三章 気になるあの娘と初土産②

 ゴアの店を出て、再び図書館に戻ると、勉強机の席は殆ど埋まっていた。

 平日のこの時間、昨日までは空いていたのだが、試験一週間前ということで短縮授業になり、試験勉強のために生徒達が押しかけているらしい。


(そういや、オーエンが試験が近いって言ってたっけか……)


 寮に戻って勉強をしても良いが、できれば今日中に王国史の課題を片付けてしまいたい。

 まだ空いている席はないかと、ルイスが室内を見回していると、ちょうど満席だったテーブルの席が一つ空いた。

 壁と向き合う形の、二人がけテーブルだ。ルイスはそのテーブルの椅子を引き出し、己の右隣の席を見る。

 ルイスの右隣の席では、ルイスと同じ年ぐらいの女子生徒が勉強をしていた。焦茶の髪をきちんと編んでまとめた、いかにも真面目そうな雰囲気の少女だ。


(俺が座ったら、逃げるかな)


 それならそれで、まぁいいや。と思いつつ、ルイスは声をかけた。


「隣、いいか」

「どうぞ」


 少女はチラリとルイスを見て、問題集に視線を戻す。

 ニコリともしないが、怯えもしなかった。もしかしたら、ルイスのことを知らないのかもしれない。

 なんにせよ、席を確保できたのは幸運だった。ルイスは早速王国史の課題を広げる。

 ルイスは記憶力には自信があるが、王国史にはあまり興味が持てなかった。歴代の国王がしてきたことが、自分の将来に関係するとはとても思えないからだ。

 それにしても、何故、王族というやつは、こうも名前の長い奴らばかりなのか。いちいち書くのが面倒くさいったらない。


「歴代国王全員、同じ名前に改名しちまえ、クソが」


 鼻の頭に皺を寄せてぼやくと、隣から小さくふきだす声が聞こえた。

 見れば、隣の席の少女が口元を押さえて、肩を震わせている。

 ルイスが頬杖をついてその様子を眺めていると、少女はハッとしたように、お堅い表情を取り繕った。


「……不敬罪で捕まるわよ」


 生真面目な反応が面白くて、ルイスは頬杖をついたままニヤリと笑う。


「くだらねぇ政策ぶちまけるより、よっぽど国民に感謝されるぜ。あぁ、我々の国王様はなんて覚えやすい名前なのでしょう、ってな」


 少女は「もう」と呆れたように呟き、ルイスが広げている課題に目を向ける。


「アルジャーノン三世の議会制度改革……資料が多いから、まとめるのが大変なところね。ちょっと待ってて」


 彼女は立ち上がると、本棚から一冊の本を抜き取って戻ってきた。


「この本が、分かりやすいと思う」


 ルイスはゆっくりと瞬きをし、少女を見つめる。

 少女は本を差し出した姿勢のまま、不安そうに目を伏せた。


「余計なお世話だったかしら?」

「いや」


 ルイスは少女が手を引っ込める前に本を受け取り、もごもごと口の中で小さく礼を言う。


「……ありがとよ」

「どういたしまして」


 そう返す彼女は、どこかホッとしたように微笑んでいた。


       * * *


 ルイスが寮に戻ると、ルームメイトのオーエンが机に向き合って試験勉強をしていた。

 それは良いのだが、気になるのは二段ベッドだ。

 二段ベッドは上段をルイス、下段をオーエンが使っているのだが、下段の枕元に教本が幾つも広げて置いてあるのだ。


「なんで、ベッドにも教本広げてんだよ」

「いいでしょ、別に。君のベッドに広げてるわけじゃないし、客が来るならちゃんと片付けるよ」


 オーエンは、こうすればベッドでも勉強できて効率が良いと考えているらしい。


「お前って、勤勉な癖に妙なところでズボラだよな」

「君は、不真面目な癖に妙なところで几帳面だよね」


 ルイスの机は、基本的に片付いている。その方が作業効率が良いからだ。

 元より私物は少ないし、課題の類はきちんと整理して、取り組む順番に並べてある。

 ルイスは鞄の中から、今日終わらせた王国史の課題を取り出し、抜けがないかを確認して、終わった課題を入れる箱に詰めた。

 王国史の課題は、初等科三年の分まで片付いている。

 ルイスは一学年分ずつ課題を進めているので、次は初等科三年の他の教科を片付けるべきだ。図書館に行かなくてもできる課題は、幾つかある。

 それなのにルイスの手は、初等科四年で取り組む王国史の課題を手に取っていた。

 オーエンが勉強の手を止めて、ルイスを見る。


「王国史は後回しにしたら? 今は、図書館混んでるんだし」

「いいんだよ」


 素っ気なく答えて、ルイスは鞄に明日使う課題を詰める。

 あの少女は、明日も図書館に来るだろうか。


(……そういや、名前聞き損ねたな)


 彼女が選んでくれた本を手に、ルイスは二段ベッドの上段に寝そべる。

 本の内容は大体覚えているけれど、なんとなく丁寧に読みたい気分で、ルイスはゆっくりとページを捲った。

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