サイレント・ウィッチ -another- 結界の魔術師の成り上がり〈上〉

依空まつり/カドカワBOOKS公式

プロローグ 鏡の牢獄①


 リディル王国南東部ベネルスト草原に、地鳴りが響く。

 大きな生き物が大地を踏み締め、その巨体をぶつけ合い、倒れるその音は、縄張りをめぐり地竜と火竜の群れが争う音だ。

 個体差はあるが、地竜も火竜も雄牛より二回りほど大きく、人間など簡単に踏み潰せる太い手足を持っている。

 体が大きく、力が強いのは地竜だ。鱗の色は暗い茶褐色で、腕も尾も丸太のように太い。

 一方、赤みがかった褐色や、だいだいいろの鱗の火竜は、やや小柄で手足も細いが口から火を吐く。

 地竜も火竜も空を飛ぶことはないし、分類上は下位種の竜という扱いだが、どちらも人間にとって充分な脅威であることに変わりなかった。


 今、ベネルスト草原で暴れているのは、地竜が四匹、火竜が六匹。数だけ見れば火竜が優位だが、力の強い地竜の方が圧倒している。火竜の火は、地竜にとってさしたる脅威にならない。

 一方、人間の視点に立つと、圧倒的に厄介なのが火竜であった。火竜の火は、時に周囲に燃え移り、より大きな災害となるからだ。

今も、火竜が威嚇のために吐く火が、草原の草を焼き、火勢をどんどん強くしている。


 燃え盛る炎の中、雄叫びをあげて争う竜の群れ――その恐ろしい光景を、草原を見下ろす小高い丘の上から観測している者達がいた。

 深緑の制服にマントを羽織り、上級魔術師の杖を持った男が五人。彼らが身につけているのは、魔術を用いた戦闘の精鋭、魔法兵団の制服だ。

 その先頭に立つのは、五人の中で最も若い、栗色の髪を三つ編みにし、右目に片眼鏡をかけた二〇代半ばの男だった。

 女性的とも言える、線が細く整った顔をしたこの男の名は、〈結界の魔術師〉ルイス・ミラー。史上最年少で魔法兵団団長に就任した、若き天才である。

 ルイスは片眼鏡の奥で目を細め、口を開いた。


「索敵魔術の結果、共有完了。座標軸特定完了。〈鏡の牢獄〉術式展開用意――奴らを一箇所に集めなさい」


 目の前で巨大な竜が暴れ回っていても、焦るでも怯(おび)えるでもなく、彼は淡々と部下に指示を出し、魔術の詠唱をする。

 冷静に――それでいて、隠しきれない喜びに口の端を持ち上げて。

 部下の魔術師達は、少しずつずらしながら攻撃魔術を放った。竜は非常に鱗が硬く、眉間みけんや眼孔といった急所以外への攻撃がほとんど効かない。この攻撃の目的は、あくまで牽制けんせいと追い込みだ。

 ルイスは詠唱をしながら、右手に握った杖で地面を突いた。

 杖の先端に白く輝く魔法陣が浮かび上がり、そこから白い光の筋が地面に、空中に、幾重にも延びて、大きなドームの形を作る。

 白い光を骨組みに透明な壁が広がり、地竜と火竜、そして燃え盛る草原を閉じ込めた。


「さて、目障りなトカゲどもを一掃するとしましょうか」


 部下の四人は詠唱を切り替え、竜を閉じ込める半球体型結界の内側に風の矢を放つ。

 結界内部で、風を圧縮した不可視の矢が飛び交う。矢は竜に当たらずとも、結界に触れたところから反射し、また別の角度から竜を狙った。

 ルイスの結界は、ただ頑丈なだけではない。魔力を帯びた攻撃を、内向きに反射することができるのだ。この術が〈鏡の牢獄〉と言われる所以ゆえんである。

 一般的な防御結界は、敵の攻撃を一度か二度弾くのが精一杯。竜を閉じ込める強固な結界も、魔術を反射する結界も、そこらの魔術師にできることではない。

〈結界の魔術師〉という防衛戦が得意そうな肩書を持ちながら、誰よりも攻撃的な結界の使い方をする魔術師――それが、魔法兵団団長ルイス・ミラーであった。


「全員、時間差で攻撃を続けなさい」


 そう指示し、ルイスは結界の内部で暴れる竜の群れを見据えた。

 部下達の攻撃は、急所に当たらない限り、致命傷にはならない。風の矢はあくまで竜を混乱させ、詠唱の時間を稼ぐためのものだ。

 頑丈で生命力の強い竜を仕留めるには、相応の威力がいる。

 ルイスは結界を維持したまま、少し長い詠唱を始めた。

 自身の中にある魔力を、詠唱によって編みあげ、術式を形作る。正確に、丁寧に、繊細に。


「〈結界の魔術師〉ルイス・ミラーの名の下に、開け、門」


 ドーム状に広がる〈鏡の牢獄〉の中心に、白い光の粒子が集い、光り輝く門を形作った。

 門がゆっくりと開き、黄緑色に輝く光をまとった風が吹き荒れる。

 それは、偉大なる精霊王の力を借りる、リディル王国でも使い手の少ない大魔術――精霊王召喚。


「静寂の縁より現れでよ、風の精霊王シェフィールド」

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