イルム公国④

「……ッッッ…な、何してんのおおおおおおおお!!!!????」


「悪かったって…全部使っちまった…」


「バカバカバーカ!ユリースのバーカ!」


「いやー貧民。これは怒られても仕方ないやつだぞ」


「ディネルまで貧民言い出したぞ!?」


「流石にアホだろ。貧民根性極まれり」


「ふんぎいいいいいいいいい!!!!ムカつくうううううう!!!!!!」


カリーナは私物入れのリュクサックからクマの人形を取り出した。年季の入ったものなのか、よれよれだ。


「ユリースはバカ…ユリースはバカ…ユリースはバカ!」


カリーナは人形を壁に押さえて殴りつけ続けていた。まるで呪いでも込めるかのようにぶつぶつと言い続けながら。せめて本人を殴らないようにするせめてもの慈悲なのだろうか。殴られ続けた正門の壁にヒビが入り始めた。これを人体で受けたらどうなっていたのだろう。


バゴオオオオオオオン!


ついに壁が壊れた。


「ひええ…カリーナに俺にそれをやらない理性があって良かったぜ…」


「つか!!!何やってんのおおおおおおおお!!」


まず真っ先に声を上げたのはシュナイザー先生だ。


「おい!怒られるの俺だぞ!」


「ごめんなさい。でもムカつかせたのユリースなのでユリースに怒ってください」


「ユリース君が首謀犯なら実行犯はおめえだよお!」


「えー。でも」


「おいおい頼むぜ?初日からこんな調子じゃ、俺の胃が持たないぜ」


「胃袋には自信あります。あなたが食べれない分でもなんでもよこしてください」


「ぬああああ!!!話が通じねえぞお!!!」


冒険者ってピンキリだし、ある程度覚悟してたけど、これは流石に…


カリーナと先生が騒いでいる傍で、ルーファに変な推し活をされているルイスが困惑していた。


「なんで学院中に僕のポスターなんか貼ってんの。気持ち悪いって」


「キタニスへの宣伝にもなるし、ルイス君応援してるからって事で、先生方みんなオーケーでしたよ?」


「キモすぎ…そんな話聞いてないし…肖像権侵害で訴えるけど良いかな?」


カリーナとルイス、二つのペアが騒いでいるのを横目に、比較的常識人的な扱いにされてしまっているユリースとディネルのペア。一連の騒ぎを傍観していたが、このままでは埒が開かないので、割り込んで話を前に進めることにした。


「あの!!!」


「ここで騒ぐのもなんだし…宿…貸してくれるって言うなら、行きません?」


夜の学校の中、階段を登り先生の研究室へ向かった。準備室の扉を開けた。


「ほれ。ここな?とは言っても半分俺のスペースだから、半分の中で上手く使ってくれ。……つか、2人って聞いてたんだけど。」


雑に布団が2枚敷かれているだけであった。ヒーターと観葉植物が置いてあって、扉側の半分は先生の書斎となっていて、難しそうな本や実験器具が沢山置いてあった。部屋の半分の目処として仕切り戸…とまではいかないが身丈の半分くらいまでの仕切り棒があった。


「俺のスペースの器具とか本やらなにやら、少しでもイジったらぶっ殺す。夜寝る時は黙って寝ろ。これだけ守ってくれればあとは好きにしろや」


「わーい!!」


カリーナとユリースは大はしゃぎで布団に入った。…が想像以上の布団の粗雑さに興が覚めてしまったようだ。


「え…なにこれ冷た…」


「ホコリっぽいしちょっと臭い…」


「はー、全く贅沢言わないで欲しいねえ。買い替えたきゃ好きにしな。」


もう夜は遅いので、寝る以外にイベントの起きようが無かった。ルイスは仕事があるからと他の確保してある宿に帰った。…最後の最後までルーファがくっついて離れなかったそうだ。


布団の中に入り、天井を見つめていた二人。シュナイザー先生は書斎でどうやら書き仕事をしているようだ。こんななりでも一応教授、もとい研究者なのだ。


「そうだお前ら、一応明日から正式に学校うろつける訳だけど…魔法の知識とかってどのくらいあるんだ?」


「えーっと……」


「魔導士が杖を向けてると、なんか光って、なんか発射する!」


ユリースは自信なさそうに答えは出さなかったが、カリーナが自信満々に即答した。無論、有識者からすれば呆れるほどふざけた回答である。


「……へへへ。あーそうかい。…こりゃあある程度は俺から言っておかないとダメそうだな。特にバカ女。」


「全くだ。簡単に言うと、魔法は万人が内包する魔力を術式として概念的に構築し、物質の化学反応のように、予め決められた術式が構築されると効果が発現し、魔導士の解釈に応じて応用使用される。」


ディネルが得意げに口を挟んだ。


「……エルフの嬢ちゃんの言う通りだな。」


「魔法には大きく3つの区分が存在する。自らの魔力をそのまま発現し射出して攻撃する射出魔法。自らの魔力を身体に巡らせることによって身体機能を著しく向上させる強化魔法。そして、回復や防御壁など、殺傷力というより防御、補助に適した白魔法。」


「白魔法は使用する魔力が少し特殊でな、奇跡の力、なんていう人々の祈りによる純潔な魔力エネルギーを抽出し術式に転用しているもので、厳密には魔法とは言わないと言われているが、概念的な術式構築という点においては魔法と変わらないため、白魔法という区分で統一した。30年前の話だな。」


「魔力の抽出が少し特殊な分、他の二つの魔法よりも得意な人は少ないんだ。一回祈らないといけないからね。その分発動が遅いのが難点。」


「わー。むつかしい…」


カリーナの頭が破裂しそうになっていた。


「ちなみに、こう見えて俺シュナイザーは白魔道士です!ルイス君は全部できるけど、一番ズバ抜けてるのはやっぱり射出魔法だね」


「今思えば、キタニスのお城の兵隊さん達は皆五感が鋭かった。これでバレるんだって感じだったなあ」


「キタニスは魔力量が少なめな人が多く産まれやすいという研究結果があるんだ。だから、基本は剣術といった得物を用いた武術を基にして、魔力消費が少ない強化魔法を用いた白兵戦を得意とする国だからねー。継戦能力が高くて厄介。あそこは数も多いしね。」


「へー。おっさんはここで何の研究してるんだ?隣のオカマみたいに、なんか専門があるんだろ?」


「良い質問!俺は魔族魔法…もとい人類の非到達領域魔法の研究!」


「……なるほど。話が見えてきた。」


「生得魔法…聞いたことくらいはあるだろ?人は一種類のみ、非到達領域魔法から魔法を授かって産まれる。」


「いや、その前にこの説明からだな。射出魔法も強化魔法も白魔法も、皆得意苦手はあれど、頑張りさえすれば会得可能な範囲がある。これを一般魔法。習得の難度や強度に応じて低位魔法、高位魔法に分かれる。」


「生得魔法はそれとは別に、本来人間では扱えない魔法を一種類のみ使う事ができるんだ。魔族様なら、個体による差はあれど、高位魔人なんかは本当にポンポン未到達の高位魔法を使ってくる。」


「ちなみに俺シュナイザーの生得魔法は清浄天照(アーク)。奇しくも白魔法の一環だね」


「生得魔法は何故か成人すると発現するんだ。きっと、君らならギリギリ発現してるんじゃない?」


「へえ。というか、俺は一度も魔法を使った事ないけど、それでも分かるもんなのか?」


「そうだね。君と同じ理由で、生得魔法を自覚せずに生涯を終える人達も多いよ。でも、魔力は鍛えたりして後天的に量が上がることはあれど、生物皆が持っている物なんだ。比較的簡易な術式構築の生得魔法であれば、何故か生得魔法のみ使う事ができる…なんて事もあるわけさ」


「…ま、冒険者なり騎士様なり、魔導士じゃなくとも、魔法を全く使わずに魔力と戦うのには頭打ちがある。魔力差があまりにもある魔族に対しては、どんな攻撃をしても有効打にならないからね。そのためには、魔法を使って魔力量を鍛えないといけない。こればっかりは戦うしかない」


「その辺りは聞いたことあるぞ。魔族を倒すに値しない人たちが魔族を倒すと、その魔族は腐って魔ヶ憑キに寄生されるって」


「あー、美味しくないやつか」


「どういう認識だよ。」


「…ディネルが出てきたのも、魔ヶ憑キに寄生された魔族からだ。」


「…へえ。確かに、高位魔族だと素人に近い魔力量だと有効打にならないだろうね。この場合の有効打は、魔族の肉体の消滅のことだね。魔族って死ぬと消滅する。逆に消滅しないってことは生きてるってこと。」


「その…魔ヶ憑キ…と呼んどるものは…なんじゃ?何故魔族に寄生する?」


「よく分かっていない。ハエのようなもので、魔族の出る血を養分として寄生して、魔族の意識すら乗っ取り暴走させる…これくらいしか分かっていない。一体どこから湧いてくるのかとか、移るのかとか、事例が少なくて、調べようがない状態かな。そもそも、憑かれてる魔族は封印状態にある事が殆どだ。その封印を解くやつなんて、聞かないからね。」


「ふーん。」


「んぎぎぎぎぎぎぎぎぎ!!!!」


あ、カリーナの頭が本当に破裂しそう。これ以上はやめようか。


「ははは。まあ、嫌でもやる羽目になるよ。バカ女も少しくらいは魔法使えた方が良いと思うけどね」


「そうだぞ!鍛えられないからな!魔力!」


頭を沢山使った()カリーナは熟睡。他の二人も横になっていた。じきに寝るだろう。


……魔力探知みりゃあ分かる…あのバカ女と他の二人の魔力量のケタが違う…エルフは魔法も使うみたいだし貧民君よりは魔力が鍛えられているが、バカ女は俺と遜色ない魔力量だ。間違いなくバカ女は生得魔法を使っている。


報告の通りだとバカ女は魔族を食える。恐らく…いやほぼ確実にそれは生得魔法由来による物だろう。前例のない魔法だが…だから俺にお箱が回ってきた。恐らくこの流れは貧民君は分かっていそうだ。だが強化魔法の一環だとしても、術式構築も理解せずに使えるものか?また本人はさも当然のように魔族を食っている。どんなに早くともここ一年ほどで食えるようになってないとおかしいはずだ。魔族を食えるようになってからの本人の意識のタイムラグが無さすぎる…ほんとに生まれつき食えるかのような…


……落ち着け…どの道今の情報だけでは判断ができないから保護観察を受け入れたんじゃないか…


頭を悩ませながら、筆を走らせる先生。夜明けはすぐだった。

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