴き、続くガルムからは盟主、ソルビアからは皇ではなく宰相が出席。
三国の代表が席に着いたところで、議席の最奥からイルム代表である公王のセリヌスが議席につき、会議は開始された。
議室の外では各国の護衛が待機していた。
「やあ皆んな、遅くなったね」
「ルイスか。片道分とはいえ任務を放棄して勇者のお世話とは。幸い陛下の耳にも入っていたし、そこまで怒っていなかったし、何事もなかったから良かったけど」
「ごめん。でも、これはどうしても済ませておきたい用事だったんだ。」
「分かってるよ。そこは信頼してるし」
大聖堂の警備を掻い潜り、屋根からの窓やら色々な場所から何やら探っている数人の人影を四牙は見逃さなかった。
「…なにやらきな臭い連中がいるね」
「噂の5つの影かしら?……大聖堂でこそこそするなんて無礼も良いところね。」
「やめておきなよ。あくまでここはイルム公国だ。下手な事をするとこちらが疑われかねない。正当防衛言い切れるまで手出さない方がいいよ」
黒夜や魔王受肉の件など、人類にとって不吉な報が多い昨今。それに加えてきな臭い連中の出現に、各国の首脳達はどのような指針をもたらすのか、世界は注目しているのだった。
(勇者以外は!)
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