三章 気になるあの娘と初土産③
翌日、昼の食堂で働いてから図書館に行くと、昨日と同じ席にあの少女は座っていた。
焦茶の髪をキチンとまとめた後ろ姿に、ルイスは口の端を小さく持ち上げる。
彼女の左隣の席は空いていた。他の誰かが座る前に、ルイスは素早くそこに座る。
少女はチラリと横目でルイスを見た。
「こんにちは」
「おう」
かわした言葉はそれだけだったが、ルイスは満足して課題に取り掛かる。
二人は基本的に殆ど会話をしない。少女には試験勉強が、ルイスには大量の課題があるのだ。元より無駄話をする気はなかった。
そうして黙々と勉強をし、小一時間ほど経ったところで、少女が立ち上がった。どうやら、本を取りに行くつもりらしい。
彼女が席に戻ってきたら、今取り組んでいる課題のことで話を振ってみようか。その時は、どう話しかけよう。向こうも試験勉強があるだろうから、あまり長引かないように……いやまずその前に名前……などと思案していると、背後でヒソヒソ声が聞こえた。
ルイスは割と耳が良いし、悪意のある声ほど無意識に耳を澄ませる癖がある。悪意の発見は早い方が、迅速に次の行動に移れるからだ。
「……あいつには近づかない方がいいよ。本当にヤバいんだって。君も聞いただろう、あいつが食堂で暴れた話」
ルイスはその声の主を覚えていた。当初、ルイスのルームメイトになる予定だった少年、テレンス・アバネシーだ。
ルイスが入寮した日から、テレンスが悪評を言いふらしていることは知っていた。
それをあえて放っておいたのは、舐められるよりビビられる方がいいと思ったからだ。
だから、今も放っておけばいい。
隣に座った彼女も、きっとルイスのことを怖がって、席を離れるだろう。
(……別にいいけどよ)
後ろから聞こえる声を遮るように、頬杖をついた左手の指先で耳を押さえる。片耳を押さえるだけで、ヒソヒソ声は遠くなった。
そのまま黙々と羽根ペンを動かしていると、右隣の席でカタンと音がする。少女が戻ってきたのだ。
きっと、勉強道具をかき集めて、そそくさと席を離れるのだろう、と思った。
だけど、少女は何事もなかったかのように席に着いて、借りてきた本を広げる。
ルイスはチラチラと横目で少女を見た。彼女の目は真っ直ぐに、本を見ている。ルイスのことを気にする様子はない。
ルイスはしばし黙っていたが、結局堪えきれず口を開いた。
「……俺には近づくなって、言われたんじゃねーの?」
「貴方がここで暴れていたなら、そうするけど」
少女は本のページを白い指先で押さえ、顔を上げる。
知的で涼やかな目が、ルイスを真っ直ぐに見つめた。
「真面目に勉強をしている人に、文句を言う理由がないわ」
淡々とした口調は素っ気ないけれど、突き放す冷たさはない。
ルイスはそこに、彼女の芯の強さと優しさを感じた。
「ところで、今日も私の隣に座ったから、貴方が私に、何か訊きたいのかと思ったのだけど……」
少女はハラリと垂れてきた横髪を耳にかけ直し、課題の文章を指でなぞった。
「魔術師組合の成り立ちの部分ね。魔術師組合の成り立ちは、魔術管理法と関係が深いから、法学と合わせて覚えるといいわ」
(俺が訊きたかったのは、そこじゃねぇよ)
ルイスは不貞腐れたように唇を尖らせ、ボソリと呟く。
「……名前」
「魔術師組合の設立者の名前? それとも、魔術管理法を施行した国王?」
「ちげーよ。お前の名前」
少女は不意を突かれたようにパチパチと瞬きをした。大人びているが、そういう表情をすると年相応に見える。
「ロザリー・ヴェルデ。来秋から、中等科の一年になるわ」
「……ルイス・ミラー。同じく、来秋から中等科の一年」
ぶっきらぼうなルイスの自己紹介に、ロザリーは目尻を下げて笑った。
「そう、よろしく」
それから二人は、また黙々と勉強に取り組んだ。
次の日も、そのまた次の日も。
隣の席に座って、それぞれの勉強をしながら、合間にポツリポツリと言葉を交わす。ただそれだけの、ささやかな交流だ。
それでも、その静かな時間がルイスには心地良かった。
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